04 使用人のお仕事
翌朝。俺は使用人の一人に起こされ、目を覚ました。
現世で初めてのベッドは、ふかふかでゆっくり眠れることができた。
今日は使用人として仕事を始めるための、準備の日だ。
服を着せられ食堂へと向かうと、カーティスはもう既に席についていた。どうやらわざわざ待ってくれていたようだ。家主より遅く起きると言うのは、奴隷としてどうなのか――。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう、リリス。……その服もなかなか似合っていてかわいいね」
カーティスにそう言われ、また睨みつけそうになったが今日は止めることができた。レーナに着せられた服は、まるでドレスかと勘違いするような豪華な作りだ。頭の後ろには大きな赤いリボンまで付けさせられた。姿見でみたそれは、どこかの貴族の娘かと思うほど美しかった。
「昨日使用人に買ってきてもらった甲斐があったよ。ああ、給仕服は急ぎで職人に作らせているから、今日中には届くと思うよ」
そう言ってカーティスは満足そうに頷いている。昨日体の採寸をされていたのは、そういうことだったのか。
「まあ立ち話もなんだから、座ってよ。ご飯が冷めてしまうからさ」
「……分かりました」
俺は返答し、割り当てられていた席へと座る。傍にいた使用人達も続いて座った。
テーブルの上には、美味しそうな朝食が並んでいる。カーティスが食べ始めると、使用人達も続いて料理に手をかけ始めた。
この屋敷内――カーティスの方針で、使用人達も同じテーブルで食事を摂ることになっているらしい。
一般的にはそんなことはせず、主人と使用人は別部屋で食事を摂るらしい。なので来客時は例外だ。
主人と使用人ならまだともかく、奴隷の俺なんかが同じテーブルで食事を摂ってもいいのかとカーティスに尋ねたのだが。カーティスは「そんなことは気にしなくていい」と言った。カーティスがそう言うのなら従うしかないので、それ以上は言わなかった。
俺は目の前の料理に手を伸ばす。スープをスプーンで口に運び、ゆっくりと味わう。あまりの美味しさにまた涙が流れそうになったが、何とか堪えて食事を続けた。
また、と言うのは昨夜食事を口に入れた瞬間、涙が止まらなくなってしまったからだ。現世での初めてのまともな食事だった。あの施設では食べ物かどうかもよく分からない、得体の知れないものを半ば強制的に食べさせられていたのだ。
泣き出してしまった俺を見たカーティスはおろおろして、口に合わなかったかと言い困ったような顔をしていた。俺は嗚咽を抑え、食事があまりにも美味しいことを伝えた。カーティスは何も言わず、俺が泣き止むのを待っていてくれた。
食事後は、三人の使用人達から使用人とはなんたるかを、叩き込まれることになった。
朝は日が昇る前から起きて、朝食の準備。頃合いを見計らってカーティスを起こしに行き、身支度の世話をして、朝食を共にする。その後は片付けと、洗濯とのことだ。
日中は掃除が主な仕事だ。ひとまず今日はこれをやることになった。
何せこれだけの広い屋敷、掃除をするだけでも一苦労だ。普段使う部屋を中心に、隅々まで綺麗にしなければならない。
背の低い俺は、壁の上の埃落としをすることができない。はたきを持ったとしても届く高さは限られている。天井なんかは、椅子に乗ったとしても届かないだろう。
どうしたものかと悩んでいると、濃紺のショートヘアの使用人が声を掛けてきた。
「どうしたのかしら?」
「……高いところ、手が届かなくて……」
「……あなたの身長じゃ確かに無理ね。あなた、吸血鬼なら魔法を使えるんじゃないかしら」
「…………魔法、ですか?」
そういえば、昨日カーティスに魔法が云々と言われた気がする。
どうすればいいか尋ねてみると、優しく丁寧に教えてくれた。
その際に使用人のことも色々聞いた。名前はケイリ。レーナから俺のことは聞いていたようで、俺が吸血鬼だからどうこうということは思っていないようだった。
昨日初めて見たときは、目つきが鋭くて少し近寄りがたい雰囲気だった。だがそれは見た目だけで、話はちゃんと聞いてくれるし、優しく接してくれた。
魔法の応用で火や水などを出すことができるらしい。使えるようになると使用人の仕事が楽になるとのことだ。
魔法のお蔭で届かない場所も掃除できた。むしろ動き回るよりも早く掃除ができた気がする。
掃除に真面目に取り込んだことで、初日からよく頑張ったとケイリから褒められたのだった。
夕方前にカーティスから呼び出しを受けたので、カーティスの部屋へ。
ノックして失礼します、と入ると見慣れぬ女性がカーティスと話をしていた。
「この子が……そうなの?」
「そうだよ。……あ、リリス。この人は僕が懇意にしている服飾店の店主だよ。リリスの給仕服を作ってもらったんだ」
カーティスがそう言うと、女性は給仕服を取り出した。他の使用人が着ている服よりも一回り以上小さいようだ。
――この女性は俺が吸血鬼だと言うことを知っているのだろうか。昨日の話だと、吸血鬼はあまり良く思われていないらしいが。
「あ、あの……」
俺はカーティスに目配せをしてみる。すぐに俺の意図に気付いてくれたカーティスが口を開く。
「……ああ、彼女はリリスのことを知ってるよ。彼女は信頼できる人物から、安心して大丈夫だ」
「リリスちゃん、辛い目に遭ってきたそうね……。吸血鬼とは言っても、こんなかわいい子に非道いことをするなんて許せないわ」
そう言って彼女は俺を抱きしめてきた。抱きしめられながら頭を撫でられると、思わず涙が流れ出てしまった。
――この体になってから、涙が出やすくなったような気がする。彼女は俺の姿を見て、再びぎゅっと抱きしめてくれた。
俺が落ち着いたあと、別室で着付けをしてもらった。用意してもらった姿見で自分の姿を見る。黒と白を基調とした膝下まであるエプロンドレス。頭にはヘッドドレスが着けられている。採寸通りの出来になっているようで、体にぴったりあっていた。
使用人と呼ぶには、些か身長が足りない気がする。子どもの体型だから、どうにもらしくない。子どもが背伸びをして給仕服を着てみた、という感じがしてならない。
他の三人の使用人と比べても、一番身長が低い金髪の女よりもまだ一回り低いのだ。この体の見た目は十一、十二歳ぐらいなので致し方ないのだろうが。
服飾店の女性にはすごく似合っている、かわいいと言われまた抱きしめられてしまった。元男としてはかわいいと言われると複雑な気分だが、鏡に映った自分は間違いなくかわいかったのだった。
早めに、こう言ったことに慣れた方がいいのかもしれない。精神的にも。
そしてカーティスの部屋へ戻り、カーティスに見せた。うんうんと頷き明日からそれで頼むよと言われた。
その後カーティスに残るよう言われ、服飾店の店主が帰ったあとに腕輪のようなものを渡される。デザインは歪で、少々趣味が悪いように感じる。
「……これは何でしょうか?」
「これは隷属の腕輪と言ってね、奴隷に付けさせるものだ。これを付けた奴隷は、他者の言うことには絶対服従するようになるんだ」
カーティスにそう言われ、俺にはすぐ真意が分かった。やはり、奴隷なのだから命令を聞かなければいけないのだ。
――たとえ、それがどんな命令であったとしても。
「……分かりました。これを付けていればいいのですね」
「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、それで君を縛り付けたりするつもりはない。僕が心配しているのは、君が吸血衝動に駆られたときに他の使用人を襲ったりしないかなんだ。それがあれば、もしそうなっても抑えきれるはずだから、保険の意味で付けていて欲しいんだ。それ以外に使うことはよほどのことがない限りはない。約束するよ」
カーティスの言うことは理解できる。確か見境なく人を襲ってしまうようだから、そうなったらカーティスや他の使用人に危険が及ぶだろう。しかし、本当にそれのためだけに使うかどうかは怪しい。
何にせよ従うしかないので、俺は了承して右手にそれを装着した。
付けた後はとくに何も命令されず、風呂に入らせてもらい、夕飯を食べさせてもらった。
そして、今は割り当ててもらった自分の部屋にあるベッドの上で横になっている。
てっきり何か命令されるかと思っていたから、拍子抜けをした。
ここに来てから、まだ暴力を受けたりはしていない。少しは、信用してもいいんだろうか。
――いや、まだ分からない。いつ何かされてもおかしくない。
警戒は怠らない方がいいだろう。まあ警戒したところで、何かされたら身を任せるしかないのだが。
何にせよ明日からは朝早く起きて、使用人の仕事がある。失敗をしてカーティスの機嫌を損ねることは、避けなければならない。
そんなことを考えながら、俺は目を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。