episode01-20. 後始末その1
静けさの戻った森の中、ところどころに出来上がった土の山の一つがもぞりと動き、ラグアルディアが顔を出した。
『うぇっ、ぺっ、ぺっ。口の中がじゃりじゃりするぅ…』
飛ばされたときに口の中に入った土を吐き出したラグアルディアが辺りを見回す。耳の中にも土が入ったのか、しきりに耳をいじっている。
そこは、すでに森とは呼べなかった。
一点を中心に、木々がなぎ倒されている。倒れた木々の向こうにフィラートの城壁が見えることから、衝撃波は森の端まで届いたのだろう。
ずぼりと土に埋まった足を引きずり出し、ラグアルディアは中心部に向かってそろそろと歩き出す。きょろきょろと落ち着きなく周りを見渡すも、隠れることの出来る木など立っているはずもない。
太い幹を乗り越え、ごろりと転がる大岩を避け、辿り着いた先には、小さな盆地が出来ていた。えぐられた地盤が傾斜をつくり、高温に晒された石があちこちでガラス状に変質している。
『これが、竜の力…』
あまりにも圧倒的な暴虐の跡に、知らず、ラグアルディアの体が震える。
その盆地の中心からやや外れたところに、二つの人影があった。
ひとつはアルマ。さすがに衝撃波の余波は避け切れなかったのか、その衣装は土に汚れている。
もうひとつは玄江。意識を失っているのか、土の上に横たわり、アルマの膝枕をされている。その服装はぼろぼろで血に汚れた上、あちこちにかぎ裂きができている。右のわき腹にはひときわ大きな穴が開いていた。
「ふむ。小娘のほうが先だったかや。ほれ、ぬしさま。起きなせ」
アルマが玄江の頬をぺちぺちと叩く。
玄江がわずかに顔をしかめるも、それ以上の反応はない。
ゴスン、と痛そうな音が響いた。
「ぐおおぉぉ…」
顔面にいいものを喰らった玄江がごろごろと転がる。
「うむ、起きんしたや」
「おおぉぉ…もっとましな起こし方は!なかったのかな!?」
「それで起きなかったぬしさまが悪うござんす」
「くっ…!」
言葉は通じずとも、なんとなく言っていることが分かってしまう漫才じみた掛け合いに、ラグアルディアはぽかんとする。
これが本当に、先ほどまで超常の力を撒き散らした人物なのだろうか。
遅まきながらラグアルディアの視線に気付いた玄江が、取り繕うようにごほんと咳をする。辺りの惨状に今頃気付いたかのように辺りをぐるりと見回した。が、クレーターとも呼べるような盆地の底近くにいるため、周辺の様子は見えない。
仕方なしに崩れやすい斜面を登り、その縁に立って、改めて周囲を見回す。相当の範囲で木が倒れているものの、遠くには無事な木も見えるから、範囲としてはせいぜい2~3キロメートルというところか。
「まるでツングースカだな」
玄江が、1908年の事件を引き合いに出す。ツングースカの隕石爆発では、倒木の範囲は半径30キロメートルだったというから、規模としては格段に小さい。
そもそも、自然災害と個人の暴走が引き起こした結果を比較すること自体が間違っているとも言うが。
半ば朦朧としていたが、羽を出したことは覚えている。暴走したことも織り込み済みだ。暴走の結果は玄江の想像を上回っていたが、一応目的は達したといえる。
「…帰るか」
すでに日は落ち始めている。
ぽつりと呟いた玄江の言葉は、風に流されて残る二人の耳までは届かなかった。
◆ ◆ ◆
玄江の暴走による衝撃波がフィラートを叩いたとき、フィラート領主アルディア・ミルトス・ラナ・ベルナーシェクは執務室で頭を悩ませているところだった。
『な、何が起きた!?』
尾を引く轟音とビリビリと鳴り響く窓ガラスに、先の救出劇でかかった費用の仮計上書を放り出したアルディアは窓辺に駆け寄る。
しかし、3階に位置する執務室からは街壁の外までは見通せず、テラスのない執務室からでは、震源地となる玄江のいる方角を望むことはできなかった。
(紋章獣の襲撃か、どこぞの馬鹿が暴走でもしたか。もしや大侵攻か?いや、それにしては前兆が一切なかった)
未踏領域に近く、大型獣や紋章獣の出現に事欠かないフィラートでは、対獣戦闘は頻繁に発生する。それだけにその脅威もよく知っている。対応が後手に回ればそれだけ領民に被害が発生する可能性が高くなる。
結局アルディアは報告が届くまでの時間を、何が起きたのかも分からず、ピリピリしながら過ごすこととなった。
届いた第一報は、要領を得ないものだった。
いわく、巨大な岩の柱ができた。
いわく、紫色をした光の帯が漂っていた。
いわく、光の柱が見えた。
いわく、森の一部が消えた。
見張りが見張り塔から転げ落ちて骨折した。
それぞれの現象が繋がらない。が、緊急の事態において虚言を領主に伝えるほど愚かな部下は、アルディアの下にはいない。となれば、すべて実際に起こったことなのであろう。
首をかしげながらも、アルディアは領軍編成の指示を飛ばす。同時に自らも指揮装束に着替える。
内容はちぐはぐだが、何かが発生し、その結果は存在している。
森の一部が消滅するほどのことであれば、紋章獣、それも中級以上が関わっている可能性が高い。そのための領軍編成だ。
懸念が外れていればそれに越したことはない。
それに、フィラートを知るものなら多少の過剰対応を笑う者はいない。なにせ頻繁に襲撃が発生しているのだ。慎重になりすぎて領民を危険に晒す方がまずいことくらい、誰でも理解している。
領軍二千のうちの一割、二百を南門に集結させている。戦闘の可能性があるため規模はそれなりに大きいが、主目的は何が起こったかの調査である。人数が少ないのも、半数を騎馬部隊にしたためだ。
これが万を超える獣による大侵攻と分かっていれば、ほぼ全軍を編成した上でアルディア自身が先頭に立つところであるが、今回は経験豊富な大隊長を立たせる。その間にアルディアは、領主として領民の不安払拭に奔走する。
アルディアが着替えているのは、南門まで赴き、編成した領軍に直接声をかけるため。その場で指揮権を大隊長に委ねるためである。
『馬車の準備が整いました』
『すぐに出る』
最低限のやり取りで済ませ、アルディアは部屋を出た。
* * *
ベルナーシェク家の紋を掲げた馬車から降りたアルディアを迎えたのは、街壁に沿って広がる広場に整列した領軍と、遠巻きに見守るフィラートの住人だった。
南門の門番小屋の周りでは、戻ってきたものに対し、聞き取り調査が行われているようだ。
『アルディア閣下、編成につきましては完了しています』
『うむ。追加で判明した情報はあるか?』
『森の一部が消滅したと報告いたしましたが、正確には消滅ではなく、衝撃波によって木が倒されていたとのことです。日も落ちてきましたので、これ以上のことは現地に赴いてみないことには…』
『ふむ…』
情報としてはあまり変わりない。もうすぐ日も落ちてしまう。
ここで時間を無駄に使う選択肢はない。
アルディアの決断は早かった。
『領軍の諸君!』
アルディアが、領軍だけでなく領民にも聞こえるよう声を張り上げる。ここで領主が先頭に立って対応していることを示せば、それだけ領民の不安も薄まる。
『現在判明していることは少ない。戦闘が発生する可能性も高い!しかし、諸君らに課せられた任務は、何が起こったのかを解明し、情報を持ち帰ることである!そのことを胸に留めておいてもらいたい。以後の指揮は第一大隊長ユーケルに任せる。以上だ』
『ユーケルだ。時間が惜しい。騎馬部隊は先行。日没までに現着、調査を行う』
アルディアの必要最小限の短い演説を引き継ぐように、大隊長も必要なことだけを告げる。
騎馬部隊が騎乗する。
『出発!』
領軍の行進を眺めていたアルディアだが、ふと、入れ替わるように入ってきた人影に気付く。
見覚えのある顔に、アルディアの中である仮説が閃く。
気付いたときにはアルディアは走り出していた。
* * *
『クロエ殿!』
倒木を超え、大岩を迂回し、街道に辿り着いてからさらに一時間。ようやく辿り着いたフィラートで、二人と一人を出迎えたのは重鎧に身を包んだ領軍と、フィラート領主アルディアだった。
といっても、領軍は街の外に向かっており、玄江たちを狙ったものではない。
アルディアが、豪奢な衣装を着込んでいるにもかかわらず、走ってきた。
これはまずい、と玄江は思う。外へと向かう領軍は、玄江の暴走跡地に向かっているのだろう。
そして玄江の今の格好は、ぼろぼろである。外で何かやらかした、あるいは巻き込まれたことは明らかで、確実に追求される。
森を破壊した責任を問われないなら話してしまってもいいのだが、その保証がない。自然、どう誤魔化すかに思考が偏ってしまう。
「これは、アルディア様。いかがなされました?」
『街の近くで原因不明の爆発があったそうでね。ちょうど調査隊を派遣したところだよ』
「あぁ、なるほど。確かにありましたね。私も近くにいましたよ。もっとも、気絶したので途中までしか見ていませんが」
少なくとも、嘘は言っていない。実際、玄江は途中で気を失ったので、最後のほうは覚えていない。
『ほう、それは災難でしたな。クロエ殿が覚えている範囲で構わないので、教えていただけないかな。なにせ情報が錯綜しているのでね。近くで見たものの証言があると助かる』
「覚えているのは多くありませんよ?青白い焔、岩の柱、紫の光の帯。このくらいですね」
『ふむ…』
アルディアは情報を整理する。後者ふたつは報告にあった。しかし、青白い焔は初耳である。順番からして初期に起こった現象だろう。
報告になかった原因として思いつくのは二つ。見張りや他の者が気付く前に収束したか、それとも、森が壁となり遠くから見えなかったか。
どちらの可能性も考えられるが、後者であれば、玄江が知っている理由として、アルディアの仮説――クロエが原因――が成り立つ。しかし、現在の手持ちの情報では断言するには足りない。竜種と見込んでいる玄江が、何を持って不快と判断するか分からない以上、下手につつくこともできない。
アルディアは、玄江たちの後ろにいる少女を見る。おそらくは何でも屋であろう少女は、アルディアを前にしてかちこちに緊張している。少女は玄江たちと一緒に入ってきたように見えた。となると、この少女が突破口になるか?
『ところで、クロエ殿はなぜ外に?』
アルディアの質問に玄江が顔を顰める。その表情にアルディアは仮説が正しかったかと期待する。その玄江が、声を潜めた。
「羽でしたか?恥ずかしながら私はいまだ出すことができませんで。初めて出したときは暴走することがあるとのことでしたので、街から離れた場所で練習していたのですよ」
アルマがアルディアに近づいて、耳打ちするように通訳した。
想定外の内容に、アルディアは『そうでしたか…』と返すことしかできなかった。
玄江もまた、ひやひやである。
アルディアとの間の貸し借りは解消した以上、下手に嘘をついたら、ばれた時に切ることのできるカードがない。
さらに言えば、後ろには全部を見ていたラグアルディアがいる。口を挟まれれば、うまく隠した部分までばれてしまう。
アルディアもラグアルディアのことを見ていたので、後で追求される可能性もある。うまく誤魔化すように頼めば、嬉々としてパーティーへの組み込みを交換条件に提示するだろう。
かといって全部話したら、森を破壊した責任を問われるだろうし、あるいは高実力者として拘束される可能性もある。
(あれ?これって詰んだ?)
放置した玄江の負けである。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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