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episode01-12. メイドの講義

 アルディアやエヴィリーナたちとの昼食会を終えた玄江とアルマは、ふたたびベルナーシェク家の家紋を背負った馬車に揺られ、ホテルへの帰路についていた。行きとは違い、街中をぐるっと回ってもらっての帰宿だ。大きいとはいえない窓から外を眺めて、玄江とアルマは感嘆の声を上げる。


 領主館から橋を渡った先の広場を基点とした大通りは、大型の馬車がすれ違ってもなお余るほどに道幅が広い。橋前の広場から1キロほど進むともうひとつ大きな広場があり、そこから放射状に大きな通りが広がっている。大通りを結ぶ横道も馬車が通れるだけの幅があり、数本おきに広い横道が通っている。フィラートが計画的に立てられた都市であることが存分に伝わってくる造りであった。

 ただし、橋を渡った領主館側の通りがすべて石畳を敷かれていたのに対し、対岸のこちら側は領主館前から中央広場までと、中央広場から南北と西の門へ続く4本のメインストリートのみが石畳で、他は土がむき出しのままである。


 今通っている辺りは商業地区に当たるのだろうか。道の両脇には木の梁を外に見せるハーフティンバー建築様式の建物が立ち並んでいる。一階部分を商店とし、張り出した二階部分が小さな軒を作っていた。多くは三階建てで、時折四階建てが混じる。平屋は見当たらない。

 領主館を出てすぐの辺りは半円アーチを多用したロマネスク調の石造建築だったので、同じ都市内でも地区によって様式や年代が違うのだろう。


「これで地方都市か…」


 こういう景観は王都とか帝都とか、そういうところくらいかと玄江は考えていた。とはいえ、この二日で見聞した技術レベルからすればそうおかしなことということも出来ない。

 地球上では1世紀ごろのローマで4階建て5階建てと建物が上にどんどん伸び、たびたび20メートル制限令が発行されていた。

 さらに言えば、有名なローマのコロッセウムも建築は1世紀だ。もう少し時代を下ればピサの斜塔やロンドン塔のホワイト・タワーは11世紀で、イギリス王室の戴冠式が行われるウェストミンスター寺院は13世紀である。異世界とはいえ技術レベルはその時代よりも進んでいることが見て取れるのだから、地方に10メートル20メートル程度の建物が立ち並んでいたところで不思議はない。

 地球と違い強力な獣が跋扈している以上、街壁を越えて横に広がることが難しく、縦に成長するしかないという事情もある。それでも街からあぶれた者達は街壁の外に家を構えざるを得ないのだが。


「おお、市場でありんす」


 商業地区を抜けた馬車が市場にかかる。通りを歩く人が多く、馬車の速度が落ちる。


「活気があるな」

「いろいろと売っておりんすな」


 一区画分ほどはあるだろうか。大きく開けた広場には露店が立ち並んでいる。真ん中のほうはとても馬車で通れそうにないほど人でごった返している。馬車の壁を通して威勢のいい掛け声やざわめきが中まで響いてくる。

 玄江たちが窓から覗いた範囲でも肉、魚、香辛料、服、調理器具、飴細工、雑貨、豚、帽子、大きな箱、ある程度区分けされているようだが、さまざまなものが雑多に売られている。


「身分証をもらったから来てみるか」

「うむ」


 馬車が横道にそれ、市場が見えなくなった。ホテルまではもう少しである。


 ◆ ◆ ◆


 ホテルに戻ってきた玄江は、再びメイドを質問攻めにしていた。明日か明後日までは外に出ることも出来ない。なればこそ、玄江たちが田舎ものの常識知らずということをすでに知っているメイドから、常識を聞き出すのが一番の暇つぶしといえる。

 今日の話し相手はオリエンナという犬耳メイドその1である。垂れ耳のほうの犬耳メイドのミーリーザは、玄江が脱いだジュストコールとジレを持って部屋を出て行った。最低限しか施していない刺繍を完成させるとのことだった。


 玄江は窓辺に置かれたソファに腰掛け、オリエンナはミニテーブルを挟んだ向かい側に座っている。メイドがソファに座るというのはあまりよろしくないのだが、話し相手になってもらうという名目があるので、玄江は説き伏せて座ってもらっていた。


「ぐるっと馬車で回ってもらいましたけど、街の通りは綺麗でしたね。これだけ人がいるのならもっと汚れていてもいいものですが」

『掃除夫くらいはいますよ。何百年か前に、街が汚いと伝染病が流行りやすいというのを実験で示した方がいて、それ以来大きな街は下水道が整備されたり、通りは綺麗に掃除されたりで伝染病の流行が激減したそうです』

「へぇ、それは素晴らしいですね」


 汚物を道路に撒き散らし、ハイヒールを履くようになった世界とは大違いである。


『水は、フィラートではソリュート川から引いた水を利用しています。高いところには風車で汲み上げているんですよ』


 オリエンナが外を指で示す。その先には、プリンのカップをひっくり返したようなシルエットの風車がある。オランダの風車のような横軸風車ではなく、垂直軸風車らしい。三角の布地を何枚も円形に並べたそれが、ゆるゆると回っている。


「市場の横も通りましたが、ずいぶん活気がありました」

『今日は週に一度の大市の日ですからね。周辺の街からも売りに来るので、いつも以上に人が集まりますよ』

「週に一度ですか。ちなみに一週間は何日でしょうか?」


 まだ聞いていなかった暦について聞くチャンスと、玄江はうまく話をつなげる。


『週は六日ですよ。この辺りはどの国も変わらないと思いますが…』

「辺境だと季節が分かれば十分で、いちいち日を数えないのですよ。決まった休みの日なんてものもありませんでしたし。ちなみに月と年についても教えていただければ」

『そういうものなのでしょうか。一ヶ月は6週で、六ヶ月で半期、一二ヶ月で一年ですね。それとは別に年末年始に三日か四日の感謝日があります』


 つまり、一年は435日か436日ということになる。地球より二割ほど長い。


「そういえば、私が戦った獣が風の爪?みたいなものを使ってきたのですが」

『風の爪、ですか?それは多分紋章獣かと』

「紋章獣?」

『はい。体のどこかに紋章のような模様を持つ生物をそう呼びます』

「あぁ、手のひらに紋章があったな」

『ならば紋章獣ですね。紋章獣は体にある紋章陣を通して煌術(セルカ)理術(ミルカ)を用いるそうです』

「セルカ?ミルカ?」


 さすがにそこまで無知とは思っていなかったようで、オリエンナが軽く目を見開く。とはいえ、それ以上の反応や落胆の表情を見せないところはさすがプロといえる。


『クロエ様の地元では別の呼び方をされていたのかもしれませんね。アーラを通して太陽の力を行使する術が煌術、月の力を行使する術が理術です』

「さらに質問を重ねて申し訳ないけど、アーラとは?」

『こちらも呼び方が違うのしょうか?誰もが持っている羽のことですよ』


 オリエンナの背中からふわりと一対の半透明の羽根が広がる。カラスアゲハのような、上辺がへにょんとした羽である。


「綺麗ですね」

『ふふ、ありがとうございます』


 優雅に一礼すると、オリエンナが羽――アーラをしまう。不思議そうな顔をしている玄江に気付いたのか『(アーラ)を出すということは煌術を使うと宣言しているようなものです。煌術の中には人を傷つけることのできるものもありますので、必要のないときはしまっておくのが礼儀なんですよ』と、補足した。要は、むき出しの包丁を持ってうろつくようなものらしい。


「私のいた村では、そのアーラを出している人はいませんでしたね…煌術、というのも多分使われていませんでした。少なくとも私は教わっていないです。よろしければ教えていただけますか?」

『煌術を使わずに紋章獣を倒されたのですか…』

「ええ、まぁ」


 オリエンナが、信じられないものを見たとでも言いたげな表情をする。


『…私は術士ではありませんので、日常で使う範囲でよろしければ』

「はい、それで構いません。基礎的な内容だけでもありがたいです」

『承知いたしました』


 オリエンナが席を立ち、コップと水差しと平皿、それに細い木の棒を持ってきた。コップ二つに水を注ぐ。


『まず、煌術には四つの属性があります。氷、火、風、石となります』

「うん?」


 火水風土ではないのか?

 玄江は疑問に思ったが口には出さず、説明の続きを促す。


『煌術の行使には、(アーラ)を通して取り込んだ太陽の力、煌力(セルケル)を用います』

 煌力(セルケル)というのが、いわゆる魔力に当たるのだろう。

『自分の中に蓄えた煌力を、こう使うと意識しながら放出するのが煌術です。では、実際に使ってみますね。まずは氷です』

 オリエンナがコップを手に取る。その背に再び羽が広がる。

『<カレ>』


 変化はゆっくりとだった。コップの三分の一ほどに注がれた水の表面に氷が張り、徐々に内部まで氷結していく。キシ、と小さく音がなった。


『このように、水を凍らせたり、ものを冷やしたり出来ます。力の強い人は冷凍屋さんで重宝されますね。食品を凍らせれば長持ちしますし』


 魔法現象より冷凍食品があることに驚きだった。オリエンナは玄江の内心の驚愕に気付くことなく説明を続ける。


『次は火です――<エシ>』


 数秒もたたないうちに氷が解け始め、カランと音を立てる。


『氷を溶かすことも出来ますが、ちゃんと火をつけることも出来ますよ』


 オリエンナが木の棒を持って先端をピッと上に向ける。


『<エシ>』


 木の棒の先端がじりじりと焦げ始め、ポッと火がついた。玄江が確認できるだけの間を置いて、溶けたばかりの水をかけて火を消す。灰の混じった水が平皿の中に落ちた。


『風は、そのまま風を吹かせたり、ものをちょっと動かしたりすることが出来ます』


 オリエンナがコップの水を少しだけガラストップのテーブルに垂らす。


『<ルー>』


 こぼした水が震えて、移動を始める。水の玉がテーブルの端まで移動すると、オリエンナはポケットから取り出したハンカチに吸い取った。


『細工師さんなんかは鉄をやわらかくしたりも出来るそうですよ。そして、最後が石です――<ヨド>』


 ぱっと見の変化はない。クエスチョンマークを浮かべる玄江に微笑むと、オリエンナはコップをひっくり返した。中身はこぼれず、コップの底に張り付いたままとなる。


『分かりにくいですが、<ヨド>ではものを固くしたり、このように水を固定することが出来ます。人によっては空中に足場を作ったりも出来るので、高いところで作業する人はよく使われてますね』

「なるほど。生活に密着しているのですね」

『とはいえ、やりようによっては人を傷つけてしまうので、使い方は厳しくしつけられますけどね』


 オリエンナの背の羽が小さくなり、消える。


「包丁なんかと同じですね」

『ええ、そういうことです』

「煌術の次は理術についてお聞きしても?」

『申し訳ありません、理術については簡単な説明できてもお見せすることは難しく』

「と、いうと?」

『親から子へと伝えられる煌術と違い、理術は術師の先生のもとで教わるのです。たとえばお医者様の使う治癒や商人の方達が使う契約術などが理術に当たります』


 理術は専門系に当たるようだ。


「なるほど」

『勉強不足で申し訳ありません』

「いえいえ、本来ならメイドさんに聞くようなことではないので。簡単にでも説明していただけるだけでも助かります」

 大げさに手を振って玄江がフォローする。言っていることは本心だ。

「なら練習…羽ってどうやって出すのですか?」


 アルマは羽を出せるが、玄江は出すことが出来ない。というよりも、出す感覚というものがいまいちつかめない。森の中でも練習していたが、出せそうな気配はついぞ訪れなかった。


『えっと、すみません、うまく説明できません。でも、なかなか羽を出せない人というのは結構いまして、大体はある日突然出来るようになるものだとか』

「そういうものなのですか」

『はい。年をとっても出せない人はほとんどいないので、クロエ様もそのうちひょっこり出来るようになると思いますよ』


 ということは、自転車に乗れるようになる感覚に近いのだろうか。


『ただ、大きくなってからだと暴走することがあるので、結構注意が必要ですね』

「暴走ですか」

『羽を出せなくても煌力は少しづつ体に溜まっていくそうで、羽を出したときにその溜まった力が外に放出されるのだとか。小さいうちだとその力も少ないので、使いこなせなくてもそんなに危険なことは起こらないんですよ』

「なるほど」


 玄江はその内に竜の力を秘めている。万一暴走したらどのくらいの被害になるか予想がつかない。玄江は街中で羽を出す練習を諦めた。

 外から鐘の音が響く。大きく二回。


「この鐘、朝もなっていましたね」

『朝の6時から夕方8時まで、2時間おきになるんですよ。二回鳴ったのでちょうど四時ですね』

「てことはちゃんと時計があるのか」

『昔は日の出から日の入りまでを6分割して鳴らしていたそうですが、今は時計塔の時間に合わせて鳴らされてます。時計台は向こうですね』


 オリエンナが外を指差す。領主の館方面、大きな広場があるあたりに、高い塔が立っている。ホテル側からは見づらいが、側面に円形の時計があるのが見えた。


『商人さんなんかは自前の時計を持ち歩いていますね。確かトルスタイさんも持っていたはずです』

「小さいのもあるんですね」

『高級品なので私なんかでは手が届きませんが』


 オリエンナが小さく苦笑した。


 * * *


「こうして歩いている人を見ると、イヌ耳や猫耳の人が多いな」


 メイドに用意してもらった文字表から目を離した玄江が、ホテル前の道を歩く人々を見下ろしながら呟く。眼下ではざっと8割くらいの人が頭の上に何らかの耳を揺らしていた。犬、猫、熊、狼、虎、羊、山羊、牛、狸、兎、馬、狐、鼠、さまざまである。耳とは別に角が生えているものもいる。耳だけでなく、イワトビペンギンのような頭をしたもの、領主に似た獅子頭のものなど、バリエーションに富んでいた。

 紅茶を取り替えていたオリエンナにも聞こえていたようで、アルマに翻訳してもらっている。


『犬人族や猫人族は多数派ですからね。フィラートは未踏領域が近いので、狼人族や力の強い熊人族のかたも多いですが。逆にクロエ様やトルスタイさんのような猿人族の方は少ないですね』

「猿人族?」

『あら、違っていましたか。申し訳ありません』

「いや、多分、合ってる…んじゃないかな?」


 猿から進化したから猿人族、というのなら間違ってはいないだろう。


「そうか、人間じゃなくて獣人の一種族扱いなのか」


 言われてみればそちらのほうがしっくり来る。


『にんげん、ですか?』

「こっちでは人間とは言わないのかな?」

『申し訳ありません、初めて聞きました』

「ふむ。なら、あの辺の、頭に耳のない人たちの種族は何かな?」


 猿人族は少数というなら、きっと別の何かだろうなと期待して玄江が聞く。


『多分妖精種の方だと思います。種族まではちょっと分かりませんね』

『妖精種、というとエルフとか?』

『えるふ?は存じませんが、有名なところではリィニアとかバロドールあたりですね』

「はあ。知らないことばかりだなぁ」


 まいった、という表情の玄江を見てオリエンナがくすりと微笑んだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ご意見・ご感想お待ちしています。評価をいただけるとうれしいです。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月29日18時頃を予定しています。

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