少年はレジェホワを知る
『壊そう、ちっぽけなルールなんてさ、僕は拘束されるのが嫌いでね』
大きなライブハウスに、少女の透き通った歌声が響く。
観客は歓声を上げ、ペンライトを振り回す。
『本日もありがとうございました!また私達のライブに来てください!』
ボーカルがMCで締めると、会場は更に沸いた。
響くアンコール、止まらない喝采。
会場は一体となり、見ているだけで息が苦しくなる程の熱気に包まれる。
しかし僕はその場にいた訳では無い。
動画サイトで友人とライブ映像を見ていたに過ぎないのだ。
「これが最近近所からプロ入りした、Legend white holeだ。ファンからの愛称はレジェホワ、久しぶりに現れた実力派ガールズバンドでメジャーレーベルからも一目置かれている」
友人はバンドの説明をするが、僕は一見しただけでボーカルの子の虜となっていて、その説明は半分程度しか聞いていなかった。
「すごい…すごいよレジェホワ!僕ファンになっちゃった!」
僕は画面に食い入り、感性を最大限に刺激されていた。
「布教完了」
友人はそう告げると眼鏡をクイっと指で押し上げる。
「ねえ!今度レジェホワのライブ観に行こうよ!地元のバンドなんでしょ?」
「あぁ、まだ全国ツアーとかはやってないし、地方でライブする事が多い。丁度ここに週末のレジェホワのライブチケットが2枚あるんだ、もちろん…」
友人が溜めると、僕と友人は意気投合し「行くしか!」と叫んだ。
「レジェホワかー、いいバンドを教えてもらったなあ」
「ああ、ライブが楽しみだ。
友人宅からの帰りに、二人で駅に歩いて向かいながらレジェホワの事ばかり考えていた。
すると、街角で一人の少女がメイド服を纏い、チラシを配っているところを発見した。
「メイド喫茶、新装開店しまーす!本日18:00からの開店となりますので、皆様お越しくださいませー!」
僕はその少女に見覚えがあった。というかついさっき見た。
友人も同じ事を考えているのだろう。メイドを凝視しその場に立ち尽くしていた。
「お、おい、あれ」
「うん、レジェホワのボーカルだよね」
念には念をという事で、Kookle画像検索を掛ける。
「「完全に一致!!!」」
僕と友人は気分が高揚し、そのメイドに駆け寄ろうとした刹那だった。
後方から爆発音がし、同時に強烈な揺れを体感した。
「うおっ!」
姿勢を崩しそうになったが、なんとか持ちこたえる。
友人は膝をつき姿勢を安定させていた。
この一瞬での状況判断の疾さは、流石学年トップの成績を誇り、不動の地位とする友人だった。
「クケケケ、虫ケラがウヨウヨと…全滅させてやるわい!」
空から聞こえる不気味な声。
見上げると、黒い翼を生やした巨大なカラス…を、擬人化させたような怪物が翼を羽ばたかせていた。
「アンタ!私の前でいきなり街を破壊攻撃なんていい度胸してるじゃないの!」
先ほどのメイドが怪物に食ってかかる。
「なんだてめえ…この鴉天狗様にデカい態度取った事、あの世で後悔しろ!」
怪物はそう叫ぶと、翼を振るう。
その翼からは黒い衝撃波が放たれ、メイドを一点に狙っていた。
「危ないッ!」
僕は彼女の前に立ち、彼女に背を向け衝撃波を受けた…はずだった。
「あ…れ?」
痛みは全く感じない、というか、目の前に先程の彼女がいた。
それも、巨大な盾を持って。
「危ないのは君よ、でも私を助けようとしてくれたのね、ありがとう」
メイドがそう告げると、盾は光の粒に変化し、その光の粒は今度は大剣に変形した。
「悪いわね、さっさと終わらせるわよ、てあっ!」
メイドは高く飛び上がると、大剣を軽々と振りかざす。
「遅いわ!」
怪物がもう片翼を振るおうとした時、メイドの姿が消えた。
「甘いわね」
その声と共に、怪物の後ろからメイドが現れ、大剣で怪物を真っ二つに切り裂いた。
怪物は鮮血を吹き上げ、二つの肉塊となり地に落ちた。
「ふう…リワインド」
メイドがそう告げると、怪物に攻撃された街は元の姿に戻り、剣は光の粒となって消えた。怪物の血や死骸も消え去った。
街の人々も何事も無かったかの様に歩き去っていく。
「あの、今何を…」
僕がメイドに問いかけると、メイドは「え?」と驚いた表情を浮かべる。
「うそ!リワインドで記憶が消えない!?」
メイドは想定外の何かが起こったかの様に、僕を見る。
「貴方…」
メイドは不穏な雰囲気を漂わせながら僕に近寄ってくる。
「あ、あの、その」
僕が言葉に詰まっていると。
「今度うちの店に来てください♪はい、これ」
そう言うとチラシを一枚僕に手渡した。
「あ、でも僕お金無くて…」
「私が個人的に今の事話したいだけだからサービスしちゃいます♪」
そう言い放つと、メイドは駆け足で走り去って行った。
「おい、お前今あの子と何話してた!?」
友人が問い詰めてくる。
「あ、いや、さっきの事を話し合いたいって…」
「さっきの事?さっき何かあったか?」
何も覚えてなさそうに、友人は疑問を呈する。
メイドは記憶がどうこう言っていた、恐らく友人は先程の記憶を消されたのだろう。
これは、一人で店に行った方が良さげだな…。