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episode01-05. 街道にて

「お?ようやく街道かな?」


 二人が河にかかる橋を発見したのは、人型の獣を蹴散らした、さらに翌日のことだった。


 ようやく街道に出た二人だったが、そこでいったん足を止めることにした。なにせ、どっちにどのような街があるかもわからない。どのくらい歩けばいいかも分からない。それならばここで誰かが通りがかるのを待ったほうがいいという判断だった。

 街道そのものはきれいに整備されているというわけでもなかったが、草は抜かれ轍が数多く残っていることから、それなりに通行がありそうだ、というのも待ちを決めた理由のひとつである。


 河からやや離れたところで、えっちらおっちら担いできた熊の毛皮をどさりと街道脇の草の上に下ろす。毛皮だけとはいえ結構な重量となるはずなのに、ここまで運んできた玄江には汗のひとつも見られない。むしろ、重量よりも毛皮の獣臭さの方に辟易していた。


 * * *


 まっすぐ伸びる街道上にぽつんと染みのような影が見えたのは、昼もとうに過ぎてからであった。二人が腰を下ろしてから半日近くたっている。 アルマなどはとうの昔に木陰で寝息を立てている。その背に羽はない。森を抜けたとはいえ、横になるときはさすがに収納する。


 影は大きくなり、やがて馬車の形となる。幌つきの、2頭立ての馬車だ。馬がやたら大きいように見えるが、そういうものなのだろう。御者台には二人の男が座っている。手綱を握っている、いかにも商人然としたのと、革鎧を着た護衛っぽい男の二人だ。

 ほかに、後ろにも二人、馬に乗った護衛が見える。護衛は全員獣人なのだろうか、頭の上に丸っこかったり三角だったりといった耳が見えた。


 商人に羽は見えないが、護衛はみな羽を広げていた。蜻蛉のようなすっとした長い羽、紋白蝶のような丸い羽、蜜蜂のような三角の羽と形はさまざまである。半透明で、翅脈が美しい模様を描いていることを除けば、形も色も共通点がない。

 それら商人と護衛を眺めて、少なくとも見る限りはまっとうな商人のようだと玄江は判断する。

 獣人の耳に、おお!と感動する一方、第一獣人がおっさんだったことにショックを受けている玄江だったが、異世界の地で、右も左もわからない状態である。完全に警戒を解くようなことはしない。


 男たちの顔がわかるくらいまで近づいてきた頃にはアルマも目を覚まし、うーんと背伸びをした。

 かなりの速度で飛ばしていた馬車は、玄江たちに近づくにつれ、その速度を徐々に落としている。


「すいませーん!」


 馬車が二人の前を通り過ぎるまであと20メートルというところで、玄江は大きく手を振って声をかける。商人然とした男が手綱を絞り、馬車の速度がさらに落ちる。

 馬車はぴたりと、二人の少し手前で停止した。やはり、馬がでかい。護衛が乗っている馬が、大きさや体型はアングロアラブ種に近いのに対し、馬車を引く馬は、見た目こそ馬っぽいがサイズは三回りほど大きい上に、顎の左右からは前に伸びる突撃槍のような角が、耳の後ろからはねじれた角が生えている。


『こんにちは、お嬢さんがた。こんなところでどうなされました?』


 声をかけたのは商人のほうだった。護衛とおぼしき男は、警戒心もあらわに玄江たちを睨んでいる。イヌ科と思われる幅広の三角形をした耳が、ひっきりなしに動いて周囲の音を拾っている様子に、玄江は和みそうになる自分を何とか抑える。

 言葉は――通じているといっていいのだろうか?ひとまず何と言っているのか、言語としてでなく意味が直接伝わってはきた。話し言葉のほうはまったく聞いたことがない。


「…やっぱりテレパシーは不自然過ぎるから通訳頼めない?」

「仕方ないの…」

「そしてお嬢さんというのを訂正してほしい」

「――ほう?」


 アルマがニヤリと笑う。

 あ、こいつ訂正する気がないな。


 * * *


「ふむ…」


 アルマがぐるりと見回す。


 馬車は玄江の少し手前で止まっている。馬に乗った護衛二人は馬車を追い抜いて二人を囲む位置に陣取り、油断なく警戒している。二人とも、鹿や馬のような三角を丸めたような耳をしている。馬耳が馬に乗るとはこれいかに、と玄江は思わなくもない。


「警戒されておるの」

「自分達で言うのもあれだけど、あからさまに怪しいからなぁ」


 馬車の上では商人と護衛がぼそぼそと会話している。異世界ものにありがちな、全世界共通語の類いが存在するかどうかが、玄江の懸念事項の一つである。もしそんなものがあれば、それをしゃべれない玄江は、ただでさえ怪しいのにさらに怪しいということになる。


「では、覚えてみんす」


 いつぞや玄江にしたのと同じように、アルマが商人をちょいちょいと手招きする。


『ん?なにかね?』

『エフセイさんはそのままで。俺がいきます』


 護衛が御者台から降りてアルマに近づく。その右手は、何か怪しい動きをすれば容赦なく叩っ斬るとばかりに剣の柄にかけられている。

 そんな護衛に対し、アルマが無防備にもとことこと歩み寄り、これまたなんの気負いもなく額をぺちんと叩いた。


 一瞬の空白


 護衛がハッと我を取り戻したときには、アルマはすでに離れている。


『トーケルさん!呪いとかかかってないか!?』

『いや、特には感じないが…』

『ふむ…通じるかや?』


 馬上の部下に言葉を返す護衛――トーケルに、アルマが声をかける。


『あ?ああ。何をした?』

『挨拶みたいなものじゃ。気にするでない』

『はぁ…』


 警戒こそ継続しているようだが、どこか気勢を削がれた返事が返ってきた。

 そんなトーケルを無視して、アルマはその視線をすいと玄江に向ける。


「さて、通訳の準備は整いんす」

「ありがとう」


 玄江が一歩踏み出す。その視線の先には商人――エフセイがいる。

 初異世界人との対面ともあって聞きたいこともたくさんあるが、まずは商談である。下手にいろいろ聞いて、足元を見られてからでは遅い。


「そちらは商人どのと見受けられるが、違いますか?」

『――ええ、合っていますよ。御者台の上からの挨拶ですみませんね』


 通訳を介すことに対し疑問の声は出なかった。一応こういうのもアリなようだと玄江はほっとする。とはいえ、単に共通語以外に言語が存在しているだけで、珍しい部類であるという可能性は残っている。早めに確認しないとなぁと玄江は心のメモに書き留めた。

 御者台に乗ったままなのも、こちらを警戒してとのこととわかっているので問題はない。


「お気になさらず。このような場で申し訳ありませんが、買い取りをお願いすることはできないでしょうか?」

『商人が商品と出会えば、そこは商談の場です。承りましょう。商品はそちらの毛皮でよろしいですかな?』

「えぇ、そうです」

『…広げていただけますかな』


 トーケルが御者台から降り始める。

 玄江は、言われるままに毛皮をよっと持ち上げる。玄江たちを取り囲む護衛に一瞬動揺が走ったのを感じ、玄江は苦笑する。細身の男が重量物をひょいと持ち上げたら、それは驚くだろう。いや、相手には少女に見えている可能性もあるのか、と思い出して玄江は少し落ち込んだ。


「ここで広げますか?少し行くと橋がありますが」

『ここで問題ありません。ついた砂は払えばよろしいので』


 買い取ってもらえれば、砂を払うのも向こうの仕事だ。向こうがいいというのだから問題ないだろうとそのまま気にすることなく、玄江は毛皮を広げ始めた。


 * * *

 

 熊の毛皮が道の幅いっぱいに広げられている。

 広げられた毛皮を見て、エフセイと護衛達の間に動揺が走っていた。さきほど、玄江が毛皮を持ち上げたとき以上のものである。


 もしかして珍しいものだったのかと玄江は内心首をかしげる。まぁ、熊の毛皮という時点で、それなりにインパクトはあるだろう。


『グーヴァ・クォルス・ヴェルハッドとは…』


 呻くように口にしたのはエフセイか、それともトーケルか。

 声色からして、珍しいものだったらしい。


「えっと、買い取ってもらえるのでしょうか?」


 不安そうな表情を浮かべて玄江が聞く。下処理が悪すぎて使い物にならないとか、実は禁猟種だったとかだと、目も当てられない。失敗したかなと後悔がちらりと覗いた。


『買取はできますが…ずいぶんと新しそうですね?』


 違ったらしい。ということは、純粋に珍しかっただけか。すでに護衛が検分を始めている。


「狩ったのは一昨日ですね」

『なるほど…トーケルさん、どうです?』


 エフセイが検分をしていたトーケルと護衛の一人に声をかける。馬を降りた護衛の分の手綱は、残る一人が握っていた。


『剥ぎ取りは下手くそだが、穴は開いてないな。目立った傷もないが、皮が縮み始めてる。洗いなおしてなめし液にぶち込んでおきたいところだが、しばらくは持つだろう。まぁ、その辺は何とでもなりそうだ』

『なるほど、ありがとうございます』


 がんばって剥いだ結果を下手くそとけなされて、玄江はちょっと落ち込む。こちとらプロじゃないんだと愚痴りたいところだが、仮にも相手は商売のプロ。そんなものは通用しないだろう。


『さて、査定も終わりましたので、価格交渉に移りたいのですが、よろしいでしょうか?』

「はい、問題ありません」

『そうですね…毛皮に目立った傷はありませんが、下処理が中途半端のようです。よって、今回は八角緑貨1枚と円黄貨3枚とさせていただきます。いかがでしょうか?』


 いかがでしょうかといわれても、そもそも相場がわからないので返事のしようがない。さて、どう返したものかと玄江は頭を抱える。地球の頃は、基本的に円換算のできる通貨ばかりだった。

 僻地では物々交換だったが、こちらの提示する品の値段はわかっていたので、価値基準は持てていた。

 言い換えれば、地球にいた頃はどこにいっても問題なく売買できていたため、まったくの無情報でのやり取りになるということを玄江は見落としていた。


『こちらとしましてはお勉強できます最大限となりますので、納得いただけなければこのお話はなかったこととさせていただきますが…』

「それって、どのくらいの価値になるのですか?」


 玄江は、背に腹は帰られないと覚悟を決めて質問をぶつける。弱みを見せることになるが、いったん額を提示した以上、これ以上足元を見てくることはないだろう。


 案の定、ぽかんとした顔をされた。


『…そうですな。宿代と食費ということで考えますと、わたくしめが泊まります宿を基準にいたしまして150日から200日分の生活費相当ということになりますな』


 思ったより高い金額を提示されていた。けちが基本の商人換算なので、もしかすると宿代はかなり安く見積もっているかもしれないが、それでもしばらくはしのげそうである。いざとなれば売り物の剣もある。


「なるほど…ではその金額でお願いします」

『承知いたしました』


 エフセイが御者台を降りる。検分こそ護衛に任せていたが、さすがに金銭の手渡しは本人が行うようだ。


『それではこちらご確認ください』


 玄江の手に500円ほどの大きさの硬貨が4枚のせられる。八角形の緑が1枚と円形の黄色が3枚。緑のほうが一回り大きい。それぞれ表裏に紋章が掘られている。縁はぎざぎざになっており、この世界での貨幣鋳造技術の高さが見て取れる。


「はい、確かに」

『良い取引を、ありがとうございました』


 玄江は貨幣を小袋にいれて鞄にしまうと、エフセイが差し出した手を握り、握手する。


 途端、強烈なめまいが玄江を襲った。


「な…に、が」


 手を振りほどこうとしたが、うまく力が入らない。エフセイと手を繋いだまま、玄江は膝をついた。顔を上げるのもつらい。

 辛うじて見えた背後では、護衛に首を捕まれたアルマが同じようにくずおれていた。


 はめられた。


 警戒はしていたつもりだが、甘かったらしい。商取引を終えた直後の安堵の瞬間。すべてエフセイの狙い通りだったのだろう。玄江が気付いたときにはすでに遅かった。


「く、そ…」


 玄江の意識はそこで暗転した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月15日午前0時頃を予定しています。

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