1-2 拾い魔王
ヴィヴィの住処にやってきたヴァロはいつものように、調剤室に向かった。
服装は騎士団の制服のままだ。汚れてるのを見越して、着替えを持ってきている。
不意に部屋の中からドーラとフィアの声が聞こえてくる。
部屋の前に立ち止まり、その会話に耳を澄ませる。
「それでこの粉末を混ぜればよいのだネ」
部屋の中では、ドーラが楽しげに粉末をすり鉢で混ぜている。
「ドーラさん上手です」
フィアがドーラの手腕をほめる。
この一カ月でフィアもドーラに慣れてきたようだ。
「まあネ。これでも封印される前は調合一通りこなしてたんだヨ?
しかし、僕の封印されている間にずいぶんいろいろな素材が発見されたんだネ。全く驚かされるヨ」
ドーラと呼ばれ、胸を張っている男こそが魔王ドーラルイ。躰は違えど、元伝説の第四魔王その人。
教会によれば魔王という存在は人類の天敵であり、その存在は人類を滅びへと向かわせるものだという。
教会から正式に第四の魔王に指名されている存在である。ドーラルイの二つ名は『異形の壊求者』。
魔法の研究に没頭するために己が肉体を人形の姿に変えてしまったという超変人である。
その一撃は山をも砕き、その存在はあらゆるものを恐怖させ、さらに幻獣王にすら匹敵する力があったという。
その存在はすでに神話の領域であり、その存在を知る者は現在ほとんど残っていない。
一カ月前のとある事件により、ドーラは四百年前に封印されていた結界から解き放たれていた。
初めのころはこそは元魔王として警戒をしていたが、
ヴィヴィと子供じみた魔法の議論を目撃して若干見方が変わりつつある。
もちろん芝居の可能性もあるわけだが。
「あ、ヴァロ」
「こんにちは、ヴァロ君」
振り向いたドーラの顔は真っ黒にすすけていた。
「…どうしたんだその顔」
「さっき調合で失敗しちゃってサ。
目の前でボンとか爆発した時にはマジでびっくりしたヨ」
「…爆発ですか」
ヴァロは顔をひきつらせて後ずさる。他人事ではないのだ。
「ラベルが薬品で変色しちゃっててそれで配合する粉を間違えたの。
調合を間違えなければ危険性はない…と思う」
フィアが苦笑いを浮かべながら状況を説明してくれた。
「現代の調合ってのはどうも種類が多くて、面倒だね」
ドーラは屈託のなく微笑んだ。
現在このドーラはヴィヴィの住処に住み込みで仕事の手伝いをしているらしい。
人当たりもよく、炊事洗濯そつなくこなしている。
ヴァロからは、すでに気のいい変人にしか見えないというのが本音のところだ。
「ヴァロ、一つ頼みがあるの」
フィアはその場に立っているヴァロに話を切り出してきた。
ヴィヴィは屋上で粉を広げていた。
周囲には十ぐらいある布の上に粉のようなものが拡げられている。
ヴィヴィは手を休めることなく、その粉らしきものをせっせと広げていた。
「よ、ヴィヴィ。フィアからニエラの粉を持ってきてといわれたんだが…」
「瓶頂戴」
ヴァロはヴィヴィに瓶を手渡す。
「ずいぶんやったな」
「まあね。時計台一つ作り直すのにはこれでも少ないぐらい」
ヴィヴィは瓶に粉を手で入れると額の汗をぬぐい、ふうと一息いれる。
「少し休憩。少し話さない?」
ヴァロとヴィヴィは二人で日陰に腰かける。
空は青く澄んでいて、屋上からは騎士団の官舎がよく見えた。
結界の力でこちらから見えても官舎からは見えないようになっているという。
「ヴィヴィ、ドーラの件だが…」
「ヴァロはあいつのことをどう見ている?」
ヴィヴィのいきなりの質問にヴァロは少し考えるようなしぐさをした。
「…この一カ月一緒にいたが、裏表のない性格に見える。
一見軽そうに見えるが、芯はきちんとしていてこちらが手を出さない限り、何もしてこないと思う。
考えていることは理解できないことも多いが、基本的に積極的に悪巧みをしたり、人を欺いたりする人間ではない気がする」
「私もヴァロの見解と一緒かな。ただあの男の中には踏み越えたらいけない一線があるように感じる。
日常生活においてそれを越えることはないみたいだし放置しといていいんじゃない」
「ずいぶん寛容だな」
「今のところは害はなさそうだしね。それほど警戒レベルを引き上げる必要もないと思っているだけ。
こっちもいろいろとやらなくちゃいけないことも多いし」
フゲンガルデンの結界の管理をこなしながら、破壊された聖都の時計台の修理の手伝いをしなくてはなない。
ヴィヴィは現状人手が足りないと考えて、騎士団上層部にヴァロを仕事で借してほしいと要請したという。
これはかなり異例のことだったとヴァロは聞き及んでいる。
「もとはといえば全部あの男のせいでもあるんだけど」
ヴィヴィは恨みがましい表情をする。
「ははは…。ドーラは魔王呼ばれていたみたいだがけどそれほどの奴なのか?」
「ええ。もしドーラがあの聖都事変の時の馬鹿げた魔力を持った肉体を持ち、かつ悪意を持って攻撃してきたのなら、
間違いなく聖都は今頃更地になってる」
当然のようなヴィヴィの答えにヴァロは少したじろぐ。
「それほどなのか」
「話してみてわかったことがある。聖都事変の時はあの肉体にある魔力にばかり注目させられたけれど、
魔法に関する知識の底が知れない。むしろ魔力よりもそちらのほうがずっと危険だわ。
現代の魔法使いで彼と肩を並べられる存在はほとんどいないといってもいい」
「…そんな奴を手元に置くことは不安じゃないのか?」
ヴィヴィはヴァロの持ってきた水に口をつける。
「…もちろん。あれを手元に置くことに多少の不安はある。
ただそれ以上にフゲンガルデンを取り巻く事情が複雑なのよね」
ヴァロはヴィヴィの言葉に頷く。
ヴァロはこの時、それをフゲンガルデンの『魔王封印』のことだと考えていた。実際は全然違うのだけれど。
「さて、休憩はお終い。その粉早くもって言ってあげてね。そろそろ必要になる頃合いだから」
ヴィヴィはそう言い残すと仕事に再び取り掛かるために立ち上がった。




