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episode01-04. 水浴び

 玄江は困っていた。


 何が困っているのかというと、後ろから聞こえてくる水音に困っていた。


 なんとか熊を解体した玄江だったが、着ていた服は熊の血でべっとりと汚れてしまった。洗っても染みにはなってしまうが、放っておくと血が固まって着れたものではなくなるだろう。また、いつまでも血の匂いをさせたままだと余計な獣を惹きつけてしまうことになりかねない。


 そこで血を落とすべく、熊と戦闘したところより下流に10分ほど歩いたところで水浴びと洗濯をしようとしたのだが、服を脱ごうとしたところで、特に血で汚れたわけでもないアルマまで服を脱ぎだしたのだ。

 玄江は特に小児性愛者というわけではないのだが、何となくその様子を見るのがはばかられて、背を向けたまま今に至っている。


 潔く一緒に水浴びをするか悩んでいた玄江は、いつの間にか水音が途絶えていることに気付かなかった。


「ぬしさまは服を脱ぐのにどれだけ時間をかけるつもりなのかや?」


 予期していなかった声に玄江の肩が一瞬ピクリと震える。その声は、水辺に背を向けていた玄江のすぐ後ろから聞こえた。


「えー、いや。だって、ねぇ?」


 いつになく歯切れの悪い玄江に、何を察したのかアルマがニタリと笑みを浮かべる。


「なるほどなるほど。先ほどからぬしさまの様子がおかしいと思いんしたが、そういうわけでありんしたか。ぬしさま。ほれ、こっちを向きなせ」


 どういうわけだ!?とつっこむ暇もなく、ぐいと引っ張られる力に体ごと振り向いてしまう玄江。視界に映ったアルマの一糸まとわぬ姿からあわてて視線を外す。その様を見たアルマが笑みをさらに深める。


「ほれほれ、遠慮はいりんせん。じっくり見るといい」

「いや、そこは女の子としてもうちょっと恥じらうべきでは?」

「これから一緒に旅をするんじゃ。見たり見られたりは早いか遅いかの違いしかありんせん。とっとと慣れなんし」


 そう言われてもどうしろと?


 それなりに旅慣れている玄江だったが、基本は一人旅だ。一時的に連れができることもあったが大体は男で、女であっても一緒に風呂に入るような場面はなかった。売春宿を使うことはあったが、それは別問題だろう。

 うだうだしている玄江に焦れたのか、アルマが玄江の顔を両手でがっしとつかむ。


「ほれ、さっさとこっちを向きんす」


 ぐいっと無理やり首を回され、玄江の視界にアルマの全身が収まる。


 陽光の下に映える白磁の肌。類稀なる美貌の下で細い肩と鎖骨が小さな窪みを作っている。そこからつながる膨らみ始めたばかりの双丘はミルクにほんのりピンクローズを垂らしたように色づき、薄い桜色の突起がアクセントを添える。なだらかな曲線は幼児体型を脱け出したことを示す僅かなくびれを形作り、さらにその下にはーー


「わらわの身体もなかなかのものであろ?」


 見惚れていた玄江から離した手を腰に当て、薄い胸を反らして自慢げに見せ付けるアルマ。そういう趣味の人であれば飛びつきそうな、少女として完成された美ではあるのだが、その行動は玄江からすれば中学生なりたてが背伸びしているような、劣情よりも微笑ましさが先にたつ光景であった。

 だからといってどぎまぎしないわけではないのだが。


「あー、うん。そうだね」

「あれだけ見るのを拒んだ割りに、なんともいい加減な返事よの…まぁよいか」


 玄江の適当な返しに不満そうな表情を見せたアルマだったが、思い直したのか、すっと玄江に手を寄せる。その表情は、いたずらを思いついた子供そのものだ。


「ほれ、ぬしさまもとっとと脱ぎんす」


 アルマがすっと体を寄せる。玄江が来ているのは、前ボタンのシャツである。その一番上のボタンにアルマが手をかけた。自然、二人の距離は近くなる。アルマの髪からだろうか、スフィアの鼻腔を甘い香りがくすぐった。


「近い近い。というか、汚れるよ」

「別に近くても問題なかろ。汚れたら洗い流せばよいだけじゃ」


 身動きもとれず、なすがままのスフィア。下を見るわけにもいかず、上げた顔の視線の先ではアルマの羽がゆらゆらと揺れている。玄江は未だに羽を出せないのだが、アルマは羽を出したままのほうがお好みのようだ。森の中では収納していたが、水辺に来てからはずっと出しっぱなしである。

 水を弾いているのか、羽の表面を水滴がつーと流れ落ちていく。出し入れ自由の割に、実体を持っているらしい。


 半ば無意識に手を伸ばして、そっと羽に触れる玄江。その手に伝わってきた感触は、蜻蛉や蝉のの羽のようなパリッとしたものでなく、やわらかいものであった。


「んっ…」

「あ、ご、ごめん」


 びくっと手を離す。


「大丈夫じゃ。ほれ、脱ぎなせ」


 全てのボタンをはずし終えたアルマがその身を離す。


「それとも、下もわらわに脱がして欲しいのかや?」

「大丈夫だから向こうに行っとけ!」


 にひひと笑いながらアルマが駆けていく。

 玄江は大きくため息をつく。


 これからあれと旅を共にするのか。


 不安だ…


 ◆ ◆ ◆


 予想通り、洗濯を終えた玄江のシャツとズボンは赤黒い斑模様となった。とはいえ、ズボンは元が紺色のため、そういう模様だといわれたらそういうものかと納得できなくもない。


 解体時に脱いでいたローブを纏えばあまり目立たなくなるのは幸いだったが、どちらにせよ替えの服は必要である。洞窟には着れるシャツは一着だけだった。ズボンはもう一着あるが、履き替えるのは戦闘が起こらないと断言できるくらい街に近付いてからになる。

 同じく血を洗った熊の毛皮を河原に干し、今日はここで野営となる。


 ナイフひとつで熊を解体するのは玄江の膂力をしてもなかなかに大変であった。兎のような脂肪の少ない種だと、肉と皮の間に指をつっこんでするするとはがしたりもできるが、熊のような脂肪が多い獣だとこの切り離しが苦労する。

 地球でも皮をはがすのに馬に引っ張らせる、ということがあるくらいだ。吊るすこともできないので、まともに血抜きもしていない。


 皮を分けた後も、何の処理もしなければ当然カビたり腐ったりする。洗った後にミョウバンと塩を溶かしたなめし液に漬け込めればいいのだが、そんなものが用意できるわけもなく、干すだけとなった。


 さらに水浴び、洗濯ときて日はすでに傾いている。

 気温は初秋といったところで、素肌にローブでもなんとか寒さは感じない程度。もっとも、四季があるのかも玄江にはまだわからないのだが。


 * * *


 パチリ、パチリと薪の立てる音に混じって肉の焼ける音が響く。


「このくらいかね」


 玄江は厚くなりすぎないように切った肉を数切れ、水平に固定した長剣に載せて焼いていた。

 剣の製作者が見たら激怒しそうな光景だが、玄江は使えるものは使う主義である。というか、そもそも調理器具の類いは片手鍋くらいしか持ってきていない。

 玄江の地球での経験からすれば、深めのフライパンひとつあれば煮る・焼く・炒めると大抵は事足りていたので、近い形のものを持ってきたのである。それ以上は嵩張って邪魔な荷物にしかならない。


 鉄板に見立てた長剣の上の肉が動かないように枝で押さえ、横からナイフを刺す。肉が刺さったままのナイフを、玄江はアルマに差し出した。


「ほれ、アルマ」

「いただきんす」


 ナイフを受け取ったアルマは、可憐な見た目を裏切るように豪快に肉にかぶり付く。それを見届けると、今度は自分の番とばかりに玄江は別のナイフを取りだし、同じように肉を刺してかぶり付く。

 熟成もさせていないので固い肉であったが、塩と少しの香辛料で味付けされたそれは紛れもなくこちらの世界で初めての食事であり、玄江を満足させるものであった。


 本日のレシピは熊肉のステーキと熊肉のスープ。

 スープは細かく切った熊肉と、香辛料を、片手鍋で煮込んだものである。野菜の類いがほしいところだが、どこかの町に着くまでは無理だろうと玄江は判断している。単純に、食べられる植物の判別が付かないためである。果実の類いならいけるのかも知れないが、何が毒を持っているのか分からないので、こちらも口にするつもりはない。


「まだ焼くか?」


 それぞれ3切れずつ腹に収めると、長剣の上の肉はなくなった。焼きたければ肉はまだまだある。玄江は後ろ足の腿から50キログラムほど切り出していた。地球なら持ち運びに工夫が必要な重さだが、こちらの体だと軽々と持ち上がる。それ以上切り出さなかったのは単純にサイズの問題だ。毛皮も運ぶのだからあまり大荷物は持てない。

 そういえば岩山の麓には背負子の残骸もあったなと思い出した玄江は、頭の中の「街に着いたら買うものリスト」に背負子を追加する。


「ふむ…薄めのを一枚お願いしんす」

「あいよ」


 薄闇に包まれつつある川辺に、肉が焼ける音が再び響き始める。


「そういえば」


 肉の焼き加減を見ながら、玄江が切り出す。


「熊が使っていたもの、あれは魔法なのか?スキルなのか?」


 思い出すのは遠く間合いを超えたところから玄江を吹き飛ばし、周囲の木立に深い爪痕を刻んだ風の一撃。玄江は肉の塊の横に置かれた熊の手を手に取る。手のひらに当たる部分に魔法陣らしきものが描かれている。


「詠唱でなく、魔法陣で発動するってことなのか、それともあれはスキルでこの魔法陣は更なる切り札だったのか」

「さての。こっちの人間から読めれば話は別でありしょうが、今のわらわはそこまで知りんせん」

「そう。じゃ、ぼちぼち調べるってことで。ほれ、焼けたぞ」


 熊の手をぽいっと放り投げた玄江は、ナイフを肉に刺す。

 肉から垂れた脂が炎の中に零れ落ち、炎が大きく揺らめいた。


 ◆ ◆ ◆


 翌日も川下に向けて歩くが、町はおろか、橋すら現れる気配がない。


 代わりに現れたのは、人型の生き物だった。

 背丈は玄江の胸くらい。アルマよりも頭半分ほど低いが、ひどい猫背なので無理やり背筋を伸ばしたら同じくらいかもしれない。背丈の割に腕が長い。

 色は全体的には茶のかった緑で、手の先はむしろ茶色と呼んだほうが近い。ギョロリとした瞳は人のそれよりも大きそうである。

 頭部は体の割に大きく、毛はほとんど生えていない。手足のサイズと比べるとまさに頭でっかちである。


 そういうのが七匹、玄江達の前方を半円状に囲んでいた。


「ぱっと見のイメージはゲームのゴブリンといったところか…」


 民間伝承に語られるゴブリンは妖精、あるいは精霊の一種である。愛嬌のある、もしくは醜い見た目で悪戯好き、人を困らせる性質ではあるが、人を孕ませるといった記述はない。

 人を襲ったり孕ませたりといった、現代におけるゴブリンのイメージは、キリスト教の民間伝承排斥運動により、ゴブリンは悪魔の一種であるとされた結果である。


「さて、どうしようか。強さもゴブリン並なのかね?」


 仮称ゴブリンは玄江達を半円状に囲んだまま、ジリジリと包囲を狭めている。いきなり飛びかかったりせず、きっちり連携が取れているあたり、頭のサイズは伊達ではないということだろう。そして、知能があるということはイコールそれだけ手強いということでもある。

 玄江の側は、玄江を前にして、二歩下がった位置にアルマという陣形である。


 ウオォォオオ!


 玄江からみて右端の一匹が、雄叫びをあげて踏み込む。

 対処すべく――とはいえ荷物で手が塞がったままなので、蹴りしかできないのだが――姿勢を変えたところで、視界の端で左端の二匹が無言で動き出すのが見えた。囮を使った戦術まで使いこなすらしい。


「なんのぉっ!」


 左で軽い踏み込みと同時に右端のゴブリン(仮)が、囮の役割は果たしたとばかりに急ブレーキをかける。予測位置がずれ、間合いが変化したにも関わらず、玄江は軸足の向きを変えて無理やりに体の向きを変える。

 そこから放たれた側蹴の連撃は、狙い違わず左の二匹の喉元に吸い込まれた。


 ゲギャッ!


 と、喉を潰されたうめき声がするも、蹴り飛ばされた二匹は、受け身も取れずに地面をバウンドする。

 玄江が右足を下ろすと同時、右の二匹が踏み込む。右端が数歩分前に出ているため、時間差の攻撃ということだろう。右足で左二匹を蹴ったため、現在の玄江は二匹に背中を向けている。


「疾っ!」


 玄江の放った左の後ろ回し蹴りが正確に右端のゴブリン(仮)のこめかみを捉える。同時に、頭上から重いものを蹴り飛ばすような音が響いた。

 玄江に蹴られたゴブリン(仮)は、頭を破裂させながら後続を巻き込んで吹き飛んだ。


 頭上の音は、枝の上に構えていた一匹が右の二匹に合わせて、木を削ったナイフを振りかざして飛び降りたものの、アルマに空中で撃墜された音だった。

 玄江としては伏兵には気付いていたし、今の柔らかい体なら対空もいけると判断していたのだが、おいしい所を持っていかれた感は拭えない。


 ギギィ!


 スタッと玄江の目の前にアルマが降り立つと同時、真ん中の一匹が叫び、生き残った3匹が反転して散開、逃走する。

 戦術を用いるのみならず、きちんと統率されていたことに玄江が感心している間に逃げた3匹の姿は見えなくなる。残されたのは首の骨が折れて虫の息の二匹と、即死した二匹――アルマが蹴ったゴブリン(仮)は木に叩きつけられた勢いでほぼ肉塊状態となっている――それに巻き添えで吹き飛ばされて気絶した一匹となる。


 玄江は荷物を降ろすと、腰から抜いたナイフで止めを刺していく。ファンタジー世界なら耳を落として討伐対象に、といったところだが、もし違った場合は耳をぶら下げて歩く異常者扱いを受けるだけである。分からない以上は、無理に耳を落とす必要もない。


「うへぇ、ズボンまた洗わないと…」


 頭を破裂させた蹴りで、ズボンの左足部分は緑色をした体液で汚れている。元の紺色もそれほど濃い色ではないので、洗ったところで暗い緑に色づくことだろう。

 何とかズボンを洗い直した玄江だったが、予想通り、ズボンは赤黒と緑のまだら模様となり、同じく赤斑のシャツと合わせてなかなかサイケな衣装となった。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月13日午前0時頃を予定しています。

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