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亡者狩り 十二 ~ 種明かし

 その日、《火の試練》の終了後、先生はホルティ氏に市庁舎まで呼び出された。先生は僕だけでなく、帝国軍の士官二人を呼び、さらに卯月も連れて市庁舎へ向かった。相手の呼び出しにそのまま応じるほど、先生は単純にできていないようだった。


 書記官に取り次がれ、僕たちは再び市庁舎の大会議室へやって来た。士官の一人には、大会議室の扉の前で待機するように、先生は指示した。大会議室に入ると、そこにはホルティ氏の他に誰もいなかった。


「私は調査官殿お一人をお呼びしたつもりだったのですが」


「何か問題でも?」


「いえ……」


 ホルティ氏はあくまでも笑顔を崩さず、議長席に着いた。


「お待ちしておりました。どうぞ、お掛けください」


 ホルティ氏は職人組合(ギルド)会員の名士たちが座っていた席に僕たちを促した。先生と卯月、僕は長テーブルに着いたが、少尉は直立したままだった。彼は窓際に立ち、鋭い目で窓の外を見ている。


 先生は予め士官二人に、とにかく警戒を怠らないように指示していた。護衛に対してわざわざ釘を刺すということは、また流血が起こる予感がした。あるいは、機先を制して、暴力沙汰を抑止したいということなのかも知れない。いずれにしても、今回の会談は友好的な雰囲気ではなかった。


「今回の御用向きは?」


「私ども市参事会は市民によって構成されております。市参事会は市の代表であり、市外の人間が市政への干渉を行うことを望んでおりません」


「……」


「率直に申し上げますと、調査を打ち切っていただきたいのです」


 ホルティ氏は書類を手に取った。市からの退去命令書だ。


「わざわざそんなものを御用意いただくなくとも、調査が終われば我々は去りますよ」


「貴方は司教殿に、何か入れ知恵しましたね」


「それが何か問題でも?」


「それは調査官としての権限の範囲を超えていると、私は考えている」


 ホルティ氏は自分の権力が及ぶ限り、先生を妨害しようという腹積もりのようだった。その最初の一手が退去命令というわけなのだろう。しかし、この程度で先生が引き下がるとは思えなかった。


「調査官殿、貴方は司教殿から金を受け取って、彼女が《火の試練》で名声を得るという企てに協力した」


「何を仰っているのか、わかりかねますな」


「貴方は自らの利益のため、司教殿と共謀して、改革派教会を貶め、市内の平和を乱したということです」


 ホルティ氏は詰め寄るように述べた。


「すべては調査の一環です。《迷信狩り》として、くだらない嘘を見抜くのが私の仕事ですよ」


 そう言いながら、先生は声を出して笑った。


「ローベルト師とミハーイ師。どちらもくだらない嘘吐きに過ぎない。担がれているのは貴方のほうでしょう」


「私が? 一体何を……貴方はご冗談がお好きなようだ」


 微笑みながら、しかし、ホルティ氏の口元は僅かに歪んでいるように見えた。先生に対する苛立ちを隠しきれない様子だ。


「ホルティ殿。もういい加減、手をお引きになったほうが良いですよ」


「何ですか、いきなり」


「この茶番に付き合っても、貴方には得が無いということです」


 先生は少女の笑顔を崩さず、穏やかに述べた。


「デヴレツィア市に対する小麦の輸出で、随分とヴァルド市は潤ったようですな」


「何の話ですか」


 ホルティ氏は眉をひそめた。ここでそんな話が来るとは思っていなかったのだろう。


「周囲の村から小麦を融通して欲しいという請願があったにも関わらず、それを無視してまで、デヴレティア市に貸しを、いや、借りを作るほうが良かったということですかね」


「何を根拠にそんなことを……」


 ホルティ氏が言い切る前に、卯月が不作の村で作成された請願書の写しを差し出した。


「書記官から聞きましたよ。小麦は本来、この請願書の通り、村へ送られるはずだったようですね」


 先生が小麦の出荷表の写しを長テーブルに放り投げた。


「それは……よくある手違いです。誰にでも間違いはあります。これからは注意するように書記官に伝えねばなりませんな」


 ホルティ氏は釈明したが、少しも反省していないような素振りだった。


「貧しい村に小麦を融通するより、デヴレツィア市からすぐに金を受け取るほうが良かったということですね」


 先生はホルティ氏の釈明を無視して話を続けた。


「小麦の売買で、改革派の聖都であるデヴレツィア市の意向を市政に取り入れ、ローベルト師たちを野放しにしたのは、誰なのでしょうか」


 先生は笑顔のままホルティ氏を見つめている。


「……まさか、私を脅迫するおつもりですか?」


 ホルティ氏はテーブルに肘をついて、眼鏡を押し上げながら言った。


「おやおや。ようやくお気付きになられたのですか?」


 先生は再び声を上げて笑った。


「そうですとも。もう終わりですよ」


 突然、先生は威圧するように低く抑えた声を出すと、立ち上がってテーブルに拳を叩きつけた。

 その衝撃で、ホルティ氏が思わずテーブルから肘を離した。


「私は飽きたんだよ。奴らの下手な芝居にな。言われなくても、こんなところから早く去りたいんだ」


 先生の顔は相変わらず貼り付けたかのような少女の笑顔のままだった。


「カミル君、君から我々の調査結果を説明したまえ」


 突然の指名に、僕はひとまずテーブルから立ち上がった。


「結論から言うと、ローベルト師は聖者ではありません。僕たちと変わらない、普通の人だと思います。ミハーイ師も同じです」


 僕の言葉にも、ホルティ氏は苦々しい表情で黙ったままだった。

 僕は、《火の試練》がその仕組みを知っていれば、誰でも可能であることを説明した。結局、《火の試練》は群衆全員が騙されていただけに過ぎなかったのだ。


「待て。では何故、ローベルト師は二回目の挑戦を受けなかった?」


 説明の途中で、ホルティ氏が顔を上げた。


「それは、彼が目隠しをしていたからです」


「目隠し?」


 二回目の《火の試練》では、先生の指示で一回目と違うところがあった。それは、炎の廊下の形状だった。


 一回目では直線に作られていた炎の廊下を、二回目では弧を描くように作り変えたのだ。目元に包帯を巻いているローベルト師が、そのまま直線に歩いていけば危険な火柱に直撃するように。ミハーイ師はそれを察して、挑戦を受けることを避けたのだった。


「それでは、ミハーイ師が代わりに渡れば……」


「彼の体質では、恐らく難しかったのだと思います。汗をかきやすいと、薪が濡れている時と同じで、火傷してしまうんです」


「たったそれだけの理由で……」


 ホルティ氏は唸って顔を伏せた。だが、彼はまだ諦めていなかった。


「《火の試練》が偽りだったとして、彼の治癒の奇跡はどう説明する?彼は手足が痛むという村の女を治したそうじゃないか」


 そういえば、そんな話もあったような記憶がある。そんなことは単なる嘘や噂に過ぎないのではないだろうか。だが、僕が答えるよりも先に、卯月が言葉を発した。


「彼らは麦角中毒の人を診ただけ」


 麦角中毒。麦角は小麦の病気だ。確か、卯月が巡察に訪れた小麦不足の村で、麦角中毒で手遅れになった病人がいたはずだ。


「麦角中毒にかかると、手足に痛みが出て、幻覚を見る」


「ローベルト師は、その麦角中毒を治したのではないのかね?」


「ヴァルド市にはちゃんとした食糧がある。それを食べていたから治ったの。不思議な力でも何でもない」


「治癒もローベルト師は無関係だと……?」


「そう。酷くなる前に、病気にかかっていない小麦を食べていれば、自然と治る。それだけ」


 つまり、治癒の奇跡もやはり、誰にでもできることだったということになる。暗示にかかりやすい人を使い、それが彼の力だと思い込ませていただけだったのだ。


「病人を診てた辻医者にも聞いた。今、辻医者の一人がヴァルド市に戻ってきたから、その人に聞けば分かるよ」


 そう言って、卯月は説明を締め括った。


「……よく分かりました。皆さんの調査報告、確かに理解しました。私もその通りだと思います」


 ホルティ氏は観念した様子で、髪をかき上げながら言った。


「しかし、ローベルト師とミハーイ師は勝手に福音派教会を離脱し、自発的に説教を行っていただけです。市には関係無い。彼らと私は一切、無関係だ」


 ホルティ氏は退去命令書を取り下げた。


「もう少し粘られるかと思いましたよ」


 先生は穏やかな口調に戻って言った。


「あの二人を庇って、市を犠牲にすると? 私もそこまで馬鹿じゃない」


 ホルティ氏は眼鏡を外し、絹のハンカチでそれを拭いた。

 ホルティ氏は市のためという体裁をとったが、保身に走ったというほうが的確に思えた。しかし、これ以上、彼を追い詰める意味もないだろう。ローベルト師たちは市の後ろ盾という最大の加護を失ったのだから。


「最後に聞いておきたいのですが……《水の試練》、あれはどういうカラクリなのですか?」


 ホルティ氏は眼鏡を掛け直すと、力なく笑みを浮かべながら尋ねた。


「あれは、鏡を使った奇術です」


 僕は《水の試練》について説明を始めた。


 ローベルト師は足枷をはめられ、穴の開いた棺に閉じ込められていた。しかし、手は自由に動かせる状態だった。棺が沈んだら目隠しを取り、予め隠し持っていた合鍵で足枷を外すことができたはずだ。そして、足枷を外した後は、棺から脱出すればよい。


 ヴァルド市で使われている棺は、福音派教会が死体を勝手に取り出すことができるように、裏蓋が付けられていた。ローベルト師は棺の裏蓋を開き、観衆の目を盗んで棺から脱出したのだ。そして、水中を泳ぎ、改革派教会から盗まれた大鏡が設置された橋脚まで移動した。橋脚には小さな角度をつけて大鏡が設置されており、その隙間に彼は隠れたのである。


 河は直線に流れているわけではないから、隣の橋から見られても、橋脚の影に隠れている限り、ローベルト師が見えることはない。たとえ影になっていない位置でも、大鏡が隣の橋脚を映し出し、彼の姿を隠してくれる。あとは、合図である群衆の讃美歌が終わるまで、大鏡の裏で静かに待機しておく。最後に讃美歌が終わる頃合いを見計らい、彼は泳いで棺に戻り、自分で足枷をつけて状態を復元したのだ。


 これが、僕の推理した《水の試練》の仕組みだった。


「橋脚を調べれば、鏡が見つかるはずです。それが証拠になります」


「そんな大掛かりなことをしていたのか……」


 ホルティ氏は椅子に背を預け、ため息をついた。


「すべてお見通し、というわけですな。皆さんは実に、大した調査隊だ」


 ホルティ氏が完敗したというように僕たちに拍手を送った。

 その時だった。廊下から怒声が響いた。大会議室の扉を見張っていた士官が誰かに警告を叫んでいる。僕が振り返った瞬間、大会議室の窓ガラスが割れた。


「危ない!」


 少尉が空いているテーブルを倒し、壁を作った。石が窓ガラスを破ると、続いて爆薬が投げ込まれた。


「窓から離れて! こっちだ! 頭を伏せろ!」


 少尉に誘導され、僕たちはテーブルの影に隠れた。爆薬が火を噴き、辺りに煙が充満した。


「何なんだ、これは」


 ホルティ氏が頭を抱えて呻いた。


「ここからも連中に情報が筒抜けだってことですよ、ホルティ殿」


「何だって?」


 廊下から発砲音が聞こえた。士官が銃を撃ったらしい。しかし、銃撃はそれだけだった。窓からの投擲物も無く、襲撃は脅しだけで終わったようだった。少尉の機転のおかげで、僕たちは誰も怪我することなく難を逃れた。


「きっと書記官の中にも連中に買収されて、今の会話を盗み聞きしていた奴がいたということでしょうな」


 先生は上着の埃を払いながら立ち上がった。


「所詮は悪足掻きですよ。これで市も、連中を追い払う理由ができたはずです。まあ、連中は勝手に自滅すると思いますけどね」


 先生は扉を開いて外の様子を伺った。

 外にいた士官も無事のようだった。廊下の調度品が壊れていたが、人に被害は無かった。僕たちは士官たちに護衛されながら、騒然としたままの市庁舎を後にした。

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