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21 監禁、そして……

(う……)


 目を覚ますと、薄暗く狭い部屋の中。天井は石がむき出しになっていて、ジメジメしているせいかカビが生えている場所もある。

 手足は縄で縛られ、身動きが取れない。体を捻って方向を変えると、鉄格子が天井から床まで続いている。一部分、ドアとして開けられる箇所がある。

 牢屋、と表現するのがぴったりな場所だ。


 体に鉛がのしかかっているかのように、重く感じる。

 男共の慰み者にされたせいだろう。

 体に傷はない――暴行を受けたが自然に癒えた――が、精神はその「痛み」を存分に植え付けられた。



 あの男に吸血して衝動のまま襲い、その記憶が全くない。

 あのあと気が付くと手足を縛られ、独房のようなこの場所に入れられていた。

 おそらく自分が気を失ったあと、男にここへ連れてこられたのではないかと思う。


 そしてここに入れられ、おそらく三日ぐらいは経っただろうか。男共に代わる代わる暴行を受けたせいで、時間の感覚があまりない。

 ここがどこなのかはよく分からない。

 男が連れてきたと仮定すると、街へ知らせにいこうとしていたからどこかの街なのだろうか。

 今の状況だと、聞かされていた住民の私刑に近い感じがする。

 とはいえ、俺のやってしまったことは他の吸血鬼たちと同じ。見境無く人を襲ってしまったのだ。

 自業自得、といえばそれまでだ。


 だが、いつこの状況から抜け出せるのだろう。

 この身では自分で死ぬことも叶わないし、男共にただ好き放題されるだけだ。

 あのまま森に潜んでいれば、こうはならなかったのかもしれない。


 ――結局、()の状況に戻っただけか。

 もう諦めて男共の行為を受け入れた方が、精神的に楽になるのかもしれない。

 だが相変わらず、カーティス以外の男に触れられると身震いしてしまう。

 自分から襲っていたあのときは、そうはならなかったのだが。

 本能とそうでないときの差だろうか、そうだとしてもなぜカーティスではそうならなかったのだろうか。


 もし、屋敷に残っていた場合、このような結末にはならなかったのだろうか。

 いくら考えても、こうなってしまってはどうしようもない。

 だが皆、そしてカーティスに会いたいという気持ちは大きくなるばかりだった。

 惨めに手足を縛られ顔を冷たい床に付けた状況で、目から涙が零れ落ちる。


(カーティス……)


 もう一度、会いたい。

 いくら想っても、もはやそれが叶うことはない。

 ここまでカーティスへの想いが強くなるなんて思いもしなかった。

 この気持ちがなんなのか、今なら分かる。

 だが、それを伝える相手にはもう会えないのだ。


(……?)


 ドンドンと遠くの方で何かの音がした直後、複数の足音が近づいてきた。

 また、男共にいたぶられるのだろうか。

 しかし、そこに現れたのは――。


「ご、ご主人……様……?」

「リリス……遅くなってごめん。探すのに手間取ってしまって」


 鉄格子越しに見えたのは、カーティスとケイリ。

 どうしてここに二人が――? 理解が追いつかず、目を白黒させてしまう。

 ケイリが牢屋入り口を細工し始め、ガチャリという音とともに南京錠が地面に落ちる。

 格子状のドアを開けたカーティスがすぐさま駆け寄ってきて、手足の縄を解いてくれた。

 痛いところはないかと聞かれ大丈夫と言い体を起こすと、カーティスに突然抱きしめられる。

 突然のことに驚き、慌てふためく。しかも抱きしめる力が強いもので、苦しいというと離してくれた。


「あの、どうしてここが……?」

「その腕輪だよ、魔力で探知できるようになってるんだ」


 右腕を指差され、以前付けられた腕輪を触れる。

 あるのが当たり前になっていて全然気にしていなかったが、そんな効果があったのか。

 それで魔法が使えるケイリに魔力で探知をしてもらって、ここまでやってきたとのことらしい。大体の場所を捕捉するのに時間が掛かり、道中にもいくつかの困難がありこの遅くなってしまったとのことだ。


「さあ、帰ろう」


 カーティスはそう言うと手を差し出してくれた。

 俺はその手を掴もうとして――手を引いた。


「……帰ったところで、私の居場所なんて……」

「そんなことない。これまで通り、また居られるようにするから。リリスは心配しなくて大丈夫」

「で、でも……」

「……リリスが居なくなってから、喪失感で心がぽっかり空いてしまったかのようだった。それでようやく気付いたよ。……僕にはリリスが居ないとダメだって」

「ご主人様……」


 カーティスのその台詞に、胸に込み上げてくる熱くなるのを感じた。目にも涙が溢れてくる。

 カーティスがそこまで想ってくれていたなんて。

 そして再び手を差し出したカーティスが続ける。


「屋敷へ戻ろう。リリスが嫌じゃなければ、僕と一緒に居て欲しい」

「……嫌じゃ、ないです。私も一緒に……居たいです」


 差し出された手をぎゅっと握って、そのままカーティスの胸の中へ。

 今度は優しく抱き締めてくれたカーティス。

 ――言いたいことがあるが、今はこのままでいたい。

 だけど、カーティスは抱き締めていた手を離し、肩を掴んで口を開いた。


「よかった。……急いで戻ろう。ここに長居しない方が……」


 カーティスがそう言いかけた瞬間。ドタドタと足音が聞こえてきた。

 なんだろうかと振り向くと、複数の男たちが目の前までやってきていた。

 その瞬間、カーティスに体をドンと突き飛ばされる。


「うっ……があッ……」

「……え?」


 直後にカーティスの呻き声。

 転がった先からカーティスの腹を見ると、赤い液体に塗れた刀身が見えた。

 そのカーティスは腹を押さえ、口から赤い筋を流した。


「ご、ご主人様!!」


 刀身が引き抜かれ、腹から赤黒い血を吹き出しながらカーティスがそのまま膝から倒れる。

 その光景がゆっくりと、スローモーションのように感じた。

 カーティスの後ろには、剣を持った男が立っていた。

 そこで俺は理解した。この男がカーティスを刺した、ということを。

 ――その男は、俺を慰み者にしていた男でもあった。


「あああああああッ!!!!」


 込み上げた怒りで雄叫びをあげる。

 カーティスを刺した男を、風の魔法で吹き飛ばす。

 そのまま壁に強く打ち付けられた男は暫く呻いていたが、じきに動かなくなった。

 それを確認して、カーティスの元へと駆け寄る。

 他の男の処理をしていたケイリがやってきて、カーティスの怪我を確認していた。


「……まずいわね、この傷は……」

「……っ!」


 ケイリがそう言うのも無理はない。剣で貫かれたのだ。無事であるはずがない。

 回復の魔法というものがあるが、生憎ケイリと俺はそれを心得ていなかった。あれは特殊な魔法らしく、一部の素質ある者しか使えないとのことだった。

 どうにかこの傷を塞がないと、カーティスが助からないのは明らかだった。

 ケイリは布で傷口を押さえているが、その布は既に血を吸って赤黒く変色していた。


 どうしたらいいか、と考えていたらとある会話が頭の中で思い起こされた。

 吸血鬼の少女から教えてもらったことの中で、「眷属化」という聞き慣れないものがあったことを。

 自分の血を飲ませることで、相手を吸血鬼として眷属にできるというものだった。

 吸血鬼にするということは、俺と同じになるということだ。

 ――化け物染みた回復力があれば、この傷を治すことができるかもしれない。

 カーティスに、眷属化の確認を取っている余裕はない。顔は白く、虫の息の状態だった。今すぐ吸血鬼にさせなければ、間に合わない。そんな気がした。


 そう判断した俺は素早く爪で指先を引っ掻き、血を溢れさせる。

 それを確認して、カーティスの口元へ持っていく。


「リリス? どうする気!?」


 驚いた声を上げるケイリを横目に、そのまま血を垂らす。説明している時間はなかった。

 ポタポタと滴り落ちる血を数滴口に流し込み、強引に口を閉じる。

 とくにこれといって変化は起きない。だがこれで、カーティスを吸血鬼――眷属へと変えられたはず。


「……ケイリさん、その布を外して下さい」

「……え? どういうこと?」

「たぶん……もう大丈夫です」


 不思議そうな顔をしていたケイリだったが、腹を押さえつけていた腕をどけてもらう。

 刺された腹を見てみると、だくだくと流れていた血はもうほとんど止まっていた。

 青白くなっていた顔も、血色が戻ったかのようだ。

 刺された部分の服を捲ると、完全に傷が塞がっていた。


「き、傷が治ってる……。どういうこと?」

「ええと、これは……」


(………!?)


 どう説明しようかと考えた次の瞬間、カーティスの記憶や知識が一気に頭の中へ流れ込んできた。

 眷属化した相手の知識などを知り得ることができる、と吸血鬼の少女から聞いていたがあたかも自分が体験したかのような錯覚がした。

 しかし、明らかに他とは違う(・・・・・)景色や知識まで同時に入り込んできて頭痛が起き始めた。

 どこか懐かしい、そう思えるようなものばかり。

 これはカーティスのもの(・・)ではない。これは――。


「リリス……? リリス!?」


 頭を抱えてその場で倒れ込み、ケイリに抱きかかえられる。

 膨大な記憶の波が次から次へと押し寄せ、耐えがたい頭痛とともに俺は意識を失った。


31日に最終話+エピローグを掲載します。


お読みいただきありがとうございます。

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