魔女狩り 五 ~ 聞き取り調査
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酔っ払いに絡まれた後、僕は夜襲に怯えながら、なんとか修道院に辿り着いた。ここで断られると、他に当てはなかった。
僕たちの状況を察してくれたのか、修道士ヘンリクは嫌な顔一つせず、僕たちを迎い入れてくれた。年頃の若者を一つの部屋には泊めさせられないと言って、老修道士は個室を充てがってくれた。
「どうやら、お手間をとらせてしまったようですな」
修道士ヘンリクは眉間に指を押し当てて、申し訳なさそうに言った。
「この村は改革派が多い。使徒派は私を含めて修道士三人だけ。屍霊術のためにだけ置かれているようなものです」
ひび割れた修道院の壁を背に、修道士ヘンリクは静かに語り始めた。
「あまり我々と関わらぬほうがよろしいでしょう。女王陛下は使徒派の信徒を増やそうとしておいでですが、会衆には及ばぬ考えです」
「しかし、ジェピュエル総督府にも使徒派の司教座があるじゃないですか」
「それは……我々、下級聖職者では与り知らぬ立場のためのものです」
修道士ヘンリクは宗派間の話題には触れたくないようだった。
オットボーニ司教のように改宗に熱心な者もいれば、そうでない者もいる。総督府の司教は、教区内の改宗にそこまで力を入れていないようだ。
そして恐らく、ゼレムの村では改革派の勢力が強く、改宗どころではないのだろう。修道士ヘンリクは改革派の波に飲まれながら、辛うじてその務めに老身を捧げているように思えた。
「申し訳ないが、逗留を続けられるのであれば、明日には他の場所を見つけられたほうが良い」
そう言って、老修道士は部屋へと戻っていった。今の状況で、彼に頼り続けるのは難しいようだった。
迷惑をかけるわけにもいかないし、明日には修道院を出ざるを得ないだろう。
「明日にはもう帰るよね?」
修道士ヘンリクの足音が聞こえなくなった後、卯月が不意に言った。
「そうでしょ?」
卯月が僕の顔を覗き込む。
レミュザ氏も到着し、手紙を渡したことだし、この村に用は無かった。しかし、乗りかかった船ということもある。
「とりあえず明日はニコラスさんに挨拶しておこうと思う」
彼に会ってから、また考えよう。
「調査を手伝うつもり?」
「いや、そこまでは……」
「もし手伝うとしても、あまり無理しないで」
「大丈夫だよ、そもそも無理なんかしていないって」
嘘は吐いていない。しかし、だ。卯月は果敢に辻医者の調査に赴き、酔っ払いにまで立ち向かっているのに。僕のほうはどうだろうか?
ずっと彼女を頼って、心配させてばかりいる。
実に歯痒く、情けないことだった。彼女の評価が失望へと変わる前に、男として為すべきことを為さねば。
しかし、焦りは禁物というものだろう。こういう時に功を成そうとして突出する騎兵は、大抵、槍衾の前で死ぬものだ。
僕は軍人でなければ学者でもない。僕にできることはあまりにも少ない。
それでも、人を助けることはできるはずだ。
***
翌朝、僕たちはレミュザ氏が泊まっている宿へ向かった。
出禁になってしまったので、レミュザ氏を呼び出してもらう。
「やあ、おはよう」
彼は既に起きていたようで、無精髭も剃り終え、さっぱりとした顔で現れた。
「お呼び出ししてしまってすいません」
「いいんだ。私のほうから会いたいと言っていたんだからね」
レミュザ氏は旅行鞄を一つ持ち、快活な足取りで村の中心へと足を向けた。
「今日から早速、調査を行う予定なんだが、君たちに相談があるんだ」
「なんでしょうか?」
「調査の規模が想定より少々大きくなりそうでね。少し人手が欲しい。勿論、無料でとは言わないよ」
僕の心情としては、昨日助けてもらった恩もあり、レミュザ氏を手伝いたいと思っていた。レミュザ氏の言葉を聞き、僕は卯月の顔を見た。
彼女の表情は否定とも肯定ともとれない。あくまで、僕の判断に任せるつもりのように見えた。
「僕たちで良ければ、お手伝いしますよ」
「本当かね? ありがとう。助かるよ」
「いえ、そんな。僕たちは昨日、ニコラスさんに助けてもらってますから」
「恩着せがましくて、なんか悪いね。食費くらいしか出せないけど、お願いするよ。まずは村役場まで向かおう」
レミュザ氏は明るい笑みを浮かべ、僕の肩を軽く叩いた。状況が変わっても、僕は調査官の助手に収まるのが合っているようだった。
レミュザ氏は西のガリアの王国出身で、コルヴィナの事情に詳しいわけではなかった。博物学の本場であるガリアで活動していた経歴を買われ、ジェピュエル総督から招致されたということだった。しかし、それでいて気取ったところはなく、親しみやすさも持ち合わせている。
詐欺師じみた先生と違い、まさに正統で真っ当な博物学者と言うべき人物だった。
改革派の教会堂の隣に建つ村役場に着くと、その周りには朝にも関わらず、多くの村人が集まっていた。硬い表情で囁きあう女性の姿が目立つ。
「調査官殿、お待ちしておりました」
群衆の中からガストーニ牧師が現れ、レミュザ氏に挨拶した。
「既に告発されている者たちと、告発した者たちを集めております」
牧師は集められた村人たちを一瞥した。
「勿論、告発された全員が魔女だとは思ってはいませんが……怪しい者ばかりです」
声量を落として牧師はレミュザ氏に耳打ちした。
「ええ、そうでしょう。しかし、これだけの人数が告発されているとなると、調べるにも時間がかかります」
レミュザ氏は牧師とともに村役場へと入り、旅行鞄を開いた。鞄の中には見たことのない多種多様な道具が詰まっていた。
「かつては魔女であるかどうか、どのように調べていたかご存知ですかな?」
「身体のどこかに魔女の徴があるか否か、それを見ていたはずですが」
牧師はレミュザ氏の道具を訝しげに眺めながら答えた。
「かつてはそうやって魔女の目星をつけて、自白するまで取り調べていましたが、今は違います」
レミュザ氏は何の変哲も無いノートとペンを取り出し、僕に手渡した。
「まずは告発した者の言い分を聞きましょう。よほどの理由でない限り、告発は取り消していただきたい」
「なんですと?」
「今、申し上げた通りです。ただ怪しいというだけで魔女呼ばわりしても、本物の魔女を見抜くことはできません」
不安気な牧師に、レミュザ氏は告発した者を一人ずつ役場の一室に呼ぶように指示した。
僕と卯月も、聞き取りの記録を残すため、レミュザ氏とともに役場の中で待機する。やがて、一人の若い女性が部屋に入ってきた。
「あの……これは、どういうことでしょうか? 魔女狩りのための調査なのでしょう?」
女性は忙しく視線を動かし、居心地も悪そうに、促された椅子の上で小さくなった。
「勿論。大まかな事情はガストーニ牧師から伺っております。しかし、皆さんからも話を聞きたいと思いましてね」
「そうですか……。でも、私は子供を失ったばかりで……それが魔女の仕業だということしか分からないのです」
どうやら彼女は、子供を失った家の夫人のようだ。僕はすぐにペンを走らせてメモを取る。
「魔女を告発したそうですが」
「そうです。私たちコヴァーチ家、他にビーロー家とネーメト家の子供が亡くなったのですが、その三家が中心になって魔女たちを告発しました」
「魔女たち、と言うと……」
「魔宴に出ていた者たちです。彼らが、呪術で子供を……」
そこまで言うと、女性は俯いて涙を拭った。その姿は演技のようには見えないが、それでも、やはり子供の死と魔女を関連付ける理由は分からなかった。
「魔宴はどのようなものでしたか?」
「いいえ、分かりません……でも、その跡は残っていましたわ」
「誰が魔宴に出ていたかという確たる証拠や、目撃者はいないのですか?」
まどろっこしい問答に、つい僕は口を挟んでしまった。
「カミル君、彼女は魔女の仕業だという話しか知らないと言っていただろう」
レミュザ氏が振り返って宥めるように言った。
「まずは話を聞こう。さて……マダム・コヴァーチ、告発した相手について聞いても良いですか?どなたを告発されたのですか?」
「この一年で産婆をしていた人たちです。寄合で決めているのですが、しばらくの期間、決まった人が産婆をやることになっています」
「なるほど。直接、赤子に触れた経験がある者たちを疑っているというわけですね」
「その通りです。きっと、産婆の中に魔女たちがいるはずですわ」
その後も、ビーロー家とネーメト家の夫人、その家族や近しい者が取り調べに応じたが、話の内容はコヴァーチ夫人と似たようなものだった。誰が言い始めたのか分からないが、魔宴の痕跡が見つかり、魔女として産婆を疑い始めたという話だ。その三家に対して恨みか妬みか、害意を持った人間が産婆の中におり、悪魔と契約して子供を殺したのだという。
告発された人物は、産婆の経験がある改革派の修道会の修道女シャロルトとイレーン、居酒屋の未亡人マルギト、鞣革職人の妻アデーラ。さらに疑わしい人物として、かつて産婆を指導していた修道士ヘンリクも含まれていた。
四名の女性が魔女として告発され、修道士にまで疑いの目が向けられているというのは、あまりにも異常な事態だった。魔女に対する疑心暗鬼から、闇雲に告発が行われたとしか思えなかった。
それでも、レミュザ氏は告発を受けた人々の容姿や日常の様子を詳細に聞き取った。普段はどんな服装をしているか、教会に行くか、言動に怪しい点はないか。本当に彼らを疑うべきか、吟味しているようだった。
告発された者は皆、同様に貧しく、裕福な三家を妬む理由があるようではあった。しかし、修道女であれば清貧に励むのだから、修道女の貧しさは理由にならないようにも思える。結局、明確な動機は乏しく、その他には言いがかりに近い噂話が出てくるばかりだった。
シャロルトは過去に男といる所を目撃されており、貞操の意識が乏しいと噂されていた。
イレーンは周囲と馴染めず、それが呪術への興味に繋がっているという噂があった。
アデーラは悪魔憑きだと噂されており、夫からも疎まれ、告発されていた。
唯一、証拠が出そうな話は、未亡人のマルギトが怪しげな薬に詳しく、陣痛の際にもそれを使ったということだけだった。
修道士ヘンリクに至っては怪しげな噂なども無く、使徒派の修道士であるが故、改革派の村人との対立によって巻き添えを食っただけに思えた。修道士ヘンリクの疑惑については、レミュザ氏も話を聞きながら老修道士を擁護した。
「彼を疑う理由は見当たりませんね。告発に至ることはないでしょう」
順当ではあろうが、まず修道士ヘンリクの魔女疑惑は取り消される運びとなった。
しかし、それでも告発を行った者たちの多くは引き下がろうとしなかった。修道士への疑いは誤りかも知れないが、魔女はいるはずだと、頑として譲ろうとはしない。それだけ、名前の挙がった女性たちへの疑念が強いのだろうとは思うが、僕は同時に違和感も感じていた。
そして、それは最後に聞き取りに現れた人物によって確実なものになった。
部屋に入ってきたのは、昨日、レミュザ氏が取り押さえた酔っ払いの一人だった。
「お前らはあの時の……」
酔っ払いことアデーラの夫、鞣革職人のトードルは、舌打ちしながら椅子についた。なんともバツの悪い再会である。
自分の妻を告発するような相手だと知っていれば、遠慮は要らなかったのではないかとも思えた。実際、トードルの話は妻に対する愚痴や、修道女に対する侮蔑に終始した。ただ魔女を恐れ、一刻も早く魔女が消えればいいという、暗い心の内を吐き出す男の話は、参考になりそうになかった。
彼の望みは、調査官が誰でもいいから魔女を捕らえる。それだけのようだった。
しかし、トードルほど極端ではないにしろ、村人の多くはそのように考えている。漠然とではあるが、古い魔女狩りの信念に基づいて、魔女の犠牲を望んでいるのだと。
僕はそのように思えてならなかった。




