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episode01-13. お買い物

 フィラート領主アルディアとの面会からあけて翌日、午前中にフロントから呼び出されてロビーまで降りた二人は、アルディアの遣いから毛皮の代金と紹介状を受け取った。身分証は遣いとともに来た証明書の作成士から受け取る。

 身分証の扱いについての注意事項も一緒に受けたが、身分証の作成は本来は領政役所内でないと駄目なのに、とか愚痴も伴っていたのはご愛嬌というものだろう。


 ようやく外に出られるようになった二人は早速ホテルを後にし、まず服屋を目指した。

 アルマが着ているのは出会ったときと同じ黒のゴシックドレス。玄江は一張羅となった貴族服だ。ぼろぼろになった草色のローブを上から纏っていたが、その組み合わせで逆に注目を集める結果となりそうだったので今は脱いでいる。金属籠手は荷袋の中に放り込んでいる。

 おかげで二人の容姿もあいまって、通りを歩く人々の注目を集めていた。自然、玄江の足は速くなる。しかし…


「だから、そういうのは後にしよう?」

「これだけ店があるのに素通りするほうが失礼というものよ」


 相方たるアルマがあっちにふらふら、こっちにふらふらと行ってしまうので、進みは遅かったりする。


「おお、なんかうまそうじゃ」


 アルマの足が止まったのは、肉と野菜を何かの生地ではさんだものを売っている店だった。玄江の記憶にある中で近いものといえばケバブだろうか。昼時を前にして作りためをしているのだろう、店頭にはまだ湯気を立ち上らせるケバブもどきが並べてあった。

 売り子をしているおばさんの背には(アーラ)が広がっている。周りを見ると、焼いたり煮込んだりと料理を扱ってる露店では羽を広げているものが多く、その他は広げていない。火の維持に使うとか以外では広げないということだろう。

 昨日のオリエンナの説明を聞いてからこうして眺めると、納得の光景であった。


「いらっしゃい。ひとつ円赤1枚さね」

「アルマ、今お金持ってないだろ。買わないからな?」

「むぅ、しまった。ぬしさまに全部預けるのではなかった」


 諫める玄江と地団太を踏むアルマの様子を微笑ましそうに眺めるケバブ(?)屋の店主。駄々をこねる年少と、無駄遣いをさせない年長の組み合わせは、世界が変わろうと共通しているものらしい。


「服を買ったら買ってあげるから、さっさと行くよ」

「しかたなし。絶対に後で買っておくれやす」


 名残惜しそうに店から離れるアルマ。歩きながらもしばらくは振り返り振り返りしていたが、新たな店を発見したのか、別の方向へと突撃を始める。


「だから服が先だってば」


 止める間もなく走り出すアルマを見て、大きく溜め息をつく玄江。


「なんて落ち着きのない精霊(ジン)だ…」


 玄江の呆れ声は、アルマの耳に届くことなく喧騒の中へと溶け込んでいった。


 * * *


 服屋は、三種類に分類される。すなわち、仕立て屋と古着屋と既製品を扱う店である。


 仕立て屋は、糸車の看板を掲げ、その名のとおり、一からオーダーメードで服を仕立てる。そこには大衆向けの既製品という区分はない。当然値段も張り、主な客層は下級貴族や裕福な商人である。上級貴族はお抱えのお針子がいるし、庶民が店を利用するのはせいぜいがよそ行きの一張羅を手にするときくらいとなる。玄江が着ている服もホテルが契約する仕立て屋が手がけたものとなる。


 では、庶民が普段着をどこで手に入れるかというと、布を買ってきて自分たちで縫製するか、古着屋で購入する。古着屋では貴族からの払い下げからくたびれた一張羅、果てはぼろきれと見間違うかのようなものまで扱っている。店によっては丈を詰める程度のサービスも行っている。


 最後の既製品については、靴下や下着など、好みや体格に左右されにくいものを扱っている。縫製技術があるからこそ成り立つ店といえる。


 ホテルを出てから約30分、ようやく二人はホテルのメイドが紹介してくれた服屋に到着した。本来であれば10分もかからない距離なのに、3倍以上の時間がかかったのはひとえにアルマのせいである。大通りを外れ、露天街を突き進むアルマに引きずられた結果である。


 そして、玄江には新たな問題が発生していた。


「これは…」


 店の前で呆然とする玄江。


 扉の上には糸車の看板。開いた扉の奥には色とりどりの布地と、大きな糸車。

 そしてこれ見よがしにマネキンを着飾るワンピース。よく見ると、店の奥に吊るされている服も、女性向けばかりである。

 そう、メイドが紹介したのは、女性向け専門の仕立て屋であった。


「くっくっく、やはりぬしさまにはこちらの服がお似合いでありんすな」


 アルマはアルマで腹を抱えて笑い転げている。反論したいのは山々なのだが、実際に女性向けの店を紹介されているだけに言い返すこともできない。玄江が男性と知っているにもかかわらず、この店を紹介したメイドはいったい何を考えているのだろうか。


「くははは、ぬしさまのいい顔も見ることが出来たし、本来の店へ案内しんしょう」


 どうやらアルマの入れ知恵だったようだ。自分でこの容姿にしておきながらいつまでネタにするつもりなのだろうか。もしかすると一生か?玄江は遠い眼をする。リングに陽光がきらめいて眩しい。

 玄江にできるのは、黙ってその場を離れることだけであった。


 * * *


 アルマの案内は仕立て屋から3分もかからなかった。同じ通りをまっすぐ進んだ先にある古着屋だ。店先には布の塊が山と積んである。客が二人、布の塊をひっくり返しては解きほぐし、買い得品がないか漁っている。店主らしき人物はその様子を暇そうに眺めていた。


「メイドの言では、他の店より質のいいものが揃おてござんす」


 ひっくり返る塊を眺めていても仕方ないので、玄江も客に混ざり1枚引っ張り出してみる。萌黄色のベスト。多少くたびれた感はあるものの、厚手の生地で作られたそれは型崩れもなく、十分に着られそうだ。

 ひとまずベストを確保し、玄江は次々と引っ張り出しては戻す作業を繰り返す。


 結局選んだのは前開きのボタンシャツと長ズボンを2着ずつ、袖と裾に金刺繍の入った黒のローブ、最初に選んだ萌黄色のベストである。店主と丁々発止の値段交渉の末、玄江は端数を負けてもらった上に着替えを入れる袋をおまけしてもらい、着替えに店の奥を使わせてもらう許可を得た。


 ダークグレーのストライプのジレと、シュミーズを脱いでボタンシャツの上からベストを羽織り、キュロットを長ズボンに履き替える。ホワイトグレーのジュストコールの代わりに黒のローブを纏って金属籠手をはめれば、そこらの旅人と似たような服装の完成である。束ねた剣を背負いなおし、脱いだ服は丁寧にたたんでサービスしてもらった袋に入れる。


 下着の類は3件隣の既製品の店で探したが、シュミーズと股引みたいな下着しかなく、玄江が探しているようなTシャツやトランクスは存在していなかった。そのうちどこかで仕立ててもらおうと決めつつ、靴下と股引もどきを購入する。インナーシャツはボタンシャツで代用することにした。

 縫製技術が進んでいるだけあって、値段自体はそこそこに抑えられていたのが救いだ。


「さて、これからどうするのかや?」


 ブティック街と呼べるような、服飾系の店が集まった通りを離れ、露天で買った氷菓子――煌術で冷やせるため、アイスキャンデーやアイスクリームの類が売っている――をしゃくしゃくと齧りながら、アルマが聞く。


「まずは言葉を覚えることかな。しゃべってる言葉と内容が一緒に入ってくるから、そこまで苦労はしなさそうだ」

「はよう覚えてくんなし。通訳は飽きんした」


 ここまでずっと通訳を務めているアルマがつまらなそうに言う。


「これで他の国に行ったら覚えなおしだからなぁ。ちょっとそこは面倒だけど、まぁ海外旅行なんてそんなもんだしなぁ」


 地球にいたころ、玄江が覚えていた言語は、日本語と英語のほかに、日常会話レベルではあるがスペイン語、フランス語、ポルトガル語である。

 話者数で言えば中国語が最多だが、方言が強すぎて逆に通じる範囲が狭い上、英語なら大体通じるので覚えなかった。

 中南米をうろつくことが多かった上、話者数が多く、大概の地域で複数の通訳を介さなくて済むチョイスがスペイン語、フランス語、ポルトガル語だった。近い言語なので覚えやすかったというのもある。

 東南アジアでは通用しないが、インテリ層が英語必須なので、こちらも苦労することはなかった、


 挨拶とか値段を聞くとか、必須の日常会話を200文程度暗記しておけば、意外と話は出来る。そして嫌でも話さざるを得ない環境に半年もいれば、日常会話程度ならなんとかなるというのがクロエの経験談である。まして、相手の言ってることが分かるのだから、もっと短期間で話せるようになるだろう。


「とりあえずこの街で一ヶ月くらいか」


 アルディアのお膝元なら多少のトラブルが起きても便宜を図ってもらえるだろう。それにしばらく留まると言ってしまった以上、すぐに街を離れては筋が通らなくなる。


「ならば宿探しだの」


 ホテル・マリニエラは一番安い部屋でも結構な額を取られるので、選択肢にはならない。


「風呂は諦めるとして、部屋が清潔なところがいいな」


 衛生観念が発達しているおかげか、フィラートには結構な数の公衆浴場がある。宿に風呂がなくても困ることはない。


「あとは飯がうまいところ、っと」


 前から走ってきた子供を避けそこない、ぶつかる。そのまま走り去ろうとした子供がつんのめった。


『うわっ』

「残念、対策はしてるよ」


 玄江の締める剣帯から子供の手の中に向かって細い鎖が伸びている。その先にあるのは玄江の財布だ。つまり、子供は玄江から財布を掏ろうとして失敗したということになる。

 財布からぱっと手を離し逃げようとする子供の肩を玄江が掴む。が、子供はするりとかわして雑踏の中に飛び込み、あっという間に姿を消してしまった。


「逃げられたか」


 子供が逃げていった方向を眺めつつ、ダミーの財布をローブの内ポケットに戻しながら、玄江がつぶやいた。もともと旅慣れている玄江は、掏りに対しても当然対策している。

 貨幣は二つにわけ、ひとつは首からぶら下げた本当の財布、もうひとつは旅道具の入った袋の中。こちらは袋をちょこっと切って持っていったり出来ないよう、小鍋の中に入れている。このあとさらにウェストポーチ的なものを探し、さらにアルマにも多少持たせて四分割しておく予定である。


「あっちもうまそうだの」


 焼き鳥っぽいものを食べ終え、指を舐めていたアルマが先のほうにある露店を指差す。掏り未遂などまったく気にも留めていないその態度に玄江は苦笑しながら、本来の財布を取りだすのだった。


 * * *


 玄江が選んだ宿屋は、『花に包まれた(フロス・フラウス)』という名前にふさわしく、通りに面する壁いっぱいに段々に花壇が並べられ、花が咲き乱れていた。正面右側にある玄関へと続くポーチにも花がアーチを描いている。これだけのものを維持するのはなかなかに大変だろう。

 いかにも女性受けしそうな宿屋であり、女性が安心して泊まれる程度の治安でありそうなこと、荒くれ者のだみ声を聞くことがなさそうなこと、というのが玄江が選んだ理由であった。


 玄江が扉を開けるとリリィンと涼やかな音が鳴る。見上げると風鈴のようなものが吊り下げられていた。


『はーい、ただいま参りますー』


 玄江がローブのフードを下ろしてさっとエントランスホールを見回す。右の壁沿いには二階へと続く階段。左には食堂の入り口。窓は小さいものの、ガラスが入っている。ガラスの向こうには背の高い花が揺れている。

 落ち着いた雰囲気と洒落た内装。大通りから二本入ったここまでは喧騒も届かない。

 パタパタと軽い足音とともに現れたのは、20代半ばほどの小柄な女性だった。茶色の癖毛の間から羽根飾りのようなものが飛び出ている。


『あらあら、これはまた別嬪さんねー』

「こんにちわ、いいお店ですね」


 のんびりした喋り方の受付の言葉を無視しつつ、玄江は用件を切り出す。


『ありがとー。お食事かしら?泊まりかしら?お昼はさっき終わっちゃったのよー』

「泊まりで。長期希望ですが、空いてますか?」

『ええ、あいてますよぉ。個室なら一人円青1枚と角青2(288リフ)枚でぇ、二人一部屋なら一泊円青2枚(432リフ)ねー。長期ってどのくらいかしらぁ?』

「二人一部屋で一ヶ月を予定しています」

『あら、結構いるのねー。長期は二週単位で角黄4枚(5184リフ)の先払いよー。あと、身分証もねー』

「ではこれで。ちなみに食事は?」


 玄江が財布から八角形の黄色いコインを4枚と、作ってもらったばかりの身分証を取り出す。料金は相場よりもやや高いが、この値段ならエフセイから巻き上げた金とアルディアからの毛皮の代金で、泊まるだけなら一年はいける。竜の巣穴から持ってきた剣や宝石もある。


『食事は別ねー。うちで食べるなら一品無料…あらぁ?うちの街の身分証じゃなぁい。外の人じゃないのー?』


 身分証は手帳サイズの厚紙に謎の防水コーティングがされたものである。表には本人の名前と証明書作成者の名前がそれぞれの直筆で書かれ、街の紋章印が押されている。裏はこのものの身分をフィラート領主が保証するとかその手の文言だ。

 ちなみに有効期限は3年。防水布を巻いた紙筒のケースがセットになっていた。中には旅客証も一緒に入れている。


「こちらで作り直しまして」

『そうなのぉ?はい、どうもぉ。お部屋は三階の二号室ねー』


 女性が身分証と一緒に鍵を渡す。鍵部分が十字架状になったタンブラー鍵だ。ピンタンブラー錠は比較的ピッキングしやすいが、十字状にして上下左右の四方向にすることで、不正開錠の難度をあげているようだ。


『おゆはんはぁ、昼の二の鐘が鳴ってからよー』


 二の鐘ということは午後四時以降ということだろう。現代人の感覚からすると少し早い気もするが、夜の早い生活スタイルではこのくらいである。

 分かりましたーと返して玄江たちは階段を上った。木製の階段は荷物を持たない二人がすれ違えるほどの幅で、きしむ音もしない。玄江は壁をこんこんと叩きながら上っていたが、建て付けもしっかりしている。


 3階は6部屋あった。通りに面した側に3部屋、反対側に3部屋で、二号室は通りの側だった。トイレは共同である。ちなみに305の次は310で、ここでも6進数なのだなぁと、十字状の鍵を差し込みながら玄江はいまさらながらに実感する。


 部屋はさして広くない。現代のように大きな窓ではないが、ガラスの入った窓がある。カーテンはなく、光をさえぎるときは木戸を下ろす仕組みとなっていた。

 床に固定された鍵つきの長持がひとつと丸テーブル、椅子が二脚にこれもまた壁に固定された蜀台がひとつ。そしてダブルサイズのベッドがひとつ。四柱式のベッドは天蓋が置かれ、カーテンが引けるようになっている。


 天蓋付きのベッドは贅沢の象徴ではなく、民間の知恵である。室内暖房といえば竈の火しかない生活では、ひとつのベッドに複数人が寄り添い、天蓋とカーテンでベッド上を小さなひとつの部屋として区切ることで、温もりが逃げないよう、寒さが入り込まないようにしていた。

 ベッドはフレームとマットレスが分かれている。マットレスは藁ではなく何かの獣の毛が積めてあるようで、多少ごわごわするものの気になるほどではなかった。


「ぬしさまと一緒の布団かや」


 アルマが悪い顔をする。


「寒いのが好きなら床でもいいぞ?」

「ぶぅ、ぬしさまのいけず」

「はいはい」


 アルマを軽くあしらった玄江は、長持の中に旅道具の入った袋と、服の入った袋を放り込む。


「鞄かリュックも探さないとな」


 Tシャツを仕立ててくれる店も探さないといけない。


「その前に何でも屋(シーダー)組合か」


 日はまだ高い。散策ついでに今日中に回ってみるかと玄江は次の行動を決めた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ご意見・ご感想お待ちしています。評価をいただけるとうれしいです。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は5月1日18時頃を予定しています。

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