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episode00-02. 青年の願い

プロローグは二話連続投稿です。ご注意ください。

 燭台の灯りが揺れる部屋に沈黙が降りる。

 片やドドンと擬音が背景に付きそうなポーズで何かをやり遂げたかのような顔の黒髪の青年。片や、言われたことを咀嚼できず、目を丸くした赤毛の美女。


 沈黙の帳を破ったのは、美女の方だった。


「――――ほう?」

「自分から言っておいてなんだが――できるのか?幻覚とかでなしに」


 悪魔や精霊が無茶振りをかなえる手段の一つとして、夢オチや幻覚を用いることがある。


「異世界、ね。可能といえば可能でありんす。そも、わらわが世界も、ぬしさまからすれば異世界でありんすからの」

「あー、それもそうか。よし、よし!」


 小さくガッツポーズをする玄江。


「では、ぬしさまの望むに近い世界に連れて行きんすからこちらへ」

「あー、その前にいいか?」

「なんでございましょ」

「異世界旅行とは言ったが、いくつか条件をつけたい。条件をつけても願い事はひとつだろう?」


「む…確かにそのとおりではありんすが」

「俺のつける条件は、満足できる異世界旅行だ。さすがに行ってすぐ死にましたは勘弁願いたいからね」

「まぁそうよの」

「だからこそ条件を付ける。世界を安全に見て回れるだけの体と、パートナー兼案内人。それが俺の条件だ」

「なかなかに欲張りだのお。条件と言いながら実質ひとつの願いに複数の望みではないかや」

「アバウトだと、アバウトなりの結果しか返ってこないってのはいろんなおとぎ話や伝説を見れば分かることだしな。本当ならもっと細かく条件をつけたいところではあるが、最低限はそんな感じだ」


 実際、願いをかなえる類の話で教訓的なものはいくつもある。ギリシア神話のミダース王はその最たる例だ。触れたもの全てが金になる力を願い、その通りになったが、娘や食べ物まで金となってしまった。

 家族を失い、飢えたミダースは授かった力を憎み、力から解放された後は富と贅沢を目の敵にしたという。


 このような伝説や御伽噺はそれこそいくらでもある。

 その中から玄江は、身の丈に合わない願いは身を滅ぼすという、一般的な教訓でなく、願うにはきちんとした条件付けが必要だという別の解釈を得ていた。具体的に言えば、先の話を例に取ると、生物と食べ物を除くとか、逆に石のみを金にするといった条件を設定しておけば問題なかったということになる。


「ふむ…」


 玄江の願いはひとつの願いとして認められるかどうか。アルマがあごに手を当てて考え込む。実のところ玄江も、屁理屈に近いことは自覚していた。


「まぁ、できんこともないか」

「よしっ!」


 アルマの肯定に、小さくガッツポーズを作る玄江。


「そもそもぬしさまはなぜ異世界を望むのかや?」

「俺な、僻地専門のバイヤーしてるんだけどさ。その関係で世界中のすばらしい景色ったやつの大体はすでに自分の目で見てしまってるのよ。そうすると、未知の景色ってのがなくなって、ワクワク感が失われてしまうわけで」

「なるほどの。この世界の見るべき所は見尽くしたと」

「そんなところ。それにまぁ、俺って世間ではオタクと呼ばれるやつに分類されるんだよね。その趣味が高じてってのもある。やっぱ、剣と魔法と冒険の世界とか憧れるしな」

「この世界もそうだったはずなんだけどの」


 呆れ声で返すアルマ。


「今じゃ伝承の中にしか存在しないさ。代わって今は科学全盛の時代だ。ライターひとつで火を起こし、蛇口を捻れば水が出る。電気のおかげで夜も明るく、空には鋼鉄…いや、アルミ合金だっけか?とにかく、飛行機が飛ぶ。地球の裏側でもほぼリアルタイムに連絡が取れて、どの国にいても自国の本が電子データとして購入できる。おかげで出先でもラノベが読み放題だ」

「…話を聞くだに、ぬしさまの知る世界のほうが魔法じみているように思いんす」

「まぁ最後まで聞けって。確かに行き過ぎた科学は魔法と区別が付かないと言われてるよ。でも逆を返せばあらゆることが分析・解析され尽くして、未知というものが極端に少なくなっている。それじゃ俺は満たされないんだ」

「探求者でありんすの」

「まぁそういうことだ。ファンタジーをアニメやラノベに求めるのはもう飽きたんだよ。VRMMOもまだだしな」


 VR――ヴァーチャル・リアリティに必要な技術の基礎はすでに存在している。脳波の血流と電気信号の流れから被験者が見ている図形を読み取ったり、逆に視神経に外部から信号を送ることで全盲の患者に光を与えるといったことも可能になっている。

 が、全感覚を読み取り、フィードバックするには至っていないし、医療用として研究が続いている段階だ。娯楽用に提供されるにはまだまだ時間がかかる。


「なるほどの。なにはともあれ、金や権力や不老不死なぞより、面白そうじゃ」


 結局、基準はそこらしい。


「条件はそれだけかや?」

「もっと細かくてもいいのか?」

「いまさらな質問だの。かなえられるかは別として、言うだけならタダでありんすよ」

「なら、文化レベルは中世から近世程度だな。行った先が縄文時代だとさすがに困る。パートナーは女の子な。もちろん美人で。あとは、獣人とかエルフとかファンタジー種族がいて、モンスターがいて、そうだな、月が三つくらいあ「多いわ!」


 一気にまくしたてる玄江に少し引き気味となるアルマ。


「とりあえず、ぬしさまには行き先についてそれなりに具体的なものを持ってることは分かりんした。わらわにできる範囲で最大限かなえましょ」

「そこは、最大限で頼む」


 大真面目な顔をして頼む玄江に、引き気味だったアルマが苦笑する。


「他に注文はありんせんかや?」

「んー…こんなもんか。準備もしたいから三日後くらいでいいか?」

「その必要はありんせん。もともとぬしさまの体や身に着けているものは持ち込めないからの。そうさの、エイドスのみを送り、ヒュレーは現地調達する、といえば通じるかや?」

「精神だけ転移して肉体は現地調達ってことか」

「おおむね合っておりんす。そも、ぬしさまの体は向こうの世界にとっては異物であり、未知のものとなるからの。下手したら病が蔓延しんす」


 異世界というからには、伝染病の類や、ウィルスの種類も違うだろう。

 もし玄江の体についていた菌が異世界では未知のものであった場合、その結果がどうなるかは想像に難くない。


 現に地球上でも、パタゴニアに存在したヤーガン族と呼ばれる民族が、宣教師によってもたらされた細菌・ウィルスによって全滅したという事例などがある。


「さすがに目が覚めたらゴブリンでした、は勘弁してくれよ?」

「…それもありかの」

「やめてくれ…」


 心底嫌そうな顔をする玄江を見て、アルマがくつくつと笑う。


「ぬしさまよ、もう一度こちらへ来てくりゃれ」


 アルマが空中で手招きし、玄江は腰掛けていたスツールから立ち上がる。

 先ほどまでとほぼ同等の距離までくると、アルマがついと手を伸ばし、玄江の頭に触れる。


「ぬしさまはなかなかに細かい注文があるようだからの。こうして直接読んだほうが確実よ」

「精神だけってことは、体はここに残るのか?」


 髪の毛越しにアルマの手のひらの感触を感じながら玄江は確認を続ける。


「そうさの。後始末も必要じゃし、しばらくわらわが使わせてもらっても?」


 部屋に残る魔法陣はそのままにしておけない。触れた髪の感触を楽しむようにアルマが玄江の頭を撫でる。


「そのくらいはかまわない」


 くすぐったさに玄江が目を細める。


「まぁ、ぬしさまの望む後始末くらいはしておきんす。では、またの」


 何がまたなのか、と聞く時間はなかった。

 髪の毛越しに伝わるアルマの手のひらの感触と、細められた美女の瞳に移る己の姿を最後に、元の世界での玄江の記憶は途切れた。


 * * *


 蜀台の灯りが揺れる部屋に、二つの影がある。ひとつは宙に浮く赤毛の美女。もうひとつは床に横たわる青年。


「ふむ、限界かの」


 美女の指先がさらりと解ける。本来であれば水鏡を通してやり取りをするところを、無理を押して水とワイン、盆と杯を構成する真鍮を使って顕界したのだ。張りぼての体が長く持つはずもない。


 美女が唇を三日月に歪める。


「まぁ、ぬしさまの言質も取ったことじゃし、しばらくは体を借りて遊ぶとするかの」


 美女――アルマが音もなく地に足をつけ、玄江の体にそっと手を添える。アルマの体がさらさらと解け、玄江の上に真鍮の粉が降り注ぐ。

 程なくして、アルマの姿が完全に消え失せた。代わりに、玄江の指先がピクリと動く。ゆっくりと体を起こすと、降り積もった真鍮の粉末が床に零れ落ちる。


「ふむ…」


 玄江の体に入り込んだアルマが、感触を確かめるように手を握り開きする。満足したのか、さっと体のチェック。


「なかなかに鍛えておるの。動くに不自由はなさそうでありんすね」


 くるりと部屋を見渡し、指をぱちんと鳴らす。

 床一面を覆っていた魔法陣が消えた。ついでに真鍮の粉もなくなっている。


「あとはこいつかや…残すべきか否か」


 綺麗さっぱりとした床の上に残っていたパピルスを手に、アルマはしばし考える。アルマを呼び出す魔法陣の記録としては、おそらく現存する唯一のものとなるだろう。

 ここで燃やし消し去っても良いが、そうするとアルマは二度と呼び出されることはなくなるだろう。


「どこぞの墓にでも放り込んでおくか」


 手を離してもなお宙に浮かぶパピルスを撫でると、パピルスがふわりと消える。いつかまた誰かが呼び出してくれれば。淡い期待をかけて、アルマは未発掘の墳墓の埋葬品にパピルスを紛れ込ませた。


「これで全部かの」


 香炉に残る燃えカスを捨て、部屋に漂う煙を窓から追い出し、ミネラルウォーターのペットボトルや軍手をリュックに放り込む。すべて片付いたことを確認すると、窓を閉め、蜀台の火を消す。唯一の光源はドアの外から漏れる蛍光灯の明かりのみとなる。


「はてさて、人の世はどれほど変わりんしたか。楽しみだの」


 楽しそうな笑みを浮かべたまま、玄江/アルマが部屋を出て、静かに扉を閉める。

 がらんどうの部屋に残るはスツールひとつのみ。


 ふわりと、追い出しきれなかった残り香が漂った。

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