episode01-02. 性能測定
洞窟の入り口は岩山の中腹にあった。
予想通り、L字型に曲がった通路を抜けた入り口の先には、テラスのような小さな張り出しがあり、そこから先には樹木の絨毯が広がっていた。おおよそ高さの揃っているそれらとは種類が違うのか、見える範囲に数本、とびきり高い木が突き出ている。
それらの葉は、玄江のよく知る赤や緑も一部にはあったが、大部分は幹の色が葉越しに透けている。しかして硝子のように光を反射するわけでもなく、不思議な景色をもたらしていた。
蛇行した絨毯の切れ目には川が流れているのだろう、水面に反射された陽光が時折、キラリキラリと樹木の隙間を抜けて二人のもとまで届いていた。
地平線まで続くかのような広大な森の上空を大型の鳥が飛んでいる。豆粒ほどにしか見えないが、相当な距離があるので、実際は数メートルくらいあるかもしれない。
鳥よりさらに遠くには山々が峰を連ねているのがかすんで見える。天を突くような、とまでは行かないが、それなりの高さがありそうだ。
しかし、そのどれもが玄江の気を引くには弱すぎた。玄江の視線は眼科に広がる大自然から外れ、天空を向いていた。その先には――
「リング…」
空の4分の1は覆っているだろうか。太さの違ういく筋もの帯で構成された、土星に代表されるような星の輪が、圧倒的なスケールで広がっていた。
たっぷりと5分は眺めていただろうか。身動きひとつしなかった玄江がリングからようやく視線を外す。
「異世界を堪能できたかや?」
「あぁ、予想以上だった…」
「それはようござんした。して、ぬしさまはこれからどうするのかや?先ほどは周辺探索と申しておりんしたが」
「予定通りそのつもりだけど…降り口がないな」
二人がいるのは岩山にちょこんと張り出した踊り場のような場所である。親切な登り道などはない。代わりとばかりに端のほうにロープが垂れ下がっていたが、これはガラクタ置き場のいずれかの装備の持ち主が張ったものであろう。
そのロープもいつ張られたものかわからない上にナイロンのような丈夫なものであろうはずもなく、体重を預けるにはいささか不安な代物であった。
「命綱、には不安だけど、ロープを補助に、自分の手で降りるしかないか」
ロープの具合を確かめながら、岩肌をどう降りていくかルートを計算する。幸い足場は多いので、そうそう落下することはないだろう。
「ぬしさまなら飛び降りても平気と思いんすが」
「そうなのか?とはいえ、ぶっつけ本番で試したくはないな…」
地面までは目測で40~50メートル。十分自殺ができる高さである。気軽に飛び降りる気にはなれない。
玄江は当初の予定通り、強度に不安の残るロープを命綱に、そろりそろりと降り始めるのだった。
◆ ◆ ◆
「飛び降りても平気とは言っていたが…」
玄江がなんとも微妙な表情をしているのは、ひとえにアルマの行動が原因である。
一度右足を置いた足場が崩れるというハプニングはあったものの、全体を通してみれば危なげなく地上に降り立った玄江。上に残ったアルマに合図を送ると、アルマは岩肌に手をかけず、ぴょーんと空中に飛び出した。
助走なしの幅跳びの如く跳んだアルマはそのまま樹の枝に着地。メキリと嫌な音を出しつつも、大きくたわんだ枝はアルマを受け止めた。そこからは忍者映画よろしく、枝から枝へと飛び移り、あるいは斜めに育った幹を滑り降り、玄江の前にひらりと降り立ったのであった。
「別に木を伝う必要もなく、直接降りてもよござんしたが」
とはアルマの弁である。
「だからぬしさまも同じことはできると言うておろうに」
できるとやれるは似ているようで違う。スペック的に足りていようと、度胸が足りない。
「気を取り直して…体の性能測定か」
元の世界での玄江としての体は、それなりに鍛えられていた。世界中の秘境を旅して回るだけの体力を持っていたし、見た目は細身ながら必要な筋肉は備えていた。小さな頃からたしなみ、旅先でも教えを受けたチャンポン武術もあいまって、2、3人との喧嘩程度なら切り抜けられる自信もあった。
それに対し、現在の体は不安になるくらい華奢である。旅をできるだけの体を要求したのだから、それなりに体力もあるのだろうと思いたい。
かといって、対人ならともかく、モンスターが現れたら勝てるという保証はない。先ほどの岩山降りでもそうだが、ぶっつけ本番で戦ってみよう!なんていうことをする気もない。ファンタジー小説の主人公達は、どうして自スペックの確認もなしにモンスターの群れへ飛び込めるのだろうか、不思議である。
「アルマ、たいがいの生き物に勝てるとは言っていたが、実際どのくらい強いんだ?」
「竜種としての力がそのまま人間サイズになったと思えばよござんす」
「そうなの?」
「そうでありんす。なんせぬしさまの要望は快適安全に旅して回ることでありんすからの。いろいろと手は加えておりんす。ほれ、信じられないんであれば、そこの木をえぐるように、思いっきり握ってみなんし」
「えっと、こうか?」
玄江、手近な木の表面に手を当ててぐっと握る。地球の頃の全力をあっさりと越えた握力によって、ミシリと音を立てて指が木に食い込み、メシメシと音を立てたあとには、拳大の大きさが抉り取られ、玄江の手の中に真新しいおがくずが残された。
「おぉ…」
自分でも予想しない結果に言葉を失う玄江。
「まぁ、元の世界ならゴリラと握手して潰せるだろの」
――ゴリラの握力は300kgとも500kgとも言われる。
「ぬしさまの要望を最大限かなえた結果でありんす。まぁ油断しなければそうそう死ぬことはあるまいよ」
楽しく満足、快適安全な異世界旅行。それが玄江の出した要望である。未だこの世界の生物には出会っていないが、確かにこれならば元の世界では無敵だろう。
「あぁ、あと、言語もおそらくは通じるはずでありんす。これは竜種の意志疎通の能力だの。言葉としては通じずとも、何と言っておるか通じるといった程度かと思いんすが」
「なるほど。テレパシーみたいなものか」
「本来なら言語体系の違いも楽しんでもらうところでありんすが、そんなことをしていたら侮られた挙句にぬしさまが奴隷にされてしまいんす」
「あ、やっぱ奴隷制度あるんだ…」
ぎょっとしながらも聞いてしまう玄江。ファンタジーのお約束ではあるが、忌避感が先に立ってしまう。奴隷といわれてぱっと思い浮かぶのが、労働奴隷でなく性奴隷なのは、オタクの性というべきか。
「地域によってはあったはずよ」
「アバウトだなぁ…」
「最初から全部知ってたら旅の醍醐味がなくなってしまいんす。わらわも楽しみたく思おておりんすから。まぁともかく、意思疎通については問題ないはずよ。こちらの言葉を覚えた方がいいのは確かでありんすが」
「まぁテレパシーで話すのが日常なわけはないだろうな。とはいえ、そればかりだと怪しすぎることになりそうだ」
「そのときはわらわが通訳となりましょ」
「こっちの言葉をしゃべれるのか?」
「ぬしさまに喚ばれた時のように、相手の言語を読み取れば問題なかろ」
「なるほどね。さて、と」
話を打ち切った玄江はストレッチを始める。ゆっくりと、大きく息を吐きながら体を倒し、筋を伸ばす。開脚すれば180度開き、足を揃えて前屈すれば、胸が膝につく。
「柔らかい体だ」
こんなところでも地球での体の差を知って 、体を柔らかくしようとしていたあの頃の努力はなんだったのかと玄江は苦笑する。
座り込んで体を倒しているのだから、視線は必然と地面に近くなり、柔軟しながらも降り積もった葉をしげしげと観察することもできる。緑の葉が2に赤い葉が1、残り7が透けた葉くらいの割合だ。
代わりに幹の色が茶色だけでなく緑だったりしている。苔に覆われているわけでなく、地肌がそういう色のようだ。
透けた葉の形そのものは楠の葉に似ている。崖の上から見た葉っぱは、幹の色が透けていることから透明かと思われたが、実際にはすりガラスのような半透明である。その中を、地球のものと同じように葉脈が走っている。
玄江が一枚手にとって観察したところ、葉を通った光は葉脈に集められているようだ。地球の木の葉において、葉脈とは水分、養分を運ぶための管であり、光を必要としていたのは葉緑素を内部に抱える葉緑体である。葉脈が光を必要としている辺り、根本的に役割が違うのだろう。
「ぬしさまは何をするつもりなのかや?」
葉っぱを観察しながら柔軟を続けている玄江に、アルマが疑問の声を投げ掛ける。
「どのくらい動けるのか見ておこうかなと。異世界もののお約束だと、モンスターに襲われるか、襲われている女の子に出会うかが定番だし。だからといって自分の運動性能も考えずに突っ込むのは馬鹿のやることだよ」
異世界もののラノベをいくつか思い出しながら、10分ほどかけて念入りにストレッチを行った。
「んじゃ、まずは」
玄江はしゃがみこむと、ぐっと力を入れて飛び上がる。いわゆる垂直跳びだ。思いっきり跳んだその体は、玄江の予想をはるかに超えて5メートル以上飛び上がり、頭上に張り出していた枝に頭をしたたかにぶつける。
「ぐっ!」
痛そうな音とともに、玄江の腕ほどもある太さの枝が折れ、痛みに頭を抱える玄江の上に降ってくる。
「ぐあっ」
「くははは、ばかじゃ!ばかがおる!」
二度頭をぶつける羽目になった玄江を指差して思いっきり笑うアルマ。
「くそう…」
痛む頭をさすりつつ、真上を見上げる玄江。ぶつかりそうな枝が見当たらないことを確認して、再び飛び上がる。先ほどより力を抜いているので、飛び上がった高さは4メートル程度。二度、三度と徐々に力を加えて、最終的には折れた枝のあったところを通過し、さらに体二つ分くらい上昇したところまで跳ぶことができた。4階から飛び降りたくらいの衝撃を、ひざを使って逃し、玄江は着地する。
予想以上の性能を見せた体に驚きつつも、玄江はあることを思いつく。
「これなら…」
「おおっ!」
玄江がやったのは、木の幹を三角とびの要領で蹴りながら登っていく、バトル系の漫画ではよくある表現の再現だった。しかし…
「おわぁっ!」
木の高さの半分ほどまで登り上がったところで、木のほうが玄江の蹴りに耐えられずへし折れる。あわてて手近な枝につかまる玄江。
「なんともしまらんの」
半ばから折れ、降ってきた幹を後ろによけながらアルマが呆れたように言う。その目の前に、枝を飛び移りながら玄江がひらりと降り立つ。
「いざというときにうまくいけばいいよ。最初からうまくいくならそもそも練習なんてする必要がないしね」
「それはそうじゃが、見てる側からすれば間抜けすぎるの」
「ぐっ…」
分かっているだけに、面と向かって言われると堪えるものがある。
「しかし、運動性能が高すぎるな…うまく制御できてない。あと、身長が変わったからか、感覚がずれる…」
実は枝を飛び移っていたときも、飛びすぎて踏み外しそうになっていたことはアルマには内緒である。
「大きく動くよりは、まずは制御するところからか」
両足を揃え、玄江は大きく息を吐くと身体を制御下に置くべく、ゆったりと動作する。中国武術系の流れるような動きだ。両の掌を上に向け、息を吐きながら胸からへその高さに下ろす。
腰を落とし半身になると、感覚を確かめるようにゆっくりとした右の突き。一歩踏み出して左の肘。内から外へ大きく弧を描くような右の蹴り。猫足で反転しながら左の払い。
玄江はさらに10分ほど動き続ける。時にゆったりと、時に鋭く。端から見れば、それは演舞と呼べるものであった。
だんだんと鋭い動きの割合が増え、演舞から実戦の型へと動きが変化する。
ふっと鋭く息を吐くと、震脚。足から腰、腰から腕へと、踏みしめた力を余すところなく伝え、木を思いっきり殴る。大砲をぶつけたような音とともに、玄江の胴の倍くらいの太さの幹が大きく陥没する。
間をおいて、陥没した部分を基点に木がゆっくりと傾き出したが、他の木に引っかかったのか、倒れる半ばで止まる。代わりに大量の葉が降ってきた。
「チートもいいとこだけど、まだリーチが微妙にずれるなぁ。力が乗り切ってない」
それが素手で木をへし折った玄江の、素直な感想だった。
episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月9日午前0時頃を予定しています。




