プロローグ
日が昇り始め、小鳥の囀りが響く朝。
とある屋敷内の廊下にカツ、カツとブーツの足音が響き渡る。歩く度、黒と白を基調としたエプロンドレスがフワフワと靡く。
初めてこの服を着たときは違和感しかなかったが、今では毎日着ているからもう慣れたものだ。
目的の部屋の前へとやってきた俺は、重厚な造りのドアをノックする。一度、二度、三度。――返答はない。ノブを回しドアを開き、部屋の中へと入る。
部屋の中は薄暗い。窓際に掛かっているカーテンの隙間から覗く光を頼りに、窓際まで足元に気を付けながら慎重に歩いて行く。まあ、足元に躓くようなものは置いてはないことは分かってるが。昨日もその前の日も俺が掃除したから、分かっていることだ。
そして窓際へと辿り着き、勢い良くカーテンを開けた。部屋中に日光の暖かな光が差し込んだ。光を体に浴びると体に感じていた怠さが更に増すが、それは堪える。これぐらいはあの痛みに比べれば遙かにマシで、我慢できる範囲だ。
ベッドの方に目を移すと、目的の人物がそこにいた。まだ上掛けを体に被ったままの人物をじっと見つめる。動きは、ない。
ベッドの前へ移動した俺は、上掛けの上から体を左右に優しく揺すって、こう言った。
「ご主人様。朝です。起きて下さい」
しかし、目的の人物からは反応がない。もう一度揺すって声を掛けるが、相変わらずの無反応。それを何度か繰り返したあと――溜息を吐く。
俺はこの行為は無意味だと判断した。いつも通りのことだ。
そしてベッドから一歩後ろに下がり、指をパチンと鳴らす。その瞬間、上掛けが吹き飛び、ベッドが暴れ馬のようにガタガタと前後へ揺れ出す。その揺れでベッドの上の人物は目を覚ましたようだけど、ベッドの動きは止まらない。
最後はベッドが横に傾き、乗っていた人物が滑り落ちていく。そして俺の目の前に落っこちてきた人物に対して、お辞儀をしてこう言うのだった。
「おはようございます、ご主人様」
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俺はこの屋敷に住み込みで働いている。名前はリリス。元々名前はなかった――いや分からなかったのだが、ご主人様に付けてもらった。
俺には前世の記憶がある。とは言ってもほとんどないに等しいが。分かっているのは年齢と性別と、死ぬ最後の瞬間。他の記憶はぼやけていて、ほとんど分からない。
前世は大学生で男だったはずだが、現世ではどういう訳か――幼い少女になってしまっていた。
――吸血鬼で奴隷の、という前置き付きで。
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