魔女狩り 序 ~ 火種
縄に繋がれた女たちが、騎士に引かれて通りを歩いていく。少女から老女まで、互いに無関係に見える女たちが、一本の縄で結ばれ、一列に並んでいた。
女たちは皆、顔を伏せ、裸足の足を引きずるようにゆっくりと進む。その様を、通りに面した家々の窓や扉の隙間から、怯えた家人の顔が覗いている。
――魔女どもめ!
路地の一角から現れた男が叫び、女たちの列に目掛けて石を投げつけた。放たれた石は一人の女の腕に当たり、薄汚れたブラウスの生地を裂いた。
切れ目から血が滲み、腕を伝って女を繋ぐ縄を濡らす。それでも、女は顔を伏せて表情を隠したまま、歩みを止めることは無かった。
村ではこの冬、家畜が次々に死に、雹によって麦は枯れ、葡萄は凍り付いて実が割けた。最早、この状況を聖人のように祈りだけで乗り切ることなど、村人には考えられなかった。
神の教えに背いた者がいるに違いない。そうでなければ、このような不幸が立て続けに起こるはずがない。
誰かが言った。
悪魔の仕業だと。
悪魔の手先となった者たちのせいで、村に悲劇が訪れたのだと。
村人たちのヒステリーはやがて悪魔と契約した者たちへと辿り着いた。彼らは夜な夜な集まり、悪魔に捧げる冒涜的な魔宴を執り行っている。
魔宴を目撃した少年の告発が、魔女の存在を裏付けた。そして、魔女たちは手枷を嵌められたまま、法廷へと連れ出された。
魔宴を見たという少年は、魔女を目にした途端、陪審員たちの前で恐怖に顔を歪ませ、痙攣を起こして倒れた。
判事は狼狽え、魔女たちの反論もろくに聞かぬまま、判決を下した。
――この者は、村に災厄をもたらした魔女である!
法廷に立った一人の魔女が泣きながら、少年の肩を揺さぶった。
「馬鹿な真似は止めなさい! こんなことをしても、誰も罰することはできないわ!」
その魔女が実の姉であっても、少年の反応は変わらなかった。
どうしてこんなことになったのか。
誰も分からなかった。いや、分かりたくなかった。
身内であろうとなかろうと関係ない。
あの少年の反応を見れば、一目瞭然ではないか。
魔女の呪いが、あの幼い身体を操り、苦しめているのだ。
狂気は村を蝕み、告発が止むことはなかった。
不安に苛まれて恐怖に怯えるよりも、怒りに身を委ねるほうが楽だったのかも知れない。だが、それが却って恐怖を蔓延させた。
魔女に対する仕打ちは、判決の下る前から日に日に酷くなっていった。ある者は拷問中に死に、ある者は獄中で凍死し、判決の前に死ぬ者も珍しくなくなった。
そして、最後に村は生贄を求めた。判決の下った魔女たちの死を。
騎士は村中を練り歩き、村の広場へと女たちを率いて、遂に止まった。白い法衣に身を包んだ背の低い司祭と、紅の法衣の異端審問官が、聖句を唱えて騎士を出迎える。
広場では怒りと恐怖の入り混じった村人たちと、立ち並んだ刑架が、女たちを待ち構えていた。刑架の下では薪が積み上げられ、薪に染み込んだ油の臭気が立ち込めている。
突然、刑架の前で女の一人が天を仰ぎ、聖典を諳んじ始めた。魔宴を目撃した少年の姉だった。
彼女は絞り出すように声を張り上げ、聖なる一節を唱えた。
――人を裁くなかれ。自らが裁かれんため
――お前たちの裁くその裁きで自分も裁かれ、お前たちの量るその計りで自分も量り与えられるであろう
悪魔と契約した者に、聖典を読むことなどできるわけがない。
村人たちは狼狽え、司祭と異端審問官を見た。司祭は広場の様子に怯み、異端審問官の顔色を伺っている。
――偽善者よ、先ず己の目から梁を取り払うがよい
異端審問官は臆する村人たちを一喝した。
「悪魔は時として、天使すらも装う!」
そして、鞭を取り出すと、女の頬を打った。湿った音が響き、女は地面に倒れた。
頬の肉が裂け、溢れ出した血が蒼白になっていた女の顔を赤く濡らした。彼女を助け起こす者は誰もいなかった。やがて血は地面に流れ、赤い水たまりをつくった。
目が冴えるほど明るかった女の赤毛は、血と泥に汚れて黒ずんだ。
痛みの中で、彼女が辛うじて目を開けると、村人たちの足の間から、弟の姿が見えた。エメラルドのような、同じ碧色の瞳が自分を見返している。だが、彼女はその虚ろな瞳に、感情らしい感情を見出すことができなかった。
異端審問官の指示の下、列の前方に並ぶ者から順番に、魔女たちは刑架の下へと引っ張り出された。一人、また一人と順番に縄が解かれ、代わりに刑架へと磔にされていく。命を乞う者も、泣き喚く者もいなかった。
ただ、魔女の遺した数少ない家族から、時折すすり泣く声が漏れた。
やがて、頬を打たれた女の順番が巡ってきた。女は異端審問官から怒声を浴びせられながら、力無く立ち上がった。
最早、聖句を唱える気力すら消え失せていた。
ただ、彼女の胸の中では、弟に対する困惑が蟠り続けていた。
弟が何を見て、何を考え、何故このような結果をもたらしたのか。
彼はただの大人しい少年だった。
目立たず、口数も少なかったが、決して頭の悪い子供ではなかった。姉とともに教会に通い、祈りを捧げ、ささやかな生活を送ってきた。
至って普通の少年だ。
それが、魔女と断じられた者の前では半狂乱になり、痙攣を起こして倒れるとは。まさか、本当に魔女がいたのか。これは呪いなのか。自分も弟も呪われているのか。
――どうして?
声にならぬ疑念は、誰に向けられることもなかった。そして、最期まで、彼女がその答えを知る機会は無かった。
異端審問官の号令により、村人たちが薪に火を灯した。
18/03/24 現在、三章本編を執筆中です。投稿は今しばらくお待ちください。また、本序文について、今後、加筆修正する可能性があります。




