08 夜が明けて
チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえる。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
朝だ。まだ頭が起きていない。視界がぼんやりとしている。
悪い夢を見ていた。それは、俺がカーティスを襲ってしまうというもの。妙に感覚が生々しかったような気がして気持ちが悪い。
少し肌寒く感じる。今の時期は朝晩少し気温が下がるせいだろうか。体に布団が掛かっていない気がする。もしかしたら、寝返りなどで捲れてしまったのかもしれない。
目元を拭い体を起こそうとして、ベッドに手をかけた瞬間。手にひんやりとしたものを感じた。なんだろうか。触っていると、そこはどうやら湿っているようだ。
手元から手、体へと目線を向けると何も身に纏っていなかった。つまり、全裸だった。
そしてさらに目線を右へと向けると、そこにいたのはカーティスだった。自分と同じく、何も身に付けていない状態で。
俺は全身の血の気が引いていくのを感じた。寝起きの頭も覚醒していく。
この状況を考えると、夢だと思っていたことは――そうではなかったようだ。
周りを見てみると、ベッドの上には行為の跡が至るところに散乱していた。独特な臭いが鼻をつく。
昨晩の光景がフラッシュバックする。俺は、カーティスの自由を奪い、強引にセックスに及んでしまった。それはつまり、奴隷が主人に対して手を上げてしまったということだ。
男に対してセックスに及んだ、ということに尊厳を著しく傷付けられたが、今はそれどころではない。
「ご、ご主人様! 起きて下さい!」
俺はカーティスに対し、半ば叫ぶように言いながら体を揺らした。しかしカーティスは目を覚まさない。まさかと思って呼吸を確認するが、カーティスは規則正しいリズムで寝息を立てていた。どうやら眠っているだけのようだ。
いつも通りベッドを揺らして起こそうかと思ったが、色んな液体が辺りに飛び散りそうな気がして思い留まった。
悪いとは思ったが、眠りから起こすために魔法でカーティスの顔に水を浴びせた。どのみち体もベッドも汚れてしまっているのだから、問題ないだろう。
「んん……。ああリリス……正気に戻ったかい?」
「ご、ご主人様……! 申し訳ありません!!」
目覚めたカーティスに対し、俺はベッドの上で土下座する。
吸血の後に体の昂りを感じて、その欲求に逆らうことなくカーティスを押し倒してしまった。
これまで優しくしてくれていた主人に対し、恩を仇で返す形になってしまったことを後悔する。
このまま罰を受けることも覚悟していた俺だったが――。
「顔を上げて、リリス」
カーティスからいつも通りの優しい声でそう言われた。怒っていない、のだろうか。俺は恐る恐る顔を上げる。
カーティスは普段の穏やかな顔を俺に向けていた。その表情からは、怒っている様子は伺えなかった。
「吸血行為については、やはりもっと早めに説明しておくべきだったね……。こんなことになってしまったのは僕のミスだ。許して欲しい」
そう言うとカーティスは俺に対し頭を下げる。悪いのは俺なのに、なぜカーティスはここまでするのか。理由が分からない。
困惑している俺を尻目に、カーティスは話を続ける。
「でも、まさか襲われるなんて思ってもいなかったけどね」
「も、申し訳ありません……」
「吸血のあと何か様子がおかしかったけど、一体どうしたんだい?」
「自分でも分からないんです……。頭の中で、もう一人の自分がいたみたいで、ご主人様を見ていたら、止められなくて……」
「そうか……。吸血行為と関係があるのかもしれないね。調べておくよ」
「申し訳ありません……。お願いします」
「まあ、リリスが危害を加えるような子じゃない、と言うのは分かっていたからね。そこは安心していたよ」
カーティスは、一体どこまで俺を信頼しているのだろうか。非力な体だが魔法で物を動かせるようになったし、火なども使えるようになった。俺がその気になれば、怪我を負わすことを簡単にできてしまうのに。まあ、そんなことは絶対にしないが。
奴隷の俺が、これほど優しい主人に対して手をあげる理由がない。昨晩は、本当にどうかしていたとしか思えない。カーティスに怪我をさせなかったのが、不幸中の幸いだ。
男とセックスしてしまったことは――消し去ることのできない事実だ。ただ一つ言えることは、昨晩気分が昂ぶっていたときのセックスは、途轍もない快感を得られたということ。男のときのそれとは全く違うものだった。
――そう思って、俺は男のときにこうした経験があったことを思い出した。とは言ってもそれは朧気なもので、誰としたのかまでは思い出せないが。少なくとも相手が女だったのは間違いない。まあ前世は大学生だったのだから、年齢的にそうした経験があったとしても決しておかしくないだろう。
それよりも、あの施設で男共に無理矢理されたときは、快感なんて全く感じなかったのだが。カーティスのときと何が違うんだろうか。――相手から無理矢理? 自分から無理矢理? その差でこうも変わるのだろうか。
色々と考えを巡らせていた俺。すると、カーティスが心配そうな顔を向けてきた。
「リリス? そんなに思い詰めなくても、気にしなくてもいいんだよ。……その、僕もよ……し」
「……え? 最後何か言われましたか?」
「……いや、何でもないよ」
考え込んでいた姿が、思い詰めていたと勘違いされてしまったようだ。カーティスが最後に何かボソッと言ったけど、それはよく聞こえなかった。
まあ大したことではないのだろう。それ以上は聞かないことにした。
その後は、室内とお互いの体の惨状をどうにかするのに必死だった。カーティスの部屋に風呂があったのは救いだった。他の使用人に見つかる前に済ませようと思い、カーティスと急いで風呂に入った。
カーティスは女の子と一緒だなんて、とか言っていたけど、俺はもう昨晩散々肌を見せてしまったからとくに気にしなかった。俺自身は男の体なんて見ても、何も思わないから問題ない。
風呂を済ませたあと、汚れてしまった服やシーツなどはまとめて自分が洗いに走った。
部屋の臭いは、換気したことでなんとか誤魔化せたと思いたい。
そしていつも通り朝食を摂り、使用人としての務めを果たす。
吸血をしたからか、はたまた――のせいか。体は頗る快調だった。お蔭でいつも以上に仕事をこなせた気がする。
☆
その夜、カーティスから呼び出される。今朝についてのことだろうか。何を言われるかドキドキしながら、カーティスの部屋を訪れる。
どうやら、カーティスは吸血鬼に関して色々と調べてくれていたようだった。それの説明をするために呼び出したそうだ。カーティスによると吸血行為のあとに起こったもの――性的欲求は、吸血鬼の習性で避けられないものらしい。それを聞いただけでも気が重くなってしまった。
そして「これは重要なことなんだけど」とカーティスが切り出し、話を続ける。
「吸血鬼は、一週間に一度は吸血しないと衝動を抑えきれなくなってしまうそうだよ」
そう伝えられた言葉に、俺の気分はさらに深く、重く沈んでしまったのだった。
つまるところ吸血をしてもしなくても、どのみち性的欲求からは逃れられないということに――。
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