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18 移りゆくもの

「……リス、リリス! 起きなさい」


 もう少し眠っていたいという夢うつつ、体を揺すられて目が覚める。

 声の方へ顔を向けると、シルファがベッドの外から腕を組んで立っていた。


「……おはようございます、シルファさん」

「おはようリリス。……眠れたみたいね?」

「はい。……ありがとうございました」


 一度も目が覚めず、ぐっすりと眠れたようだ。

 起き上がってシルファに礼を言うと、気にしなくていいと言ってくれた。


「さ、朝の準備するわよ。リリスは着替えてカーティス様を起こしに行って」

「……はい」


 ――そうだ、カーティスを起こす仕事があった。

 シルファに改めて添い寝をしてもらった礼を述べて、部屋をあとにした。

 そうして自室に戻って支度をしたのち、カーティスの私室へ。

 足取りが重く感じる。カーティスの顔を見ると覚悟を決めたはずなのに。


 ノックをしてそっとドアを開けると、いつもと変わらぬ聞き慣れた(・・・・・)寝息が聞こえてきた。

 ゆっくりとベッドへ近づくと、カーティスの眠り顔を確認できた。


(い、いつもの通りに起こせばいいだけだ)


 一歩下がって深呼吸し、精神を集中させる。

 指をパチンと鳴らし魔法を発動させ、ベッドを小刻みにガコンガコンと揺らす。

 やがて体を起こしたカーティスを見て、魔法を止めた。


「おはようございます、ご主人様」


 努めて平静を装い、御辞儀して普段通りの声色で声を掛けた。

 そして顔を上げると、カーティスがこちらを見て微笑んでいた。


「おはようリリス、昨日は眠れたかい?」

「は、はい」

「そうかよかった、心配だったけど大丈夫そうだね」


(……っ!)


 そういうカーティスの顔を見て、体の違和感を覚えた俺。

 その違和感に、どうしたらよいか分からなくなってしまう。


「あ、あのっ、お召し物は机に置きましたので! 失礼しますっ」

「あ、ああ。ありがとう」


 そう言って足早に部屋をあとにして、ドアを後ろ手に閉じる。

 そのままずるずるとドアに寄りかかって、深呼吸をする。


(お、おかしいだろ、なんでこんな……)


 胸に手を当てると、心臓の鼓動が早く感じた。

 自分の体なのに、自分で抑えられない。それ(・・)は認めたくないものだった。


(なんでカーティス()相手にドキドキしてるんだよ……)


 ふう、ふうと息まで上がってくる始末。

 早くここを離れて部屋に戻ろうと思った矢先、支えられていたもの(・・)がなくなり体のバランスが崩れ後ろに倒れそうになる。

 だけど柔らかい何かに支えられて、地面へ体を打つことにはならなかった。


「わっ……リリス? 大丈夫かい?」


 その声に見上げると、カーティスの顔が逆さに見えた。

 そこで瞬時に何が起きたか把握する。ドアが開けられて、倒れそうになったのをカーティスに支えられたことを。

 支えられたというより、抱きしめられてるような――?


「……リリス?」


 俺を見て、俺の顔を覗き込んできたカーティス。

 はっと我を取り戻し、咄嗟にカーティスの体から離れる。


「だ、大丈夫です! し、失礼します!!」


 そう言いながら御辞儀をして、その場から走るようにして立ち去った。

 給仕(メイド)服の裾を持ち上げ、転ばないように、だけど急ぐように真っ直ぐ前を走り行く。


 カーティスから優しい笑顔を向けられたら、余計に胸がドキドキして居ても立ってもいられなくなった。

 失礼な態度を取ってしまったが、あの場に居続けることはできなかった。


 食堂へ向かおうとしたものの、途中で踵を返して手洗い場へ。

 備え付けられている鏡を見て、俺は唖然とする。


(……なんて顔してるんだよ……)


 鏡に映る銀髪の少女は、まるでリンゴみたいに顔を赤くしていた。

 全身白い肌なので、顔だけ真っ赤で余計に目立ってしまっている。

 頬に手を当てると、ほんのり温かい気がした。

 俺は冷たい水で無心に顔を洗った。火照りが収まるように。

 だが、なかなか顔の熱は引かなかった。


 そのあと食堂で準備している間、レーナに顔が赤いけど風邪でも引いたのか、それとも例の衝動かと心配されてしまう。

 全然そんなことはない、とは誤魔化したのだが。

 そしてカーティスがやってきたあと、先ほど失礼な態度を取ってしまったことを詫びた。

 カーティスはむしろ、怪我しなかったかどうかと心配してくれたが――。

 食事中にさっきの出来事が頭の中で繰り返し再生され、そのたびにカーティスの顔を何度も見てしまったのだった。


 ☆


 食事の片付けが終わり、そのあとカーティスの部屋にて掃除を急いで終わらせた。

 間近で仕事をしている、カーティスが気になったせいもあるが。

 それよりもシルファが言っていた「新聞」を、掃除のあとに読ませてもらうことになっていたからだ。


 実物の新聞は思っていたよりも小さく、普通の書物を一回り大きくしたもの。白黒で書かれていて、当然ながらテレビ欄などなかった。毎日ではなく、週に一度届くものらしい。

 そういえばたまにカーティスが読んでた気がするが、これまで気にしたことがなかった。

 外のことに興味がなかったのだから、仕方がないのかもしれない。


 中の見出しをいくつか眺めていると、


(人が吸血鬼に襲われる……?)


 気になる見出しを見つけ、該当欄の記事を眺める。

 そこには吸血鬼がとある街の住人を襲い、無理矢理吸血していくという事件が頻発していると記されていた。

 襲われた人の証言だと、夜に外を歩いていたら襲われたということらしい。

 住民の声や論評も掲載されていたが、正直あまり見たくはない内容だった。

 ――世間で吸血鬼は嫌われている、というのが改めて分かったからだ。


(物騒と言っていたのは、このせいか……?)


 俺はこの屋敷を出るつもりはないし、知らない人を襲うほど愚かでない。

 しかし他の吸血鬼がこのように暴れているとなると、肩身を狭く感じる。

 他にどれぐらい吸血鬼が居るのかは分からないが――。

 目を凝らして読んでいると、横から声を掛けられた。


「リリス、そんなにじっくり読んでどうしたんだい?」

「ご主人様……」


 カーティスからの声に顔を上げ、記事を見せる。

 既に新聞を読み終えていたカーティスは、内容は把握していた。

 どうやら少し前からこういったことが起きていたようだが、最近は目立つようになり新聞でも盛んに取り扱われるようになったとか。

 その話を聞いて、俺は当たり前のように吸血行為をしている現状がどれだけ恵まれているかということを思い知った。


 奴隷以外の吸血鬼も居るらしいが、身寄りのない者がほとんどであるらしい。

 ――そもそも、吸血鬼はどのようにして産まれてくるのだろうか? 分からないことは多い。

 だが見境無く人を襲うというのは、もしかしたら自分自身にも起こり得るのではないのか。

 そんなことを考えてしまい、気持ちが落ち込んでしまう。


「ご主人様、私は……」

「リリスは心配しなくてもいいからね。この吸血鬼たちとは違うだろう?」


 カーティスは俺が心配していることを察してくれたのか、優しくそう語りかけるかのようにそう言ってくれた。

 その優しさが心に響いてくるようで、俺は「ありがとうございます」と心から感謝を述べたのだった。



 しかし、情勢はよくない方面へと進んでいく。

 頻発する事件を不安視する住民からの声を受けて、自警団が吸血鬼の取り締まりを行うという方針が固まったらしい。

 実際に、もう何名かの吸血鬼が捕らえられているようだ。


 吸血鬼の社会的地位は下位であり、普段からよい扱いを受けていない。

 今捕まっている吸血鬼のことを考えると、かつての俺のような仕打ちを受けているような気がして胃液が込み上げてくるほど気分が悪かった。


 俺のその憂いの通り、吸血鬼への風当たりはますますきつくなっていくのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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