第三話 魔神と魔王
体の感覚がなくなり、ただただ空間を漂う浮遊感だけの存在。その時の私はまだそんな状態だった。
あぁ、これは夢か。多分あの時だな。私がユーベルとして生まれる前。夢で過去のことを見るなら勇者の夢がよかった。
「起きてるか?」
声をした方には一人の男がいた。ボサボサの黒い髪と血のような赤い目をした男がニタニタ笑っていた。
この笑顔とともにこの男が危ないと分かるのが彼の両手両足についている枷だ。何かやらかして捕まってるのが丸わかりである。
今世の両親が見たら確実に、近寄っちゃいけませんと言われるレベルの怪しさがこの男からは漂ってきた。
「今起きた。私が起きたということは……何かあったのだろう?」
「そうだよ。君のだーいじな勇者の魂がそろそろ危なくてね。」
私が尋ねると彼はケラケラ笑いながら答える。前も思ったが何が面白いのかわからない。この話題で笑えるのはこいつだけだと思う。
「いやー魔王である君が勇者の魂の心配をするなんて滑稽で滑稽で笑い狂いそうなんだよ。」
「心を読むな。」
「いやいや。そんな事言われても魂だけの君は今隠し事できる状態じゃないからね。」
「まぁいい。で、勇者の魂に何があった?」
こいつの話に付き合っていてはいつまでたっても話が進まない。さっさと本題の勇者のことを話してもらおう。
「うーん……簡単に言うとね勇者の魂が劣化してるんだよ。」
「魂が劣化?」
「元々死んだ魂は輪廻と再生の神の元で綺麗にして休ませて転生させるんだけど、勇者はほら魂加工してあるじゃん。」
「あぁ対我々加工してあるな。」
魔王を倒すには普通の魂では耐えきれない。それを可能にするために一部の神々が勇者の魂に手を加えたのである。副作用のようなものもあるのに勇者に無断で加工した。
というか勇者本人は加工されていることすら気づいてないだろう。まったくふざけた話だ。
「輪廻と再生の神を通して転生させると加工が取れちゃうし、時間もかかっちゃうんだよねー。」
「なるほど。それであいつら自ら転生させているということか。」
「そう。でも本職じゃないから仕事が粗いし、何より転生させる頻度が異常すぎて劣化が激しいんだ。」
「……何回彼は転生してる?」
「魔王ちゃんが死んでだいたい四百年ぐらいの間で今回で6回目だよ!もう死んですぐ記憶消して、ぱっぱと転生させての繰り返しで、輪廻と再生の神がマジギレするレベル。」
あれは怖かったなぁと震える男のそばであの時の私は唖然とするしかなかった。
そもそも死んでから転生するまでの長さは短くても百年くらいある。
死ぬまで生きてきた過程で、魂についたしがらみをゆっくりゆっくり剥がして、傷がついた場所をゆっくりゆっくり休ませてから、転生させるのでそれぐらいかかるのである。
それを四百年で6回もやっているのだ。例えば勇者が皆50歳で死んだとして計算してみよう。私が死んだ時勇者は20になったかならないかなのでそれから6回だとすると輪廻にかかった時間は、400-(30+50+50+50+50+50)=120になる!
間が均等だったとしてもたった20年で転生させられている。
これはかなり酷い。あいつらが勇者を大切にするとは考えてなかったがここまでとは思わなかった。
「そんな……なんで何回も転生を?私の他に魔王が出たとか?」
「やだなぁ。俺の娘は魔王ちゃんだけだよ。隠し子なんていないよ。」
「ではなぜ?まさか……お前が暴れたとか?」
「お父さんに向かってお前とか言わないの!後この枷があるから下界に干渉できませーん。まぁ発想的には近いけど。」
「近いとは?」
「俺じゃなくて別大陸の魔神が下界に干渉して攻めてきたらしいよ?」
「は?」
この世界の大陸と大陸はかなり離れており、そのせいかそこにいる神々も大きく違ってくる。
簡単に言うと大きな天界という会社の中に大陸別の部署があるようなものである。輪廻と再生の神など世界の仕組みに大きく関わる神は土地で変わることはないが、他の細々とした神々は別々になっていると考えてもらえるとわかりやすいだろう。
その別大陸の神が他の大陸を攻めるなんてことはほとんどなかった。基本的に神々は大陸間は不干渉としてきたからだ。それなのにその魔神はそれを無視して人間を操り攻撃をしてきた。確かに勇者が必要になる事案ではあるな。
「しかも相手も馬鹿じゃなくて、やばくなると別大陸に逃げてなかなか倒せないから、長期戦で魂がすり減ってんだよねー。」
「なるほど。わかった。その状況では私が行くべき時だ。」
「魔王ちゃんの不安が的中しちゃったもんね。ちゃんとこっそり転生させてあげるね。魔王ちゃんの魂は勇者と違ってゆーっくり俺が休ませたから元気いっぱいだし。」
「頼む。」
私は状況を理解し、今こそ約束を果たすべきだと判断した。そのためには勇者に会うために転生し、探さなければならない。
「あ、そういえば少しでも魂の劣化を防ぐために勇者の魂は勇者の一族に転生されてるよ。」
「元々の肉体と近いものを選んで拒絶しないようにしたのか。なるほど。」
「おかげで探しやすいね!」
「そうだな。」
「……魔王ちゃん。」
ずっとへらへら笑いながら話していた男が、急に真剣な顔になった。毎回思うがおちゃらける時と真面目な時の差がありすぎて少し怖い。
「……なんだ?」
「転生したら、他の奴らが魔王ちゃんが魔王ちゃんだってわからないようにする。」
「バレたら厄介だからありがたいな。」
「でもあの魔法は使っちゃダメ。使ったら1発でバレる。」
「……わかっているよ。」
「あれは俺と魔王ちゃんしか使えない魔法。使ったらすぐにバレるからね。ちゃんとバレないようにするんだよ。いいね?」
「……了解した。」
「ならOK!」
真剣な顔からすぐに元のヘラヘラ顔に戻ったやつは、転生の準備をする。
両手両足が動かなくてもこれぐらいは楽勝らしい。どうなっているか全くわからないがな。
「娘の旅立ちを見るは辛いなぁ。」
「……次も女性とは限らないだろ。」
「いや魔王ちゃんは女の子になるようにしておいた!」
「……お前のその熱意は何なんだ。」
自信満々な男に私はため息をつくしかなかった。なぜだかこの男は娘に執着する。子供の性別なんてどちらでもいいだろうに。
話をしているうちに転生の準備が終わった。後は私が新しい生へと向かうだけだ。男のそばに空いた穴の前に私は立った。
「いってらっしゃい。愛しい我が娘よ。」
「行ってくる。……ありがとう。狂気の魔神よ。」
魔神はさっきまでのヘラヘラとした笑顔ではなく、優しげな微笑みを作り私を見送った。