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episode01-03. 魔物との遭遇

 二人が降り立った森は、原生林と呼ぶべき場所である。半透明の葉を通して光こそ入ってくるものの、人の手の入った杉林のように見通しが良いわけでもなく、下生えが刈られてもいない。

 30メートルほどの広葉樹は枝葉の腕を天へと掲げ、地を覆う低木が木漏れ日を余さず受け取ろうと、幅広の葉を横へ横へと広げる。うねるような根が低木の下に隠されたうえ、表面を苔が覆っているために滑りやすく、歩きにくいことこの上ない。鬱蒼とした暗さがないことが救いといえば救いか。


 今、二人が目指しているのは、岩山の上から見えた川である。


 玄江の背中には先ほどまでなかった剣が数振りと、背嚢が増えていた。アルマにもボロながらマントを着せている。

 体を動かすのに慣れた玄江が、練習がてら枝を飛びうつりながら洞窟まで戻って取ってきたものだ。

 背嚢には挑戦者達が残した旅の道具や予備のナイフが納められ、剣は売り物である。鍋や調味料といった、戦闘に関係ない類いのものは、岩山の麓にまとめて置いてあった。流石に鍋を背負ったまま竜と戦闘はしなかったらしい。

 場合によっては改めて取りに戻ることもあるだろうが、玄江はこのまま川を下って街道を見つけ、街に向かうつもりでいた。というよりも、川まで行った後にまっすぐ岩山に戻れる自信がないといったほうが正しいが。

 一晩水無しで過ごし、翌日に出発することも考えたが、喉の渇きはいかんともし難い。獣の襲撃に対してはアルマの太鼓判を信じ、玄江は川の近くで野営することを決断していた。


 洞窟から離れること二時間、二人はようやく川岸にたどり着いていた。川幅は2メートルほど。今の玄江達なら楽々飛び越えられる程度である。

 体の性能確認、荷物の準備と時間がとられたため、日はすでに傾いている。


「結局獣には出会わず、か」


 足場もいいとは言えず、警戒しながらの移動だったので、移動距離は4キロメートルもないだろう。いくつかの獣道は見かけたし、獣道に沿って歩いてもみた。それでも、川にたどり着くまで鳥以外の獣を見かけることはなかったのだ。


「並の獣であれば、好き好んで竜種に近付こうとは思うまいの。ぬしさまから漏れる気配が天然の結界というところでありんすな」

「駄々漏れなのか…」


 武術をたしなみ、それなりに気配も操れる玄江だが、その程度では全然足りないらしい。


「ひとまずはこの辺りで野営の準備でありんすな。この調子ならば夜も寝てて問題ないやもしれぬ」

「さすがに初日から無防備になるつもりはないぞ?」

「わかっておりんすよ。ほれ、とっとと準備をしなんせ」

「いや、アルマも薪くらい拾ってくれ…」


 野営とはいっても調理はなく――木の実や果実の類いは見付けたが、食用か判別できなかったので取らなかった――葉っぱを集めて寝床を作り、焚き火を起こして終わりである。枯れ木同士を擦りあわせるという原始的かつ時間のかかる手法をとったが、ハイスペックな肉体のおかげでわずか1分程度で火は点いた。


「先に寝てな。目が覚めたら交代だ」


 中身はジンとはいえ、見た目は少女のアルマに負担を強いるのも心痛く、なるべく多めに睡眠時間をとらせる心づもりであった。


「ふふ、ぬしさまは今までの主とは違いんすな。昔の主ならわらわに結界を張れと命じておしまいだったというに」

「…そんなんできるなら先に言え」

「なに、ぬしさまの優しさがわらわに響きんす。ならばそれに甘えるのもか弱き少女の勤めであろ?」


 嘯くアルマに玄江は何も答えず、木の枝を焚き火に放り込んだ。


 ◆ ◆ ◆


 翌日、川に近過ぎず離れ過ぎずの距離を歩いていた二人が獣の気配に気づいたのは、川下方向に歩き始めて2時間ほど経った頃だった。太陽はまだ中天にも至っていない。川は別の支流と合流し、川幅も5メートル近くなっている。


「熊…だな」

「うむ、熊やな」


 下草の間にしゃがみこみ、二人が見つめる先、100メートルほど離れた河原に、一匹の熊がいた。

 体長は4メートル近いだろう。玄江が以前カナダ北部で見たヒグマより、ふた周り以上大きい。そして、その熊には、玄江の知っている熊とは明らかな違いがあった。


「足が、6本か」

「うむ、6本じゃな」


 その熊には足が6本あった。おそらく前足が4本である。中足とでも呼ぶべきか、真ん中の足2本と後ろ足2本で体を支えながら、残った2本の前足で、器用に魚を獲っている。どういう骨格ならそんな真似ができるのかも気にはなったが、今気にかけるべき点は別にある。


「こっちに気付くと思うか?」

「さて、の。まぁ見つかったところで、それほど脅威にはならと思いんすが」

「生身で勝ててしまうのか…」


 生身の人間が熊と退治して勝利できるというのは、玄江からすれば常識はずれもいいところである。しかし、自身も素手で胴より太い木をへし折るという常識はずれなことをしている。ならばきっと、本当に大丈夫なのだろう。


「あやつの攻撃を避けて、思いっきり殴ればいいだけよ。ほれ、簡単であろ?」

「いやいや、簡単じゃないだろそれは」

「自分から望んでこの世界に来たくせに、意気地がないの」

「物事には順序ってものがあると思うんだがなぁ」


 熊と戦う、というのはいくらなんでも初級編ではないはずだ。いや、それともいきなりドラゴンでないだけましなのか…?そもそもなんで戦うことが前提なんだ。気付かれる前に逃走するのが最初の選択肢ではなかろうか。少なくともカナダで遠くにヒグマを見つけた時は、それ以上近寄るような真似はしなかった。


 苦悩していた玄江は、熊の様子が変化していることに気付かなかった。


「ふむ、気付かれたようじゃな」

「とりあえず逃げ…え?」


 いつのまにか外してしまっていた視線を六本足の熊に戻すと、熊は後ろ足だけで立ち、玄江たちのほうを向いていた。濃い褐色の毛に覆われた顔からは、地球の熊と同じような、円らな瞳が覗いている。


「ばっちりこっちを見ておりんすな」

「目が合いかけた…」

「まぁ、風上にいる時点でばればれじゃがの」

「こいつ全部確信犯だ!」


 思わず叫ぶ玄江。


 ォオオォオオオォォオオオォォン


 そんな玄江に呼応するように熊が吼え、玄江たちに向かって走り出す。


「あ、やば」


 ヒグマですら時速60キロで走る。接敵までは数秒もないだろう。生身で勝てるとアルマから太鼓判をもらっていても、心構えまではそうもいかない。ましてや二人は茂みに隠れてしゃがみこんだ状態である。このままでは隠れている茂みごと吹き飛ばされるのは想像に難くない。


「あああ、もうっ!」


 さっと立ち上がった玄江は隠れていた茂みを飛び越え、河原に踏み出す。此彼の距離はもう幾ばくもない。

 六本の足全てで走っていた熊が上半身を起こす。中足と後ろ足での走行となっても速度は衰えず、そのままの速度で突進しながら前足を大きく振りかぶった。


 ブォンと大きな風斬り音を立てて丸太のような熊の腕が空間をなぎ払う。直撃すれば大ダメージを負うことは必至だ。

 しかし、大振りの攻撃はしゃがんだ玄江の頭上を通過し、遅れて吹いた風が玄江の髪をなびかせる。勢い余って体勢でも崩れればと玄江は願ったが、4本の足で走る熊の下半身は安定しており、よろける素振りも見せない。


「って!」


 人間ならば、相手を殴る瞬間は足を止める。しかし、その当たり前は獣には通用しない。勢いで懐に飛び込んでしまった玄江は、突進を続ける熊に撥ね飛ばされた。

 かろうじて両腕のガードは間に合ったものの、相手は自動車程もある巨体である。玄江の体は軽々と空中に投げ出された。熊が更に追撃すべく前足を再び振り上げているのが視界の端に映る。


 バク宙の要領で空中でくるりとまわると、玄江は足から着地する。ザザザッと地面に二本の溝を作りながら玄江の体が止まる。同時に、玄江は後ろ腰に差していたナイフを抜いていた。熊はすぐ前まで迫っている。長剣を振るうほどには距離を取れそうにない。

 再び大きく振りかぶった腕を振り下ろす瞬間を狙い、玄江は振るわれる腕の側へ横っ飛びに避ける。腕を振ってできた隙を突き、顔目掛けてナイフを振る。深く刺してしまうと抜くときが隙になるので、撫でるように浅く斬る。ダメージ蓄積ではなく、激昂させて大きな隙を作るのが目的なので、その程度でも問題はない。

 熊の突進を避けながら、二度三度と玄江はナイフを振るう。

 遂に熊が足を止めた。玄江とは10歩分ほどの距離が開いている。


 ガオォオオオォォォオオォォ


 玄江の目論見どおり、怒りが頂点に達したらしい熊が、間合いが開いているにもかかわらず右腕の爪を振るう。その行動をいぶかしんだ玄江を、左から風が襲った。吹き飛ばされ、転がる玄江。何とか体勢を建て直し熊の方を向くと、逆の手を振りかぶるところだった。


「うおっ」


 あわてて転がる玄江。その背後で立ち木がバキバキとへし折れる。


「風の爪…ってとこか?」


 熊が振るった二度の攻撃で、辺りの様相は変わってしまっていた。細い木は半ばから折れ、太い木には四条の爪痕が斜めに走る。

 玄江の着るコートの左腕にも同じく四条の斬り跡ができていた。切れた隙間から見える玄江の腕にも同じく四条の傷ができ、血が流れている。とはいえ、骨に達するようなものでもなく、腕を動かすのに支障はない。


「なるほど。それほど脅威にはならない、ね…」


 おそらくは熊の奥の手だったのだろう。それで大げさな切り傷程度だというのだから、急所にダメージを受けたりといった、よほどのことがない限り、負けることも死ぬこともないだろう。そんな攻撃を必死で避けてちまちま攻撃していた自分はまさに道化だったのかと思うと、玄江はちょっと遠い目になる。


 グアアァァアアァオオォン


 再度、熊が吼える。風の爪が効いてないことを悟ったか、はたまた打ち止めか。突進の構えである。

 玄江も構えを取る。今までの、回避のための構えではなく、迎撃のための構え。

 熊が腕を振りかぶり突進してくる。


「――すぅ」


 玄江は細く息を吸い込む。

 一歩目。吸い込んだ息を止めると同時、沈みこむような踏み込み。下げた頭のすぐ上を、太い腕が通過する。巻き起こる風圧に玄江の髪が大きく揺れる。


「ふっ!」


 二歩目。鋭く息を吐いて震脚。ズドン!と音がするほどの力強い踏み込みは、地面を揺らしたかと錯覚させる。


 そして震脚と同時に揃えた両手が伸ばされる。ナイフを握った右腕に添えるような、左の掌底。まっすぐ延ばされた両腕の先、刃に熊の毛が触れる。後ろに引いた足から延ばした腕の先までを、地面に斜めに刺さった一本の杭とみなした玄江の体に、熊が衝突する。勢いに押されて玄江の足が地面に二条の線を描く。

 ドン、と双方がぶつかる音から半拍遅れて、熊の体がびくりと震えた。


 ガ、アァ、ア…


 苦しげな呻き声は断末魔か。

 熊自身の突進のエネルギーがそのままナイフの一点に集中したのだ。ナイフは易々と毛皮と肉を貫き、玄江の狙い通り、心臓を破壊した。更に、同時に叩き込まれた掌底が肋骨を破壊し、全身に衝撃を行き渡らせ、熊の自由を奪う。

 結果、熊は懐に飛び込んできた玄江に新たなダメージを与えることもできず、どさりと倒れた。


「ふう…」


 玄江は詰めていた息を吐き出す。残心を忘れず、目は熊から離さないが、横たわる熊はまだ息こそあるものの、再度立ち上がることはないだろう。


「問題なく勝てたようでありんすの」


 茂みを掻き分けて、何事もなかったのようにアルマが声をかける。


「本当に生身で勝てるとはなぁ…」

「体の具合はどうかや?」

「腕が切れたくらいか。撥ねられても何ともなかったな」

「うむ。その体の丈夫さが少しはわかりんしたかや?」

「ああ。運動性能といい、十分だよ」

「満足いただけたようで。ところでとどめは刺さぬのかや?」


 アルマが横たわる熊を爪先でつつく。死に瀕したその巨体は小さく痙攣を繰り返している。


「いや、刺すよ。そのあとは剥ぎ取りだな。討伐部位は爪か牙か…」


 ラノベでの展開を思い出しながら、未だ熊に刺さったままだったナイフを抜く。傷跡から血が流れ出るものの、心臓が停止しているため、吹き出すほどではない。

 抜いたナイフを熊のこめかみに当てる。目が合った。巨体に似合わないつぶらな瞳には、いまだ強い意志が宿っている。それは玄江への敵意か、はたまた生への渇望か。


「…楽にしてやる」


 グッとナイフを押し込む。竜の力で押し込まれたナイフは頭蓋骨を割り砕き、脳を破壊する。熊の目から光が消えた。


「――糧となる命に感謝を」


 どこだったかは忘れたが、狩猟の終わりに祈りを捧げる部族と共にしたことを思い出し、小さく呟く。


「さて、剥ぎ取りか」


 おそらく1トン近くはある熊の全てを持っていくことは物理的に無理である。頑張っても毛皮と爪、牙、多少の肉が限界だろう。


「熊は捌いたことはないが、猪と同じでいいか」


 地球で猪を捌いた時の手順を思い出しながら熊を仰向けにし、玄江はナイフを入れた。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月11日午前0時頃を予定しています。

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