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亡者狩り 十四 ~ 復活の真相

 ミハーイ師は両手を縛られ、冷たい床に座ったまま、ぽつりぽつりと自白を始めた。その内容は次のようなものだった。


 ミハーイ師の下を修道士(フラ)ヤーノシュが訪れたのは、ある冬の日の夜更けだったという。修道士(フラ)ヤーノシュは倒れたローベルト師を抱えて、牧師館に現れた。


「牧師様、お赦しください。私は恐ろしい罪を犯しました。そして、その罪を興行師の一人に知られたようなのです……」


 彼は震えながらミハーイ師に助けを求めた。

 普段から激しやすい性格の修道士(フラ)ヤーノシュが、勢い余ってローベルト師に手を出したことは明らかだった。彼の腕にはローベルト師との乱闘の結果が傷跡となって残っている。しかも、その現場を市内に逗留している興行師の一人に見られており、既に脅されているようだった。

 ミハーイ師は狼狽える修道士(フラ)ヤーノシュを宥めながら、この事件を収める方法を思案した。


「誰でも何でも治療するという辻医者の一行が市内に泊まっていたはずだ。連中を呼ぶんだ。お前を見た興行師も一緒に」


 ミハーイ師は修道士(フラ)ヤーノシュに命じ、教会堂の地下室に辻医者と興行師の一人を呼び集めた。ミハーイ師は興行師に自らの計画を語った。ローベルト師の面皮を使って、彼を復活させると。


 興行師はすぐに話に乗ってきた。見世物の下働きではなく、自分が聖者になれるのだから、美味い話だった。

 そして、ミハーイ師は辻医者たちとも取引した。金をやるから、この男を診てくれ。さもなければ、市内からは一歩も出させないと。


 辻医者たちは見世物の手間賃の半分で手を打つと言った。それはあまりにも大きな費用だった。しかし、ミハーイ師もここで食い下がるわけには行かなかった。


「よかろう。金なら幾らでもくれてやる」


 辻医者たちはローベルト師の面皮を剥ぎ取ると、興行師に移植した。その様子を見た修道士(フラ)ヤーノシュは、あまりに凄惨な結果に正気を失ったようだった。彼はミハーイ師に命じられ、顔を失ったローベルト師を納棺したが、遺体を奪われるという失態を犯した。


 狂気に至った修道士(フラ)ヤーノシュは、ミハーイ師にとって最早お荷物に過ぎなかった。修道士(フラ)ヤーノシュはミハーイ師の下からも逃げ出すと、ローベルト師の死を触れ回った。自分の犯した罪も忘れて、ローベルト師の最期を歪曲して叫び続けたのである。

 そして、憐れにも自ら首を吊って死んだ。


 副牧師と修道士の死を恐れた市参事会は、興行師を市外へと去らせるため、ミハーイ師を頼った。結果的にミハーイ師にとって、修道士フラヤーノシュの死は都合の良いものとなった。ミハーイ師は市から見世物の手間賃を受け取ると、半分を興行師たちに、残り半分を辻医者たちに与え、それぞれ市外に追いやった。


 計画はすべて順調に進んだ。消えたローベルト師の遺体以外は。

 雇った墓暴きはローベルト師の墓を暴いたものの、棺が空だったため、遺体を見つけることすらできなかった。しかし、そうした悩みの種も、ミハーイ師の頭の中で次第に小さくなっていったようだった。


 偽ローベルト師とともに《奇跡》を演じ、ミハーイ師は住民から金を巻き上げることに成功した。やがて、御しやすい信徒に囲まれ、彼は図に乗らずにはいられなくなった。そして、教区長の地位を脅かすため、改革派を名乗り始めたのだった。それが転落への始まりとも知らずに。


 ローベルト師、修道士(フラ)ヤーノシュ、偽ローベルト師、そしてマリア。今、僕たちの前で縛られている、一人の男の醜い欲望によって、多くの命が失われることになった。

 しかし、ミハーイ師もまた自らの強欲さによって、自らを陥れたのだった。あまりにも愚かで身勝手な真相に耐えきれなくなったように、教区長は膝から崩れ、顔を手で覆った。



***



 翌日、馬を盗んだかどで起訴されかけた少尉のため、僕たちは市庁舎を訪れた。真面目な少尉は借りただけだと強情に反論し続けていたので、結局、先生が代わりに罰金を払って片を付けた。こういう時に限って、真面目な性格の者は損をするのだ。


 マリアを殺し、牢に囚われていた教区長であったが、彼女も少尉と同じく罰金のみで釈放されていた。その罰金の額が少尉のものよりも少なかったというのだから、僕たちも納得しかねるところがあった。


「一体どういうことなんでしょうね。馬泥棒より少額なんて」


「まあ、人命よりも家畜のほうが……いや、一応、聞いておくか」


 僕たちはホルティ氏に事情を聴いた。


「調査官殿が世話になっていた聖カタリナ修道院付き教会の屍霊術士の根回しですよ。全く、手際の良いものです」


 面会に応じたホルティ氏は書記官を呼んで教区長の裁判に関係する書類を取り寄せてくれた。判事の下には、福音派の信徒による減刑の嘆願書と、ユーリヤ・オルロフの署名の入った証言書が送られていたという。


「ユーリヤ・オルロフ……。そういえば、何か重大なことを忘れているような……」


「それって、もしかして、ローベルト師の遺体のことですか?」


 その言葉に、先生は目を見開いた。先生は僕と少尉を連れて、急いで馬車を修道院付き教会へと向かわせた。


「間違いない。彼女だ。遺体について何も聞いてなかったから、答えなかったんだ」


「どういうことです?」


「彼女が遺体を盗んだんだ。賭けてもいい」


 十分にあり得る話だ。ユーリヤの病的な奇態と守銭奴ぶりを思い出し、僕は歯痒くなった。

 僕たちは急いで修道院に戻ったが、そこにユーリヤの姿は無かった。


「お帰り」


 修道服姿の卯月が広間に顔を出す。


「オルロフはどこに行った?」


「教会堂の地下に行った。人体解剖が解禁されたから、解剖の準備をするって――」


 卯月の言葉を最後まで聞かず、先生は今度は教会堂へと走った。出遅れた僕は修道院の入り口で転び、卯月に助けられた。

 僕たちが到着した時、教会堂の地下では、ユーリヤが解剖道具を揃えて、解剖助手とともに棺を運搬している最中だった。


「待て待て! 待て!」


 先生は大声で彼らの中に割り込んで行った。


「一体何なのデスカ? これから忙しくなるというのに」


「話がある」


「それは後にしていただきたいのデス。ご覧の通りこれから解剖を始めるのデス」


「どうして教区長をすぐに釈放させたのか知りたい」


「それを話すには今は些か人が多すぎるのデス。それに証言書は判事に送り届けたのデス。判事以外に理由を知る必要は無いはずなのデス」


「減刑の嘆願書ではなく、君の証言書が決め手になったということで間違いないんだな」


 先生がユーリヤへと詰め寄った。


「……ワタシとしたことが口が滑りまシタネ」


 ユーリヤはしばらく目を泳がせ、仕方ないといった様子で解剖助手に上階で待機するように指示した。


「福音派の彼女が教区長でいてくれないと我々も困るのデスヨ。だから必要なことをしたまでのことデス」


 ユーリヤは悪びれた様子もなく、いつもの囁き声で語った。


「しかし、どうやって罰金刑だけで、すぐに教区長を釈放できたんですか?」


「その理由を知りたいを仰るのデスカ? アナタは本当に強欲なのデスネ」


 しかし、今回のユーリヤは托鉢の小さな鉢を用意しなかった。


「どうせ判事を買収して聞けばすぐに分かることなのデス。今ワタシが喋ったところで誰も損をしないのデス。教区長ご本人以外は」


 教区長以外は損をしないとは、どういう意味なのか。僕には見当がつかなかった。


「ローベルト師は実直で愛に溢れた人物デシタ。人々から尊敬を集め清貧に努め常に自らを律していた。だからこそ……」


 ユーリヤは言葉を切って大きくため息をついた。


「だからこそ彼は婚約者である教区長に財産を残さなかった。それは彼が自分の財産を分け与えていたからデス。ある特定の一人の人物に」


 まさか。その相手というのは。


「ローベルト師はマリアと不倫関係にあったのデス」


 だから、マリアを殺した罪が大きく減刑されたのか。ユーリヤの証言によって。


「愛も財産も奪われ罪を犯した彼女をワタシは見ていられなかったのデス。(おぞ)ましい姦通の事実を白日の下に晒すことになってしまい教区長には申し訳ないことをしまシタガ……彼女の地位と名誉を守るためには仕方のない処置だったのデス」


 ユーリヤは銀髪を振り乱しながら顔を手で覆い隠し、わざと悲劇的に語った。


「本当はこのようなことを知るべきではなかったのかも知れまセン。主よ。ワタシはなんと罪深いのデショウ」


 そこまで言うと、ユーリヤは姿勢を改めて托鉢の小さな鉢を用意した。


「さて他に何か知りたいことはございまセンカ? どうせ時間に余裕があるなら有効に使うべきなのデス」


 一瞬で守銭奴に戻ったユーリヤに対しても、まだ聞くべきことは一つだけ残っていた。


「顔の無い遺体は……どこにあるんですか?」


 面皮を奪われた本物のローベルト師の遺体を隠しているのか。聞かねばならなかった。


「それなら今まさに解剖の準備をしていたところなのデス」


 鉢で硬貨を受け取ると、ユーリヤは床に置き去りにされていた棺を振り返った。


「誰だか分からないので解剖実験には丁度良いと思っていたのデス」


 ユーリヤが棺の蓋を開くと、中には腐敗し始めている遺体が入っていた。


「随分と放っておいたので少し損傷していマスガ助手の練習台としては十分デスネ」


 ユーリヤとともに僕たちは遺体を覗き込んだ。綺麗に、そして残忍に、面皮を削ぎ取られた頭は肉が剥き出しになり、既にグロテスクな臓器標本のようだった。これが本物のローベルト師の遺体のはずだ。


 あまりにも痛ましい姿に、さらに発狂した修道士(フラ)ヤーノシュの屍人形の顔が思い出され、僕は吐き気を覚えた。


「これが本物のローベルト師の遺体か……」


「ローベルト師の? まさかこれが。なんと恐ろしいことデショウ」


 ユーリヤはそれまで乱雑に扱っていた遺体に対して、ようやく思い出したように十字を切って祈りを捧げた。


「彼の死因は?」


 先生がぽつりと尋ねた。


「死因についてはよく見てみないと分からないデスネ。さて」


 ユーリヤは四枚目の硬貨が鉢に入ったところで、ようやく手を動かし始めた。彼女は首を調べ、そして眉をひそめながら、今度は徐に遺体の口を開いた。


「これはこれは」


 ユーリヤは遺体の口を見てから、合点がいった様子で指を離した。その指は僅かに震えていた。


「死因は何だ?」


 先生がユーリヤに再び尋ねた。


「遺体の歯には木片の屑が残っているのデス。つまり面皮を剥がれた時には木片を噛まされていた。生きていたということデス」


 ユーリヤは双十字のロザリオを取り出すと、それを固く握りしめた。


「ローベルト師は首を絞められて気絶したが生きていた。そして手術にも耐えた。彼の死因は自ら舌を噛み切ったことによる自殺デス」


 そう言うと彼女は棺の前に(ひざまず)いて、初めて修道女らしく、ローベルト師の魂の救済を祈り始めた。

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