魔女狩り 六 ~ 魔女の徴
産婆が魔女か否かという話はさておき、子供の死に産婆が関係している可能性は否定できない。産婆を務めたがために魔女の疑惑をかけられた女性たちが、その点において不審であることは間違いないと言えた。魔術なんて非科学的なものを行使せずとも、子供に害を及ぼしていたことが分かれば、騒動は解決に向かうはずだ。
だが、村人たちは魔宴の痕跡に端を発したこの騒動に対して、魔女こそが諸悪の根源であると考えている。堕胎や殺人の罪と、魔女の罪では、同じ死刑でも魔女に対する処刑の残忍さは強くなるのが通例だった。
それだけ、魔女という存在は嫌悪され、穢れに満ちたものだと認識されているのだ。《迷信狩り》として怪現象を調査する上で、魔女に対する彼らの迷信深さは障害となるように思えた。
告発を行った人々から得た情報をまとめ、僕はノートをレミュザ氏に返した。
「ありがとう。よくまとまっている。しかし――」
レミュザ氏の表情が微かに曇った。
「カミル君、君は事態を解決しようと焦っているように見えるね。村が魔女を除くことを重要視しているということから、目を逸らそうとしていないかい?」
言われてみれば、僕は愚直に、直接的な証拠を求めすぎていた。
「神の愛を受けているという意識が、反対に魔女という罪を大きくしてしまうものだ。それも信心があるからこそだといえる」
レミュザ氏は穏やかに述べた。
「彼らの信心を蔑ろにしては、反発を招いて調査が進まなくなってしまう。魔女を探そうという熱心さを、暴走しない程度に支えてやらねば」
僕は無意識のうちに、盲目的に魔女を恐れ、敵視している村人の無学さを見下していたかも知れない。しかし、それも信心故と捉えれば、仕方のないことであるとも考えられる。
レミュザ氏は冷徹な科学の徒である調査官の顔だけでなく、慈愛に満ちた聖職者の顔も持ち合わせているようだった。レミュザ氏は再びノートを僕に預け、告発された人々を同時に呼び出すようにガストーニ牧師に指示した。
今度は広間へと場所を移し、牧師と子供を亡くしたコヴァーチ家、ビーロー家、ネーメト家の家族の一部も同席した。役場の広間はそれなりの広さがあったが、椅子を並べきれず、牧師と三家の家族は告発された者たちを囲むように、壁際で立っていることになった。
疑惑は無いと結論付けたものの、修道士ヘンリクも他の四人の告発された女性とともに椅子につく。先程までの聞き取りと打って変わって、告発した者とされた者が会し、広間の空気に緊張が走るのが感じられた。
告発された人々は自分が告発されたという事実しか知らなかったらしく、他に告発された者について、ここに来て初めて知ったようだった。お互いに顔を見合わせ、信じられないという顔をしている者もいれば、嫌悪感に満ちた視線を向ける者もいる。
戸惑う彼らの様子を見て、告発した者たちはそれが演技だと言わんばかりに、その疑念をさらに深めているようにも思えた。
ただ一人、修道士ヘンリクだけは、周囲の視線に無関心であるかのように、無表情のままだった。
改めてレミュザ氏が自己紹介し、集まった人々に調査について説明する。
「村に蔓延る悪を許すわけにはいけません。しかし悪戯に告発を行い、恐怖を煽ることもまた望ましくありません」
レミュザ氏は人々を見渡し、静かに述べた。
「どうか冷静に、正直に事実をお話しください。真実は必ず明らかになるでしょう」
修道士ヘンリクが静かに手を挙げた。
「神に誓って、虚偽など申しません」
その一言は、物静かな態度とは裏腹に、彼の強い信仰心を感じさせた。しかし他の女性たちは、未だ動揺しているようで、沈黙したままだった。
「よろしいでしょう。ではまず、お伺いしたいのですが、この中に魔術や呪術について知っているという者はいますか?」
レミュザ氏が告発された人々を一人ずつ一瞥していく。
「告発された人以外に、誰か、魔女がいるとでも仰っしゃりたいのですか?」
コヴァーチ夫人が怯えた目で言った。
「まさか、そういう意図ではありません」
レミュザ氏は壁際の家族たちを見渡した。
「魔宴の痕跡が残っていたという話がありましたが――」
レミュザ氏が立ち上がった。
「それが何故、魔宴の痕跡だと分かったのですか? どなたがそう判断したのです?」
「私が、判断しました」
修道士ヘンリクが口を開いた。
「一ヶ月半ほど前。現場は村の近くの森の中です。横軸を折られた逆さ双十字架に、足跡が残っていました。双十字架を踏みつけ、悪魔への宣誓を行う。魔宴の儀式です」
「なるほど……」
レミュザ氏が修道士ヘンリクに向き直った。
「他にそのような、魔宴や、魔術について知っているという者はいますか?」
ガストーニ牧師が手を挙げた。
長く聖職者を務めている者であれば、そのような知識を持っていても不思議はなかった。
「他には? 他の方はご存じない? ……では、まさかこのお二方が、魔宴を行ったと?」
レミュザ氏が、告発された女性たちを再びゆっくりと一瞥していく。誰もが沈黙したままだった。
この中に、嘘吐きがいるに違いない。魔宴について知っていながら、それを告白しない者がいる。壁際に立つ家族たちは、猜疑心を掻き立てられたように、強張った表情で彼らを見ている。
「魔宴について知っているからと言って、魔女だと決めつけるつもりはありません。ただ、調査に必要な情報なのです。どうか正直に」
レミュザ氏の言葉に、恐る恐るというように、一人が手を挙げた。
修道女のイレーンだった。周囲の視線が一斉に彼女に集まる。若い修道女の顔は蒼白で、今にも泣き出しそうなほど震えている。
「シスター、ありがとう。他の方は?」
レミュザ氏が再び問い質した。渋々と言うように、修道女のシャロルトも手を挙げた。唇を硬く結んだ彼女の表情は、苛立たしげに見えた。
家族たちからどよめきが起こる。
「皆さん、お静かに。……では、シスター。いつ、どこで、そのような事を知ったのですか?」
「本に書いてあっただけよ。偶々、修道院に置いてあったから見たの。イレーンだって、それで知っただけでしょ」
シャロルトがぶっきらぼうに答えた。
「その本はいつから修道院にありましたか?」
「覚えてないわ」
「本当に?」
レミュザ氏がシャロルトの前に立った。
「一ヶ月と、二週間くらい前だと思います」
イレーンがシャロルトに代わって答えた。
「その本についてご存知の方は?」
「私は、牧師様が置いていかれたのかと……」
「知りません。そんな邪悪なものを修道院に置くわけがないでしょう」
牧師が首を横に振る。
奇妙にも、修道女たちが魔宴について書かれた本を見た時期と、魔宴の痕跡が見つかった時期は被っている。ただ、それだけで彼女たちが犯人だと決めつけるわけにはいかないだろう。
しかし、広間に集まった被害者の家族は、まるで毒蟲でも見るかのように、二人の修道女に軽蔑の視線を送っている。最早、魔女は彼女たちで決まりとでも言わんばかりに。
それでも、レミュザ氏は忍耐強く、調査を続ける姿勢を見せた。
「皆さんは、魔宴についても、魔女についても、あまりご存じないようだ」
そう言いながら、彼は鞄から水の入った瓶を取り出した。
円柱状の瓶にはコルクで栓がされており、コルクの中心に細長い金属ロッドが突き刺さっている。金属ロッドの先端には鎖が繋がっており、鎖は水中を通って瓶底にまで達していた。
一見して何の道具なのか、全く想像がつかない。
「かつては肌に針を刺して、そこから出血するか否かを見て、魔女を調べていました」
レミュザ氏は机に瓶を置いた。
「また、魔女が洗礼を拒むという理由から、魔女を河に落として、浮き上がってくるか見るという方法もありました」
どちらもあまりに古典的で、馬鹿馬鹿しい方法だった。
「異端審問官の中には、バネ仕掛けの針を使って、魔女を捏ち上げる者がいました。河に沈める方法は、最早、拷問です。この道具は、そうした教訓から作られたものです」
つまり、魔女か否かを調べるための道具ということのようだ。
「瓶の中身は聖水。このロッドに触れた時、何かしら反応があれば、疑わしい根拠となり得るでしょう」
そう言って、レミュザ氏は自ら金属ロッドに指先を近づけた。何も起こらない。続いて、僕にも金属ロッドに触れるように促した。
水に浸かった鎖に繋がった金属ロッドを触ったところで、何か反応が出るとは思えなかった。そして、僕が金属ロッドに触れた時にも、やはり何も起こらなかった。
「では、こちらと、もう一つ、瓶がありますので、順にロッドに触れてみてください」
レミュザ氏は鞄から別の二つの瓶を取り出すと、片方を卯月に渡し、イレーンに試すように指示した。そして、残った片方を持ち、シャロルトを手招きした。
「こんなもので、何がわかるっていうのよ……」
シャロルトはそう言いながら、金属ロッドに指先を近づけた。
その瞬間、火種が弾けるような小さな音が破裂音がした。シャロルトを見ると、指先を引っ込め、もう片方の手で抑えている。
「何か問題でも?」
レミュザ氏がシャロルトの顔を見据えた。
だが、次の瞬間、卯月が持っていた瓶からも破裂音が生じた。しかし、金属ロッドに触れていたのはイレーンではなく、卯月だった。
――まさか、卯月にも魔女の疑惑が?
僕がそう思うより先に、周囲の注目を集めたのはシャロルトのほうだった。
「やっぱり彼女が魔女なのよ! 今、彼女の身体に何かあったんだわ!」
ビーロー夫人がシャロルトを指さして叫んだ。
「静粛にお願いします。まだ、調査は終わっていません」
レミュザ氏の言葉にも、周囲の家族のどよめきはなかなか静まらない。その時、突然、アデーラが椅子から転がり落ちた。手足が痙攣し、口を食い縛って苦痛に満ちた表情を浮かべている。
「あ、悪魔憑きだ」
牧師が指摘すると、アデーラの周囲から波が引くように人々が離れた。婦人たちの中から悲鳴が上がる。
次第に痙攣は激しくなり、アデーラの全身を痙攣が襲った。
「落ち着いて。静かにしてください」
レミュザ氏はアデーラの頭を抑え、上を向くように傾けた。
「これは悪魔憑きではありません。皆さん、どうか落ち着いてください」
レミュザ氏が彼女を抑えている間、彼女の痙攣は数分程度、続いた。
「周りから物をどけて。怪我をさせないように」
痙攣はやがて収まったが、調査を続けられる状態ではなくなっていた。広間は騒然とし、魔女だと罵る声が繰り返し聞かれた。
レミュザ氏は牧師に指示し、集まっていた被害者の家族を外に出させた。
「彼女は癲病ですか?」
僕はレミュザ氏に尋ねた。
「恐らく。ただ、それを勘違いされて、魔女扱いされているようだ」
レミュザ氏は長椅子にアデーラを寝かせ、気分が回復するまで待つ必要があると言った。役場の窓から外を見ると、アデーラの夫のトードルが鬼の首を取ったように、魔女の正体が自分の妻であることを吹聴しているようだった。
癲病のことも知らずに、妻を魔女扱いしている無学な男に苛立ち、僕は役場の壁に拳をぶつけた。