14 氷解?
「う、うう……」
目が覚めて、今の状況を理解する。身体を起こそうと床に手を付くと、妙な湿り気を感じた。周りを見渡すと、床が一面濡れているようだった。独特の匂いが鼻をつく。
これは掃除が大変そうだ。思わず頭を抱える。
そして、近くで倒れているシルファを見つけた。慌てて駆け寄るも、身体は規則正しい呼吸をしていた。どうやら眠っているだけのようだ。
「シ、シルファさん! 起きてください」
身体を揺すってしばらくすると、気怠そうな感じでシルファが目を覚ました。
シルファが目を擦ってぼけーっとしている間に、自分の身体が元通りになっていることに気付いた。
身体の火照りなどが、綺麗さっぱり消えていたのだ。そこで吸血後の行為は、女が相手でもよいということに気付いた。ようは他人で性欲が満たされればよいということだ。自分一人で鎮めるのはダメだったのは経験済みである。
「り、リリス……身体はもう大丈夫なのかしら……?」
俺の姿を見たシルファが少し怯えたように後退りして、そんなことを尋ねてきた。
――昨晩、好き勝手してしまったから仕方が無い。
「もう大丈夫です」と返すと、おずおずと俺の方へ近づいてきた。
「あの、シルファさんどうして……?」
俺はシルファにそう尋ねる。あれだけ嫌がっていた吸血を、なぜ自ら志願したのか気になっていたのだ。
「……らよ」
「……え?」
「カーティスさまを取られたくなかったからよ……!」
俺は思わず首を傾げてしまった。シルファの言う「取られたくない」の意味が分かりかねたからだ。
「……あの、取られるってどういう意味でしょうか」
「カーティスさまのことが、その、好きでこんなことやってるんでしょう? だから私が代わりを務めれば、リリスがカーティスさまに吸血する必要がないと思ったのよ……」
シルファの言葉に、俺の目が点になる。
シルファが代わりをする、というのはひとまず置いといて。
この前もカーティスについて聞かれたけど、そんなことは全く考えていない。
似たようなことを、他の使用人たちからも聞かれた。
なぜ、そんなことを聞くのだろうか。完全なる誤解である。
ともあれ誤解は解かないといけない。俯いているシルファに向かい、姿勢を正して語りかける。
「この前も言いましたけど、そういうことは全くないですよ」
「……いや、だって……」
「その、ご主人様には血をいただくのとその後の処理をしていただいてるだけで、そういうつもりは全くないです」
「う、嘘……」
そこからしばらく黙りこくっていたシルファだったけど、ゆっくりと顔を上げてきた。顔付きは不安げだったが。そんなシルファが俺を見つめて口を開く。
「ほ、本当にそういう気持ちはないのね……?」
「ええ、ないですよ」
俺が即答すると、シルファは「……そうなのね」といいそれまで暗くしていた表情を少し明るくさせた。
それを見た俺は話題を変えるべく口を開いた。
「と、とりあえずシャワーを浴びた方がいいですね。その、色々と」
「そ、そうね……」
この部屋の掃除もしないといけないけど、まずは身体を洗い流すことが先だ。
身体ベタベタしていて、とても気持ちが悪い。
そう思っていたら、突然シルファに腕を掴まれた。
「シ、シルファさん?」
「ほら、早く浴びちゃうわよ! ちゃっちゃと片付けもしないとカーティスさまが帰ってきちゃうわ」
「え、え、その、わたしは自分で浴びますので……」
「それだけ長い髪、洗うの大変でしょう。手伝ってあげるわよ。……それともなに、一緒に入るの恥ずかしいの? 散々見たり見せてたりした癖に……」
「……」
シルファからそう言われ、何も言い返せなくなってしまった。その辺に脱ぎ捨ててあった衣服を身に纏い、俺はそのまま風呂場へと連れて行かれたのだった。
☆
「本当、サラサラで良い髪ねえ。吸血鬼ってみんなこうなのかしら」
「さ、さあ……。他の吸血鬼は見たことがないので……」
俺は風呂場で椅子に座らされ、シルファに髪の手入れをしてもらっていた。
洗い方とかはレーナから聞いていたけど、他人に洗われるのは初めてだ。
というか、風呂場に他人と一緒に入るのが初めてだったりするのだが
少しくすぐったい気はするけど、どこか気持ちがよい気がする。丁寧に洗ってもらっているせいだろうか。
「肌も傷一つなくてお人形みたいに真っ白だし……。というか、こんな細い身体のどこにあんな力があるのよ……」
「ひゃ、ひゃあ!」
突然つう、と背中をなぞられて変な声が出てしまう。
「あら、ごめんなさいね。……ふーん背中が弱点なのね……」
「も、もう……。止めて下さい……」
「……ごめんなさいね、もうしないわ……」
振り向いて抗議すると、シルファはそれ以上のことはしてこなかった。
その後はお互いの身体を洗い合うことになって、少しドキドキすることになったのだった。
自分の身体は見慣れているが、女の身体はそうそう見ることはない。
とはいえ、昨晩は何度も見てしまったのだが。
シルファも綺麗な肌だと思うが、惜しむらくは俺の体よりも年上なのに、出るべきところが出ていなかったが――。
いや、そう思うのは余りに失礼か。
それ以上は考えないようにして、シルファの身体を洗ったのだった。
☆
「リリス、もしカーティスさまの都合が悪いときは、私から吸血してもいいわよ」
「……え?」
風呂場から出て新しい給仕服に着替え、部屋の掃除をしているとき。シルファからそんなことを言われ、素っ頓狂な声を上げてしまう俺。
「あの、吸血はありがたいですけど、そのあとが……」
「……そんなの、分かってるわよ」
「……」
そう言い視線を逸らしてしまうシルファ。とはいえ意図は分からないものの、これからカーティスがいない場合でも吸血の面倒を見てくれるのはありがたい。
「まあ私もその……もちよかったし……」
「え? なんですか?」
「な、何でもないわ! ほら、早く片付けるわよ!」
「は、はい」
何を言いかけたのかよく分からなかったが、確かにシルファの言うとおり早くしないとカーティスが帰ってきてしまう。
指示通り掃除やら換気やらを行って、なんとか室内を元通りにすることができた。
ふう、と息を吐いて感謝を述べると、シルファは気にしなくて良いと言ってくれた。
なんだかんだあったけど、シルファの俺に対する蟠りは解けたのかなと安心したのだった。
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