第九話 勇者の子孫たち
更新速度が上がるといったな
あれは嘘だ
初めての挨拶をやらかしてしまった私だが、もう面倒なだけの王族など気にしない。
挨拶さえすんでしまえば、一伯爵に王族なんかが気にするような機会などそうそうやってこないのだからな!
これで堂々と勇者を探しに行ける!
……そう思っていたのだが現実はうまくいかないようだ。
父についてあちこちの有力貴族たちに挨拶しなければならなかった。
なんでも勇者の家系は軍派閥に属しており、我が家が属している商業派閥の有力貴族より先に挨拶してはいけないそうだ。
「ユーべル・シュテルプリヒです。なをもたないものたちにかんしゃを。」
「同じく感謝を。何歳になったのかな?」
「ことしのゆきどけとはなびらのかみのときにさんさいになりました。」
「ほぉ……シュテルプリヒ伯は随分と優秀なお子さんをお持ちのようだ。」
「えぇ。私達の宝でございます。」
だから親ばか発言は控えろと……ここは謙遜するのが普通だろ……。
ほら相手のなんとか候爵が呆れた顔しているぞ。
ちなみに雪解けと花びらの神の時とは春を表している。季節まで神々の名を使うとはめんどくさい。
雪解けと花びらの神は春を、日差しと木の葉の神は夏を、実りと落葉の神は秋を、雪氷と枯れ枝の神は冬を表しているらしい。
上ではただの仲良し四人組だったけどな。
というかこんな有象無象どうでもいいから早く勇者のところに行きたい。
父よ。早く私の自慢話を辞めるんだ。
時間の無駄だし、あっちも困ってるし、何より私が恥ずかしい。
母よ。子供の自慢で他の奥方達と火花を散らすんじゃない。
そこの坊ちゃんなんて母親同士の争いに怯えて、逃げ出しそうだぞ。
伯爵だからそこまで上の人はいないはずなのに、こんなに時間がかかるのは両親のせいだ。
親ばかタイムが長すぎるんだ。
どうにか格上の貴族に挨拶し終えたのは、パーティーが始まってから1時間は経ってしまってからだ。
父は終わってないことにしてもっと挨拶という名の娘自慢をしに行こうとしていたが、母が
「そろそろユルちゃんお楽しみの時間かしらね。」
と行ってしまったため、もう必要分の挨拶が終わったことが私にバレてしまったのである。
「……ユルを……取られないように……時間稼ぎしてたのに……。」
……わざとだったのか。
兄と同じように大嫌いって言ってやろうか。
絶対に兄と同じかそれ以上の大ダメージを受けるだろう。
まぁでも今の私は機嫌がいいので許してやろう。
勇者に会えるかも知れないのだ。
四百年ぶりに。
多少のことは気にしない。
「フェアティルゲン公爵。少々お時間を頂けないでしょうか?」
父が話しかけたの男性は先程まで話していた貴族たちとは少し違っていた。
硬そうな金髪に鋭い空色の瞳を持った30代ほどに見える男だった。
ゆったりとした服を着ていてもわかる筋肉は、乗馬や狩りなどの貴族の趣味程度では付かないであろう。
上流貴族らしく服にはふんだんに宝石がついているが、関節など動きを阻害するような場所に大きいものはついていない。
何より雰囲気が違う。
さっきまでの貴族の印象が金持ってそうなやつだったが、こいつから昔の騎士を思い出すような気配がする。
ただ一途に己が剣を信じ、前に進み続けた哀れで気高い生き物と同じ空気を感じた。
なるほど。これが軍閥派貴族か。
しかも先ほどの目の色には見覚えがある。
「これはシュテルプリヒ卿。名を持たない者達に感謝を。」
「同じく感謝を。以前お会いしたのは殿下がお生まれになった時でしたかね?」
「あぁ。派閥が違うとなかなか顔を合わさないからな。いかがされた?」
「いえ娘が勇者に合いたいと申しましてね。閣下にお会いできればと思いまして。」
「あぁ貴殿が溺愛してると有名な天才少女か。」
違う派閥までうわさが広がっているだと……!?
しかも勇者の子孫と思われる上流貴族まで……
「えぇ!我が家の宝のユーベルです!」
そう言って父は挨拶を促すが……。
その紹介方法で挨拶できるか!
まぁやるが。
「ユーべル・シュテルプリヒです。なをもたないものたちにかんしゃを。」
「同じく感謝を。エルゲン・フェアティルゲンだ。これは確かにうちの息子より賢そうにみえる。」
「むすこさんがいらっしゃるのですか?」
「あぁ。ちょうどそこに。ディアちょっと来い。」
侯爵が呼んだ少年を見て、私は泣きそうになった。
透明で澄み切っていて、まるで何も見ていないような淡い空色の瞳。
何があっても変わらないであろう無表情な美しい顔立ち。
そして何よりあの時、四百年前と変わらない凪のような魂の波長。
あぁぁあぁぁぁぁ。
とうとう見つけたのだ。
私が追い求めた勇者の魂を。