第四話 名を持たないもの
勇者に会うための王太子殿下の誕生会開催の五日前になった。今は何をしているかというと旅支度である。
ここから開催地である王都まで2日ほど馬車に乗れば着くらしい。
前世で転移魔法やドラゴンに乗って移動してた私からするとかなり遅いし、王都がすごい遠い場所に感じるがそうでもない。比較的に近い方である。王都まで馬車で10日や20日は当たり前な領地もある。この国は無駄に広い。
理由は……私のせいである。残念なことだがな。
魔王に怯えた多くの人間が人間同士で争ってる場合じゃねぇな、と考えて、この大陸にあったすべての国が合併した。確か当時は人間救済連合王国とかいう名前で一致団結し、そのままこの大陸のほとんどを統治することになったのだ。
まさかそれが400年も続くと思ってなかった。あっという間に内部分裂して、紛争とか色々でまた多くの国が出来てると思ってたんだが、思ってたよりも人間は協調性が強いのだろうか。
ちなみに今は名前だけ変わってハイラント王国。勇者が魔王を倒した記念でこの名前になったとか。いきなり固い名前から柔らかくなったなと思う。
「ユーベル様。お荷物の準備ができました。」
「ありがとう。では行きましょうか。」
「はい。」
ルフトが旅行用の大きなカバンを持ちながら私に声をかける。
旅支度とはいえ、今の私は3歳の令嬢である。特にやることはなく、しいて言うならば長旅に向けて体の調子を万全に整えることぐらいであろう。
令嬢って楽だな。前世は魔王なってすぐに魔物や魔族達に魔法かけたり、人間と交渉したりとか凄い忙しかった。
魔王になる前は……あー……生きるのに忙しかったからな。だから今私は記憶にある中で1番楽に生きてる。この点は魔神に感謝だな。
平民やそれ以下だったら、こうやって勇者のことを調べたり、パーティで勇者に会いに行ったりできなかっただろう。
「ユル。楽しみですね。」
「はい。お母様。」
「ユルにとっては初めての社交の場だからなぁ。」
「ユルの可愛さが王都中に広まってしまうわね!あなた!」
「王都中どころか国中に広まるぞ!」
馬車の中で大興奮な両親についていくのは諦めた私は馬車の外を眺める。
まだ家を出てそこまで経っていないためシュテルンプリヒ領内で、多くの山が見えている。あの山々にはクオーツサイトの採石場があるのであろう。
しかし初めて通った場所とはいえ、外の景色はずっと山が続いているので暇である。何か暇を潰せるものを持ってくればよかった。
「暇なら本でも読むかい?」
「えっ?あるのですか?」
「あぁ。勇者の絵本は全部読んでしまっただろうから、今回は違う系統の絵本だけどね。」
私の心の声を読んだかのように提案する父親が差し出した本は神話系絵本だった。
昔とあまり変わっていなければ、貴族は神々のことを深く信じている。神託で政策を決めたり、役職決めたりしていた。王座すら神託に任せたこともあるのだから、きっと貴族同士の話とかに神々の名前とか神話の内容とか関わってくるのであろう。
初めての社交界で娘が困らないようにこの本を選んだと考えると、親の子に対する想いというのはかなりありがたいものだな。
「……ユルに勇者以外にも目を向けさせなきゃ……勇者にだってユルをやるもんか……」
……。
うむ。……これもある意味では、子を心配する親の想いであろう。
ぶつくさ言っている父親は無視をして私は絵本を開いた。
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せかいにはそうぞうしんしかいませんでした
そうぞうしんはひとりぼっちでさびしかったので
たくさんのいきものをつくりました
そのいきものたちのいのりは
ここちよくそうぞうしんのちからになりました
そうぞうしんはさびしくなくなりました
しかしいきものたちがたくさんになったので
いろいろなものがたりなくなりました
そこでそうぞうしんはほかのかみさまを
つくりだしおしごとをめいじました
かみさまたちはそのしごとに
ほこりをもってとりくんでいます
なのでかみさまたちはじぶんたちを
そうぞうしんからいただいたしごとのなまえでよぶのです
そのことからかみさまはなをもたないものとよばれています
なをもたないものがまいにちがんばっているから
みなさんはへいわにくらせているのです
なをもたないものとそれをうみだしたそうぞうしんに
かんしゃしてくらしましょう
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この分野は大丈夫だな。神々の基礎の基礎の部分は変わっていない。
文化や宗教というのは時の流れと人の都合でころころ変化するから、私の知っている神話と変わっていたら困ったなと思っていたが大丈夫そうだ。
一応魔神とはいえ、神の娘の立ち位置である私から見ても嘘もなく、変な解釈もされていない。
問題があるとしたら次だ。父親が差し出した本は1冊ではない。十何冊の絵本の中で次に上に出ている本の題名が私の手を止めている。
『こわーいまじんしんわ』
なんと言えばいいのだろう。こう他人からよく知っている身内についてわざわざ懇切丁寧に説明される時の気まずさとむずがゆさをこの本の題名から感じる。
他の大陸には何人も魔神がいるらしいがこの大陸にいる魔神はあいつ1人だけ。
つまりこの本に書かれているのはほぼあいつについてであろう。
あのへらへらをどう『こわーいまじん』として描いたが興味が無いわけではないが、不安の方が強い。
「どうしたんだい?」
「あっ……えーと……」
「あら?ユルったら魔神が怖いの?」
「……はい。」
違う意味で凄く怖い。
「そっかそっか。でも大丈夫だぞ。父さんがついてるからな。」
「私もついてますからね。」
両親に大丈夫だからと言われてはもう逃げ道がない。馬車の中で両親に見守られながら、私は絵本を読むしかなかった。
ちなみに魔神はやたらと怖い言葉を使っていた。
『われはまじんなり。おろかなにんげんどもよ。くるいじぬがいい!』
って誰だ。お前。
魔神の変わりように笑いをこらえながらの私の王都行きになった。