episode01-15. 喧嘩する少女
何でも屋組合を後にした二人は再び商業区を歩いていた。先ほどは荷物もあったので、服と軽く食べ物を買ったくらいで長居はしなかった。
最初に向かう店は鞄屋である。今の二人は手ぶらだから、買い物をするにも入れる袋がなければ始まらない。
店を探すのも面倒なので、店舗を構えて営業している店に適当に入る。露店よりは高いだろうが、その分品質は安定しているだろうと期待を込めての選択だ。
デザインより耐久性を重視した鞄を店頭においてある店を選んだだけあって、要所要所に補強の入ったリュックとウェストポーチを手に入れることが出来た。アルマ用にはデザインを重視し、着ている服に合わせた肩掛けの鞄を購入した。
次に向かった先は布屋であった。
玄江は適当に木綿に似た生地と同色の糸を選ぶ。伸縮性のある生地のほうがよかったのだが、そこまでいい生地は置いていなかった。針と鋏も金物屋の取り扱いとなるとのことで置かれていなかった。
「何を縫うのかや?」
「Tシャツだよ」
「仕立ててもろえばよかろうに」
「仕立て屋は高級路線だからね。シャツ1枚だけだと断られるよ」
玄江の言うとおり、通りに並ぶ仕立て屋は今で言うところのフルオーダーメードやオートクチュールを扱う店である。生地も縫製も刺繍も技術の粋を追求するのが仕事であり、貴族でもない玄江がそんな店に、構造もシンプルなTシャツの作成を依頼したところで馬鹿にするなと店を追い出されるのがオチである。
「先の下着を買った店なら?」
「作ってはくれるだろうけどアイデアを盗まれるだろうね」
何せ構造がシンプルなのだ。模倣するどころの話ではない。この世界に特許の概念があるかは不明だが、先鞭をとって多少の儲けを得ることくらいは出来るはずだ。
「というわけで、やるならどこかの商会にネタを売ったほうがいい。あぁ、御用商人でも紹介してもらえばよかったな…」
アルディアの紹介であれば信用の置ける商人と縁を繋ぐことができただろう。フィラート発のファッションということにしてもらえばアルディアにも利のある話となるので貸し借りは発生しない。
「次はアルマの下着か」
女性がファッションにこだわるのはどの世界も変わらないようで、男性向けはないのに女性向け下着の専門店はあった。ブラはなく、キャミソールとパンティーである。ショーツはそもそも半ズボンのことで、日本でそう呼んでいるのは90年代後半の下着業界の販売戦略の結果である。
『いらっしゃいませ!ご姉妹でお買い物ですか?』
「うん、もうその反応は予想できていたよ…」
にこにこと笑顔で出迎えた店員の言葉に、半ば諦めた表情で玄江がつぶやく。
「ほら、アルマ。好きに選んでおいで」
アルマをさっさと店員に預け、玄江は一人入り口脇で待つ。その意識の大部分は店内でなく外に向けられていた。
(尾行を読むとかあんまり得意じゃないんだけどな。フードをしててもあまり効果は…アルマか)
ちらりと視線を向けると、店の入り口が見える物陰に隠れている男が見える。玄江の顔は、アクセントとなる特徴はないものの非常に整っている。それも女性寄りに。アルマもまた誰もが振り向くような美少女だ。自然、下卑た欲望を持った男どもの標的にされやすい。それこそ玄江でも尾行に気付けるほど分かりやすく。
玄江はフードをかぶっていたものの、アルマは顔を晒していた。これは玄江の落ち度といえよう。
(さて、どうするかねぇ)
宿までは着いてきて欲しくない。アルマにもフード付きローブを買って、店じまい前のセールでごった返す市場で撒くのが良策か。
アルマの悪戯の弊害に頭を悩ませている玄江を店員が呼びにきた。奥へ行くと、黒のキャミソールとパンティーを身に着けたアルマがポーズを取っていた。子供が背伸びしているようにしか見えない。
「うむ、これなどちょうどよきでありんす」
「あぁ、そう…んじゃそれを買っておくか?」
「そうよの。しかしこちらも捨てがたい」
「じゃ、そっちも買っておこうか。予備が2セットあれば何とかなるだろ」
世の女性は10セット単位で揃えるかもしれないが、旅する身としてはそんなに持ち運べない。着ている分とあわせて3セットあれば十分である。
「あと、さっき俺の服を買った店で「言葉遣い。ろーるぷれい、でありんすよ」…僕の服を買った店でアルマのローブを買おうか。って、考えたらアルマ以外に通じてないんだから言葉遣いも何もないな」
アルマの突っ込みについ口調を直してしまった玄江だが、そもそも日本語はこの世界で通じていなかった。
「うむ。そこはカタカナで『ボク』のほうが言いと思いんす。男に娘と書いて男の娘、でありんしたか」
「…ちょっと待て、いろいろ待て。どこでそんな知識を仕入れた?」
現代日本の、さらにごく一部でしか通用しないことを、さも当たり前のように口走るアルマに玄江が突っ込みを入れる。
アルマは一体どこへ向かっているのだろうか。玄江は不安になった。
「ん?ぬしさまの世界における、わらわの現し身からでありんすが」
「…連絡取れたのか」
「連絡も何も、わらわはすべて繋がっておりんす。あまりに情報量が多くて、いまだほんの一部しか読み解けてはおりんせんが」
「そうなのか。というかその読み解いた一部とやらが男の娘なのか…」
「うむ。ぬしさまの集め申したものより順に読んでおりんすよ」
「いや、処分しろよ…」
言葉の通じていない店員が、その笑みの裏に、買うのか買わないのかさっさと決めろと言いたげな表情を見せている。
初めて知った事実にげんなりしながらも、玄江は財布を取り出し、結構いい値段を店員に支払った。旅をするなら耐久性を重視して木綿の野暮ったいものでいいのだが、いろいろいっぱいになっていた玄江はそこまで頭が回ってなかった。
『ありがとうございましたー!』という店員の声を背に外に出た二人だが、先ほどまでの視線がないことに玄江は気付いた。代わりに少し離れたところで言い争う声が聞こえ、人が集まっていた。
「喧嘩かや?」
「かな。中世は喧嘩っ早いのが多かったとはいうけど」
洋の東西を問わず、中世頃は社会の構成人員に若い者が多く、自然血の気が多いものばかりとなりやすい。言い争いが殴りあいになり、刃物が出てくるまであっという間だ。
さらにこの世界は獣人が大半を占めるというからなおさらだろう。
「見てみるかや?」
「見てもそんなに面白いもんでもないけどねぇ」
どうせどちらかが倒れるまで殴り合っているだけなのだし。とはいえ、ここの住人にとってはそれでも十分な娯楽になるようで、十重二十重に取り囲んで野次を飛ばしている。
「まぁ、死人が出そうなら介入くらいしてもいいか」
今の体なら怪我することなく取り押さえられるだろう。
* * *
争っているのは一人の少女と三人の男だった。
すでに殴り合いの域にまでなっていたようで、殴りかかる男達を少女がひらりひらりとかわしている。一対三の状況にも拘らず少女の顔には余裕さえ浮かんでいる。その頭の上にある丸と三角の中間くらいの耳と、細く長い尻尾もぴくぴくと忙しなく動いている。
『くっ!このっ!』
『はっ、そんな遅い拳じゃあたしには当たらないよ!』
少女の倍もありそうな太さの腕から繰り出された拳をひょいと避けた少女は、伸びきった腕に手を添え、くるりと回す。力も込められていないように見えるその動きに男がバランスを崩し、無様に転ぶ。転んだ男が他の二人の邪魔となり、少女へと向かう足が止まった。鮮やかな捌きに周囲から歓声の声が上がる。
「おお、うまいな」
争いが見える位置に陣取った玄江が思わず感心の声を上げる。合気に近い動きか。相手の力をうまく誘導している。もっと腕を磨けばバランスを崩すだけでなくそのまま投げられただろう。
『くそっ、こんなガキに』
『そのガキに声をかけてきたのはあんたらでしょうに。手ひどい振られ方をしたくらいで逆恨みはみっともないよ』
少女の返しにそうだそうだ!と野次が飛ぶ。
『言わせておけば!』
男の一人が短剣を抜いた。さらにその背に羽までも出す。
『あらら。抜いちゃったらもう言い訳も聞かないよ?』
『知ったことか!』
完全に頭に血が上った男には、少女の放つ冷ややかな言葉も届かない。少女の顔に浮かんでいた先ほどまでの余裕の表情は、冷たいものに変わっていた。短剣を振り回す男を見る目は、つまらないものを見るそれだ。
短剣は当たらない。残る男達も短剣を抜いた。
だが、最初に短剣を抜いた男と同じく、ただ振り回すだけだ。そこには型も何もない。むしろ、拳の時の方が動きがましなくらいだった。
『まったく。今日は外に出ないからと剣を置いてきたのは間違いだったかなぁ』
愚痴りながらも少女の足は一時たりとも止まることなくステップを刻み続ける。ついに少女とのダンスについていけなくなった男が足をもつれさせる。その隙を逃さず少女が男を投げる。
『ぐふっ!』
背中から落ちた男が息を詰まらせてうずくまる。
『三人がかりでも駄目なのに、二人になっちゃったわよ?』
『二人で十分だ!』
残る二人が左右からほぼ同時に短剣を振る。とんっと軽く少女がバックステップを踏み、男達の剣筋からわずかに外に出る。短剣は少女の踊る髪先にさえ触れることが出来ない。
うずくまっていた男がわずかに動くが少女は反応せず、立っている二人のほうを見据えたままである。耳もまた前を向いたままで、二人を警戒しているように見える。
「っと、これはまずいかな?」
うずくまっていた男は、術か武器かは分からないが、その位置から少女に届く攻撃手段を隠しているらしい。うずくまった男がいざ攻撃しようとその顔を向けた瞬間、玄江はその鼻先にズドンッ!と足を踏み下ろした。
『ひっ』と男が息を呑むのと『えっ?』と少女が振り向くのは同時だった。
『きゃっ』
動きが止まった少女に短剣を振りぬいた男がタックルを仕掛ける。まともに食らってしまった少女がもんどりうって倒れる。
そのままマウントポジションを取って少女を殴ろうとした男の腕を玄江が掴んだ。
『…邪魔した。すまない』
玄江が片言ながらこちらの言葉で謝罪する。玄江が踏み下ろした足の下には、少女が放ったナイフがあった。その狙いは乱入した玄江ではなくうずくまっていた男のほうを向いており、少女が動きに気付いていたことを示していた。
玄江は、男に向けられたナイフを危険と判断し、男の攻撃の機を潰しつつ、ナイフから守ろうとしたのだが、そもそもナイフは男の鼻先に刺さるように投げられていた。
つまるところ、玄江が介入せずとも少女には相手を傷付けるつもりは毛頭なく、むしろ玄江に気を取られてしまったせいで少女はタックルを受けるハメとなった。まさしく余計なお世話というやつである。
大きく動いたせいで玄江のフードは落ちている。どうやら野次馬達は玄江のことを、乱入した不粋な輩ではなく、少女のピンチを救おうとした美形の剣士ということにしたようで、罵声ではなく歓声があがっていた。玄江の容姿がプラスに働いた数少ない瞬間といえる。
玄江が掴んだ手を引き上げる。強制的に立ち上がらされた男は数歩後ろにたたらを踏んだ。
「多少は頭も冷えたか?」
『あぁん?…ちっ』
周りを見渡した男は大きく舌打ちし、短剣を鞘に戻す。自分達がどれだけみっともない状況に置かれているか、ようやく気付いたらしい。
『邪魔だ!通しやがれ!』
男が肩をいからせつつ、割れた集団の間を抜けて歩き去る。残された二人も慌てて追いかけるように走り去っていった。
代わりにやれやれとでも言いたげな態度でアルマが玄江のもとまで歩いてきた。すでに少女も立ち上がっている。
「怪我はありませんか?」
『えっ?ええ、大丈夫よ』
言葉が違うことに一瞬戸惑ったものの、少女が返事を返す。
「余計なお世話申し訳ありませんでした。ではこれで」
軽く頭を下げた玄江は、少女に背を向け歩き出す。
すでに人垣は解け、野次を飛ばしていた連中も三々五々に散っていた。
少女は玄江の姿が見えなくなるまでその背を見つめていた。
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更新頻度について言及したためか、昨日は非更新日にも関わらず、アクセスが増えておりました。
毎日更新にしろという、無言の声かなということで、episode01の残りは毎日更新でお届けすることします。
次回更新は5月4日18時頃を予定しています。




