第五話 シュテルプリヒ次期当主
馬車に揺られて2日。特に何事もなく王都にたどり着いた。
王都の周りには真っ白な城壁がそびえ立っている。
王都を建設した際に真っ黒な魔王城に対抗して、この都市は基本的に白い。城壁だけではなく王の城や貴族の館など金を持っているやつが住んでいるところはみんな白い石で出来ている。
ちなみに魔王城が黒いのは私の趣味ではない。部下がかっこよく作るというので任せたら、なんか真っ黒になった。そのせいで夏は熱くてたまらなく、氷系の魔法が使える部下によく冷やしてもらっていたのはいい思い出だ。
真っ白な石造りの家が貴族の中で重要視されているおかげで家を建てたり、補修したりする時に必要なクォーツサイトを持っている我がシュテルンプリヒ家が儲かっている。まだ幼くよく教えて貰っていないが、我が家がそれなりの地位にいるのはこのクォーツサイトのおかげであろう。
王都にあるシュテルプリヒ家の館も真っ白であった。花壇に植えてある花すら白くて、前世との差に少し戸惑う。
ここでは白はいい色で黒は悪なのである。というよりも黒は魔王や魔族を連想させるため嫌う人が多い。
前世では部下に服の選択を任せたら全部黒だったからな。きっと魔族にとってはいい色だったのだろう。
「では、お勉強をしておきましょうか。」
「はーい。」
館につくと両親は他の貴族たちへの挨拶回りにでかけ、私はルフトと館で社交界のお勉強をすることになった。
「ではユーベル様。ご挨拶の練習を致しましょう。」
「はい。」
「ご貴族同士の挨拶は様々な細かい仕草がございますが、まだユーベル様はお小さくあられますのでそこは省いても大丈夫でしょう。」
確かにこの体で細かい動作まで気をつけて動くのは大変である。なんてたって3歳児なのだから。
「なのでなるべくお淑やかにいらっしゃって、あちらから挨拶されるのを待つか、もしくはお父上様にご紹介されるのを待ちましょうね。」
「わかったわ。」
「挨拶のセリフは『名を持たない者達に感謝を』と先に言い、それに返す場合は『同じく感謝を』とおっしゃってください。」
うむ。大丈夫そうだ。400年経っているがあまり人間の貴族のやり方は変わっていなさそうだ。昔言われたことがあるセリフと変わらないからな。
その時は魔王に対して神への感謝を挨拶にしていいのだろうかと思った。魔神への感謝だと思えば大丈夫か。
そんなことを考えている間もルフトの講義は続く。内容はまぁ簡単に言うと、とにかくお淑やかに優雅に見せろだな。なんとかなるだろう。
「では、私と練習してみましょうか。」
ルフトの講義が一通り終わって、私に練習を持ちかける。言葉で言われるよりもやってみた方が理解出来るであろう。私はそう思い、頷こうとした時だった。
『バンッ!!』
『ユルはいるか!?』
玄関の方から大きな音と声が聞こえたのは。
……この声は……そうか。そうだった。
勇者に会えると思って浮かれて王都行きをすぐに決めたが、王都にいるのは勇者だけではなかった。あいつも王都にいたんだった。
「ユルっ!!」
「……お兄様。お久しぶりですね。」
クヴァール・シュテルプリヒ。シュテルプリヒ家次期当主であり、私の兄である、紺色の短く切った髪に紫色の切れ長の瞳を持った少年が私とルフトのいる部屋に飛び込んできたのだ。
「おうっ!久しぶりだな!」
「相変わらずお元気そうで何よりです。」
この少年とにかく元気なのである。彼が王都の学園から家に帰省している間は昼寝を諦めるぐらい元気でうるさいのだ。
まぁまだそれぐらいなら許そう。子供なのだから仕方がない。肉体はともかく精神年齢はぐんっと年上なのだからそれぐらいは許せる。だが……彼はこれだけではない。
「ユルは相変わらず……」
「っ!?」
「可愛いなぁぁぁぁっ!!!もうっ!!」
危険を察知して二三歩後ろに下がった私であったが、無駄だった。学校に行って鍛えているであろう素早い身のこなしで私を抱きしめ、溶けきった顔で私の頬に顔をスリスリさせるのである。
そう。彼もあの両親の子なのだ。普通なわけがない。魔神の言い方を借りるならば、『マジでやばいシスコン』なのだ。
「ちょっ!?お兄様っ!?」
「あーユル成分が満たされるぅー。」
どんな成分だそれ。
「……クヴァール様。今日はお授業があったのでは?」
「そんなもんユルが来てるのに出ていられるか!」
「サボったんですね……お兄様。」
「おう!」
いや、そんなきりっとした顔で言われても困る。なかなか端正な顔立ちをしているのにもったいなさすぎる。
「はぁ……ではユーベル様の練習にお付き合いくださいませ。」
「練習?」
「ただいまご挨拶の練習をしておりました。お相手役をお願い致します。」
「よし!妹のためならいくらでもやろう。」
兄を学校に行かせるのは無理と判断したルフトの提案で彼が訓練に参加することが決まった。なんてことだ。
兄と向かい合う私。第三者から見たら微笑ましい光景なのかもしれぬが、個人的には猛獣の前に立たされている気分である。今すぐ逃げてしまいたいが、動けないこの状態。
一言で表現しよう。たとえ魔王時代全盛期の私でも兄に勝てる気がしないと。
兄は真面目でとろけてない顔をでこちらを見ている。設定では兄は初めてあった同じぐらいの地位の大人の貴族と立ち位置だ。
「初めまして。私はクヴァール・シュテルプリヒと申します。名を持たない者達に感謝を。」
「クヴァール様、初めまして。私はユーベル・シュテルプリヒです。同じく感謝を。」
同じく感謝を、のところでスカートをちょっと持ち上げ軽く礼をする。本当は軽く膝を曲げたりしなければならないがこの体でそれをやるとバランスが取れないので省いた。まぁそれでも上手くいったはずだ。
兄の顔をのぞきみる。
「か……」
「か?」
優良可の可だろうか?なかなか厳しいな。やはり膝も少し曲げなければダメか。上手くバランスを取れるようにしないとな。
「可愛いっ!!!!!」
「きゃっ!?」
……どうやら『か』は可愛いのかだったらしい。兄は急に叫び、でろでろに溶けた顔で私を抱き上げる。
「あぁっユルは本当に可愛いねッ!!授業サボったかいがあったよ!」
「おっお兄様っ。さっきの挨拶はどうでしたか?」
「もっちろん合格だよ!あんな可愛い挨拶はユルにしかできないよ!ね!」
「あっはい。ユーベル様のご年齢ならあれで大丈夫だと思われます。」
私を抱き上げたまま、興奮してグルグル回る兄に少し引きながらも答えるルフトの言葉を聞いてやっとホッとした。この家族ならダメでも大丈夫っていう気がするからな。
というかこの家族色々と大丈夫なのだろうか。