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16 レーナからの忠告

 翌日、いつも通り屋敷内の掃除をしていると肩を叩かれる。

 振り向くとレーナが居たのだが、どうしたのかと言おうとすると口を塞がれる。

 驚いてレーナの顔を見ると、自分の口元に人差し指を立てていた。

 静かにして、という意味だろうか。そのまま手招きされて、レーナのあとをついていく。


 廊下の角でレーナが立ち止まって、目配せをしてくる。

 俺はレーナさんの横に立って、物陰から指差す方へ目線を向ける。


「……ご主人様とシルファさんが、どうかしたんですか?」

「シルファちゃん、ああやってカーティス様にアピールしてるのよ」

「……? 何をですか?」


 小声でそう言うレーナに対し、何か分からず聞き直す形に。

 カーティスとシルファが、ただ談笑しているだけのように見えるが――。


「リリスちゃん、二人がああして仲良くしているのを見て何か思うことはないの?」

「え……? どういう意味ですか……?」


 俺がそう答えると、レーナは頭を抱えていた。

 一体何が言いたいのだろうか。意味が分からない。

 溜息を吐いてからこちらを向いた。


「リリスちゃんも分かってると思うけど、シルファちゃんはカーティス様に好意を持ってるのよ」

「…………」


 カーティスを取られたくない、と本人から聞いていたので何となくそうじゃないかと思っていた。

 改めてそう言われると、これまでのシルファの言動などは説明が付く。


「だから、ああやってシルファちゃんはカーティス様と距離を縮めようとしてるのよ」

「へえ、そうなんですか……」

「そうなんですかって……このままボーッとしてていいの?」

「……あの、どういう意味ですか?」


 レーナの言わんとしていることが理解できず、ポカンとした顔を浮かべてしまった。


「いや、あのねリリスちゃん。そうしたらカーティス様から血をもらえなくなるかもしれないわ」

「……どうしてです?」

「……ああ、もう……。ちょっと私の部屋に来て頂戴」


 そう言われ、半ば引き摺られる形でレーナの私室へと連れてこられた。

 そこに座ってね、と指示された椅子に腰掛ける。


「あの、まだ掃除中でしたけど……」

「いいのいいの、一時休憩。メイド長の私が許可するから問題ないわ」


 そう言ってレーナは手早く用意した紅茶を俺に差し出してくれた。

 御礼を言って一口飲んで、テーブルへとカップを戻す。

 レーナは向かいに座って、真剣な表情でこちらを向いていた。

 ただならぬ気配に内心驚いている中、レーナが口を開いた。


「リリスちゃん。このままシルファちゃんがアタックし続けてもしカーティス様が惚れたら、もしかしたら結婚まで進んでしまうかもしれないわ。そうしたら、血をもらえなくなってしまうかもしれないわ」

「え……。どうしてですか……?」

「吸血だけで済むならいいけど、そのあとあの衝動が起きるじゃない。……結婚している相手にそれが許されると思う?」

「…………それは」


 レーナに言われたことに対して、ショックを受ける俺。

 普通に考えて夫婦の片方にセックスをするなんてことは、許されないだろう。それは浮気を意味することだ。


「何回か聞いているけど、リリスちゃんはカーティス様のことをどう想ってるの?」

「それは……。優しいご主人様だと……」

「じゃあ、ある日カーティス様が突然居なくなったら……。カーティス様からもうリリスとは一緒に居られない、と言われたらどう思う?」


 それは、ここを出て行くという意味になるのだろう。

 吸血のことはともかく、これだけよくしてもらっている(あるじ)から離れるということは、即ち奴隷として別の(あるじ)のところへ行かないといけないということだ。

 向かった先が今よりよくなる、とは到底思えない。


「それは困りますし、嫌ですね……」

「うーん……。答えとしては微妙だけど、それはカーティス様に対して好意を抱いているってことなんじゃないかしら?」


 突拍子もないことを言われて「えぇ!?」と思わず大声を上げてしまう。

 ――いやいや、それはありえないだろう。

 相手は男で、俺は体こそ女だが精神は男だ。俺はそういう感情を抱くようなことはない。


「いえ、そんなことはないと思いますよ」

「いいえ! きっとそうよ! リリスちゃんは若いから自分の気持ちに気付いてないだけで」


 いや、若いと言われても精神年齢は十八歳ぐらいなのだが。

 しかも恋愛経験もある、いやたぶんあったはずだ。もちろん相手は女だった。

 ――残念ながら、顔と名前は思い出せないが。


「いくらカーティスさまが男でも、誰とでも寝るような人じゃないわ。カーティス様も、リリスちゃんのことを悪く思ってないから受け入れてるのだろうし。本当に嫌だったら、リリスちゃんはもうこの屋敷から追い出されてると思うわ」


 そう言われると、確かにその通りだとは思う。

 しかもこんな体質持ちだし、もう一度奴隷として売られていてもおかしくはない。

 だけど、ここまで聞いていて引っかかることがある。それは――。


「……レーナさん、どうしてそんなことを私に言うんですか?」


 レーナのその心境が俺には分からなかった。今までのそれ(・・)が仮にそうだったとしても、レーナには何の得もない。

 そして俺に黙っていれば、シルファのアピールが増えていたわけだ。

 なぜ、わざわざ俺に話をしたのだろうか。


「あのね、リリスちゃんがあまりに自覚がなさすぎるから心配してるのよ。……カーティス様、たぶんリリスちゃんに気があると思うわ」

「…………え?」


 レーナの言葉に衝撃を受ける。

 カーティスが俺に? いやいや、それこそありえないだろう。

 そんなことを思っている俺を余所に、レーナは話を続ける。


「これまで見ていた限りだと、シルファちゃんよりも、ね。肝心のリリスちゃんがこれだから、カーティス様も苦労しそうだと思うわね」

「いや、それはレーナさんの勘違いでは……」

「リリスちゃん、私は婚約者がいるのよ。男を見る目は分かってるつもりよ」


 レーナさんは婚約していて、期間が過ぎるとここを辞めるつもりらしい。

 普段から暇を見ては、婚約者のところへ行っているようだ。

 ケイリとシルファは当面出て行く予定がないので、屋敷の管理に特段の問題はない――いや今それはどうでもいい。


「シルファちゃんには悪い気がするけど、リリスちゃんの今の態度があまりにも目に余ってね……。リリスちゃんとカーティス様って今はかなり歪な関係だから、ちょっとどうなのかなって。お節介なのかもしれないけどどうしても、ね」

「……」

「リリスちゃんは、自分の気持ちをよく考えてみるべきだわ。奴隷だとかそういったのは横に置いといて、カーティスさまをどう思っているのか、胸に手を当てて考えてみて」

「…………はい」


 そしてようやくレーナから解放された俺。

 そのまま掃除に戻ったが、色んな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡ってあまり仕事にならなかった。

 夕食の手伝いのときも、あれこれ考えていたせいで失敗してしまった。シルファから怒られるが、レーナが宥めてくれた。


 夕食時、カーティスの顔を見ることができなかった。早々に食事を切り上げて片付けし、足早に自室へと戻ったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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