02 ご主人様との出会い
ある日檻から出されたあと、珍しく体を清めさせられた。普段着せられているぼろ切れよりも少しマシな布服を着せられ、とある洋館へと連れて行かれた。
そして、やけに小奇麗な調度品が並んでいる部屋へ通された。そこには、俺と同じような恰好をした少女らが並ばされていた。
何となく感じたのだが、この子らも俺と同じ奴隷なのだろう。みな目の輝きがなく、これから何が始まるんだろうと怯えたような様子だ。
暫くすると、奥のドアが開かれ何人かの男が入ってきた。男らはみな身形がよく、アクセサリーをジャラジャラ付けているような男もいる。男らの目はぎらついていて、まるでこちらを値踏みしているかのような目つきだった。
俺は直感で分かった。この男らは、ここにいる俺を含めた少女らを買いに来たのだと。
その中に一人、他の男らとは雰囲気が違う男がいた。若い青年で長身。どちらかと言えば痩せ形体型。短い茶髪で黒縁の眼鏡をかけている。そこまで派手な服装を纏っている訳でもなく、目がぎらついていない。他の男らと比べるとどこか場違いで――あまり興味なさそうな、そんな印象を受けた。
たまたま、その男と目が合った。するとその男はこちらへと近づいてくる。何か男は呆然としたような顔付きをしている。暫く俺を見つめたあと、ここの元締めらしい男に声を掛けていた。
「御客様、これは吸血鬼です。……それでもよろしいのでしょうか?」
「……構わない。買い取ろう」
「畏まりました」
話を聞いている限りでは、どうやら俺はこの男に買われたようだ。
男は元締めの男が用意した紙にサインをすると、俺の手を引いた。
悪寒がした俺は、反射的にその手を払ってしまった。
ブルブルと体の震えが止まらない。男が、怖い。
あの経験からか、男に触れられると体の震えが止まらなくなってしまっているのだ。
俺の態度に元締めの男が手を上げそうになったが、俺を買った男がそれを静止した。
「……強引に引っ張って悪かったね。付いてきてくれるかい? 君の嫌がることはしないから」
男の言うことは信用ならなかったが、買われた以上は付いていくしかない。俺は頷き、男の誘導通りに歩き、そのまま部屋から出た。
男に連れられて洋館から出たあと、男が乗ってきたらしい馬車に乗り込む。中には給仕服を着た使用人らしき女が乗っていた。金色の長髪で髪を両側で結っている。年齢は、前世の俺よりも若いかもしれないぐらいだ。一瞬ちらっとこちらを見てきたが、すぐに視線を外された。
身形からも予想はしていたが、どうやら男は金持ちなようだ。この世界の金の価値は分からないが、少なくとも人を雇えて、奴隷を買えるぐらいの蓄えはあるということだ。
「僕はカーティスと言う。よろしく」
「……よろしくお願いします」
馬車の中では、カーティスという男から色々話を聞かされた。カーティスはとある商店を経営している一家の次男とのことだ。年齢は二十二歳。独り身で実家から出て、屋敷で暮らしているらしい。
口調や態度からは好青年の印象を受けたが、もしかしたら仮面を被っているだけかもしれない。俺は警戒しながらカーティスの機嫌を損ねないよう、丁寧に相槌を打った。
「そんなに警戒しなくても、僕は君を傷つけるようなことは一切しないよ」
「……」
「まあ、簡単には信用してくれないか。……そうだ、君のことを聞かせて欲しいな」
カーティスは俺のことを尋ねてきた。しかし、俺はこの体に転生してからの記憶しかない。名前を聞かれても、自分でも知らないものを答えようがない。唯一知っている前世の記憶など、話したところで頭がおかしいとしか思われないだろう。
面倒なので、記憶が一切ないということで通すことに決めた。そして、なるべく丁寧な口調で話すように心掛けることにした。少女が男の口調だったら、不自然に思われるだろう。
「自分が一体何者なのか……。名前も……何も思い出せないんです……」
「そうか……。ひとまず、詳しい話は屋敷に戻ってからにしようか」
「……はい」
そうして馬車に乗ること三十分ほどで、カーティスの屋敷へ辿り着いた。
屋敷は、俺の想像を超えるほど立派なものだった。周りを広大な庭で囲まれていて、二階建ての横に広い屋敷。窓ガラスは一体何枚あるんだろう、数えるのも面倒なくらいあるようだ。
屋敷に連れて行かれると、客間のような場所に通される。カーティスは暫く待っていて欲しい、と言うと俺を置いて使用人と一緒にどこかへ行ってしまった。
長いテーブルの横にある椅子の一つに座って待っていると、先ほどとは違う使用人がやってきた。黒い長髪で、目元がぱっちりとしている。どこか優しい雰囲気のする女性だ。歳は二十代前半と言ったところだろうか。
こちらに、と案内されたのは風呂だ。そこで俺は丹念に身を清められた。ここへ来る前にも体を洗われたけど、それよりも隅々まで丁寧にという印象を受けた。
風呂から上がると、着ていた布服とは違うキレイな服を着せられた。肩に紐がかけられ、ひざ下まである服だ。至るところにフリルの装飾が施されていて凝った作りになっている。
それはともかく、現世に転生してから初めてまともな服を着た。――そして下着も。それも上も下もだ。今まで着ていなかった分、違和感があって落ち着かない。
いずれも女物であったため男だった俺としては複雑な気分だったが、着るものがこれしかない以上どうしようもない。そもそも奴隷なのだから、拒否はできないのだ。
そして今は姿見の前にある椅子に座らされ、髪を解かされているところだ。ここで俺は初めて自分の全身の姿を見た。
腰まである銀髪。体の線は細く、まだ色気とはほど遠い幼児体型と呼ばれるぐらいの体付きだ。まるで人形のような品の良い整った顔立ち。その中で一際目立つ、燃えるような赤い色のツリ目。着ている服も相まって、美少女と呼ぶに相応しいものだった。不安げな顔付きなのを除けば。
「髪の毛、綺麗な上にサラサラで羨ましいわね。ちゃんと手入れしないと痛んじゃうから気を付けないとダメよ?」
使用人にそう言われるが、どのようにしたらいいかなんて分からない。別にそのままでもいいんじゃないかとも思ったが、わざわざ注意を受けている以上きちんとしないとダメな気がする。
目の前の鏡に映る美少女がボサボサの髪だったら、やはりおかしいだろう。
「あの……手入れの仕方って、教えてもらえないでしょうか……。自分では分からなくて」
俺は使用人に対し、そう聞いてみた。その台詞に一瞬目を白黒させていたが、すぐに優しい顔付きになって、こう言ってきた。
「そういえばカーティス様が、記憶がないって言ってたわね。……分かったわ、教えてあげる」
その後使用人からは、櫛の通し方や洗い方など丁寧に教えてもらった。その際にいくつか会話をした。
この女性はレーナと言うらしい。奴隷の俺に対しても優しく扱ってくれてくれることに感謝を伝えると、レーナはこう言った。
「カーティス様からもぞんざいにするなと言われてるからね。……吸血鬼って聞いていて少し怖かったけど、会ってみたらこんなかわいい子だったなんてね。困ったことがあったら、いつでも言いなさいね」
かわいいと言われるのは少し思うところがあったが、鏡に映った自分は間違いなくかわいいものだった。
何よりレーナと少し仲良くなれた気がして嬉しかった。現世に転生してから、ろくに会話ができていなかったからだ。
「あ、ありがとうございます……」
何か恥ずかしくて目線を合わせられないまま、お礼を言ったのだが。暫く何も反応がないなと思ってレーナを見ると、体がプルプルと震えていた。どうしたんだろうかと声を掛けようとした瞬間。
「ああーもう我慢できない! かわいい~~!!」
そう叫んだかと思うとレーナは俺の体をぎゅっと抱きしめて、髪の毛を撫でまわしてきた。突然のレーナの行動に、俺は完全に固まってしまった。
顔に柔らかいものが押し当てられている。どう見てもおっぱいだった。自己主張が強いものに口が塞がれて息ができない。
もがもがと声を出して、レーナの両肩に手で合図すると、ようやく体を離してくれた。
「ご、ごめんなさいね……つい……」
「い、いえ……いいんです……」
レーナの奇行にびっくりしてしまった。落ち着いているように見えて、暴走することがあるようだ。
何度も謝ってくるレーナに対して、俺は気にしないで欲しいと何度も答えるのだった。
そして、少し乱れてしまった髪や服を再び整えてもらうこととなった。
その後に連れて行かれた先は、カーティスの部屋だ。立派な木製の机の席に着いていたカーティスと、部屋の隅で待機している使用人が二人。一人は馬車に乗っていた金髪の女と、もう一人は見たことのない濃紺のショートヘアの女だ。
「お、来たね。……やっぱりちゃんと整えてあげると見違えるほどかわいいね」
「……」
その台詞に俺は思わず一瞬カーティスを睨み付けてしまったが、慌てて目線を外す。男にかわいいなどと言われるなんて――。
レーナにも同じことを言われたけど、男から言われると気分としてはあまり良くはない。
視線を戻すと、カーティスがちょうど口を開くところだった。
本日、もう1話掲載予定です。
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