13 失念
さらに翌日のこと。朝からどうにも体調が優れない。直観的に風邪を引いてしまったと感じた俺は、レーナに許可をもらって休ませてもらっていた。
朝食のときの、シルファの様子は昨日ととくに変わらなかった。挨拶をしたけどやはり返事はもらえず。
恐らくレーナは、まだシルファと話をしていないのだろう。早いところ話を聞いてみて欲しいというのが本音だが、俺が文句を言うのは筋違いだろう。
起床直後から何か違和感を感じていたが、朝食後から思うように体が動かず、自室で休ませてもらっているという状況だ。
吸血鬼でも、人間と同じく病気には罹ってしまうようだ。怪我はすぐ治るというのに、なかなか融通の利かない体だ。まあ罹ってしまったものはどうしようもないので、休んで早く治すほかない。ベッドの中で目を閉じ、俺の意識は微睡んでいった。
☆
「ん……?」
何かの物音で目が覚める。物音が聞こえた先に目線を向けると、部屋のドアがゆっくりと開けられた。レーナだ。
「体調はどうかしら」
そう言われてがばっと体を起こす。しかしすぐに体の怠さに襲われ、そのまま後ろへとゆっくり倒れ込んだ。体の熱っぽさにも拍車がかかっている気がした。寝汗のせいだろうか、着替えておいたネグリジェがびっしょりと濡れてしまっていて、気持ちが悪い。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど……。リリスちゃんが最後に吸血してから、今日で何日目かしら」
レーナにそう言われ、あまり働いていない頭を懸命に動かす。前回から一、二、三――。
「今日で……七日目ですね」
「もしかしなくても、それって吸血衝動のせいじゃないかしら……」
「……あっ」
うっかりしていた。そうか、シルファから吸血し損ねてから日数を数え忘れていた。熱っぽいのはそのせいだったのか。
状況はよくない。以前と同じであるなら、夜には吸血衝動を止められなくなる。
シルファへの吸血は無理だ。そしてカーティスは明日まで戻ってこないと考えると、今日はかなり苦しむことになってしまう。
何もしなければ、恐らく誰かを襲うことになってしまうだろう。それは避けなければならない。どうしようか少し考えた俺は、レーナにとある提案をしたのだった。
その提案を聞いたレーナは、何度も本当にそれでいいのか俺に確認してきた。他にも解決法がないか考えたが、現状それ以外は思いつかず。俺の意思は堅かった。
☆
すっかり夜も暗くなった頃。俺は今、屋敷の物置にいる。
体には何重にも紐が巻かれ、身動きは取れない。部屋の中は真っ暗だが、目は少し見える。これも吸血鬼の習性だろうか、よく分からないが――。
俺の提案は、俺を隔離してくれというものだ。身動きを取れないように体を縛ってもらった上で、鍵の掛かる物置に収容してもらった。明日カーティスが戻ってくるまでは、誰もここへ近づけないよう、レーナに頼んである。
衝動が出てから一晩血を飲まなかったところで、体が維持できなくなる訳ではないということは文献で確認してある。苦しみが続くということは、間違いないが。
体を縛られている以上トイレへ行くこともできないが、覚悟の上だ。例え粗相をしても、後で片付ければよいだけだ。他の使用人を襲ってしまうことに比べれば、大したことではない。
昼間に比べて体の熱っぽさは増し、喉の渇きも強くなっている。じっとしているのは正直つらく、仰向けの体を左右に揺らして紛らわしている。ベッドの上ではなく、ひんやりとした床の上にいることで多少だが熱冷ましになっている。少し背中が痛いが、仕方のないことだろう。
改めて吸血鬼の習性というのは厄介だということを、身をもって実感している。
元々夜行性である関係で、眠気は全くない。とはいえ、これだけ昂ぶった状態だと寝ることは不可能だろう。
今日は色んな意味で長い夜になりそうだ、と溜息を吐いたところで。なにか物音がするのに気付いた。
なんだろうか、と体を捻って音の聞こえる方へ向く。次の瞬間、ガチャリとドアが解錠する音が聞こえた。
誰も来ないように頼んでいたはずなのになぜ――と思ったが、ドアから姿を現したのはシルファだった。一昨日とは違うネグリジェを着て、手には蝋燭式のランタンを持っている。
俺の姿を確認したシルファは、おずおずと近づいてくる。
「シルファさん……どうしてここに……」
俺の声を無視して、シルファは俺の目の前までやってきた。すると、何を思ったか俺の体に縛られた紐を解き始めた。
「シルファ、さん……?」
相変わらず無視を続けるシルファ。そしてついに体の紐が完全に解かれ、俺の体は自由となった。体を起こしてシルファの方を向く。
シルファはどうして、このようなことをしたのか。理解の追いつかない俺を尻目に、シルファは俺の前に座り自分のネグリジェの襟を横にずらした。
「……早く、吸血しなさいよ……」
そして少し声を震わせて、シルファがそう言った。その言葉に思わず耳を疑う。あれほど吸血に怯えていたシルファが、自分から吸血をしろと言ってくれるなんて。どういう心変わりなのか。
「わたしのせいで、リリスをつらい目に遭わせてるんだから……」
「シルファ、さん……」
「だから、吸血しなさい」
そうは言っているシルファだが、少し肩を震わせていた。やはり、吸血行為には恐怖を感じているのだろう。しかし、それの他にもその後の問題もある。
「あの……吸血後のことも……分かって……」
「……覚悟の上よ。リリスは気にしなくていいわ」
ここまで言われて、もはや遠慮する気持ちはほぼなくなってしまった。俺の理性ももう限界だ。よいと言われているのだ。何がシルファの気持ちを変えさせたのかは分からないが、もうそれを考えるのも億劫だ。
目の前にある血を、もう我慢できそうにない。
「失礼、します……」
そして俺はシルファの首筋に、犬歯を突き立てた――。
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