20 逃げ出した先に
それから数日が経ったところで、体に異変が起こった。
体の熱っぽさと喉の渇き。体が血を欲しているサインだ。
屋敷に出る前からの日を数えると、そろそろ来るのではないかと思っていた。
寒いわけでもないのに汗を垂れ流しながら、森の中をさまようこと数十分。目的のものを見つけた。
茂みの向こう側に、全身を白い毛で覆われた丸っこい小動物。
頭の上に長い耳を持つウサギのような見た目のそれは、時折キョロキョロと辺りを見渡して草を食んでいた。
(ひ、人を襲うよりは……)
静かに魔法の詠唱をはじめ、風の魔法を発動。
風の刃をその小動物へ向け打ち出す。
小動物が耳をピンと立てて何かに気付いた次の瞬間、刃が直撃。
頭部と胴体がずるりと二手に分かれた。
すかさず茂みから出て、小動物だったものの胴体からドクドクと湧き出す血液を直で飲む。
口に含んだ途端、臭味に吐き出しそうになるがなんとか我慢して啜る。
(獣臭い……人の血はあんなに美味かったのに……)
喉を鳴らして飲んだところ、吸血衝動は収まったが別のものが体を襲った。
慌てて鞄の中の布袋を取り出し、中に収めていた野草を口に含んだ。
そのまま横になって数分後、徐々に体の熱が引いていくのを感じた。
少しずつ楽になっていく体に、大きく深呼吸する。
この数日間の内に得た知識が訳に立ってどうにか危機を脱したようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
実は先日森の中を歩いている中、偶然他の吸血鬼の少女と出会ったのだ。
普通の人かと思い急いで逃げようとしたが、相手は自分の正体をすぐに見抜いて声を掛けてきた。
彼女曰く匂いで分かるらしい。自分は全然分からなかったのだが。
彼女は街を逃げ出してきた吸血鬼らしく、自分と同じく森に身を潜めていたらしい。
色々話を聞く内に、衝動への対応の仕方を教えてもらったのだ。
吸血は動物からも可能で、その後も群生しているとある野草を食すことで抑えられるらしい。
ただし、動物からの吸血では飢えを和らげる程度で、次の衝動への周期は人に吸血にした場合と比べ短い。
しかも、動物の血は不味いとのことだ。
それを聞いた上で、俺は吸血衝動が起こったときは迷わず動物から吸血しようと決めた。
人を襲う吸血鬼になるよりは、よっぽどマシだ。
動物からは人のように血を吸うことはできない。血を欲しいと言っても聞いてくれる相手ではないからだ。
動物を殺めてしまうのは抵抗があったが、致し方ないことだと自分に言い聞かせた。
その他にも、吸血鬼の特性を教えてくれた。知っていたこともあれば、知らなかったこともあった。
屋敷籠もりをしていたせいもあり、吸血鬼にとっての「世間知らず」で逆に驚かれたりしたが――。
その彼女とは、その日のうちに別れた。
複数人の同行は目に付きやすい、と彼女が言ってきたからだ。彼女も、かなり人の目を気にして警戒していた。
折角仲間を見つけたのに、すぐ別れることになるなんてと心細く感じたが。それでも、吸血鬼として生きていく上で重要な情報を教えてくれた彼女には感謝をしている。
☆
吸血衝動の周期は、大体三日に一度くらいに短くなったようだ。
それでも、対処のしようがあるだけマシだ。
だが、ここで問題が生じた。
ここから先を進むには、森を出なければならないということだ。
そうなればもって三日、それまでに動物の居る森を見つけなければならない。
このままここに引き籠もるということは、森の中で暮らすということだ。
森の中で暮らしていく趣味はない。
リスクはあるが、次の森まで急いで向かうことにした。
しかし、この判断がミスとなった。この先は草原が続くだけの地帯だったということに気付かなかったのだ。
☆
吸血衝動が起きてから二日が経った。
激しい痛みが頭を襲っていて、立ち上がることすらできない。
昨日は一日中動物を探したが、ただ草原が続くだけで何も見つけられなかった。
飢えと熱、頭の痛み。俺はもうここで死んでしまうのではないか、そう思っていた。
そして俯せで喘いでいたところ、何か音が聞こえてくるような錯覚。
ドドドッ、ドドドッとあまり聞いたことのない音だ。
ついに幻聴まで、と思ったらその音がどんどんと近づいてきた。
近くでその音が止み、次に草を踏む足音が間近で聞こえてきた。
「おい、大丈夫か!」
そんな声が聞こえ、体を揺すられる。
顔を上げると若い男の顔。
――美味しそうな、人間。若い男の、新鮮な血。
この期を逃すまいと、体を起こして男の首元に犬歯を突き立てた。
「な、何をする!!」
男に突き飛ばして、すんでのところで吸血に失敗する。
ごろごろ体が地面に転がり、吐き気を覚えた。何とか顔を上げる。
「こいつ、吸血鬼か……! 街に知らせないと……」
男はそう言うと、逃げ出そうとしているのか馬へ乗ろうとしていた。
美味しい血が、逃げてしまう。
俺は指を鳴らして魔法を使い、男から体の自由を奪い取った。
そのまま、仰向けに倒れた男。
体を引き摺って、男の元へと再び近づく。
何か喚いている男が煩わしく、指を鳴らして声も奪った。
そのまま男に飛び付いて、馬乗りになる。
美味しそうな血が、目の前にある。
久々の「食事」だ。期待に胸が高まる。
「いただき、ます……」
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