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小説家は処女を捨てたい

作者: あだち りる

僕は、誰かと付き合った事がない。

そもそも付き合うきがない。

理由は特にないが、そんな気にはなれないのだ。

なので未だに僕は処女のままである。

既に大学生、二十歳と言う年齢まできて守り続けている。

いやまぁ、ガードしてるつもりはないがどうやらオートガードがかかっているらしい。


未だに処女なのはブサイクだからだろ?

と思ったそこの君。

それが違うのです。

僕は高校に入ってから気づいのだけれど僕は以外に可愛いのだ。

自分で言うな、と思っているかもだが、こう思わせるのにも勿論理由がある。


友達には、そのさらさらな黒い綺麗な髪の毛、パッチリとした目、整っている顔、スタイル、全てが羨ましい、と言われた。その時は、顔なんて皆、変わらないだろ、と思っていたが、それも違ったのだ。

それを確信付ける出来事が高校一年の五月、私は男子から告白されたのだ。


けどその時は断った。

よく知らん奴と付き合うきなんて毛頭ないからな。

そしてそこからが、めんどくさい高校生活へと変わったのだ。

男子に告白を数えきれない程にされ、下駄箱には、漫画か!、と言わせる程のラブレター…そしてよくよく見ると女の子が書いたラブレターもあったが、その事には触れないことにした。


まぁそれが僕の高校生活だった。

とてつもなく大変だった。

ん?その中で付き合った奴はいるのかって?

いないさ。

いる訳ない。

一人もときめきもしなかったし、僕には誰一人として合わなかったようだからな。

なので、処女なのだ。

結論、何が言いたいかと言うと、処女を捨てたい。


捨てたいと言っても誰でも言いと言う訳ではない。

それでは処女にしながら既にビッチだからな。

まぁなんと言えばいいのか、やはり恋人?

を作って捨てるのが普通なんだろう。

だがそんな関係を好き好んで作りたくもない。

なんと言うか…その場限りの関係?

観たいな奴だ。

つまりセフレ?と思った奴。

違う、そんな手慣れてて僕の体を好き勝手触らせるなんて嫌に決まっている。

大体それでいいならとっくに捨ててるさ。


いやぁ…はて…本当に困った物だ。

僕は一体、どんな風に処女を捨てたいのか。

これは僕の今の人生のスローガンになりそうだよ。

この世に男は腐るほどいる、けれどその中で私が、こいつになら処女を奪ってほしいと思える相手がいるとはとても、考えられそうにないよ。

これは墓場まで処女を持っていく事になるかも知れないね。

まぁそんな所で僕の、一人語りは終わりにするよ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

ファミレスに、二人の女の姿あり。


「霞さんや」


「何かね律さんや」


「そろそろ処女と僕っ子卒業したらどうかね?」


茶髪の髪の女がストローを指でいじりながら問い掛ける。


「仕方ないだろ。

これはもう僕の長年の癖で、処女を卒業しようとしても、セックスしたいと思える男がいないのだよ」


このひねくれた答えを出したのはこの僕、南條なんじょう かすみ

大学生だ。

二十歳になった。

だが、処女だ。

二十年間守っている。

卒業したいとも思っていなかったが、今はそろそろ卒業したいなと思っている。

そろそろ私にも羞恥心と言うものが芽生え始めている。


そして、この目の前で谷間強調しすぎじゃね?

と、思えるほどの露出をしているのが、僕の友達のビッ…じゃなかった。

笛原ふえはら りつだ。


「ねぇ霞、今あんた失礼な事を言おうとしてなかった?」


「気のせいだ」


なかなかに勘のいいビッチだ。

あ、言っちゃった。

まぁいいだろう。


「このビッチは、本当のクソヤリマンビッチだからな」


「おい、声に出してるぞ。

とりあえずお前のその綺麗な顔をグチャグチャにしてやるから来い」


「お~怖い怖い」


棒読みで返答。


「てか…私ビッチじゃないし…。

卒業したのだって…その…一週間前だし…。」


と、顔を真っ赤にしてもじもじしている。


「あぁ例の初めて出来た彼氏か。

てか、卒業したらビッチじゃないのか?」


「あんたのビッチ判定を私は疑うわ…」


ちなみに、律は今までは僕と一緒で処女だったのだ。

そう…一週間前までは。

半年前に彼氏が出来てからと言うもの、彼氏自慢が激しい。

正直言うと、うざいのだが…。


「彼氏とはうまくやってるの?」


「うん…」


ま…。

こんな幸せそうな笑顔を向けられたら、僕まで幸せな気分になってしまうよ。

おっと…顔のニヤけが、律の幸せが移ったかな。


「今度律の彼氏に会わせてよ。

律がそれだけ思わせる相手に会ってみたい」


「惚れないでよ?」


「有り得ないよ」


なんて、冗談混じりの会話をした後、律は何か用事を思い出したらしく、最後に「また今度ね!」と、ウィンクをしてファミレスを去ってしまった。


うむ。

暇になった。

今日はこの後の予定も特になし。

まだ午後の二時…か。

ここのドリンクバーで豪遊も悪くはないが、それは店員に迷惑をかけてしまう。

仕方ない、そろそろ出るか…っと。

ゲストさんの登場だ。


僕がその場から去ろうとすると、僕と同い年ぐらいと思われる男三人が僕の前に立っていた。

わかりやすくこの三人の自己紹介文を述べよう。

右から、黒髪、赤髪、金髪。

これほど分かりやすい自己紹介が過去にあったのだろう?いやないな、私の知る限り。

まぁ言わずとも、この三人とは面識など一切ない。

つまりこれは…。


「ねぇねぇそこの姉ちゃん!

暇ならこれから俺達とカラオケ行かね?」


ナンパだ。

はぁ…そろそろ整形しようか迷ってくる。

仕方ない、ここは私のお得意の撃退法でいくか、その名も、メンタル破壊。


では試合スタート!

おっと!霞選手立ち上がったー!

これは反撃を目論むつもりだー!

ここで霞選手はどう出るか…?


「その誘い文句を今まで私は九十九回受けてきた、お前が記念すべき百人目だよ」


右ストレートだー!

霞選手右ストレートをぶちかましたー!

相手に、もう古典的すぎて使い古されている、と言う事を認識させてメンタルを破壊しに来ているぞ!

さぁ…相手の反応は…?


「え…えっと…」


メンタルが相当やられているー!

弱い!こいつのメンタル豆腐だー!

これは初めてのナンパだったのかも知れない!

あまりにも手馴れてなさすぎている!


そして、ナンパ軍はメンタルをやられたままファミレスでちゃんと、会計を済ませて帰って行った。


ふぅ…まさか百人目が現れるとは。

私の記憶力ならば過去の英雄達の顔を覚えずにはいられないのだ。

そう…こんな僕と言う名の魔王を倒すためにやってくる英雄達の泣きじゃくる顔…思い出すだけで僕まで涙が…素晴らしき英雄達に、敬礼。


よし、それでは、行くとするか。

僕は、会計を済ませて、ファミレスを去った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

「ただいまー」


僕は家の扉を開ける。

僕は一人暮らしをしている。

正に、独り身の処女の部屋、と言う感じだ。


僕は部屋着に着替える。

部屋着と言っても中学の頃着てたジャージだが。

ふむ…最近胸の辺りがきつくなっているな。

これ以上大きくなって貰っては困る。

視界を阻まれるは肩はこるわ、男からの視線は痛いわで良いことが何一つないのだから。

ん~…規則正しい生活などしていないのに、まったく堕落を感じさせる体にならないな。

そう言う体質なのか。

まぁいいさ、ではでは、仕事に移ろうかな。


僕は、椅子に座り、机に置いておいたノートパソコンを立ち上げる。

そして、カタカタと文字を打ち始める。

これが僕の仕事、つまり小説家だ。

有名な小説家と言う訳ではないが、生活をしていけるレベルには稼いでいる。

これまでに出してきた単行本は六冊程度だがな。

まだ小説家と言うにはペーペーなのだ。


ふぅむ…。

次はどんな物語を書こうか。

今は、新作を書こうと思っている。

理由は、つい先日、僕の物語が完結したからだ。

この言い方だと僕が死んだみたいだな。

まぁいい。


それにしても、新しい物語のアイデアまったく浮かばない。

今まで、ファンタジーを書いて来たが…。

新しいジャンルに手を出すのも悪くないかもな。

ホラーとか、ミステリーとか、パンデミックとか、恋愛…とか…。


「っ!」


僕は首をブンブンと振る。

恋愛をしたことのない僕が書ける訳がない。

まったく…僕も馬鹿げた提案をした物だ。

はぁ…なんだが、疲れた、少し休もう。

僕はベッドにもぞもぞともぐらの様に入り込む。


「では…おやすみ」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄


夢の中で僕は、誰かと話してた。

その人は、いつも見ているような、けど、遠いような…そんな…ひ…と…。


「ん…?」


僕が目を覚ますと、部屋の灯りがついていた。

あれ?確か消したはずだよな?


「やっと目覚ましたかよ、この馬鹿」


僕が起き上がると、そこには、パーカーを着た黒髪の男が座っていた。

僕のテーブルの上に、僕の家のコップを置き、ウーロン茶を注いで飲んでいる。

部屋がピカピカである。


「人の家で好き勝手するなよ。

不法侵入で訴えるぞ、この変態が」


「ほほう…それが週に一度お前の家を掃除しに来ている幼馴染みへの態度かな、んん?」


このひきつった笑みを浮かべている男の名は、式丘しきおか 菜月なつき

僕の幼馴染み、そして僕と同業者だ。

つまり、彼も小説家である。

幼馴染みがお互い小説家、これはあまりに出来すぎていると思った事だろう、これには理由がある。


まさか昔した約束がお互い叶ってしまうとは…律儀なものだよ。

菜月とは昔、とある小説を読んで、あまりに感動した僕達は約束したのだ。

小説家になろう、と。

まぁ叶ったまでは良かったのだが…この男は、言わゆる売れっ子作家、と言う奴なのだ。

デビュー作がまさかの、累計百万部。

僕は、そんな馬鹿な、と言わんばかりに菜月の小説を読んだ。

そして僕は思ったのだ。


ー格が違うー


と。

それからだろうか。

僕が菜月に少しの嫉妬と尊敬を抱くようになったのは。

そして、菜月が何故僕の部屋に訪れて掃除をしているかと言うと、幼馴染みとしてこんな不規則な生活はほっとけないらしく、週に一度、掃除と夕飯を作りに来てくれるのだ。

今日がその日だったか…すっかり忘れていた。


「で、今日の夕飯は?」


「ハンバーグだよ」


「お昼にファミレスで食べたんだが」


「わがまま言うなよ!

ピーマンの肉詰めにすっぞ!?」


「それだけは勘弁してくれ。

あの緑の悪魔は僕にとって、人生においての最大の敵だからな」


「はぁ…お前のピーマン嫌いは相変わらずだな…まあいいや。

一休みもしたし、そろそろ作るかな。

少し待ってろ」


「上手いのを頼む」


「いつも通りだよ」


菜月は台所へと向かった。

菜月の料理の腕はなかなかである。

女子である私が女子として自信を亡くすほどに。

こやつの女子力に腹が立ってきた。

爪の赤でも飲ませてもらうかな。

いや、生理的にキツいな、でも菜月は顔はそこそこいいんだよな、性格は置いといて…結構モテそうだな。

よし、奴に恋ばなを吹っ掛けてやろう。

味噌汁を飲んでる時にしてやろう。

是非とも盛大に吹かせてやりたい。

それに僕が聞くのだから相当に驚愕してくれるだろう。

フフ…楽しみだ。


霞はニヤリと笑みを浮かべたのだった。


ん…?

そう言えば菜月って今、結構忙しい時期なんじゃないのか?

僕がこの疑問を覚えたのは勿論理由がある。

先程も言ったように、菜月は売れっ子作家だ。

売れれば勿論、大きなイベントがある。

そのイベントが現在菜月に訪れている。

そう、菜月の作品が、実写映画化、するのだ。

公開も後もう少しと言う所なのだ。

つまり、相当忙しい時期なのではないか?


「菜月ー」


「んだよ、もう少しで出来るから待ってろ」


「そうじゃなくて、お前今かなり忙しい時期だろ?

僕なんかの相手をしてていのか?」


「っ…!い、いいんだよ!

別に暇がない訳じゃねぇんだから」


と、菜月は謎に動揺をしていた。

あれか?もしかしてあんまり順調に進んでないからそんな動揺を見せているのか?

フフ…駄作の予感がしてきたぞ…!

だが、あの小説を、駄作、と言う結果にもし終わらせたとしたのなら、僕は一生許さない。

あの小説は、作品は、それほどに価値があるのだから。

式丘菜月が造り出す世界を表現しきるのは難しいとは思う、だが、物語を借りる立場として、最低限、努力を認められる作品にしてほしい。

それは本当の、南條霞の願いだ。


霞の気持ちは本当の物だ。

菜月が造り出す世界に魅了された者ならば誰もがそう思う。

だが、その気持ちを、菜月には知るよしもなかったのだった。


「ほい、完成」


と、一言菜月が添えると、テーブルにはいつの間にか、器の上に綺麗に整えられてるハンバーグとサラダが並べられていた。


「おい菜月。

味噌汁がないぞ、どう言うことだ?」


「ん?味噌汁つけた方が良かったか?」


「…いや、別に構わんが…」


クソ、これじゃあ僕の計画が台無しじゃないか。

まぁいい、恋ばなをすると言う計画には変わりはない。

計画を実行するまでのことだ。

では、早速切り出すことしよう…フフ…。


霞が、床の下に敷いていた座布団に座り話を切り出そうとした瞬間。


「なぁ霞、お前好きな奴とかいるか?」


「っ…!!」


僕の頭に雷が落ちた。

つまり、それ程の衝撃だったと言う訳だ。

僕はこんな事を菜月にやろうとしていたのか…しかもわざと…罪悪感で潰れそうだ。

いや、だが、こいつもわざと…なのでは…


「で、どうなんだよ?」


ないな!

まったく悪気のない瞳だなあれ!

て言うか物凄く顔が熱いのだが…!

ダメだ…動揺して頭も体もほぼフリーズしている。

落ち着け…落ち着くのだ僕…。


そして、霞は姿勢を正し、コホン、と一つ咳払いを挟んで口を開く。


「何故、そんなことを聞くのだ?」


当然の疑問だ。

処女の私にこんな質問をするのに理由がなくては困る。

なんせ、未経験な、まだ新品なのだからな。


「べ、別になんだっていいだろ!?

で!いないのか?!いるのか?!」


「なんだって言い訳あるか!

僕を誰だと思っている!?」


霞は千切れた堪忍袋の緒と共に立ち上がる。


「南條霞だろ!そこそこ売れている小説家!

批判されるとすぐにメンタルがやられる豆腐で、雑魚作家だろ!?」


負けずと菜月も立ち上がる。


「お、おま!言ってはいけない事を言ったな!?

僕の逆鱗に触れるとはいい度胸だ!

そこに直れ!僕がお前のその腐った根性を叩き直してやる!」


「いいぜやってみろよ!

このクソビッチが!!!」


「ビビビビビッチだと!?

お前僕がサノバビッチに見えると言うのか!?」


「そうだが!?

お前は見た目だけは本当にいいからな!

どうせ男とやりまくってるんだろうよ!」


そして、とうとう霞は耐えきれず、叫んだ。


「僕は…処女だあああああああ!!!」


「は…?」


菜月は間の抜けた顔になる。

霞は、処女と言う事を白状した以上、抑えてなどいられなかった。


「僕は処女だ!キスもしことなければ男と手を繋いだ事もない生粋の処女だ!

つまり僕はビッチではない!セックスとかそう言った行為に及んだこともそんなイベントも僕の人生には一度も訪れた事などなーい!!」


霞は、はぁはぁ、と息を荒くする。

興奮しすぎて髪がくしゃくしゃになっている。

仄かに顔が赤い。

さすがの霞も羞恥心が沸いた様だ。

そんな霞の熱弁を聞いた菜月はと言うと、ポカーンとしていた。

( ゜д゜)ポカーン←こんな感じ。


「嘘、だろ?」


「なんだ?処女で悪いか?」


霞はゆっくりと女の子座りになり、両膝に両腕をのっける。

霞は視線をそらし、口をへの字にした。

菜月も座布団にお尻を戻す。


「お前が処女とか…マジか」


「まだ言うか。

そうだ、これが現実だ、リアルだ」


「てことは、好きな奴もいないって事か?」


「…そうだが?」


霞は腕を組んで、プイッと右を向く。

その霞の前で、一人の男が、勇気を振り絞る。


「なぁ霞、俺、お前に言いたいことがある」


「言いたいこと…?」


ほほう。

こいつ私のご機嫌とりをしようとしているな。

甘い、私は駅前のケーキ屋のモンブランでなげれば釣られないからな!


そして、霞と菜月の関係が大きく変わる。


「ずっと前から好きでした。

俺と付き合ってください」


「っ!!」


二度目の電撃走る。

と言うか、言葉の意味が理解できないな。

えっと、こいつは今なんと言った?

私の聞き間違えでなければ、ずっと前から好きでした、俺と付き合ってください、と、言ったか?いや、この文面に驚いている訳ではないのだ。

問題は、言った人物にある。

この、式丘菜月が、幼馴染みである僕に向けた言葉、と言うのが問題なのだ。


てかこいつそんな素振り一度も!一度も…いち…ど…も…?


霞の記憶が掘り返される。


『霞…今日、空いてるか…?

その暇だし…映画でも見に行かね?』


『霞、俺の家…来ないか…?』


『霞』


めちゃくちゃアピールしてたぁ!

僕はどんだけ鈍感系ヒロインだったんだ!?

てかさっき好きな奴がいるか聞かれた時点で気づくべきだろう!

あまりの鈍さに自分に嫌悪を覚えてくるよ…。

いや!今はそんな事より、この状況だ。

奴は何も言ってこない…これはつまり返事待ちと言う事だ。

一体どうすれば…。


「なぁ…返事を聞いても…いいか?」


「え、えっと…僕の何処がいいのだ?」


「言わなきゃダメか…?」


「それはそうだろう…。

だって僕はお前に好かれるような行動をとった覚えなんてないぞ?

それともやはり顔と体目的…」


「ちっげぇよ!!言うからその誤解はやめてくれ!

俺がお前の好きな所は…馬鹿みたいな話が出来たり…何かほっておけなかったり…たまに見せる笑みも好きだし…遠目から眺める横顔なんかもう…とにかく好きなんだよ!!

どうしようもなくお前の事が!南條霞の事が大好きなんだよ!愛してると言ってもいいね!」


「おま!?なんて恥ずかしいことを大声で!隣から苦情が来たらどうするんだよ!?」


なんなんだ!なんなのだ!?

なんだこれ…全然違うじゃないか…いつも言い寄ってくる男子はいた…だがなんなんだ…?

この胸の高鳴りは…何度も脈が打たれるこの感覚は…。

もしかして…初めてよく知ってる奴に告白されたからこんなに戸惑っているのか…?

菜月はずっと前からと言っていた。

つまりはずっと前から僕の事が好きだったと言う事だろう…。

ならば、僕は菜月の事をどう思っていた?

ただの幼馴染みと言うには収まりきらない。


友達…?親友…?

違う…どれもピンと来ない。

僕にとっての菜月…菜月は…遠い人物。

身近にいるのに、手の届かない人物。

そうだ、これだ。

僕にとっての菜月は、いつも上を歩いている。

菜月の小説が出る度にレベルが違うと、もう住む世界観が違うと、何度も思わされる。

だから、遠い存在なのだ。

そんな菜月をもっと知りたいと、そう何度思ったか。

もしかしたら、これら恋愛感情と言うのかも知れない。

だが、断定するには速い。

だから僕はちょっとこいつに意地悪をしたくなったよ。


「菜月」


「お、おう…」


霞と菜月は視線を合わせる。


「僕達、付き合おう」


「っ…!ほ、本当か!?」


「正し!条件がある」


霞は、満面の笑みを浮かべている菜月に、人指し指を立てる。


「条件?」


「あぁ!その条件は…。

一ヶ月、僕と付き合って、お前になら処女を捧げてもいいと、そう思わせろ!」


「は…?」


霞は笑い、菜月は間の抜けた顔に。

そう、こんな二人の、恋の物語が幕を開けることとなったのだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

翌日。

現在、霞は駅前にいた。


「霞ー!」


「菜月!遅いぞ!?」


「すまん…電車が少し遅れて」


「まぁいい。

それでは行くぞ!

今日は稲津気千里作!

ひとりぼっちの戦争が全国でロードショーするのだから!

ひとりぼっちの戦争は元々短編だったのだがな!それをリメイクして出された長編!

更に止まらない部数!

そして、映画化まで至った…。

本当に尊敬に価する人物だ!」


「稲津気千里は俺も知ってるよ。

てか小説家やってて知らない奴はいないだろ」


稲津気千里とは、一人の小説家だ。

性別不明、年齢不明、謎多き小説家。

その文才に魅了されたら最後、もう虜になる。

彼女が作り出す絶望と言う名の悲劇の世界は、感情移入なんて物では表現出来ない。

それは正に、そこに自分がいるかのような感覚に襲われる。


そして、今回公開される。


『ひとりぼっちの戦争』とは。


内容はざっくり説明すると。

いじめられていた主人公のいじめっ子への復讐劇。

それがとにかく酷いもので、主人公はまず、いじめっ子達の両親を殺した。

それもかなり無惨に。

そして主人公はいじめっ子らを更に追い詰めた。

その追い詰め方、それは罪を被せる。

と言う物だった。

自分の親を自分で殺した。

この状況に耐えかねたいじめっ子らは最後に、首をつって死んだ。

そして主人公は笑い、叫び、嘆き、最後には、自殺した。

包丁で自らの心臓を抉ったのだ。

最後に残ったのは、喪失感だけだった。


これが、ひとりぼっちの戦争の大体の内容だ。

ストーリーだけ見れば単純な物かも知れない。

だが、そこには、稲津気千里だけが表現出来る世界が間違いなくあり、天才だとわからせる物だ。


ちなみに、霞は昔から稲津気千里の大ファンである。

小説家を目指すと決めたきっかけの作品は違えど、小説家を目指す一歩をくれたのは間違いなく稲津気千里だろう。


「では、恋人の試練と行こうか」


「試練?」


霞はそう言うと、右手を菜月に差し出す。


「第一の試練、手を繋ぐ、だ。

お前の小説で書いていただろ?

それもかなりドキマギした表現方だったぞ?」


「おま…俺が俺の小説に一番触れて欲しくないの知ってるよな…?」


霞はニヤニヤして言うが、菜月は赤面しながらそっと差し出された霞の右手を掴む。


「絡み合う指と指、指の隙間から少しの風が吹かれる度に、手がすぅすぅしてしまう。

緊張とこの心臓の鼓動が、手汗となって俺の手に…」


「ヤメロー!!!」


霞は存分に菜月をからかった後、映画館に向かった。

映画館の混み様は半端ではなかった。

既に、ひとりぼっちの戦争 満席、と言う字が見える。

霞と菜月は席をネットで予め予約していたから安心である。


そして、ひとりぼっちの戦争が、始まる。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

「ヤバかったな…」


映画館の席に呆然と座りながら言う霞。


「あぁ…ヤバかった…」


菜月もどうやら同じ反応である。


その感想を小説家が、ヤバかった、と言う一言で済ますのはあれだと思うが、二人にはそんな言葉しか出なかったのだ。

勿論、俳優の演技は素晴らしかった。

けど何より驚いたのは、最後の終わりが原作と違かったのだ。

原作では、主人公は最後に心臓を抉る、が、映画でのラストは違った。

主人公は、生きたのだ。

生きた、生きて、生きぬいて、そして終わった。

その姿を見て、涙しない者はいなかった。

原作を読んでいれば尚更、だが読んでいなくても感動の渦が巻き起こる。

主人公の親は、まだ生きている。

そんな自分なんかを育ててくれた親に恩返しがしたいが為に、生きたんだ。

きっと、稲津気千里が、後書きに綴っていた、何かが違うんです、とはこう言う事だったのだ。

主人公がただ復讐するだけなんて、あまりにも主人公が報われない、けどそうじゃない、一番報われないのは主人公の親。

そう気づいたのだろう。

映画でのこの、オリジナルのラストは、間違いなく、成功と言っていい物だった。


そして、二人は映画館を去る前に、ひとりぼっちの戦争のパンフとグッズを買って撤収した。


帰り、二人はこんな会話をしていた。


「菜月の映画も、成功するといいな」


「あぁ…やっとここまで来たんだ…。

俺はもっと、努力して、努力しまくって、上を目指す」


菜月は拳を握り締めて言った。

霞は、フッと笑い「頑張れ!」と一言。

その後、二人は駅で別れた。

霞は菜月に手を振った後、手を後ろに回して呟く。


「天才にそんなに努力されては…凡才はもう敵いようがないな…」


そして、霞は家に帰えり、ノートパソコンに文字を打ち続けたのだった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

「菜月来ないな…」


現在、霞は菜月と待ち合わせをしていた。

また映画の約束だ。

だが、今回のは楽しむ目的ではない。

何故なら、菜月の作品の映画だからだ。

とうとう今日、菜月の映画が公開される。

と言うのに…。


「あいつ、待ち合わせの時間もう一時間は過ぎているぞ…」


映画の公開まであまり時間がない。

菜月とも連絡が繋がらない。

霞は、はぁ、と溜め息をつく。

曇空が更に気分を悪くさせる。


「仕方ない、一人で見に行くか」


そう言って霞は映画館へと向かった。

映画館では人が賑わっていた。

ひとりぼっちの戦争の時程ではないが、お客さんはかなりいた。

皆菜月の作品目当てらしい。

結構な人気な事で、と、霞は笑みを浮かべながら思う。

そして、菜月の映画が、公開された。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

物語のキャラ達が話している。

知らない声音、知らない人物、知らない言葉、知らない場所。

どれも知らない…物語。


「…」


映画は終わった。

霞は、席に座っていた。

ずっと、ただずっと、そして、映画館から人が消える度に聞こえてくる声。


「んだこれ」


「クソすぎ」


「これ本当に話題作?」


お客さんの中には原作を読まない人の方が断然多い、それがラノベとかじゃなければ尚更。

そんな人がいきなりこれを見せられたら、当たり前の様に出てくるであろう言葉。


『駄作』


霞の予感は、当たってしまった。

それは本当に最悪と言っていい出来で、見せられた物ではなかった。


霞は映画館にひとり取り残された。

頬に何かが溢れる感触があった。

霞の目から、涙がポロポロと零れ始める。

勿論、これは映画の感動なんかではない。

これはただの、悲しみだ。

素晴らしい作品が汚された、小説家としての、悲しみなのだ。

霞の頭の中で、連絡が着かない理由も、一昨日辺りから元気がなかった理由も、全てが繋がった。


そして霞はいつの間にか走っていた。

その行き先は決まっている。


菜月の所に行くのだ。

行かなきゃいけない。

行くべきなんだ。

そんな事しか頭に残らない。

今は菜月の側に居なきゃ、きっと菜月は崩れてしまう。

最悪の場合…小説家を…。


「僕が、そんなこと絶対にさせない」


霞は涙を拭いただ走った。

唇を噛み締めて、叫びたい気持ちを押し殺す。

そして、菜月の家の階段を登り扉をガチャガチャした後、ドンドンドン!、と扉を叩く。


「菜月いるんだろ!?」


霞は大声で菜月の名を呼ぶ。

だが、返事は帰ってこない。


「クッソ…仕方あるまい…」


霞はポケットから鍵を出した。

その鍵を扉に差しこみ捻ると、ガチャリと言う音と共に扉が開いた。

合鍵である。


そして、踞る菜月の姿がそこにはあった。

バラバラに置かれている小説。

引き裂かれた菜月自身の小説。

菜月が今まで書いてきた小説がゴミ袋の中に何冊かあった。

霞は、菜月にゆっくりと近付く。


「菜月」


「…笑いに来たのか?」


菜月は顔を上げずに掠れた声で言う。


「違う、お前に会わなければいけない気がした」


霞は目を少し赤く腫らしながら答える。


「んだよそれ…」


菜月は、ハハ、と無理に笑おうとしている。

菜月は顔を上げる。

霞を見ながら、立ち上り、笑いながら言う。


「霞、俺『小説家やめる』よ」


その瞬間だった。

パチン!!と、大きく音が鳴ったのは。


「へ…?」


菜月の頬にはとてつもない激痛が走る。

そして、その音を鳴らしたのは、霞だ。

霞が菜月の頬に思いっきり平手打ちしたのだ。

霞の表情は見ればわかる、怒りだ。


「ふざけるなよ…!」


霞は歯を噛み締めて、今の感情を、続けて吐露する。


「小説家をやめるだと…?

天才が口にしていい台詞ではない!

それは凡才の僕にこそ相応しいセリフ何だ!

軽々しくその言葉を口にするなよ!!

天才が努力に努力を重ねれば凡才に勝ちようなどない…凡才がいくら努力しようと生まれてくる作品などたかが知れてる。

だが…そんな中でも、天才に勝つために頭を悩ませて…何度も書き直して…天才に挑戦する権利を得るんだ…。

そんなお前が、僕の前でそんな台詞を吐くな!!!」


大粒の涙をただただ霞は溢す。

菜月はそれを、目を見開いて見詰める。


「お前…俺の事そんな風に思って…」


「あぁそうだよ!

僕はお前の作品が大好きだ!

だから今日映画を見て酷いできに泣いてしまったよ!

この意味がわかるか!?

お前の作品はそれほどまでにファンに愛されていると言う事なんだ!

後な…!後な…!私はお前の事が好きだよ!

全力で小説に向かい合うお前が好きだよ!

どこまでも優しい菜月と菜月の作品が大好きだ!!このバカー!」


霞は、はぁはぁ、と息を荒らげる。

霞はあの映画を見てわかった。


僕は、菜月の事がやはり好きなのだ。

菜月を思うと笑みが溢れる。

菜月を思うと涙が溢れる。

これは、作品に帯しての感情でもあり、菜月への感情でもあったのだ。

南條霞は式丘菜月の事が大好きだ。


「…霞…ありがとう…!」


声を震わせて、菜月は涙と笑みを見せてくれた。


そして、二人は恋人になった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄

「ねぇ知ってる!?」


「何が?」


「なにがって、これ!」


セーラー服を着た女子が友達にとある本を見せる。


「『小説家は恋を知りたい』が映画化するの!」


「あぁ、最近有名だよね、確か作者の名前が…」


タイトル


『小説家は恋を知りたい』


後書き。


恋を知る者、知らぬ者。

数多くいるでしょう、その中で恋を知っていけるのは、どれ程いるのでしょうか。

わからない、けど、僕は恋を知った。

恋は優しくて、切なくて、嬉しい。

そんなもの、そんなものを僕は知った。

そんな事を思いながら、この、一人の女の子の小説家と一人の男の子の小説家の物語を書いてみました。

ちなみに、僕が処女かどうかは想像に任せましょう!

ではこれで失礼します。

作者の、南條なんじょう かすみでした。

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