episode01-16. アキベカ
少女と別れた玄江たちは、午後二の鐘を境に店じまいを始めた露店を冷やかしながら、『花に包まれた』まで戻ってきていた。
『あら、おかえりー。おゆはん食べるー?』
カウンターで書き物をしていた女将が、のんびりした口調で出迎える。食事は別料金なのだが、それが当たり前であるかのように聞いてくる。
「ええ、お願いします」
アルマをちらりと見、頷くのを確認した玄江が返す。アルマは結構な食べ歩きをしていたのだが、まだ食べるらしい。
『お魚とお肉とお野菜、どれがいいー?』
「魚は何がありますか?」
『お魚はぁ、今日はアキベカよー。なくなったらサゴナバーだったかしら』
聞いたところでどんな魚か想像がつかなかった。が、少なくともこうしてメニューとして出している以上は食べても問題ないだろう。未知を楽しむためにこの世界に来たのを思い出し、玄江は不安を無視することにした。どんな魚かは、料理が出てくれば分かるだろう。
「ではそれを二人前で」
『はーい。でも注文は中でねー』
宿屋の受付に食堂の注文をしても受け付けてもらえるわけがない。失敗に苦笑しつつ、玄江たちは食堂の扉をくぐった。
* * *
ミノカサゴのような、巨大な鰭をこれでもかと広げた魚が、これまた大きな口をめいいっぱいに開いて、皿の上に鎮座している。鍬形――五月人形の兜のようなブーメラン型の角――のようなものが頭から生え、天に向かって伸びていた。
茶色の衣を纏い、姿揚げにされてなお威風堂々としたその姿は、ナイフを入れることを躊躇するほど、インパクトがあった。
『こちら、いいかしら?』
二人に声がかかったのは、届いた料理のインパクトに絶句し、気を取り直して口を付け始めたタイミングだった。
食堂自体は大きなものでなく、20人も入ればいっぱいになる。空きテーブルがなくなれば、4人テーブルに座る玄江たちに相席の声がかかる。ファミレスでもないし、こういうのは普通である。
「ええ、どうぞ…?」
顔を上げた玄江の先にいたのは丸みを帯びた三角の耳を持った、先ほど別れたばかりの少女だった。
『こんばんは、さっきぶり』
少女もまた玄江たちのことを覚えていたようだ。注文を取りにきた店員の少女に肉定食と安ワインを頼むと、改めて玄江たちに向き直る。
『さっきはありがとね』
「いえいえ。乱入しなくても大丈夫だったようですし、むしろ余計なお世話をしてしまい申し訳ない」
『あれくらい問題ないわ。それよりも』
少女がずいと体を乗り出す。その耳がぴくぴくと忙しなく動く。玄江からは見えていないが、尻尾もフリフリと揺れていた。
『あなた、強いわね』
確認ではなく断定。なんらかの確信があるのだろうか。
「そんなことはないですよ。嗜む程度に武術は学びましたが」
玄江は日本人らしく謙遜で返す。同時に本音でもある。居酒屋で仲良くなったおっちゃんやら、道場を開いている知り合いやらに習いはしたが、達人と呼ぶには程遠いと玄江は思っている。ちゃんぽん武術なのではっきりとはいえないが、技術だけならばおそらく二段、三段程度だろう。事実、酔っ払いのおっちゃんに軽くあしらわれてへこんだこともある。
今の玄江を強いと評するなら、それは竜の体から生まれる膂力と速度のおかげである。
『さっきの動き、判断力。絶対弱いわけないわよ』
「はぁ、ありがとうございます」
『それでね、あたしはラグアルディアって言うんだけど、一緒に依頼受けない?』
「…は?」
唐突な流れに言葉を返せない玄江。
『あなた、何でも屋でしょ?剣を持ってるけど傭兵には見えないもの』
「いえ、違いますが」
『あたしもシーダーなの。だから一緒に…え?』
「だから、違いますよ?」
そういう返答を想像していなかったのか、呆けるラグアルディア。耳の動きも止まっているのを見て、分かりやすいなと玄江は思う。こんなに分かりやすくて、獣人はブラフは使えるのか?どうでもいいことを玄江は考えていた。
テーブルに体を乗り上げていたラグアルディアがすとんと椅子に座るのを見計らったかのように、店員の少女が『お肉定食でーす』と料理を置いていく。
『え?じゃぁ、あなた傭兵なの?』
「傭兵でもないですね」
再起動したのか、ラグアルディアが新たな質問をするも、玄江はにべもなく否定する。骨を取り除いたアキベカの身を小さく分けて器用にフォークで食べる。見た目はいかめしいものの、中まで火の通ったその身は、岩魚に似た淡白な味だった。
玄江が喋るたびに通訳しているアルマは、食べるタイミングがつかめないのか迷惑そうな顔を隠そうともしない。
『シーダーでも傭兵でもなければ何なのよ?まさか領軍とか言わないでしょうね?』
「まさか。ただの旅人ですよ。料理、冷めますよ?」
『旅人って…というか、剣を持ってるのにどこにも登録してないの?』
「ええ」
ラグアルディアが手に持ったナイフをダンッっと肉に突き刺す。肉汁が飛んだのか、アルマが顔をしかめた。
『飯のひとつもゆっくり食えぬのかや?』
『あっ、ごめんなさい。じゃなくて!ほんとにどこにも所属してないの?』
「特に登録する理由もないので」
『信っじられないわ』
「なぜ、そう思われるので?」
あきれた表情のラグアルディアに対し、それだけの実力があるのにもったいないとか、そんなところだろうと思いつつ、玄江は一応聞いてみる。
『それだけの実力があるのに、活かそうとしないなんてもったいないじゃない』
「それだけの実力、といいますが、喧嘩を止めたくらいで判断するものではないですよ」
『謙遜も過ぎれば不愉快だわ』
ざくざくと荒々しく切った肉を口に運ぶラグアルディア。謙遜じゃないんだけどなぁと思いつつ、やたらと食い下がるラグアルディアの狙いを考える玄江。まぁ、一緒に依頼をと言っている時点でスカウトなのだろう。
『…なら、シーダーじゃなくてもいいから、あたしを手伝ってみない?』
皿の上の肉が半分くらい消えたところで、再び口を開くラグアルディア。玄江の皿に鎮座していたアキベカも、見るも無残な姿となっている。
『あたしはもう少しで上級だし、一緒に行動して損はないと思うけど?』
何がどう損はないのか。玄江にはさっぱりである。そもそも、常識も仕入れ切れてないうちから誰かと行動することは考えていない。
「…せっかくのお誘いですが、しばらくは街を見て回るつもりなので」
『いいじゃない。あたしが案内してあげるわよ!』
「大丈夫です。そこまでご迷惑はおかけできません」
『あたしがいいって言ってるんだから問題ないわ。なんでそんなに断るのよ?』
ピッとナイフで玄江を指してラグアルディアが問う。
キンッ と音を立てて、ナイフの半ばから先が落ちた。
『ナイフで人を指しなんし。作法のひとつくらい守りや』
ラグアルディアの横に座っていたアルマが表情少なく告げる。アルマの正面に座る玄江の目には、わずかな残像ではあるが、アルマが目にも留まらぬ速度でナイフを振ったのが見えた。同じ材質のナイフで、かつ先端が飛んでいくことなく切り落とすなど、どのような技量を持ってすれば可能なのか、玄江には想像がつかない。
アルマはそれきり口を開くことなくアキベカの身をほおばる。どうやらラグアルディアの応対で食事が進まないことが気にいらず、マナー違反を犯したことでイライラが振り切れたようだ。
『えっ…?』
先のなくなったナイフを持ったまま、ラグアルディアが絶句する。何が起こったのか把握できていないらしいが、その尻尾の短い毛が逆立っていた。ラグアルディアが固まったのをこれ幸いと、玄江も残った料理に手をつけた。
『ちょっと!今、何したの!?』
アルマは耳元で怒鳴るように聞くラグアルディアに顔をしかめつつも相手にせず、スープを飲む。ラグアルディアの金切り声に周囲の注目が集まる。
『ねぇ!聞いてるの!』
『お客様?あまり騒がれると困るんですけどー』
『あっ、ごめんなさい…』
店員の少女に注意され、ラグアルディアの声が小さくなる。が、追及の声は緩めようとしない。アルマはすべてを聞き流し、そうこうしているうちに食べ終わった二人は席を立つ。ラグアルディアの料理は半分近く残ったままだ。
「では、お先に失礼」
『あ、ちょっと!?』
騒ぐラグアルディアを残し、食堂を後にする。部屋まで追ってきたら困るなぁと、階段を上りながら玄江は思った。
* * *
受付でもらった蝋燭を備え付けの蜀台に乗せて火をつけると、部屋の中がぼんやりと照らされる。小さなガラス窓から見える外もすでに日は落ち、部屋の中に入ってくる光もない。
「初めて食べる魚だったけど、うまかったな」
「そうでありんすな」
玄江は買ってきた鞄を床に放り投げると、今まで使っていた袋の中身をベッドの上に広げる。
小鍋と鍋蓋、木のコップ、木のスプーン、塩と香辛料の入った袋、予備のナイフ、ロープ、水袋、布巾代わりの布切れ、仕立ててもらった服一式、宝石の入った小袋、身分証と旅客証の入った筒。
買ってきた鞄には布がひと巻き、針と糸と鋏、鉄串、歯ブラシもどき、下着、靴下、読み書きの練習用のぼろぼろの絵本、財布小分け用の袋。絵本は残念ながら蝋燭で照らされた室内では読めそうにない。
「あぁ、タオルを買い忘れたな。今日は体を拭かなくてもいいか」
一通り広げて、玄江は足りないものを確認する。
一ヶ月はここに留まるつもりなのだから、その間に揃えばいいと玄江は割り切っている。思い出したときが買い時だ。
「回復薬的なものはあるのかねぇ」
何でも屋組合で聴いた話の中には薬師の名前が出ていた。ポーション的なものがあったらいいなと期待しながら、玄江は広げた荷物を鞄に詰め込む。ウェストポーチには、小分けにした硬貨の入った袋を入れる。
10分もかからず荷物整理も終わり、玄江はアルマを相手に言葉を勉強するのだった。
◆ ◆ ◆
小さな会議室程度の部屋に重厚な机が置かれている。
部屋の調度品はひと目で高級品と分かるものばかりで、この部屋の利用者達の財力を物語っている。
部屋の住人は二人。直立不動の姿勢で立つ二十代後半の犬耳の女性と、これまた机にふさわしい重厚さを持つ椅子に座る、見た目三十過ぎの女である。こちらは丸い獅子の耳である。
「それでは、次の報告です。フィラート領の件ですが、令嬢の回収に失敗しております」
「ええ、そうね。言われなくてもとっくに届いてるわ。なにせ領主じきじきに門まで迎えに行ってるくらいだもの。まったく、お客様からの信用が無くなっちゃうわ」
犬耳の女性の声に、獅子耳の女が口を挟む。困ったような物言いだが、ペンを弄びながら放つその口調はつまらなそうだ。
「運び屋も捕縛されています」
「そいつから何か漏れる可能性は?」
「今まで運んだ荷物の行き先くらいでしょう。荷物の顔は見ていても、身元までは教えていません」
「ふうん。うちに繋がらないなら捨てていいわ」
「承知いたしました」
「続きの計画に支障は?」
「エヌについては森の中で待機させています。が、一体では足りないかと」
獅子耳の女がペンで遊びながら、もう片方の手をついと机の上のファイルに手を伸ばす。
「もともとの計画では令嬢で上位者を散らせ、その間にエヌをけしかけ、手薄になったところをばっさり、かぁ。三体くらいに増やしたら何とかなるかしらね?」
「おそらくは。しかし、不確定要素があります」
「不確定要素?」
「運び屋の護衛のうち一人が帰還したのですが、令嬢の救出者がオルステッド鋼の檻を素手で破ったと」
くるくる回るペンがぴたりと止まった。
「オルステッド鋼を?それは確か?」
「はい。幻覚でも見ていない限り、間違いないようです」
「その救出者の情報は?」
「上級貴族並みの美貌を持つ女の二人組みとしか」
あまりに少ない情報に、獅子耳の女が舌打ちを放つ。
「使えないわね…エヌ、はもういないか。ズィーを二体追加しなさい。並行して、そいつらの情報を集めなさい」
「承知いたしました。それでは次の報告です――」
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episode01の残りは毎日更新でお届けします。次回更新は5月5日18時頃を予定しています。




