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episode01-07. 檻の中

 ガラガラガラと車輪が回る音。

 ガツンガツンとくる衝撃に玄江の目が覚める。


「うっ…」


 ぐらりと視界が揺れる。頭ががんがんする。吐き気は――ない。二日酔いに似て非なる感覚に、玄江は横になったまま目をぎゅっとつぶり、細く長く息を吐く。そのままの体勢で体をチェック。

 指は全部動く。痛むところは――首筋が少し痛いが寝相によるものだろう。体の中のナニカがずれている感覚。右足首に違和感。感触からして金属製のアンクレットのようだ。


「ようやっとお目覚めかね、ぬしさまよ」


 声は、背中側からかけられた。

 痛む頭痛に耐え、ごろりと向きを変える。うっすら開けた目の先にはアルマがいた。

 再び目をつぶってから体を起こし、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。床がぐらぐら揺れているので効果のほどは不明だが、少し楽になった気がして、玄江は目を開けた。


「ああ、おはよう…」


 玄江が開けた目の先にはアルマの他に3人いた。床はいまだに揺れている。というか、乗った覚えはないが、明らかに馬車の中である。


「あの商人は?」


 途切れる直前の記憶。熊の毛皮を買い取った商人と握手したら気分が悪くなり、そのまま気を失った。

 ということは、これは商人の馬車の中なのだろうか。


「御者台におりんす」


 頭痛に顔をしかめながらも、玄江は周囲をぐるりと見回す。幌つきの馬車の中に大きな檻が置かれ、玄江たちはその中にいた。右足首には金属製の足輪が付けられ、鎖で檻とつながっている。

 こういうのの定番だと鉄球じゃないのかなと玄江は思ったりもしたが、揺れる馬車の中でそんな転がりやすいものをつけられたら、足の指を砕かれるのがオチである。

 出入り口部分には見張りだろうか、禿頭で体格のいい男が座って、無言で玄江たちのほうを見ている。背中の羽は二対。いびつな三角形をした大きな羽と、丸っこい台形をした小さな羽で構成される、カゲロウに似た羽だ。

 玄江は思わずその顔をまじまじと見つめてしまった。はげ頭に同じく毛のない丸っこい耳――おそらく熊だろう――は、なかなかにシュールだった。なお、顔の横、人間の耳があるべきところには何もなく、熊耳からこめかみ付近にかけての輪郭がやや膨らんでいた。骨格からして少し違うらしい。


 男を挟んだ反対側に、玄江たちが持ってきていた装備がおかれている。御者台側は板でふさがれていて、商人の姿を見ることはできない。後ろの出入り口も布で閉められて外は見えないが、光が漏れている。相手の顔が見えないほど暗くもないので、まだ日は高いのであろう。

 装備は取り上げられていたが、玄江もアルマも服装はそのままだった。


「もしかして、嵌められた?」

「うむ、見事に嵌められたの」


 確認というよりも、認めたくないことを認めるための儀式とも言えるやり取り。


「ああぁ、やらかし『うるさいですわ』


 痛む頭を抱えて叫びそうになった玄江に冷たい声がかかる。顔を上げた先には、ネコ耳で気の強そうな顔をした少女がいた。


「あー…アルマ、こちらの三人は?」

「知らぬ。というより、何でもわらわに聞くでない」

「う、ごめん」

「で、どうするのかや?」

「んー…」


 玄江は足輪につながる鎖を引っ張ってみる。ぎしりと音を鳴らした鎖は太く、いかにも頑丈そうであるが、今の玄江であれば、力ずくで引きちぎることができそうだ。

 さらに玄江は取り囲む檻にも触れてみる。ただの鉄棒かと思ったそれは、近くで見ると細かな文様と言葉が刻まれている。ただの装飾には見えない。ファンタジーものの定番の、力を封じる類のものかなと玄江は推測するが、その割には、力が出ないということもないので、いわゆる魔法封じかも知れない。とすると、体の中でずれている感じのするナニカが魔力ということだろうか。


 分からないものをあれこれ考えても仕方ないので、推察は程ほどに切り上げる。

 檻にも力をこめてみたが、ぐにゅりと曲がりかけたところで力を抜く。全力を出したら人が通る隙間は簡単に開けられそうだと玄江は判断した。


「脱出はいつでもできそうだ。せっかくだから話を聞いてみようか」


 玄江は改めて少女達のほうを向いて座りなおす。

 13、4歳くらいの少女を中心に、同じ位の年頃の少女と少年が寄り添っている。進行方向に対して右側に玄江とアルマ、左側に少年少女たちという位置取りだ。


 中心の少女は薄紅を基調としたプリンセスラインのドレスで、ドレスの上から着込んだレースボレロが腕を覆っている。スカートにはオーガンジーとレースが五段に重ねられ、裾からは二重になったチュールがレースの下に覗いている。

 肩からはドレスよりやや濃い色のケープがかけられ、胸元の留め具は小さなリボンで隠されている。そして頭にはネコ耳を飾るようにフリルレースをふんだんにあしらったヘッドドレス。ハニーブロンドの髪は三つ編みにされ、シニヨンに巻かれている。

 ようは、いかにもいいところの貴族のお嬢様のピクニック姿、という格好である。


 寄り添う少女は、袖口にニードルレースを、裾にフラウンスを縫い付けた黒のワンピーススカートの上からフリル付のエプロンドレスを纏った、いわゆるアリススタイルである。栗鼠のようなピンと立った二等辺三角の耳をしている。

 対して少年は、クレリックシャツにグレーのストライプのイブニングコート、七分丈のパンツと、少年執事とも呼べる服装である。こちらは羊だろうか、白銀のほわほわパーマの髪の間から筒を斜めに切ったような耳と、メリノ種のような小さな巻き角が飛び出ていた。


 三人とも、玄江と同じように、檻につながる足枷をされている。三人とも羽は見えないので、出せないか仕舞っているかしているのだろう。

 そういえば、こういう状況だと定番は貫頭衣ではなかろうかと玄江はあさっての方向にオタク妄想をしかけるが自重する。もし貫頭衣なら自分も少年少女の前で素っ裸にされたことになる。それはちょっと避けたい。

 何はともあれ、まずは会話しないことには始まらない。


「で、また通訳を頼めるかな?」

「仕方ないの。早ぅ言葉を覚えなんし」


 アルマのため息を横に、何を聞くべきか玄江は考える。現在地について、暦について、貨幣について、地方の風習やこの世界の常識などなど、聞くべきことは多い。玄江は言葉を選ぶ。そう、まずは挨拶だ。


「こんにちは、クロエと申します。こちらはアルマ。お名前を伺えますか」


 アルマの通訳で、こわばっていた三人の表情がほんの少し緩む。目の前で、知らない言葉で話されるというのは、不安になるものらしい。

 玄江はちらりと見張りを見るが、無言のままで会話を止めようとする雰囲気はない。あるいは、静かに会話するなら騒がないだけましと思っているのか。


『エヴィリーナ・アマーリエ・ベルナーシェクよ。こっちがセルマでこっちがクスターヴィ。クロエと言ったわね。あなた、家名はないの?』


 エヴィリーナの言葉に合わせて少女と少年が小さく頭を下げる。少女がセルマで少年がクスターヴィだ。エヴィリーナ自身は見た目どおり、貴族のお嬢様らしい。


「えぇ、田舎の出身ですので」

『その顔で平民なのね…こんな状況だから仕方ないけれど、普段ならそんなに気安く声をかけられる身分でないと知りなさい』


 やたらと上から目線ではあるが、下手なことを言って情報を得る機会をふいにするべきではないと、玄江は自分に言い聞かせる。


「それは失礼を。エヴィリーナ様とお呼びしても?」

『許すわ』

「ありがとうございます、エヴィリーナ様。それでは、状況が状況だけに、いくつかお尋ねしてもよろしいですか?」

『ええ、かまわないわ』

「エヴィリーナ様も捕まった、ということでいいんですよね?」

『当たり前じゃない!好き好んで自分から檻に入る馬鹿なんているもんですか!』

「それはもちろんですとも。一応の確認、ということでご容赦を」


 とはいえ、玄江はエヴィリーナたちの言葉を全面的に信用するつもりはない。可能性は低いが、仲間意識を持たせて油断させるための囮ということもありうる。

 なにせ、油断して捕まったばかりなのだ。疑い出せばきりがないが、まったく疑わないというわけにもいかない。


「捕まるような原因に心当たりは…といっても、いくらでもありそうですね」

『ええ、そうよ。いくらでもあるわ。考えるだけ無駄よ』


 貴族の娘ということで父親に圧力をかけるための誘拐もありえるし、容姿を狙っての犯行という可能性もある。犯人から直接動機を聞くのでもない限り、エヴィリーナの言うとおり考えるだけ無駄である。


「それで、現在地についてはわかりますか?」

『外が見えないのにわかるわけないわ。あなたには分かって?』


 当たり前といえば当たり前のことである。


「まぁ、それはそうですね・・・私が捕まってから目が覚めるまで、どのくらいの時間でした?」

『そんなに経ってないわ。せいぜい半刻程度ね』


 半刻とはまた微妙な言い方である。日本だと約30分であるが、こちらもそうとは限らない。


「アルマはどのくらいかわかる?」

「わらわとて寝ておるときのことまでは知りんせん」

「それもそうか」


 玄江はアルマに向けた顔を再びエヴィリーナに向ける。


「では、あなた方が捕まったときのこととか場所をお聞きしても?」

『ピクニックの帰りに襲われて、捕まったのよ。場所はフィラートの郊外よ。普段は野盗なんて出ない場所なのに・・・』

「護衛の方は?」

『もちろんいたわ。でも、使用人も含めてほとんどが殺されたわ。二、三人逃げていたから、お父様に連絡がいってるはずよ。もう私兵も動いているんじゃないかしら。もしかしたら領軍も』


 私兵、のところで見張りがピクリと動く。

 あまり刺激し過ぎると会話を止められそうだと、玄江は内心冷や冷やしっぱなしである。見張りが外に連絡する素振りはないが、こうしてエヴィリーナを攫っている以上、追っ手がかかることも想定のうちということだろう。

 このまま続けても悪い方向に転がりそうな雰囲気だけに、話題を変えることにする。


「なるほど。ところでフィラートとは?」

『…あなた、知らないの?』


 エヴィリーナがあきれた顔で玄江を見る。


『フィラートはここらで一番大きな街よ。お父様が治める街。フィラートを知らないとか、あなた、どこから来たのよ?』

「どこからといわれましても。まぁ、森を抜けた反対側からとしか」


 エヴィリーナの呆れ顔が、不審なものを見る目つきとなる。


『森といったらこの辺りじゃ晶葉樹の森になるけど、その先はアヴィラート山地、さらにその先は未踏領域しかないわ。森の中に集落を築くのは難しいし、街があるなんて聞いたことがない。あなた、何者?』


 エヴィリーナの言葉に、玄江は言葉を間違えたことを悟る。

 竜の巣穴がある岩山から見た限りでは、見渡す限り森が広がっていた。森の中に集落の一つや二つあるだろうと考えての設定だったが、エヴィリーナの言葉振りからすると、それは難しいようだ。


「こうして通訳してもらわないといけないくらいの田舎者、ですかね」

『誤魔化さないで答えな『静かにしろ』


 エヴィリーナが激昂したタイミングで見張りが口を開いた。沈黙が降りる。

 ひとまず助かったと玄江はほっとする。とはいえ、追求されることは目に見えているので、何かしらのうまい『設定』を考えておかねばならない。


 結局、常識の類はほとんど得られなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

どうにもPVが伸びないので、投稿時間を変更します。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月19日18時頃を予定しています。

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