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episode01-10. フィラート

 離脱を諦めた玄江は再び御者台の上の人となり、揺られていた。


 荷台から降りたエヴィリーナは、代わりの馬車がないため、バーリ隊長の馬に乗っている。セルマも部下のいずれかの馬に相乗りすることを勧められていたが、固辞して荷台に残った。ある程度体も拭いたとはいえ、臭いが気になるのだろう。


 道行は非常に順調なもので、獣が出るとか襲撃されるとかのイベントが発生することもなく、4時間ほどでフィラートの街へと着いた。

 途中、森に沿っていた道が森の中へと入っていくことがあった。グスターヴィの説明では、森が突き出た形になっているため、ショートカットしているとのことだったが、ショートカット部分だけで抜けるのに一時間ほどかかった。森の中にかかる橋を越え、玄江とアルマがさらわれた場所を通りがかったが、熊肉はすでになくなっていた。


 フィラートの街は平原の川沿いにあった。こちらもグスターヴィの説明であるが、森を抜けるときに越えた川も、フィラートの横を流れる河につながっているとのことだった。


 * * *


 空に浮かぶ月と、銀に輝くリングの下に長い街壁が浮かび上がっている。人が歩けるだけの通路があるのだろう、城壁の上を小さな明かりがいくつか、左右に動いている。


 森を抜け、平原から街壁につながる線が平原を分割している。

 獣よけか、森の端からやや離れたところに柵が作られていた。木製の、人の頭ほどの柵で、小型・中型の獣が農地を荒らさないようにするためのものだ。大型の獣は、柵を強固にするより一頭ずつ狩った方が早い。


 柵を抜けた先には麦の穂が黄金の絨毯を作っている――と玄江は予想していたのだが、実際には何もなかった。グスターヴィに確認したところ、森に近いこの辺りは、私兵や領軍の演習地として利用しているとのことだった。


 月とリングに見守られながら、幌馬車を中心とした集団はカンテラを揺らしつつ、街へと向けて歩を進めていく。


 領主の娘一行が近づくと、フィラートの街の様子がよりはっきりと分かるようになった。


 街の反対側は見えないが、こちらから見える範囲はぐるりと街壁が囲んでいる。三角、あるいは四角だろうか。玄江たちの位置からは、直線に造られた街壁の二辺が見えていた。街壁の上には掲げたカンテラに照らされた人影が歩いている。ある程度の距離をあけて見張り塔が設置されており、その上にも明かりと人影が見て取れた。

 石を積んで造ったもので、高さは目算で10メートルほど。二辺が交差する頂点部分はことさら大きく造られ、そこにもいくつか灯りがある。


 壁の向こうには屋根が立ち並んでいるのが薄ぼんやりとした光の下に見ることができる。まさかワンフロアで天井の高さが4メートルも5メートルもあるような建物ばかりではないだろうから、少なくとも三階建て以上の建物が並んでいるのだろう。建築文化はそれなりに進んでいることが伺えた。


 街壁をさらに一回り大きく取り囲む堀には水が湛えられ、映り込んだ街壁が揺らめいている。まっすぐ伸びる道は街壁の頂点から逸れ、稜堡の影にかかる橋につながっていた。橋の先には稜堡の陰に隠れるようにアーチ門があった。門扉は閉ざされている。

 稜堡の上には領主のものだろうか、紋章らしきものが掲げられている。門より稜堡のほうが目立つのでそのようになっているのだろう。


「中世だなぁ」


 玄江は旅の間に見た景色を思い出す。ヨーロッパの田舎に行くと、似たような光景はいくらでも残っていた。それこそ紀元前のものから17世紀、18世紀まで選り取り見取りだ。

 石の文化というものは、崩れない限り千年でも二千年でも残る。


『開門!』


 一団が近づくと、号令にあわせて門が開かれ始めた。馬車一台分ほどの隙間が開くと、そこで止まる。

 一団が門を潜る。門といっても奥行きは5メートルほどはある。玄江が御者台からふと上を見上げると、先を尖らせた杭がいくつも並んでいた。落とし格子と呼ばれるもので、敵襲などの緊急時に落とされるものだ。

 落とし格子とは別に内側にも門扉が用意されており、こちらも馬車が通れる程度にあけられていた。


 門を抜けた先にも水の流れる堀があった。外堀ほど幅も広くなく、どちらかというと生活用水のために水を引いている雰囲気だ。

 その内堀にかかる橋を渡った先に、一団の同程度の人数が待ち受けていた。大半が軽鎧を身に着けた兵士で、拵えと紋章から領主アルディアの私兵であることが見て取れる。その先頭に、二人、鎧を着ていない男がいた。背後で門の閉まる音が響き、一団の歩みが止まる。


『お父様?』

『エヴィ!無事か!?』


 豪奢とはいえないながらも、一目で貴族と分かる服を着た男は、エヴィリーナの父親、すなわちフィラート領主アルディアその人であるらしい。

 しかし、その顔はエヴィリーナとはまったく似ていなかった。獅子頭、といえばいいのだろうか。顔の輪郭を覆うように毛が生え、ライオンの鼻を人間の当てはめたような顔をしている。ミュージカル『美女と野獣』の野獣のような、と評するのがしっくり来る。

 そばに控える、燕尾服に似た服を着た老人は家令といったところか。白銀の天然パーマの髪と、羊耳に巻き角はグスターヴィにそっくりだから、血縁関係かもしれない。


 バーリ隊長によって地面に降ろされたエヴィリーナに駆け寄ったアルディアがエヴィリーナを抱きしめる。早馬で無事とは聞いていても、心配だったのだろう。

 しばし抱き合った後、離れたところを見計らって、家令がエヴィリーナに厚手のショールを渡す。その間に玄江たちも幌馬車の御者台から降りていた。

 エヴィリーナに回していた手を名残惜しそうに解きながら、アルディアが玄江たちのほうを向く。あまりに名残惜しそうなので、もしかすると普段は娘に距離を置かれているのかもしれない。


『君達がクロエ殿とアルマ殿かね?おおよその話は聞いている。娘が世話になった』


 低い、バリトンの聞いた声である。

 玄江たちの同行が決まり、簡単な事情聴取を済ませた後、バーリ隊長は新たに早馬を出していた。名前や話はそこから知ったのだろう。

 玄江は移動中にクローヴィスから聞いておいた挨拶――bow and scrapeと呼ばれる形に近い、右手を心臓に当て、左手は開いて相手に見せ、右足を軽く引いてお辞儀をする――をした。アルマはスカートの裾をつまんで膝を折る、カーテシーと呼ばれる挨拶だ。カーテシーはこちらの世界でも通用するらしい。


『なんでも、オルステッド鋼の檻を破り、賊を軽く蹴散らしたとか』

『あの、お父様…』


 エヴィリーナがアルディアに耳打ちする。おそらく、素性を聞かないという条件で同行してもらったことを伝えているのだろう。


『なるほど、あいわかった。深くは尋ねぬよ』


 ふんふんと頷くアルディア。


『今日は遅い。謝礼については明日話そう。屋敷に泊まるといい』

「領主様の館にわたしたちのような、どことも知れない者を泊めてもよろしいのですか?」

『娘の恩人をないがしろにしてはベルナーシェクの名が廃る。私としては構わないのだが…ふむ。ならば、こちらで宿を手配し、明日改めて迎えをよこすとしよう』


 貴族と深くは関わりたくないという玄江の心情を読んでくれたのだろう、アルディアが新たな選択肢を示す。


「それならば構いません。お世話になります」

『うむ、このような形となってしまったが、ようこそフィラートへ。我々はあなた方を歓迎する』

 

 ◆ ◆ ◆


 領主一行と離れ、私兵に案内されて玄江たちが辿り着いたのは、5階建てのホテルであった。門構えや内部に凝らされた意匠が格式の高さを物語っている。両開きの門扉を囲む、アーチ状に組まれた石の上にはホテル名が刻まれているのだろうが、残念ながら玄江には読むことが出来なかった。

 ドアマンの開けた扉をくぐれば、夜の遅い時間にもかかわらず、タキシードを着た老人と四人のメイドが玄江とアルマを出迎えた。メイドは犬耳が二人に猫耳、ウサ耳である。犬耳の片方は垂れ耳だった。


『ようこそいらっしゃいました、クロエ様、アルマ様。マリニエラ支配人のトルスタイと申します。アルディア様よりお話は伺っております。今宵は当ホテルにてゆるりとおくつろぎくださいませ。また、こちらの四名がお世話をさせていただきますので、ご用命の際はお申し付けください』


 トルスタイが流れるように挨拶をし、紹介に合わせてメイド四人が頭を下げる。正面を向いていたので玄江はいままで気付かなかったが、それぞれ尻尾もあるようで、スカートの向こうで揺れるのが見えた。

 部屋に案内される前に注文しておきたいことはないかと、玄江は心のメモをさっと流し読む。とりあえずは服と飯だろうか。

 赤斑のシャツで領主の館に乗り込むわけには行かないし、明日服を用意するだけの時間が取れるかも不明である。それになんだかんだで捕まってから今まで何も食べていないので、腹も減っていた。


「明日、領主様より迎えが来るのですが、持ち合わせがこの服しかありませんで。着て行くに問題ない服装をご用意願えますか?」

『了解いたしました。翌朝、お部屋にお届けいたします』

「あと、簡単でいいので食べれるものをいただけますか?火は落ちてると思うので、そのままで食べれるもので結構です」

『暖かいものもご用意できますが?』

「…手間にならないのでしたらお願いします」


 そういえば魔法のある世界だった、と玄江は思い出す。ものを暖める魔法というのもあるのかもしれない。


「ひとまずはそのくらいですね」

『承知いたしました。お部屋に案内します。他のお客様はすでにご就寝なさっていますので、あまり大きな音は立てませぬよう』


 トルスタイが先頭に立って、絨毯の引かれた廊下を歩く。旅荷物をまとめた鞄を垂れ犬耳メイドが受け取り、玄江たちの後ろをついていく。ついてきているのは犬耳の二人だ。残る二人は玄関ロビーで別の方向へと向かっていったので、食事を準備しているのだろう。階段を上り案内された先は最上階の一角だった。


『お食事はすぐにお持ちいたします』


 そう言い残し、トルスタイが退出する。と同時に部屋を見渡す暇もなくメイドが寄ってくる。その手には巻尺が握られていた。


『お疲れのところ申し訳ありません。お食事の前にお体の寸法を測らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』

「…もしかして、今から仕立てるの?」

『ええ、そうですが。略礼装であれば一晩で仕上がりますので問題はありません。アルマ様については…申し訳ありませんが一晩では』

「分かりました。アルマはそのままの格好で参じても?」

『式典や夜会ではないので問題ないかと』

「そう…なら、私の分だけお願いします」


 玄江は背中の剣を下ろし、寒さのために前を閉じていた草色のローブを脱ぎ、控えていたもう一人のメイドに渡す。


『えっ?』

「あぁ、すみません。私の血ではないので大丈夫ですよ」


 ローブの下の赤斑はいささか刺激的だったかもしれない。配慮に欠けていたなと玄江は後悔する。


『あ、いえ。そうではなくて。男性の方だったんですね…』


 メイドよ、お前もか。玄江は天を仰いだ。


 * * *


 玄江とアルマが泊まった部屋は、廊下から入ってすぐのリビング、12人が座れるダイニング、キングサイズのベッドが二つ並んだ寝室とセミダブルベッドが四つ並んだ寝室、窓を大きく取った、広々とした浴室とトイレ、メイドの控え室で構成されている。トイレは陶器製の便器に水洗と、現代と変わらないものだった。

 天井から下がるシャンデリアから小机に備えられたペンに至るまで職人の粋が感じられ、否が応でもここが最上級のスイートルームであることを思い知らされる。おそらく地球で同等の部屋に宿泊しようものなら、一泊50万円近くはするだろう。


 寸法を測り終え、残るメイドが運んできた食事も食べ終えた玄江は、背中をお流ししますと服を脱ごうとするメイドを下がらせて、ひとり、風呂に浸かっていた。その顔がどこか残念そうだったのは、気のせいということにした。

 アルマは寝室のキングベッドにダイブしてピクリとも動かなくなっていたので、しばらくは放置していても大丈夫だろう。

 適温に保たれた湯が玄江の体から数日分の疲れを溶かしていく。


(窓には板ガラス、ワイングラスはボヘミアガラスのような色つき切子細工。カーテンは本縫い――1本の針と2本の糸で縫う、ミシンの基本の縫い方――だった。ミシンがあるのか?)


 見ることができた範囲から玄江は技術レベルを推測する。浴室の窓ガラスは大きい。一枚当たりは幅2メートル、高さ2メートルといったところか、高さは天井から浴槽の縁まで、横幅は部屋いっぱいを3枚のガラスでまかなっている。このサイズの板ガラスの製造が始まったのは、地球では17世紀後半になってからだ。

 景観を縦に分割する窓枠が無粋ではあるが、部屋の一面いっぱいに夜の闇に沈むフィラートが一望できる。ホテルより高い建物は領主の館と教会らしき建物、鐘楼くらいである。



(判断材料とするサンプルが少ない。魔法についても調べないと。そういえば商人の護衛たちは魔法を使わなかったな。一部階級だけの技能なのか?それより、明日のことか…)


 浴槽にたゆたいながら、玄江はとりとめもなくつらつらと考えていく。

 明日の面会で、アルディアは何かしらの謝礼を渡そうとしてくるだろう。何がいいかを尋ねてくるかもしれない。そうしたときに要求するものが度を越したものであれば調子に乗った愚か者とみなされる。

 逆に安すぎた場合は、謙虚と取ってもらえるか、その程度しか払えないと侮られたと思われるか、どちらに転ぶかは分からない。


(とはいえ、相場も分からないしなぁ…)


 そこそこの価値のもので、貴族であれば叶えることに無茶とはいえない程度のもの。それでいて玄江がもらってうれしいもの。


「…身分証、かな」


 要求するものが決まった玄江は風呂から上がる。


「ぬ…」


 ふかふかのバスタオル――パイル織りのタオルは玄江の時代考察をさらに悩ませることになった――で体を拭いた玄江の手が、寝巻きを手にしたところで止まる。

 寝巻き用のゆったりとした白のワンピース――言葉を変えればネグリジェである。とはいえ、現代女性が着るようなフリフリのスケスケではなく、飾り気のないシンプルなものである。

 三角のナイトキャップをかぶった貴族が着ているもの、といえば伝わるだろうか。

 そのネグリジェと、下に履く同じく白のズボン。こちらは腰を紐で止める仕組みになっていた。


 バスローブ的なものは見当たらない。メイドが持っていったのか、今まで着ていた赤斑のシャツと紺のズボンもなくなっていた。あったところで着たいとは思わないが。

 玄江は大きくため息をつく。自分で望んで来た世界だ。郷に入りては郷に従えとも言う。ならば着てやろうじゃないか。

 意味もなく大きな決意をした玄江はもそもそとネグリジェを着るのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ご意見・ご感想お待ちしています。評価をいただけるとうれしいです。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月25日午前18時頃を予定しています。

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