ある日出会いましました~クマさんではなくて
木之本心カは前の大分草臥れた5階建ての建物を見上げた。
一階が何かの飲食店をしているようだ。だが営業時間ではないのか今は閉まっている。
「木之本さん、こっち」
「あ、はい」
案内してくれた不動産の草陣が建物脇のドアから顔を覗かせている。
「ま、一応ここがエントランス。この奥がエレベーターだから」
「・・これ動くんですか」
「うん一応」
一応ね…
「あれ見える?あそこが階段」
エレベーターのさらに奥、窓があるのだろう、昼の光に照らされた階段が見えた。手摺の形状を見る限り、螺旋階段のようだ。こちらも草臥れたような焦げた色。
「部屋に行きましょう」
草陣に促され、意味のない愛想笑いを浮かべるとシンカはエレベーターに乗り込んだ。
瞬間ギシギシと音がするのをギョッとして草陣を見るが物慣れた大人は知らんふりを決め込んだ。
5階、最上階までエレベーターは不気味な音を立てながら停止し、シンカと草陣を吐き出した。
草陣はポケットから鍵を取り出すと一番手前のドアへと歩いて行き「ここね、501号室」と言いながら開けた。
シンカが続き部屋をぐるりと見る。
白い壁、腰壁、ベランダはなくこじんまりとしたバルコニーがあった。
「電気と水道はもう今日つくから。説明したと思うけどガスとか通ってないから。電気コンロ買うか何かしたらいいと思うよ」
「あ、はい」
「鍵ここ置いとくね。何かあったら電話ちょうだい」
草陣の、やけにそそくさとした声に、18才という甘やかされた歳のシンカと言えど不安を抱くのは当たり前で。
「あの」
「……何」
「え…あー、あ、あの、何でガスとか通ってないのかな、なんて」
「いや、まぁそうでしょ。そんな爆発しやすいモン」
「は?」
「・・あーいやナンデモナイけど」
「いやあの」
「大丈夫だいじょーぶ。ほらアレ」
草陣は焦りながらも飄々ととした表情を崩さないという芸当を見せ、親指をキザに、木之本から向かって右に立てた。
「ほらアレ、隣、警察署の寮だから。何かアッタとしても安心でしょ。大声上げればどうにかしてくれそうだし」
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あれ?なんか おかしいぞ。
と思う数秒の間もなく草陣は華麗に去り、木之本はガランとした部屋――空間に取り残された。
というのが一か月前。
「いらっしゃいませー唐揚げタコス風弁当新発売でーす」
木之本は住んでいるアパートの1階、弁当屋「ホーリーエンジェル」でバイトしていた。
「木之本ちゃん出前行ってくれる」
「あ、はいちょっと待ってください。480円になります。ちょうどになりますねー毎度有難うございました」
シンカは客に愛想笑いをしてから弁当屋の店長に向き直った。
「うち出前もやってましたっけ?」
「やってないよ」
「へ」
店長は疲れた顔でフライパンを振った。
「ほんとはやってないのよ。昔馴染みっていうかねぇ」
はぁああぁ
とぐらんぐらん、フライパンを動かしながら店長はため息をつき、
「でも今からお願いする「特武」、えーと警察ね。そこは特別っていうか。たくさん注文してくれるしまぁ要するにご贔屓さん何だよね」
「あー…そうなんですか。…警察?」
「そ。行ってくれる?」
「お、重い…」
シンカは20個もの弁当が詰まった籠を抱えて警察署のロビーへと入った。「とくぶ」という聞いた事もない課はどこなのだろう。取り敢えず受付だ。
「あのーすいません「とくぶ」?課、に行きたいんですけど、」
「はぁ?」
はぁ?はぁ?とはなんぞや。
「…あの、「とくぶ」って聞いてきたんですけど」
「君、あそこに何の用なの?わかって来てる?」
シンカは面食らった。
「え?いやあの…出前ですけど。お弁当の。あの、向かいの・・」
「あ、あー!「ホーリー」さんね!なんだ出前かぁびっくりした」
受付の青年は訝しげな顔を一変、朗らかに笑った。
びっくりはこっちだよ。
木之本は半笑いを返しながら思った。
「とくぶ」という課は通路を右に曲がった突き当たりの階段を上がってすぐのブースらしい。重い荷物を持ってよっこらしょと上がる。
それにしてもさっきの受付の反応、おかしかった。
「とくぶ」課って何かヤバイ目の課なんだろうか。「わかって来てる」とか言ってたし。マル暴って言ったっけ。ヤのつく特殊なお仕事の方々を取り締まるトコ。噂ではむしろ貴方方がそうでは。な容貌と振る舞いだと言う…偏見か。偏見だよね。
階段を上がりきると何だかごちゃごちゃっとした感じの一角に出た。
薄暗いそこは、乱雑に積み上がった書類や雑多に散らかった私物らしきもの山盛りになって、強い匂いを発している吸殻、かろうじてソファとテーブルらしきものが見えるが衣服や毛布らしきもので覆われ、食べかけの何やら空やら、中身の残ってるペットボトル雑誌や漫画や―――とにかく汚い。
まさかここがとくぶ課とかじゃないよね・・
願うようにきょろきょろするとカウンターに課のプレートが立ってる。
「・・刑事部捜査第九課特別武装課・・・なるほど、『特・武』ね。うーん、多分ここだろうけど」
シンカは埃と汚れでくすんだ文字を声に出して読んでみて、当たりを付けた。埃を被った書類や転がったボールペンやらが見える
「きったなー。何このパンフレット、五年前のじゃん」
シンカは思わず口に出してしまって慌てて辺りを見渡した。幸い誰もいず、ホッとしたが同時に困った。
「お弁当どうしよう・・」
お代は纏めて貰うらしいが受け取りのサインはもらわなければならない。
「すいませーん!ホ、ホ―リー…うう。あっそだ。お弁当持ってきましたぁー!」
どうしても店名が言えない。電話での対応の時は言えるようになったがまだ大声で叫ぶほどは慣れてない。
苦肉の策の呼びかけへの反応はなかった。
「どうしよう。一旦お店に戻った方がいいかな・・・」
木之元はしばし迷った末、重い籠を片手で持ち苦労してスマホを取り出し、店長に電話を入れた。
「あ、店長、特武課の方、誰もいないんですけど。どうしたらいいんでしょうか。受付にでも預かってもらった方がいいんでしょうか」
『あー?注文したくせに誰もいないの―?…ったく相変わらず適当な人達だなー」
「どうしましょう?」
「うーん、本当は貰って来て欲しいんだけど」
店主はハアとため息を盛大につきながらも諦めたようだった。
「…も~う~!しょうがないないなぁ!そこに君がいたってないから、さっさっと戻ってきてよ」
「っえ、いいんですか?」
「いいよ、そんないい加減な連中だしね。僕ら、奴等よりよっぽど忙しいしね」
そうなんだろか。
よくわからないなりに納得したシンカは、比較的衛生的かなと思われる机にお弁当を乗せ、ふうと息を付き帰ろうとくるりと踵を返した。
「おい、テメエ 誰だ?」
正面にでかい男がいた。
なぜか凶器を剥いている。
それはシンカには全く認識のないモノではあったが彼女は正しく理解した。
間違いなく殺傷物だと言うことを。
そして目の前の見知らぬ大男とも絶対、ぜったい!関わってはいけない事も。
続くかどうかはわかりませんよ。
私ですから。ええ。