15 ケイリとの一幕
そうして数日が経ったある日のこと。
昼過ぎにやるべきことが済んでしまい、夕食の準備までは自由にしていてもよいとレーナから言われた。
そうは言われてもとくにやることもなく、暇を持て余して給仕服姿のまま屋敷の中をウロウロしていると何やら焦げ臭いにおいを感じた。
まさかどこかで火事が、と匂いのもとを辿るととある一室。ケイリの私室だ。
強めに数度ノックしても反応がない。これはまずいんじゃ……と思ってドアを開けた。
給仕服を着た濃紺のショートヘアの女が、テーブルに向かっていた。ケイリだ。
室内に入るも、こちらに気付く気配がない。横まで行くと、眼鏡を掛けたケイリが何かを真剣に見つめていた。
相変わらず気付く気配がないケイリに対して、埒が明かないと思った俺は声を掛けた。
「ケイリさん?」
「……リリス? どうしたの」
「いや、変なにおいがして心配になったので、来てみたんですけど……。ノックしても返事がなかったので、黙って入ってしまいました」
そう、と答えたケイリは再び体をテーブルの方へ。
そんなケイリが向かっているテーブルの上は、なにやらごちゃごちゃとした状態。
うーん、みた感じだと――そう、子どもの頃に学校でやらされた理科実験のような雰囲気。
ビーカーに入った液体をアルコールランプで煮沸させる、あれだ。
使っている器具は、それとは大きく異なっているが。
とくに気になるのは、魔方陣のような模様が描かれた紙から炎が上がっている点か。
焦げ臭く感じたのは、その炎のせいだろうか。
「これ、何してるんですか?」
「爆弾を作ってる」
「…………はい?」
ケイリからとんでもない返事が聞こえた気がしたので、素っ頓狂の声を上げてしまった。
爆弾って、あの爆発するやつだろうか?
「えっと、爆弾、ですか?」
「そう」
「…………どうしてそんなものを」
「屋敷を襲うような不届き者に対抗するため」
そう言いながらケイリは、乳鉢のようなものでゴリゴリとなにかをすりこぎしていた。
すりつぶす音が部屋に響く中、俺は話を続ける。
「……そんな人いるんですか?」
少なくとも俺がここに来てからそんなことが起きたことは一度もない。
本当にそんなのがいるのなら、俺も注意していた方がいいのだが。
「いや、今まで一度もいない。あくまで自衛のため。備えはしておくものだから」
「……そ、そうなんですか」
そのままゴリゴリとすりこぎを続けるケイリ。
余計な心配だったようで、胸を撫で下ろす。
しかし給仕服のままで爆弾の製造とか、かなりシュールな風景だ。
そんな中、ふと思ったことを尋ねてみる。
「ケイリさんは、魔法が使えませんでしたっけ? そんなものに頼らなくても魔法で……」
「……備えは幾重にもしておくもの」
「あ、はい……」
ああだこうだ言っている間も、真剣そうに作業を続けているケイリ。
邪魔しちゃ悪いかなと思って出て行こうとしたところ「ちょっと待って」と呼び止められる。
ドアの前で振り返ると、ケイリがこちらを向いて口を開いた。
「このところ、シルファとの接し方が変わった気がするけど……結局セックスした?」
「セッ……! そ、そのう……」
直球的な物言いに思わず大きな声を出してしまう。
まあ誤魔化しても仕方ないだろうと思い、起こったことを説明した。
もちろん最中のこととかは言わなかったが。
「ふうん、女の子同士でも衝動は発散されるのね」
「なんだか、そうみたいです」
「満足を得られれば……って、一人でやってもダメって言ってたわね」
一人で自己完結できるなら、本当に楽なのだろうが。
吸血鬼というのは相変わらず不便な体だ。
「まあシルファかカーティスさまにお願いするしかないのね。二人とも合意の上ならいいのでしょうけど」
カーティスが帰ってきたあと、衝動が起こらなかったかどうかと心配された。
そのとき「大丈夫です」と答えてしまったがために、シルファとの性的接触で衝動が抑えられていたことを伝えられないまま、吸血をすることになってしまった。
ほとんど満腹に近い状態での吸血になったけど、やはり血は美味しいものだった。飲もうと思えば、どれだけでも飲めそうな気がした。
そして吸血したあとの衝動は変わらずに起こってしまい、そのまま事に及んでしまったわけだが。
シルファとカーティス、どちらでも衝動を発散できることは分かった。のだが、さて今後はどうするべきか。
血の方はどちらも味は違えども、美味しいし飢えは満たされる。
恐らくこのままカーティスに頼むのがいいのだろうが、シルファもあれほど覚悟を持って受け入れてくれた以上これっきりというのも――。
「……ス? リリス?」
ハッと気付いたら、ケイリが俺の顔を覗き込んでいた。
考えごとに夢中になってしまっていたらしい。ごめんなさいと謝ると、ケイリは何事もなかったかのように元の椅子へ座った。
「……あの、ケイリさんはどうしてこの屋敷に?」
何となく気まずい気がして、話題を変えてみることにした。
ケイリは作業を続けながら話し始めた、のだが。
「私は、家族が居ない」
「孤児院で自分の生きる術を自分で探した。それが魔法とこれ」
「冒険者として生きる道も考えて冒険者ギルドに通っていたら、この屋敷が使用人を募集していることを見つけた。面接したら偶然雇ってもらえることになって。よさそうな人だったしいいかなと思って、こうしてここに居る」
「……ご、ごめんなさい。聞いちゃいけないことでしたか……?」
地雷を踏み抜いてしまい、またしても俺は謝ることになった。
結果的にとはいえ、家族が居ない人に対して家族のことを聞くことになってしまったからだ。
「いや、私から言い出したことだから謝らなくていい。……今はレーナやシルファ、それにリリスも居るし全然寂しくはない」
その口振りは、嘘を吐いているようには見えなかった。ケイリの表情は普段よりも少し柔らかかった。
それから少しケイリ自身のことについて聞いたのだが、年齢は一六歳らしい。あのシルファよりも年下だった。
転生前の俺よりも若いのに、よっぽど落ち着いている雰囲気。孤児だと言うのに――いや、孤児だからこうなのか?
「……ケイリさんは、いつまでここで働き続けるんですか?」
それだけ自分でできる人だったら、ここ以外で働くというか冒険者? というのにもなれるんじゃないか。
そうなるとここを出て行ってしまうんじゃないか、と思ったのだが。
「それは分からない。ただ、今よりいい条件のところは思い当たらない。衣食住に困らないし、趣味にも時間が取れるから他に移ることは考えてない」
「……そうですか」
ケイリの答えを聞いて、なんとなくホッとした俺が居た。
なんだかんだケイリは結構面倒見がいいし、折角話せる人ができたのに簡単に別れるのは嫌だなと思っていた。
「リリスに言いたいことがある。この国の吸血鬼に対する扱いは、知っているとは思うけど」
「はい……?」
「身を守る術を身に付けておくべき。この屋敷ならよほどじゃない限りは安心だけど」
ケイリの意図がよく分からない。――少し考えているとケイリがこちらを向いて口を開いた。
「貴女は吸血鬼だけど、ただの弱い少女。何かがあったとき、自分の身を守れない」
「貴女のことをよく思わない連中から手を出されても、身を守れるようにしておいた方がいい」
その言葉を聞いて、奴隷のときに男共から乱暴を受けていたことを思い出してしまった。
確かに、何も力を持たないと「されるがまま」になってしまう。
二度とあんな目には遭いたくない。
だけどどうすればよいか分からない。藁にもすがる思いでケイリに尋ねる。
「……どうしたらいいでしょう」
「吸血鬼なのだから、魔力はあるようにみえるけど。以前掃除のときに教えてすぐに使えたのだから、それの応用でなんとかなるはず」
そういえば、ケイリから掃除のときに簡単な魔法を教わっていた。
あとカーティスを起こすときにも、魔法を使っている。
それを応用というのは――どうすればよいのだろうか。基本的に教わったことしかできていない俺にはよく分からなかった。
少し悩んだあと、ケイリにお願いをしてみることにした。
「あの、もしよかったら、私に魔法の指導をしていただけないでしょうか」
「……自由時間が合えば構わない。ただ、代わりに私の実験の手伝いもしてもらえるとありがたいのだけど」
「分かりました」
それからは空いた時間に、ケイリから魔法を教わることになった。
この体には少女並の力しかないが、魔力はそれなりに備わっているようだった。
しかも、その扱いが長けているということが分かった。掃除のとき苦も無く使えていたのは、そのせいだったのか。
広い庭先の不要な太い木を風の魔法で切り倒し、火の魔法で一瞬にして燃やし尽くした。
ケイリはこれを襲ってくる相手に使えばいい、と教えてくれたが。
人相手にこれを使うとどうなるか――考えただけでもゾッとした。
できることならこれを使うような場面が起きなければいいのだが、と思いつつ魔法の練習を積んでいくのだった。
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