01 吸血鬼転生
前世の最後の記憶は、暴走してきたトラックが目の前にやってきて避ける間もなく――というところだ。体が拉げた感覚があった。あまり思い出したくない瞬間だ。
そして次に気付いたときには、知らない男に何故か鞭で打たれていた。
突然の展開に「えっ!? えっ!?」と言うが、自分の口から漏れ出た声は鈴を転がすような声。何が起きているのかも分からないまま、体を鞭で打たれ続けた。それから逃れようにも、両手両足が壁の鎖に括り付けられて身動きが取れない。鞭を当てられた場所からは、耐えがたい痛みが襲ってくる。
俺が痛みを訴え止めてくれといくら懇願しても、男は鞭を振るうのを止めなかった。
どれだけそれが続いただろうか。辺りが暗くなったあと、拘束具を外される。男は俺の首に巻き付けられていた鎖をグイと引っ張り、無理矢理引きずってきた。首元が締め付けられる感覚に、胃液が上がってくるのを感じた。そして檻のような場所へと蹴飛ばされ押し込まれた。そのあとガチャリ、と鉄の音がした。
痛みと吐き気で暫く動けなかった俺だったが、じきに痛みが引いてきたので体を起こす。辺りを見渡すと人が二、三人入れるかどうかというぐらいの、狭い檻の中にいるようだった。薄暗いながら、光は少しだけ入ってきていてかろうじて足元は確認できる。掃除がされていないのか、ゴミが散乱し鼻が曲がるほどの酷い臭いがする。
ここから出られないかと思ったけど、鉄格子は押しても引いてもビクともしなかった。どうやら閉じ込められてしまったようだ。
俺は未だ混乱する頭を落ち着かせ、自分の身に何が起こったのか確認することにした。
立ち上がって視線を下に向ける。俺は服と言って良いのか分からない、ぼろ切れのような薄い布一枚を身に纏っていた。
肌は薄汚れてはいるが、透き通るほどの白さだ。鞭で打たれていたせいで至る所が痣になっているが。
腕も足も棒のように細い。手のひらも小さく、まるで子供のような大きさだ。
顔を下げると髪が顔にカーテンのように覆い掛かる。手で摘まんでみると長く繊細な銀の髪。少なくとも、長さは肩より下までありそうだ。
そしてぼろ切れの隙間から見える、僅かな膨らみ。
俺はハッとして膝上までのぼろ切れを上にめくる。目を向けたそこはなだらかな丘になっていて、一八年間付き添っていたはずのものは、なかった。
訳が分からない。俺は男だったはずなのに、この体はどう見ても幼い少女だった。
俺は改めて自分の体をみると、先ほど痣になっていた部分が全て消えていることに気付いた。
どういうことだ。痕が残ってもおかしくないぐらいの酷い痣だったのに。治るにしても、こんな短時間で治るようなものじゃないはずだ。
しかし俺はこのときまだ気付いていなかった。この苦しみがしばらく続くことになるとは――。
☆
それからは来る日も来る日も、暴力を受け続けた。鞭で打たれるぐらいならまだ全然マシな方で、棒で殴られ腕や足の骨を折られることもあった。熾烈を極める暴力に、俺は泣き叫び続けた。
俺の今の立場は奴隷というものらしい。あの男共が言っていた。
ここはその奴隷が集められた施設らしい。ただ、ここまで極端に暴力を振るわれているのは俺だけのようだった。
奴隷には何をしてもいいんだろうか。口出しするとまた暴力を振るわれるので言わなかったが――。
この体は、どこかおかしいようだ。骨を折られようが、翌日にはそれが綺麗さっぱり治っているのだ。折れた骨が一日で元に戻るなんて、どう考えても普通ではありえないことだ。
俺の体はどうやら”吸血鬼”と呼ばれるものだったようだ。男共から罵倒されながらその単語を聞いた。
吸血鬼。前世にいた世界では、朧気な記憶だが空想上の存在だったはずだ。現世のこの世界では、それが存在しているらしい。
吸血鬼がどういったものなのかはよく分からないが、少なくとも怪我の治りが異常に早いということだけは分かっている。
ただ、治りが早いだけで痛みはちゃんと感じるのだ。
思い出したくもないが、剣で右腕を切り落とされたときは、あまりの激痛とショックにそのまま気を失った。だが、翌日目が覚めると、切り落とされたはずの右腕が元通りになっていたのだ。
男共は俺のことを化け物だと言って罵倒していた。
はっきり言って、俺自身ですら自分が化け物なんじゃないかと思ったぐらいだ。
男共は俺が死にさえしなければ、何をしてもいいと思っているようだった。
――それはレイプまでも、当然のように。
年端もいかない少女に対し、男共は無遠慮に暴行を働いた。
無理矢理行為を受け入れさせられたが、そこでの感覚は本来得られるはずの快楽とはほど遠い――ただ圧迫感と息苦しさを感じるだけだった。
男共はただ快楽を享受している。こちらの事など何一つ考えていない。
事が済んだあと、俺の男の尊厳を踏みにじられたような感覚に襲われた。
いっそのこと、そんなものは早々に捨ててしまった方がよかったのかもしれない。
自分の意志とは無関係に涙が零れ落ちる。その姿に男共は興奮したのか、それから行為は数度続けられたのだった。
☆
そんな日が何日も何週間も続き、次第に自身の心が壊れていくのを感じていた。
初めは何で俺がこんな目に遭わなければならないんだ、という気持ちを強く持っていた。
しかしじきに何も考えない方が楽だ、という気持ちへと流れていった。
逃げることもできない状況で希望も何もない。考えるだけ無駄だ、という気持ちに支配されていった――。
だがその絶望の日々は、ある日突然終わりを告げることとなる。
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