第八話 王太子殿下の誕生会
揺らめくシャンデリアの光。
テーブルに並べられた珍しく豪華な飲食物。
ふわふわと柔らかそうなドレスを身にまとった美しい女性たちは笑いながら獲物を探し、
宝石が縫い付けられた服を光で輝かせながら男性たちは己の欲望の話をする。
うむ、大丈夫だ。
魔王時代に人間のパーティに潜入した部下から聞いたパーティとあまり変わらない。
いや服のデザインや並んでいる食物の種類などは変わっているが。
昔は戦時中だったからか動きやすいデザインの中でいかに豪華に見せるかを重要視していたが、
平和な今の時代ではとにかく豪華に見せることに特化したデザインが主流なのだろう。
あと食べ物の種類も増えている気がする。
これも戦争で食べ物がないなんてことがないこの時代ならではなのかもしれないな。
私ユーべルは今、ハイラント王太子殿下の誕生会に来ている。
もちろん兄はいない。嫌い発言が効果を発揮しているようだ。
会場は王城の一番広い大広間である。父の話によると力のある貴族のほとんどが来ているらしい。
こんな豪華な誕生会をするとは……もしかしたら王様も私の両親と同類なのかもしれん。
「ユル。今から陛下たちにあいさつしに行くからね。いい子にするんだよ。」
父がきりっとした顔で私に話しかけてきた。
この大陸唯一の国であるハイラント王国の王様一家に
三歳児とともにあいさつするとなれば、それは真面目な顔で注意もするか。
この王にそっぽ向かれたら一族もろとも行き場を失うからな。
「わかりました。おとうさ「あなた。ユルはいつでもいい子ですわよ!」
「そうだったな!ごめんな。ユル。」
私の返事は母に遮られ、父の顔はまたでれっとした顔になった。
……こう見てみると父と兄は似ているな。うん。
とにかくそういうわけで、私たちは王様一家の座る椅子へ向かう。
確か今回の主役である王太子殿下の名前は……カールヒェン・フュルスト・フォン・ハイラントだったな。
長いからカールヒェン殿下でいいか。
昔の王族に比べれば名前は短くなってはいるけどな。
他国がいないから自分の国の権威みたいなものを見せびらかす必要もないから短くなったのであろう。
王様一家が座っている場所の前には同じように挨拶をしたい貴族でいっぱいだった。
三歳児の身長では何も見えん。周りのいる子供たちも待ちくたびれて飽きているようだ。
今回は五歳の王太子殿下が主役であることから子供の数が多い。
通常のパーティならば一通りの教育がされてから参加が許されるのだが、
殿下と同じ年頃の子もいたほうがいいのではという有力貴族からの声があったらしい。
きっとその貴族には同い年ぐらいの子供がいるに違いないと思っている。
未来の王と親しくなる機会は一回でも多いほうがいいからな。
そんなことを考えている間にやっと順番が回ってきた。
王様は見事なプラチナブロンドの髪と力強い青色の瞳が印象的な男性である。
王妃様はストロベリーブロンドの柔らかな髪と優し気な淡い緑色の瞳の女性だ。
そして王太子殿下は……王様によく似た髪で色だけ王妃様に似た瞳の生意気そうな少年である。
何も偏見で生意気そうといったわけではない。
なぜか私のことをにらんできているからである。
魔王だった私ならにらまれる理由なんて捨てるほど見つかるが、
今の私は可愛らしい三歳の女の子である。
初対面の王子ににらまれる理由など一つもない。
「陛下方、王太子殿下のお誕生日心からお祝いいたします。名を持たない者達に感謝を。」
「シュテルプリヒ伯爵か。祝いに送られてきた石像は見事であったぞ。同じく感謝を。」
「喜んでいただけて何よりです。」
父が貴族らしくしているのに感心しながら眺めていると、私が紹介される番になった。
「陛下、娘のユーべルであります。」
初めての他人とのあいさつが王様というのは難易度が高い。
失礼に当たらぬようにそれでいて三歳児らしさを残してというのは難しいが、
さっき見た同い年ぐらいの子の感じを参考にしよう。
「おはつにおめにかかります。ユーべル・シュテルプリヒです。なをもたないものたちにかんしゃを。」
どうだこの舌足らず感。幼児らしいだろ!
私の三歳児風あいさつはうまくいったらしく、王様の表情は柔らかく私に微笑みかけた。
「上手にあいさつできる子だな。おなじくか「全然ダメだな!」
私の周辺に流れていた柔らかく温かな空気は、王様の言葉を遮った声によって凍り付いた。
王様の声を遮ることができ、なおかつ会話の途中で遮るなどという失礼なことをしそうなやつはこいつしかいない。
王太子の生意気そうな目が私を見下していた。
「シュテルプリヒがやたらと自慢するから、期待してみたが王族の前でもまともに礼ができない奴だったとはな。」
「カール!」
王様が王太子を怒鳴って止めようとするが、王太子は止まる気配はない。
というか父よ……王族の耳に入るまで娘自慢をするのはやめてください。
「舌足らずで聞きにくい声で王族に声をかけ、しかも礼はきちんと足は曲がっておらず、角度もなっていない。これで天才児とは笑わせる!」
……舌足らずはわざとなんだが、後半は自覚がある。
しかし会話を遮るような失礼なこいつに言われるのは、腹が立つ。
黙れクソガキ!と言いたいが相手は王族、表面上は謝っておこう。
「でんか。わたしのつたないことばやふるまいでふかいにさせてしまい、もうしわけありません。ちちもこどもかわいさにおおきくいってしまったのでしょう。でんかのおみみにふかいなうわさがはいらないようにどりょくいたします。」
こんな感じで謝っておけばいいだろ。舌足らずは三歳児には必需品のようなのでやめないがな。
……?なんか静かだぞ?
謝るために下げていた頭を上げると周りの反応がおかしなことになっていた。
王様一家プラス周りで聞いてた貴族たちは驚いたような顔をしている。
両親は……親ばか顔になっている。
うむ……またやってしまったようだ。
三歳児らしからぬことをやってしまったらしい。
驚いて固まっていた中で動き始めたの王様だった。
「ユーべル嬢よ。こちらこそ息子が申し訳ない。そなたのあいさつはその年にしてはうまいものであったから心配しなくてよい。あらためて同じく感謝を。」
今度は私が驚いた。王という立場にあるものが軽くとはいえ謝ったからである。
昔は王が謝れば、他国への隙となり混乱を呼ぶものとしてタブーとされていた。
平和なこの時代の王らしいものなのかもしれないな。
固まっていた王太子も動き出したが、奴は謝ることはなくふてくされていた。
王妃様がなだめたり、謝るように促しても無駄だった。
どうやら自分より年下のしかも女が、天才だのなんだのと噂されていたのが気に食わなかったようだ。
それで最初から私をにらみつけていたのか。
なんともこどもっぽく、めんどくさい王子だ。
いや、もしかしたらこれが五歳児のまともな反応なのかもしれないな。
子供らしさというのは難しいものだ。
久々の更新です。
少しはこれから更新速度が上がる……はず。