11 シルファへの吸血
「えっ……」
シルファの言葉に思わず固まってしまった。今までの話を聞いた上での発言なのだろうか。吸血そのものは良いとして、問題はそのあとだ。ほぼ確実にシルファを襲うことになるのだが、それを分かっているのだろうか。
「だ、大丈夫よ、それぐらい大したことないんだから!」
俺は改めて説明をしたが、シルファはそう言って問題ないから大丈夫だと繰り返すばかりだった。
「あの……シルファさん。失礼ですけどそういうことって経験あるんですか?」
「あ、あ、あるに決まってるでしょう! だから問題ないって言ってるでしょ!!」
シルファは叫ぶような勢いでそう答えた。心なしか顔が赤くなっていた気がする。
結局、一方的に押し切られる形で了承してしまった。そこまでして吸血の役目を代わりたいなんて、どうしてなんだろうか。
その後シルファは用があるから、と先に部屋から出て行った。
「何か凄いことになったわね」
「私も何が何だか……」
「ところでさっきの話を聞いて気になっていたんだけど……。その、カーティス様はえっちなことは拒まなかったのかしら」
「……それはなかったですね」
まあ初回は、体の自由を奪って無理矢理襲ってしまったのだが。それ以降もカーティスに拒まれてはいない。と言うか自分からしていいと言ってくれたぐらいだ。
前にも思ったことだが、カーティスは奴隷の少女に半ば強制的に襲われて嫌じゃないのだろうか。
「……そういえばリリスちゃん、最近カーティス様と一緒の時間が多いわよね。何かあったの?」
「ご主人様からお願いされた仕事をしているからです」
事あるごとに、カーティスがわざわざ俺に声を掛けて仕事の依頼をしてくるのだ。仕事と言ってもカーティスの側で何か補助をするようなものばかりで、大した内容のものではないのだが。
実際カーティス一人でも十分間に合うんじゃないか、と言うほどの作業を頼まれることもあったが、奴隷という立場上よほどのことがない限り拒否することはできない。そういう訳で、必然的にカーティスといる時間が増えているのだ。
説明し終えると、二人は顔を寄せて何かボソボソと話し始めた。
「ケイリちゃん、これって……」
「……そうかもしれない」
レーナとケイリがそんなことを話している。どういう意味だろうか。
「どっちを応援すればいいのか分からないわね」
「……なるようにしかならないとは思うけど」
「肝心のリリスちゃんはあまり自覚がなさそうだけど……。でもシルファちゃんは厳しそうね……」
「……シルファの努力次第だと思う」
二人が何か盛り上がっているようだったが、俺はとあることを考えていた。
四日後が吸血の予定日だ。それは良いのだが、吸血後の性的欲求はシルファとすることで治まるのかどうかが気になっていた。
初めての吸血衝動では男が欲しいという欲求から、カーティスを襲ってしまったのだ。シルファは女であるから、果たして満足できるのか。しかしシルファに押し切られた以上、やるしかないだろう。
とりあえずカーティスには、次の吸血はシルファに代わってもらうと言う話をしなければならない。
俺は二人にカーティスに話をしてくるから、と言って部屋を出た。
そしてカーティスの部屋。吸血の交代の話は、結果的には了承してくれた。
納得してくれるまでかなりの時間を要した。吸血のあとどうなるか理解した上で、自分から役目を代わりたいとシルファから言われたことを説明をした。それなら仕方がないとようやく了承してくれたのだ。
てっきりカーティスは役目を代わってくれた方が良いだろうと思っていたが、なぜああまでして渋ったのか。ああ、でも誰に血をもらうかという話をしていたとき俺が使用人を襲ってしまわないかと懸念を示していたから、そのせいかもしれない。今回はシルファがそれでも良いと言ってくれたから、渋々ながらも納得してくれたのだろう。
俺はカーティスが奴隷に限らず、使用人にも優しいのだと再認識をした。本当に良いご主人様に買ってもらえたと思う。俺は心の中でカーティスに感謝をしたのだった。
☆
そして四日後、吸血予定の日がやってきた。
朝目覚めたときはそうでもなかったが、日中を過ごしていく内に次第に緊張していた。カーティス以外の相手に吸血をするのは初めて、と言うことを意識してしまったせいだろう。なおさら、男ではなく女相手なのだ。吸血そのものより、その後のことを考えると一体どのようなことになるのか。そのことに意識が向いてしまっていた。
まあ、やることは一つなのだが。
ちなみに、カーティスは商店の取引で今朝から不在だ。三日後には戻ってくるらしい。吸血があったならば出発を一日遅らせるそうだったが、シルファが代わってくれるため今日出発するとのことだ。
カーティスがいなくても、基本的には使用人の仕事は変わらない。カーティスの世話をする時間は、丸々浮くことになるが。その分の時間は、普段手が回らないところの掃除に費やした。サボるなんてことはしない。そんなことをしていたら、俺を買ってくれたカーティスに対しての裏切りになるだろう。奴隷は奴隷らしく在るべきだ。ここで生活を送っていたらそれを忘れそうになるが。
そして夜。使用人同士で夕食を摂ったあと、シルファに「あとでお願いします」と一声掛けた。シルファはビクッと肩を震わせて「わ、分かってるわよ……」と言葉少なげに答えた。シルファも緊張しているのだろうか。今日は普段と比べてかなりおとなしいというか、表情が暗かった気がする。
まあ、仕方がないのかもしれない。セックスの経験はあったとしても、吸血されるのは初めてだろうから。
お風呂に入って――念入りに体を洗って――自室のベッドに腰かけてシルファを待った。
ドアのノックの音が聞こえた。どうぞと声を掛けると、シルファがゆっくりと部屋の中に入ってきた。ピンクのネグリジェを身に纏って、顔を俯かせながら俺の前へと歩いてきた。
「……来たわよ」
蚊のように小さな声で、顔を赤くしながらシルファはそう呟いた。普段のシルファとは異なる、しおらしい様子に少しドキっとした。
ひとまずベッドサイドに座らせて話をすることにする。たぶん俺と同じで、緊張しているはずだ。少しでも緊張が解せればいいのだが。
「すいません、わざわざ私の為に」
「……いいのよ、わたしが言い出したことなんだから」
やはり緊張しているのだろう、声が震えていた。目を見て話をしたいと思っていたが、こちらに目線を合わせてくれない。どうしたものか。
「……大丈夫ですか? 緊張しているみたいですが」
「大丈夫よ、だから始めていいわ」
そう言うシルファだったが、やはり態度は変わらないようだった。心なしか、顔色もあまりよくないようだ。しかしシルファがもう始めろと言っている。もう少し話せればよかったが仕方ないだろう。俺はベッドサイドを移動してシルファとの距離を詰め、真横へと並んで座った。
「失礼します……」
シルファの両肩に手を置いて、首元まで顔を持っていく。シルファからはシャンプーの良い匂いがフワッと漂ってきた。自分の使っているそれとは違う匂いだった。何か特別なものを使っているのだろうか。
首筋へ歯を突き立てようとしたが、肩がガタガタと震えていることに気付いた。シルファの顔を覗き込むと、目を瞑って何かに耐えているような表情が見えた。閉じた目の隙間からは涙が溢れて、頬を伝っていた。
その姿を目にしてしまった俺は、このまま吸血してもいいのか悩んだ。どう見ても恐怖で震えているようにしか見えなかったのだ。
そんな状態の相手に、事に及ぶのはさすがに気が引ける。
いつまでも吸血を始めない俺に対して、おかしいと感じたのかシルファが目を開く。横でどうしようか迷っていた俺を、鋭い眼差しで睨みつけてきた。
「どうしたのよ……早く始めなさいよ……」
「本当に始めてもいいのでしょうか……。怖いんじゃないんですか?」
「な……っ! いいから早く始めてって言ってるのよ!!」
シルファの叫ぶ声が部屋の中に響く。俺は驚くも、シルファのその様子を見てもはや完全に吸血する気が失せてしまった。ここまで怖がっている相手に対してできるはずがない。
俺は首を横に振って、シルファに答える。
「そんなに怯えているシルファさんに、吸血なんてできません」
「……っ!」
俺の言葉を聞いたシルファは、立ち上がりそのまま走って俺の部屋から出て行ってしまった。声を掛ける間もなかった。
シルファは決断していたのに、俺の一言で傷付けてしまったかもしれない。だが、あのまま始めることはできなかった。いかに同意の上とはいえ。
シルファはなぜあのように無理をしてまで、吸血されるのを代わるなどと言ったのか。
声を掛けにいくことも考えたが、今日はそっとした方が良い気がした。明日でいいだろう。
俺はベッドに入りどう話をするか考えながら、眠りについた。
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