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19 脱出

 情勢はさらに悪化し、外を徘徊している吸血鬼を捕らえるという恐ろしい御触れが出てしまった。

 あくまで外で徘徊している吸血鬼を対象にしたもので、奴隷として管理されている吸血鬼は含まれない、らしい。

 しかし実際はそうではなく、ケイリが近くの街で情報を集めてくれたところによると全てを対象にしたものであるようだ。

 他の地域では住民による私刑が行われている、という情報もあったらしい。

 要は吸血鬼の社会からの排除、ということだ。


 奴隷商は誰が奴隷を買ったかというのは決して漏らさないため、ここに自分がいることを誰かに知られることはない、とのことだ。

 カーティスや皆は俺が屋敷に居ることを絶対に外部へ漏らさない、と言ってくれたが――。

 それから、屋敷の外へ出ることを禁じられた。普段からあまり出ることはないが、それでも念のためということだ。

 どこか憂鬱な気分になりながらも、どうしようもないことだと自分へ言い聞かせて日々の仕事をこなして気持ちを落ち着かせるのだった。


 ☆


 数日後の昼下がり。屋敷の廊下を掃除していると、何やら玄関の方から声が聞こえた。

 久しぶりに来客だろうか。普段から出ないようにと言われているし、最近の情勢からも自分の姿は見せない方がいい。

 そう思って玄関側から離れるようにして、掃除を続けた。


 しばらく経ったあと、足音が聞こえてきた。振り向くとカーティスが歩いてきていた。

 しかし、どこか様子がおかしい。少々俯き加減で、顔色があまり良くない」


「ご主人様……?」

「……ああ、リリス」

「顔色があまりよくないみたいですけど、大丈夫ですか……?」

「ああ……実は」


 カーティスによると、来客は吸血鬼を探しに来た自警団たちのようだった。

 カーティスが吸血鬼の奴隷を買ったという情報が漏れたのか、それとも全戸に聞いて回っているのか。そこまでは分からなかったようだが。


「この屋敷に吸血鬼は居ないかって」

「…………ご主人様」

「リリスは気にしなくても大丈夫、絶対に知らせることはないからね」


 カーティスは俺の心配させまいとそうは言ってくれたが、心が痛んだ。

 もし情報が漏れていた場合、相手はこのまま大人しく引き下がるのだろうか。

 その話を聞いたあとはどうも気分が優れなくなってしまい、レーナに頼んで仕事を休みにしてもらった。


 ☆


 その夜、自室のテーブルにて。あのあと悩み抜いた上、屋敷を出ることに決めた。

 情報が漏れていた場合ここに居るのが見つかるのも、時間の問題だろうと判断したからだ。

 そして吸血鬼を匿っている、ということが明るみに出ればカーティスたちも不利益を被ってしまう可能性がある。そうなる前に自分から出てしまえばいいだろう、と。


 皆に黙って屋敷を出ることは――そもそも逃げ出すこと自体が失礼だが――よくないと思い、置き手紙を書くことにした。

 これまでよくしてもらった使用人(メイド)たちへ、一人ずつお礼を書いていく。

 そしてカーティスへ、これ以上迷惑を掛けられない、奴隷なのに逃げ出す形になってごめんなさいと一筆認める。

 書いている途中悲しい気持ちが胸に溢れ、視界が潤んできた。

 涙が頬を伝い、手紙にぽたりと落ちる。

 本当はここから出たくなんかない。だけど、他に方法が思い付かなかった。


 涙を拭って、荷物をまとめる。

 持っていくものなんて、食料と少しの道具ぐらいしかないが。それらを小さな鞄に詰め込んで、背中に担ぐ。

 そして衣装棚から黒いローブを拝借して、全身を包む。

 姿見を見ると白い肌、長い髪は一切見えなくなり赤い眼が目立つ顔だけの姿に。

 端から見たら不振極まりない。だが夜ならば、闇に紛れることができるだろう。


(皆……カーティス……さよなら)


 そして忍び足で勝手口から出て、屋敷に別れを告げた。

 もう二度とここへ戻ることはないだろう。

 途中何度も振り返り、目に焼き付けるかのように少しずつ遠ざかる屋敷を望んだ。


 ☆


 初めて自分の足で出た外の世界。誰も居ない街道の外れを、ひとり歩き進んでいく。

 日の出ている昼間は森などに身を潜め、日が沈んでから行動を取るという方針でいくことに決めてある。

 その際は他人に出会うことがないように、街道の外れの方を進む。

 全方位に集中して、近づく影があったらすぐに身を隠せるように注意しながら。

 カーティスの部屋にあった地図と近くにあると聞いていた街の名前から、屋敷のおおよその場所は把握していた。


 それを頼りに目指すのは隣国。徒歩だとどれぐらい掛かるか分からない。

 だが吸血鬼を捕らえるという、この国からは出るしか生きる道はない。

 人と出会ってしまった場合は可能な限り逃げるべきだが、吸血鬼だと悟られたときは襲われるかもしれない。

 そのときは魔法を使うしかない。それが例え人を傷つけてしまうことになっても――。



 夜の間歩き通して、日が昇る前に森の茂みに身を隠し、初めての野宿。

 堅い地面に背中をつけたところで、檻の中で過ごしていた頃を思い出した。

 もう、柔らかいベッドの上で眠ることはできないのだろうか。

 ――いや、隣国まで逃れられればきっと大丈夫だ。

 その希望を持って先に進むしかない。


 辺りは明るいが、本来の吸血鬼は夜行性であるため昼間に寝ることは容易い。

 だが、そうとはいえ。日の当たらない場所で背中に冷たい感触があるなか、眠りに就くのは辛い。

 それ以上に、一人で眠ることがこれほど心細いなんて思いもしなかった。

 いつも横に居た相手が居ない寝床は心も身体も冷え、寒く感じた


(カーティス……)


 一晩しか経っていないのに、会いたいという気持ちで胸が張り裂けそうになる。

 いつの間に、こんなにカーティスのことが気になっていたのだろうか。

 レーナから言われたせい、だけだろうか。


 だが、もはや会うことはない。これからひとりで生きていかねばならない。

 ローブをぎゅっと握って、光が入らないようにする。

 ぽろりとこぼれ落ちた涙とともに、声を押し殺して嗚咽した。

お読みいただきありがとうございます。

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