迷信狩り 第一部 設定および後書き
本連載作品「迷信狩り」の第一、二、三章をまとめて第一部とし、設定および後書きをまとめた。
本編のネタバレはないので、最初に適当に読み流していただいても構わない。
投稿時点で三章の連載中ではあるが、設定が多くなってきてしまったのでまとめておく。
後書きとしては長くなってしまうため、一編分を以下に記載する。
主要な登場人物:
カミル:
王冠諸邦コルヴィナから帝都の大学に留学している、平凡な大学生。本作の語り手。
同年代の男性よりも長身。
担当教授の薦めにより、ワーズワースの助手として、怪現象の調査を行う。
カーロイ・ジグモンドの学友であり、大学では自然哲学を専攻している。
真面目で打たれ強いが、遠慮しがち。ワーズワース曰く無口。
ミシェル・ワーズワース:
アルビオンの連合王国出身で自称、博物学者。通称・先生。
可憐な少女の顔に、深いバリトンの声を持つ、性別も年齢も不詳の怪人物。
コルヴィナの王立アカデミーの委任により、アルデラ伯領での怪現象の調査を担当する。
高名な博物学者ルークラフトの一番弟子を自称し、新大陸で植生の調査を行っていた。
社交的だが嘘吐きで身勝手な傾向がある、いわゆるサイコパス。カミル曰く詐欺師。
松本 卯月:
カーロイ家に仕えていた松本夫妻の一人娘で、庭師の少女。
眉の近くで切り揃えた艷やかな黒髪と切れ長の目を持つ東洋人。
ジグモンドとは主従を越えた強い信頼関係があり、庭園を一人で任されていた。
ワーズワースを迎える晩餐会での事件をきっかけに、陰謀の疑いをかけられる。
几帳面で観察眼に優れるが、価値観の違いもあって人付き合いは不慣れ。
カーロイ・ジグモンド:
王冠諸邦コルヴィナの東部に位置するアルデラ伯領の領主。通称・伯爵。
神経質で笑顔もぎこちない若者。
コルヴィナを牛耳る大貴族の一人だが、その重責を疎んじている。
科学への興味が高じ、地元の大学に屍霊術の学部を創設するなど、その啓蒙には熱心さを示す。
貴族にしては珍しく素朴で正直な性格だが、内向的で政治は不得手。
ヴィルジニア・オットボーニ:
共和国の商家出身で、アルデラ伯領内のヴァルド市の女司教。通称・司教。
編み上げた金髪に蒼い瞳。
お目付け役のアウレリオ司祭とともに、使徒派の信徒が少ないヴァルド市に配属された。
実家は莫大な財産と権力を持っており、それを背景に司教に上った節がある。
信仰に篤く公明正大な性格だが、世間知らずで尊大ともとれる言動を取ってしまうことも。
ニコラス・レミュザ:
ガリアの王国出身で、ゼレムの村で調査官を担当している博物学者。
亜麻色の髪に精悍な顔立ち。
魔女に関する造詣が深く、魔女の恐怖に陥ったゼレムの村での調査を主導する。
騒動が大きくならないように注意深く調査を進め、慎重に証拠を集める手法をとる。
寛容で冷静な性格。カミル曰く正統で真っ当な博物学者。
宗教:
教会:
横軸が二本の、いわゆる双十字架をシンボルとする宗教組織。
教会は以下の三つの宗派に分かれている。
使徒派教会:
主に帝国、西のガリアの王国、コルヴィナ西部などで勢力を持っている。
教皇を頂点として、司教や司祭による階級構造を持ち、上位者への服従を徳とする。
現教皇の方針により、宗教的解釈を棚上げして、屍霊術を受容している。
福音派教会:
主にコルヴィナ東部、アルビオンの連合王国、北方の連邦共和国などで勢力を持っている。
聖典や福音書の教えを至上とし、信徒自身の信仰に宗教的解釈を委ねる部分が大きい。
一部の進歩的な修道会は屍霊術だけでなく、解剖学にも手を染め、それをビジネスとしている。
改革派教会:
主にコルヴィナ東部、帝国の北部などで勢力を持っている。
福音派同様に聖典や福音書の教えを至上としているが、教皇だけでなく屍霊術も否定している。
貧しい農民や低位の貴族たちの間で、反動的に広まり続けている。
異教:
東方の君侯国などで信仰されているものは、正式には月教と呼ばれている。
東洋にはさらに異なる異教が存在している。
作中簡略年表:
200年前…異教徒の君侯国との戦争により、コルヴィナ王国が分裂し、帝国統治下の王冠諸邦コルヴィナと三つの公国に分かれる。公国は異教徒の衛星国となる。
100年前…屍霊術が開発される。
50年前…帝国が異教徒の衛星国となっていた地域を調略し、異教徒の君侯国に対して勝利を収める。王冠諸邦コルヴィナが統一される。
10年前…異教徒の君侯国の反撃により、コルヴィナが再び分裂する。ジェピュエル公国が帝国統治下のジェピュエル総督府となる。和平条約を以て、帝国+コルヴィナ 対 異教徒の君侯国の戦争が終結する。
6年前…先代の皇帝が没する。帝国内で継承戦争が勃発し、帝国が皇女軍と選帝侯同盟軍に分裂する。
5年前…皇女がコルヴィナ女王に即位する。コルヴィナの大貴族が皇女を支援する。
2年前…カミルがコルヴィナの大学から帝都の大学へ留学する。
1年前…皇女軍が選帝侯勢同盟軍の皇帝候補を打ち破り、皇女の夫が正式に皇帝に即位する。選帝侯同盟軍との戦争は継続する。皇女が皇后となり、女王としてコルヴィナの王立アカデミーを承認し、怪現象の調査を奨励する。
現在…早春にカミルとワーズワースがアルデラ伯領を訪れる。
後書き:
この作品の第一部は怪現象を調査するという体で謎を解いていく、いわゆる推理小説である。
しかし一方で、モデルとした一八世紀中葉の中欧および東欧の風俗を主眼においた歴史小説でもある。
ただし、厳密な歴史小説としての構想は、筆者自身の考証不足や一部のトリックの整合性のため、近世ヨーロッパ風ファンタジーという形へ変化せざるを得なかった。
読者の捉え方によっては歴史とSFとミステリーがごちゃ混ぜになったキメラにも見えるかも知れない。
そんな混沌とした中で、第一部の通底にあるのは当時の食糧事情と性的関係であり、これは各話の事件にも共通するテーマである。
民衆の関心と言えば、結局、食と性に収斂する。これはどのような時代でも変わらない。読者も勿論、これらの要素を求めていると、筆者は確信している。
作中の舞台は、貴族の居城、地方都市、辺境の村と移り変わっていくが、それぞれの場所で異なる視点からこのテーマを扱っている。
博物学者たちは新たな動植物を探し、それを研究したが、同時にそれらの有用性、即ち食せるかどうかについても重大な興味を示した。
ジャガイモ、トマト、トウモロコシ、砂糖。そして、採掘された銀は中国への茶の代金へ。
観賞用として輸入された中国産の金魚が、欧州の貴族の食卓に上ったように、新大陸、新世界の動植物はヨーロッパ人の胃袋を満足させるために利用された。
だが、それはヨーロッパ内での小麦や森林資源の不足の裏返しでもあった。
博物学者の情熱を支えたのは、世界規模に広がった貿易システムと、彼らの食欲だったと言っても過言ではないだろう。
一方で、科学による新たな世界観の解釈が登場する中で、教会はさらに権威を失っていく。
貞操の教えは蔑ろにされ、淋病を始めとする性病の流行は階級を問わず激しくなった。
貴族も農民も相続時の財産分与による貧困化を避けるため、性行為には慎重にならざるを得なかったが、その徹底は教会の指導をもってしても不可能であった。
黒ミサが広まり、上流階級も隠れて淫らな行為に及び、こぞって堕胎薬を買い求めた。
このような風紀の乱れもまた、新たな時代に向けた一つの潮流だったのかも知れない。
以上のような簡単なまとめではあるが、食と性こそが、第一部の隠れたテーマである。
のんびり農業して料理を作ったり、ハーレムで女性を囲ったりなどといった、なろう系ノベルとして人口に膾炙する展開は皆無だったが、如何だっただろうか。
執筆に関して、このようなテンプレから外れた初心者の処女作に対して、様々な助言をくださった某掲示板の皆様には本当に感謝している。
当初、ミシェル・ワーズワースは美少女探偵、それに付き合うワトソン役としてカミルは考え出された。
しかし、紆余曲折を経て、ワーズワースは事態を引っ掻き回す怪人物となり、カミルは彼をサポートしながらも推理を行う能動的キャラになった。
結果的にこうしたキャラ設定の良し悪しは、筆者自身も分からないが、書いていて楽しかったことだけは確かである。
長々と書いてしまったが、すべての読者の皆様に、最大の感謝の思いをお伝えして、後書きも終わりとさせていただきたい。
初めてミステリーを書いたので、執筆を開始してから土壇場でトリックや推理手順を考えるなど酷い状況だったが、皆様のおかげで走り切ることができた。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
追伸:第二部は謎の学舎で上位者を狩ったり新大陸でドスジャグラスを狩ったりすると思います。