一話 むかしむかしのおはなし
昔々
寒く冷たい北の地に
魔王が現れました
魔王は多くの魔物を操り
多くの人々を怖がらせました
人々は毎日泣いていました
それを見た神様は
人々のことを可哀そうに思い
一人の少年に力を与え
勇者にしました
勇者になった少年は
四人の仲間たちとともに
勇敢に魔物達と戦い
魔王の城へと向かいました
魔王の城では
多くの魔物達が待っていました
仲間たちに魔物は任せ
勇者は魔王を倒しに向かいます
魔王は勇者にしか倒せないのです
仲間たちのおかげで
魔王と戦うことのできた勇者は
その絆を胸に戦いました
一生懸命戦いました
その音は大地の果てまで届いたのです
勇者の努力によって魔王は倒され
世界は平和になりました
勇者人々に感謝され
王様に褒められご褒美にお姫様と結婚しました
勇者は幸せに暮らしましたとさ
めでたしめでたし
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私は母が買ってきた絵本をそっと閉じる。他の本もこの本にもいくつか偽りがあるが、子供向けの絵本なら仕方がないだろう。
しかしこの魔王の絵はいただけない。
こんな口は裂けてなかったし、目は釣り上がってなかった。確かに黒い服を着ていたがこんな奇抜な服は着たことはもちろんのこと見たこともない。
まったくけしからん。たとえ好きなように姿が変えられたとしてもこんな姿には絶対にならない。こんな出落ちで終わりそうな誰が見ても悪者な格好なんてなってやるものか。
私は絵本の表紙を睨みつけながら魔王の挿絵を指でなぞる。こんな姿だと現在に伝えたやつを見つけたら一発魔法ぶっ放してやる。いやさすがにもう死んでるか。仕方がない。墓場にそいつが嫌いなものを山のように供える事で許してやろう。
『コンコンッ』
「ユーベル様。そろそろお夕食のお時間です。」
本の挿絵を睨んでいると私の部屋の扉をメイドがノックする。
窓の外を見るともうすでに日が落ちていた。時間を忘れて勇者に関する絵本を読み漁っていたようだ。
まだこの時代の字に慣れていないため読むのに時間がかかったせいもあるだろうが。たった四百年でまさかここまで文字が変わるとは思っていなかった。文法は変わっていなかったが、文字が簡略化されすぎててもうこれは別の文字になっている。それに昔使っていた単語や言い回しなどがもう通じなくなっているのも厄介だ。逆に知らない単語などが普通に会話に出ている。
これがあいつが言っていた『じぇねれーしょんぎゃっぷ』というやつか。もうちょっとあいつの話を聞いてから生まれればよかったな。
「わかりました。今行きます。」
私はランプに与えていた魔力を切断し、部屋の灯りを消し、椅子から下りる。
昔は蝋燭か魔力の塊を浮かせないと灯りが取れなかったのに、今は魔力を持つものなら子供でも誰でも使える道具が生まれるとは便利になったものだ。魔力の塊を浮かせるのは簡単だがあれは燃費が悪くて読書に集中出来ないからオススメできない。
まぁ昔と比べていい事だらけとは限らない。例えばこの体はまだ小さいのでたったこの窓際の机から扉までの距離が長い。昔は部屋から食堂まで瞬間移動で一瞬だったのに、今ではテトテトという効果音が似合うような歩き方しかできない。なんて不便……じゃなくてなんたる屈辱だろうか。
「では、行きましょうか。」
扉を開けてノックをしていた柔らかな栗色の髪のメイドの手をとる。彼女は私のお付きのメイドで名はルフトと言う。田舎に住むたくさんの弟や妹のために働きに出ているというなんとも泣けるようないい娘だ。
両親は色々と忙しい立ち位置の人であるが、食事だけは毎日なるべく一緒に取るように心がけているらしい。家族想いな両親である……少々行き過ぎる時もあるが。
優しいメイドに手を握ってもらいながら母と父が待っている食堂に向かう。昔ならそんな恥ずかしいことできるわけないが今は仕方がない。
今の私はユーベル・シュテルプリヒ。
王都から少し北に離れた地を治めるシュテルプリヒ伯爵の娘であり、三歳の少女なのだから。
絵本を無我夢中で読み、両親と一緒に毎日ご飯を食べる普通の女の子だ。一応貴族なので普通と言えるのかと言われても言えるのだ。昔の私の比べればはるかに普通の女の子だ。
昔の私には一緒にご飯を食べてくれる親も、優しくしてくれるメイドなどいなかった。
いたのは私の下に溢れる魔物達と私を殺しに来る勇敢な正義の味方御一行様。
ここでお気づきの方も多かろう。
そう。
私の前世は魔王。
北の大地に生まれ、世界を恐怖に陥れ、そして勇者に倒された、あの魔王である。