柴田家中に弱卒なし
希望と妄想のフィクションです。
”柴田家中に弱卒なし”
このように言われるのは、織田信長に古くから仕え、家老筆頭格となった柴田勝家が誇る柴田家中であった。
柴田勝家は織田家随一の猛将である。
故に、武勇一本槍の誉にしか興味が無いように思われることもあるが、然に非ず。
領内検分を怠らず、民を大切にする民政家であり、率先して刀狩りを行うなどした優れた政治家であり、その上で常に戦への備えを十全にし、諸々の根回しも周到に行うことが出来る勇将にして良将なのである。
とは言え、勝家本人が猛将であるのは事実。
政を苦にせず、優先順位に作為することはないが、戦働きの方が好きなのも事実。
そんな人物がトップを務めているのだから、当然家風は猛将タイプに傾くこととなる。
しかし当然、戦働きをメインとしていない人員も居る。
勘定方、作事方、普請方など、いわゆる縁の下を司る者たちだ。
彼らの働きなくして柴田家は稼働し得ない。
勝家はちゃんとそのことを熟知し、無理は言っても無茶はしないよう心掛けているのだ。
そして柴田家の勘定を一手に握る、その人物もまた槍の代わりに筆を執る、そんな日々を送っている。
勝家は彼の勘定方を重用し、重臣の一席を用意して気を配っていた。
これを快く思わなかったのが、登用されて間もない槍自慢の若い侍だった。
彼は槍働きも出来ないような奴が、敬愛する勝家の近くに居るのが許せなかった。
若い侍としても小荷駄等の必要性は知っていたが、明確には理解できていなかったのは若さが故だろう。
ともかく槍自慢の若い侍は、重臣の席にあり勝家の覚えも目出度い勘定方に嫉妬したのだ。
とは言え、若い侍は槍自慢で一本気な性格。
陰険な嫌がらせはむしろ嫌うところだった。
そんな訳で、彼は正面から堂々と勘定方に文句を言った。
──戦場で手柄も立ててないような奴が、殿の御側に侍るとは片腹痛い。
──なんだその目は。
──事実だろう?
──もし違うと言うのなら、次の戦で目の覚めるような働きを見せてみよ。
そう放言し、若い侍は幾分か溜飲を下げて去って行った。
去っていく若い侍は気付かなかったが、言われた勘定方は不敵な笑みを浮かべていたのだった。
後日この事案を知った勝家は急ぎ勘定方を呼び、苦虫を噛み潰したかのような顔をして言った。
「アレはまだ家中のことを知らぬ。
お主のことはワシが良く判っている。
何も槍働きだけが戦ではない。
勘定働きもワシにとっては同じく大事なものだ」
だが勘定方は不敵な笑みを浮かべたまま答えた。
『あそこまで言われて黙っているのは武士の名折れ。
私を立てて下さる殿の顔にも泥が塗られてしまいます。
……なに、御心配なく。
確と、武功を立てて御覧にいれます故』
勝家だけでなく、古くからの重臣たちは揃って止めた。
しかし結局勘定方は聞かなかった。
そして、次の戦がやって来た。
槍自慢の若い侍は、この戦で勝家の目に留まらんと勇躍していた。
そんな中で、ふと見知った顔を見つけた。
勘定方だ。
──珍しい。
──そう言えば以前、煽ったことがあったかな。
呟いて、少し考える。
あれでも重臣、勘定方は大切なお役目。
煽った手前、下手に怪我などされても寝覚めが悪い。
ならば、己が武技で支援してやろう。
これで周囲、そして殿から認められること間違いなし。
若い侍は意気込み、戦に臨んだ。
しかし、いざ戦が始まるとそんな考えは彼方へと消え去ってしまった。
なぜならば、その戦は一方的な蹂躙劇であったからだ。
蹂躙する。
その先頭に居るのは、かの勘定方。
後に続くのは、線の細い勘定方の部下たち。
槍自慢の若い侍は、それをただ呆然と眺めていた。
そして戦は呆気なく終了。
勲功第一は誰がどう見ても勘定方。
それ以外の者らは、蹂躙される敵方の零れ果実を拾ったに過ぎないのだから。
戦後、若い侍は勘定方の前に平伏し先の無礼を詫びた。
それに対し、勘定方は涼しい顔をして言った。
『久しぶりに思い切りやれて楽しかった。
その機会を作ってくれた貴方には感謝している。
やはり、殿の家臣としては戦場に出なければならないな』
これを聞いた若い侍は顔を青くする。
勘定方に毎度の様に戦場を蹂躙されては堪らない。
自分の、自慢の槍が勝家の目に留まることがなくなってしまうのだから。
若い侍は必死に己が不勉強と無礼を詫び続けた。
そして勝家の取り成しや他の重臣たちから勘定方の必要性を説かれるに至り、勘定方は不承不承聞き分けた。
後日、若い侍は勝家に呼ばれて言われた。
「アレの扱いは難しい。
無くてはならぬ勘定方だが、戦働きは天下一品。
軍の一つも預けて問題ない。
しかし他にも一軍を任せられる人材は居る。
だが、勘定方はアレ以外に任せられる者が居ない。
家中のまとまりの為にも、アレの扱いは慎重を期するのだ」
若い侍はただ平伏して聞いていた。
勝家はそんな姿をしばらく愛でた後、言った。
「当家に弱卒なし。
無論、お主もだ。
……精進致せ」
若い侍は奮起し、後に名を上げることに成功した。
戦に出れば一本槍、平時は普請に勘定ござんなれ。
一城を任されるまでになったが、終ぞ天狗になることは無かったと言う。
柴田勝家が率いる柴田家は、相手が誰であろうと勇猛果敢。
やがて、”柴田家に弱卒なし”と謳われるに至るのであった。
元はもっと別の作品になる予定でしたが、紆余曲折を経てこうなりました。
他作品でもっとルビをと要望されたので今回は沢山入れてみました。
ひょっとすると、逆に見辛いかも知れませんね。