1-3 不死であるということ
「はい。終わり。また俺の勝ちだな」
ヴァロの言葉にドーラは心底悔しそうな表情をした。
ヴァロの前には瓶詰された薬がいくつもおかれていた。
外から部屋を覗く光は午後のそれそのものだ。
「あー負けた…」
「ドーラさんはまだその肉体に慣れていないのでしょ?」
その躰に移ってからからそんなに時間は経ってないと聞く
フィアはこの一カ月でドーラに対して妙に親しげな態度を取るようになっていた。
それというのも研究等で引きこもる間、ドーラが魔法を教えてもらっているためだ。
「それでも悔しいものは悔しいんだヨ。ヴァロ君、もう一回ダ」
口をとがらせてドーラがヴァロに挑戦する。
「おいおいこれでもう二十回目だぞ。何回やるつもりだよ」
「僕が君に勝つまでサ」
真顔でドーラはそう言い放った。ドーラと一緒に仕事をしてみてわかったことが一つだけある。
この男とてつもなく負けず嫌いなのだ。
そのため、仕事の効率を上げるために競争という形をとることにした。
仕事ははかどるが、めんどうなことこの上ない。
「わかったよ。…その代わりと言っちゃなんだが、ドーラ、ひとつ質問いいか」
「うん、答えられるものなら答えてあげるヨ」
「あんた人形に魂を移したんだってな。人形の躰ってどんな感じなんだ?」
そのヴァロの言葉に周囲は水を打ったように静まり返る。
気にはなっていたことだ。人形の躰を持つということはどんなことなのか。
そしてその体験者が目の前にいる。
「興味あるのカイ?面白い話じゃないヨ?」
さも意外そうにドーラは聞き返す。
「ああ」
「私も是非教えてください。その試みは現在では禁忌とされているものの一つとされています。
大魔女の定めた大憲章でそれは禁じられているものの、肉体の置き換えを試みるものはあとを絶たない。
失敗例はよく聞きますが、成功例は聞いたことがありません」
フィアが体を乗り出して、ヴァロの脇に座る。
フィアの眼差しは真剣そのものだ。
「そりゃそうサ。失敗したのなら、僕が午前中に失敗したのとわけが違うからねネ。
このフゲンガルデンぐらい地図から消え失せるヨ」
魔力だけであの男は聖都コーレスを地図上から消そうとした。
言い換えるならば、あの躰はそれを可能とするだけの魔力量があったといえる。
「かといって不完全な肉体に魂を置き換えてもそれは肉体よりも不便といってもイイ。
置き換える肉体の完成度を上げるということは、言い換えれば置き換えの難易度を上げることでもあるのサ。
もとをただせば肉体の人形化は人体という不完全なものを、完結した人形というものに置き換えることを目的にしてル。
それにより、衣食住、あらゆる欲や生活に必要とされるものから解放されるのサ。
代償として得るものは膨大ともいえるほどの時間と絶対ともいえる魔力量」
膨大な時間。それは魔法使いにとってどれほど魅力的なものであるのだろう。
肉体の置き換えは魔法使いの究極の目的の一つらしい。
「ただし、メリットばかりでもないヨ。
肉体の置き換えにおいてそれを行うことは一時的にせよ自己を殺すことダ。
自己の魔法の成熟度という卓の上で、死と他の肉体を秤にかけなければならナイ。
それは既に狂気の領域ダ」
フィアが生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
魔法からはほどとおいヴァロだが何となくその危険性は理解できた。
「あんたはそれを行ったんだろ?」
「まあネ。結果としてみるなら僕はそれに成功したわけダ」
「感覚は?」
「ほとんど変わらないヨ。そういう風に調整したからネ。五感はほぼ同じだったカナ。
ただ自己の基になるものがなくなるわけだから、
自己と他者という概念、ヒトとの感覚、そして時間という概念が一般の人間と徐々にずれてイク。
僕にとってそれが致命的な問題を引き起こす引き金になってしまったのだけどネ」
それによりヒトへの関心が薄れ、第三次魔王戦争という惨事を引き起こしてしまった。
彼が魔王と呼ばれるきっかけを作り出したのは彼の弟子の暴走によるものだと聞いている。
他者への関心の欠如のもたらす結果、彼は自身を
「その膨大な時間の流れの中であなたの手にしたものは何?」
「…さあ、本当になんだったのだろうネ」
かつて魔王と呼ばれたその男は少女の問いに考えこむ。
「…あんたはまた躰を捨てたいと思うか?」
「愚問だね。僕はヒトとして生きタイといったはずだヨ。
まあそれにこの躰も案外捨てたもんじゃないと思ってル。不自由を楽しむのもありかなってネ」
「ほら何話し込んでるのよ。こっちはナナフシの調合、終わってるのだけれど?」
不意に背後からヴィヴィの苛立ち交じりの声が聞こえてくる。
視線を背後に向けると、ドアのあたりに顔をひきつらせたヴィヴィが腕を組んで立っていた。
「怖い怖い、早く終わりにしないといけないネ」
その場にいた三人は慌てて作業を再開した。
「どういう魔法を使ったのですか?」
フィアが小声でドーラに語りかける。
「僕が使ったのは傀儡…外法の一つさ。キミならいずれたどり着くヨ。
それを行うかどうかは君次第だろうけどネ」
ドーラは落とすように笑った。