episode01-17. 玄江の特訓
毎日更新に変更されています。昨日投稿分を読んでいないという方は、前話からどうぞ。
『こんにちは、これいくらですか?』
『お、そいつなら八角赤三枚だよ』
『ふたつお願い』
『あいよ』
あけて翌日、玄江は朝から外に出かけ、学んだばかりの言葉を使いながら買い物をしていた。まだ簡単な言葉のみとはいえ、最低限のやり取りは出来る。残念ながら値切りまではまだ厳しい。
なお、昨日はひとつの寝具で寝た二人だが、ベッドの上の攻防については割愛させていただく。
ただ、玄江の名誉と貞操は守られた、とだけ記しておく。
アルマを介せずに買った、野菜の串を二人で分けつつ、露店を眺めていく。
(いつまで着いてくるつもりかねぇ)
玄江もアルマも無視しているが、かなり後ろのほうから昨日のラグアルディアがあとをつけていた。同じ宿に泊まっていたようで、朝食を食べようと食堂に入った先にラグアルディアの姿を見つけた二人は、玄江の言葉の練習がてら、外で食べることにしたのだった。
玄江はこの一ヶ月を、言葉の勉強と剣の素振り、煌術の練習に使うつもりでいる。言葉についてはアルマから学べば問題ない。剣はそのうちどこかで型を習おうとは思っているが、まずは重さになれるためである。
奴隷商人の護衛を撃退したときはうまく止められず檻に当ててしまったため、玄江は慣れが必要だと思っていた。
そして煌術についてはまず羽を出せるようにならないと先へ進めない。
ホテルのメイド、オリエンナから聞いた話だと、出したときに暴走する可能性があるとのことだった。
玄江の体の元になっているのは竜種である。そして玄江はその力を余すところなく受け継いでいる。今こそ制御できる範囲でしか使わず、徐々に使える範囲を広げている段階だが、暴走ともなれば何が起こるかわからない。
そのため、羽を広げる練習は街の外で行うことに決めていた。
* * *
フィラートの街は、三角形に半円がくっついた形をしている。
森側を頂点とし、ソリュート川を底辺とした矢印の三角部分が一般区域、対岸をはさんだ半円の部分が領主および上流階級の屋敷群となっている。
フィラートの街にとっての一番の脅威は人ではなく、西部大森林、ひいてはその奥の未踏領域よりあふれ出る獣達であるので、その街壁も獣達を捌くような形となっていた。
街壁の外と内にはソリュート川から引いた水掘があり、東西南北にひとつづつ門がある。西門は三角形の頂点に位置する稜堡をはずしてやや脇にあり、防衛上の弱点となることを避けるため、あまり大きくない。玄江たちがエヴィリーナ一行とくぐった門がこれに当たる。
北門は上流階級の区域にあるものの、西門と同じくらいのサイズで普段は閉ざされたままとなる。要は緊急の脱出口である。
自然、南北ふたつの門が人の行き来の中心となり、特に朝方は、門を潜る順番待ちの行列が、内堀と建物の間に広がる幅50メートルほどの広場にまで溢れるくらいの混雑となる。
さて、玄江たちが買い歩きをしている露店街から一番近いのは、南門である。その門はエヴィリーナ達と通った門よりも立派で、門を通る道も太かった。すでに日は登っているが、馬車がどんどん入ってきている。露店主達の荷車はもっと早朝に通るので、商会向けの商隊が中心となっているようだ。護衛と思しき集団が、馬車から降りて暇そうに談笑している。
出て行く馬車もいるがピークはとうの昔に過ぎ、その数は入ってくる馬車の半分もない。軽くチェックされるだけでさっさと門を潜り抜けている。
何でも屋か傭兵だろうか、鎧を着込み、剣を佩いた集団が歩いているが、徒歩で門をくぐっているものはそのくらいだ。
『シーダーか傭兵の組合証はないのか?』
待つほどもなく順番が来て、請われるままに身分証を提示した玄江たちに門番が怪訝な声をかける。
「どちらも入っていませんよ。この剣ですか?」
剣が買えるのはシーダー、傭兵、領主の私兵、領軍くらいという話だったが、それ以外が持つのは禁止とは聞いていない。そのため玄江は気にすることもなく剣をぶら下げていたのだが、門番には気になったようだ。
『あぁ。シーダーでも傭兵でもないのに、あまり持っとくもんじゃない』
「こうして見せておくだけでも、身を守るのには便利なんですけどね」
『あー、まぁそうなんだが…まぁいいか。あんまり抜いて振り回すなよ』
「ええ、もちろん」
フードを脱いだ玄江と剣を見比べながら、仕方ないなあと頭をかいた門番が返してきた身分証を受け取った二人は、門の外へと歩き出す。
門の外には、さらに町が続いていた。といっても、街の中のように三階、四階建ての建物ではなく、木造の平屋建てである。左手を流れるソリュート川と街道の隙間を埋めるように、ずらっと並んだそれらの窓にはガラスも嵌っておらず、街壁の中と比べてみすぼらしく見える。
街道沿いにはぼろぼろの格好をした売り子が野菜や花などを手に、通行人に声をかけている。
「スラム化一歩手前ってとこか」
その様子を眺めながら歩いている玄江は、街壁の外の光景をそう評した。これで建物がバラック小屋だったらスラムと呼んで差し支えない。
フードを目深にかぶり、腰に剣を揺らす玄江に近づく売り子はいない。呼び止められることもなく玄江たちは悠々と街道を歩く。ソリュート川を挟んだ対岸には農地が広がり、所々で作業する人影が見える。見る方向を変えて、右手側にも農地は広がっていたが、規模はそれほど大きくない。遠くに見える晶葉樹の森からの客を意識しているからだろう。
「このまま農地を抜けたら森に入って、羽を出す練習をする。やっぱり魔法は使ってみたいからね」
道中、玄江がアルマに宣言する。
「後ろから着いてきているのはどうするかや?」
「とりあえずは放置だね。森に入ったら撒こう」
どちらも後ろを見てはいないが、離れた距離から着いてくるラグアルディアの処置について決める。森で迷子になられても自業自得だ。まぁ、日帰り予定だし、深くまで潜るつもりもないので迷うほどでもなさそうだが。
* * *
やや早足で街道を一時間弱。農地が切れた辺りで進路を森に向けてからさらに小走りで一時間。二人は森に分け入っていた。ちょっと遠いが、明日からは体を慣らすためにも、玄江は走るつもりでいる。スタミナはいまだ確認していないが、感触としてはマラソン選手以上の速度で走り続けるくらいは出来そうである。
森に入ってからは軽く飛ばし、10分程度走ったところで二人は小さな空間を見つけた。大樹が折れて横倒しになり、ほかの若い樹を巻き込んだようで、地面の上には大小複数の倒れた幹が横たわっていた。二人はそのひとつに腰掛ける。
「さて、羽を出すにはどうすればいいのやら」
竜の巣穴を出てからフィラートに来るまでの間も練習していたのだが、玄江は羽を出すことが出来ず、苦戦していた。
「背中に力を集めて、外に押し出す」とはアルマの言である。
「んー…力って、鎖でつながれていたときに感じてたアレのことかねぇ」
檻の中で感じた、体の中でナニカがずれている感覚。あのナニカが煌力なのだろうか。あのナニカについては檻を出てからも感じることが出来ている。へその下の丹田を中心に、体の中を循環している感覚。
「とりあえず試してみるか」
体の中のナニカが少しずつ背中に集まるよう意識する。が、なかなかうまく集まらない。
一度呼吸を整える。体の中のナニカが流れるラインを意識する。丹田を基点とし、螺旋を描きながら臍、心臓、喉、頭を通り、再び螺旋を描きながら丹田へと戻っていく。
(密教の風に近い流れなのか?)
ひとまず感じたことをアルマに伝えると、アルマとは感じ方が違うようだった。血管のように全身を巡っており、一番大きな流れは背中から頭、眉間、心臓、丹田、尾てい骨、腰と巡って背中に戻るという。要は体の後ろから前の、縦の流れだ。
(仙道の小周天に近いのか)
アルマのアドバイスを受け、玄江は再び体の中に目を向ける。玄江、アルマの二人が共通して感じ取ることが出来ているのは丹田である。
(丹田から尾てい骨への流れ…)
雑念が消えるくらいに深く集中していくと、玄江は細いながらもアルマの言う経路があることを感じ取れた。
(細いというよりも、どこかに門があるというか、せき止められているというか。スイッチが入っていないような感じだな)
玄江が何かの流れを小周天の方向に持っていこうとしても、うまく流れない。
「ふむ。小娘が追いついたかや」
特に瞳を巡らせるでもなく、アルマがつぶやく。が、深く入り込んでいる玄江には届かず、瞑想を続けるだけであった。
* * *
(何をしているのかしら…?)
朝から玄江たちの後をつけ、森の中を探し回ったラグアルディアは、ようやく二人を見つけ、二人が見えるか見えないかの位置で観察をしていた。
宿を移ってまで勧誘し、手ひどく断られたラグアルディアだが、それでもラグアルディアは玄江に取り入ることを諦めていなかった。ラグアルディアのシーダーの階級は中級の1。あと少しで上級なのだが、その、あと少しを超える実力をラグアルディアはまだ持っていなかった。
玄江の動きを見たのは喧嘩の仲裁のほぼ一瞬だけ。喧嘩を吹っかけてきた男達があまりにも弱く、気が抜けていたとはいえ不測の事態には備えていた。しかし、豹人族であるラグアルディアの感覚を持ってしても、玄江の動きを察知することが出来なかった。
反応できたのは玄江が足を踏み下ろし、ラグアルディアの投げたナイフを踏まれた後。それだけでラグアルディアは、玄江が自分と同等以上の実力を持つと判断した。
さらに、勧誘時のアルマの動き。見えないどころではなかった。何が起きたのか分からなかった。ナイフを切られたと理解できたのは、先端がテーブルの上に転がって、しばらくしてだった。ナイフを持った手にもほとんど衝撃はなく、どうやったのかいまだに分からない。この先10年修行しても、あの粋に達するどころか、どうやったら可能なのかを理解できすることすら怪しいんじゃないかとラグアルディアは思っている。
パーティーを組んでいないラグアルディアは、危険度の高い依頼をあまり受けられない。中級上位ともなればほとんどの何でも屋はパーティーを組んでおり、ラグアルディアの入る余地は残されていない。それはつまり、上級までの道が遠のくことに等しい。ここでフリーの玄江たちを引き込むことが出来ればその道が一気に短くなる。
自分より明らかに実力が上の者の不興を買っていることはラグアルディアも理解している。しかし、それでも諦められないくらいに玄江たちの魅力は強かった。
だからこそこうして二人を追いかけてきたのだが…
倒れた木の幹に座り、目をつぶる玄江と、その横に座って足をぶらぶらさせているアルマ。
何をしているのか、分からなかった。わざわざ獣の出る森の中に入ってまですることなのだろうか?
声をかけるべきと分かっているが、きっかけが掴めない。
すでにラグアルディアが観察し始めてから30分近くが経っている。二人があまりに動かないので周囲に向ける意識の割合が増えていた。
だからというわけではないかもしれないが。
ラグアルディアがそれに気付いたのは、アルマとほぼ同時だった。
バキバキッと木立をへし折り、高速で突き進む大型の獣。
ラグアルディアは慌てて二人の下へ走るが、警告は間に合わなかった。
ラグアルディアの目の前で、玄江が獣に弾き飛ばされた。
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episode01の残りは毎日更新でお届けします。次回更新は5月6日18時頃を予定しています。




