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episode01-09. 帰路

 荒れ道の真ん中で馬車が止まる。


 気絶したエフセイを御者台から放り出し、荷台の後ろを覆う布を開いた玄江は、目を丸くした。


 鎖を引きちぎり、荷物の確認をしているアルマはまだ分かる。禿頭の護衛が見当たらないが、投げ捨てられたのだろう。

 檻の中では三角の耳をペタンと寝かせたセルマが泣きじゃくっている。おろおろとエヴィリーナが慰めようとしているが、うまくいっていないようだ。グスターヴィはばつが悪いというか、居場所がないといった顔をしている。


「えーっと、どういう状況?」

「お、ぬしさま。何か布はないかや?あやつめが漏らしよっての」


 よく見たら、セルマが座り込んでいる場所の床が濡れていた。

 無理もないかと玄江は思う。襲撃を受け、檻に閉じ込められているシチュエーションでは緊張の休まる暇などない。その上、玄江が商人と護衛を制圧しているときだって周りは見えず、音だけが伝わってくる状態だったのだ。振った剣が檻に当たって派手な音を立てたりもした。我慢していたのならば決壊してもおかしくはない。


「換えのズボンがあったはずだけど」

「ならこっちかの…あぁ、あった」


 アルマがズボンを引っ張り出して、エヴィリーナたちに放り投げる。


『ほれ、このくらいしかありんせんが、ないよりましよ』

『…ありがたく借りておくわ。そちらの手にある鍵は渡してくれませんの?』

「いや、渡すさ」


 玄江が手に持っていた鍵束を投げる。エフセイの懐をあさって出てきたものだ。


『グスターヴィ、外しなさい。まずはあなたからよ。外し終わったら外に出ること』


 鍵束を受け取ったグスターヴィが足枷の鍵を外し始める。鍵束は10本程度。そう時間もかからず外せるだろう。

 エヴィリーナが玄江たちのほうを向く。セルマを慰めるのは諦めたらしい。


『それで、状況についてお聞きしてもよろしいかしら?』

「えぇ、かまいませんが。まぁ、護衛をつぶして商人を気絶させただけですけど。尋問に必要かと思い、殺してはいません。あぁ、まだ縛ってないので、気絶から覚める前に縛っておいたほうがいいですね」

『そう…』


 カチンと音を立ててグスターヴィの足枷が外れた。


『お嬢様、わたくしめは外を見てまいります』

『ええ。商人とやらを縛っておきなさい。それからあれば水も』


 荷縛り用と思われるロープと、幌の骨組みにかけられたフックからぶらさがっていた桶を持ってグスターヴィが外に出る。水については馬車の両脇にくくりつけられた水樽に入っている。


『クロエでしたか。あなたはいつまで覗いているつもり?それとも乙女の着替えを眺めるのが趣味なのかしら?』


 玄江は無言で入り口の布を閉じた。と、布をめくってアルマも降りてきた。

 着替えを待つ間、二人は馬車の周囲をぐるりと見回る。護衛の乗っていた馬はそのまま走り去ってしまっていた。片方は護衛が引きずられたままだったが、意識はないようで、地面にがんがん頭をぶつけられながらぐったりとしていた。もしかするとすでに死んでいたのかもしれない。


 御者台から突き落としたトーケルが追いかけてくる様子もない。

 エフセイについては、グスターヴィが縛り上げていた。エフセイの意識はまだ戻っていない。グスターヴィのそばに桶がなかったので、すでにエヴィリーナに渡した後のようだ。


「ふむ」


 ぐるっと見て回ったアルマが顎に手を当ててなにやら考え込む。


「ぬしさまよ」

「ん?」

「やけに手馴れておりんしたの」

「あぁ、あの程度ならね。銃を持ってるわけでないし」


 アルマの指摘を玄江は軽く流す。実際、熊との戦いで自身の頑丈さは認識できている。攫われる前の時点では護衛たちは飛び道具を持っていなかったし、幌の上から同じことを確認している。なればあとは熊以上の切れ味を持つ武器を持っての接近戦となるが、取引時の雰囲気を見る限り、熊以上の実力を持つものはいないと見てよかった。

 この時点で、玄江にとって脅威となる可能性は小さくなる。

 そして紛争地帯を含む世界中を旅していた関係上、荒事の経験には事欠かない。地域によっては昼間にホテル向かいのコンビニに行くことさえ、一人では危険だといわれるのだ。


「音のみでありんしたが、まるで軽業師のようで」

「そうかね?体だってハイスペックだし、馬車だって車に比べればとろいし」


 高速とはいえ馬車は出せても時速20キロ程度が限界である。やたらと大きな馬だが、それでも倍程度。まして荒れ道ではさらに遅い。時速100キロ近くで爆走する軽トラの荷台に揺られることに比べればたいしたことはないと玄江は思っている。


「そういうものかね」

「そういうものさ」


 意味もなくさらに馬車をぐるりと回って着替え終わるのを待つ間、玄江は今後のことを考えていく。


(とりあえずの窮地は脱した。あとは三人をフィラート?に送り届ければ終わりといったところか。貴族相手に馬鹿正直に送り届けたら、歓待を受ける可能性がある。常識も知らぬ身で貴族の相手はリスクが高い。途中で分かれたほうが良さそうだ。そこから先は行き当たりばったりしかなさそうだ。あぁそうだ、『設定』も考え直さないと)


 ぶつぶつと頭の中を整理しながら玄江が歩いていると、エヴィリーナが顔を出した。


「終わりましたわ」


 玄江はグスターヴィが縛りあげたエフセイを担ぎ上げる。荷台の中を覗き込むと、セルマはまだぐすぐすと鼻をすすってはいたものの、泣き止んだようだ。玄江の渡したズボンと、商人か護衛の荷物から見つけたのだろう、簡素なシャツに着替えていた。ズボンには穴があけられ、長く太い栗鼠の尻尾が力なく垂れていた。

 エヴィリーナともども、足枷は外れている。


「さて、着替えおわったですし、代わりにこれをつないでおきましょう」


 エフセイを檻の中に放り込み、適当に足枷をつなぐ。グスターヴィも戻ってきた。腕には桶に入った水を抱えている。


「このまま、フィラートに戻る、ということでよろしいですか?」

『ええ、問題ないわ。グスターヴィ、御者を任せます。来た道を戻りなさい』

『分かりました、お嬢様』


 入ってきたばかりのグスターヴィが再び外に出て行く。


「道は分かるのですか?」

『どこか途中でお父様の兵と合流できると思うわ。合流しなくても人のいるところに出れば連絡が取れますわ』

「さようですか」


 問題はなさそうだと判断し、玄江は荷台に落ちている装備を身に付けていく。毛皮と旅道具の入った袋はまとめて隅に置いた。肉は見当たらない。せっかく持ってきたのに…と残念な気持ちはあるが、すっぱりと諦めた。


『クロエ、あなたにはいろいろとお聞きしたいのだけれど』


 装備を整え、外に出ようとした玄江の背中に声がかけられる。


「先ほど、護衛をつぶしたと申しましたが、殺してはいないのですよ。再度襲撃があるかもしれませんので、外で見張っていますね」


 玄江はあらかじめ用意しておいた答えを返し、何か言われる前に外に出る。アルマもついてきたので、一緒に外で見張るつもりのようだ。

 馬車はまだ動き出していない。前に回るとグスターヴィが馬に水を飲ませていた。


「襲撃に備えて、御者台で見張りをしますね」


 グスターヴィに一言断りを入れて、御者台に上る。御者台に上ったらアルマの手を引いて引き上げた。

 さほど間をおかず、水を飲ませ終わって桶を片付けたグスターヴィも御者台に上ってきた。

 馬車がゆっくりと動き出す。


 ◆ ◆ ◆


 反転こそ手間取ったものの、その後の進行は道が悪いこと以外は順調だった。

 トーケルや他の護衛とすれ違うこともない。途中争った跡があり、引きずられるような血の跡が半透明の落ち葉を汚しながら森の中に続いていたので、獣に食われたのだろう。


 無理に速度を上げなかったので、荒れ道から整備された街道に出たときには日が沈みかけていた。

 荒れ道は森の中を進むように道が切り開かれていたが、街道は森に沿うようにして整備されているようで、森の反対側には平原が広がっている。


「道は大丈夫ですか?」

『えぇ、幸いにしてこのあたりは分かります。フィラートに着くころには夜中になりそうですが』


 街道に出て小休止をとったところで聞いてみると、問題ないとの回答を得られた。グスターヴィはほとんどしゃべらず、こちらの事情について聞いてくることもないので、玄江としては助かっている。


『あまり使われませんがフィラートにつながる道ですので、途中でアルディア様の私兵と合流できるかもしれません』


 とのグスターヴィの言葉通り、日が暮れてしばらくして、カンテラを掲げた集団に止められた。ちなみにアルディアとはエヴィリーナの父の名前だ。


『そこの馬車!止まれ!』


 20人超の、馬に乗った集団である。軽鎧に揃いの紋章が刻まれている。これがエヴィリーナの家の紋章なのだろう。


『バーリさん!グスターヴィです!』

『おお!グスターヴィの坊やか!お嬢様は!?』

『荷台におられます』

『そうか。お前ら!』


 バーリの掛け声で周囲がばたばたと慌しくなる。荷台の後ろからは『お嬢様っ!』と呼ぶ声が聞こえる。伝令だろう、二人ほど集団を離れ、来た道を走っていった


『そちらの美人さまは?』

『クロエ様、アルマ様と申しまして、わたくしどもを助けていただいた方です』

『そうか。お嬢様をお助けいただき、感謝する』


 バーリが馬から下り、丁寧に頭を下げる。礼儀を学んだものの動作だ。私兵というから野蛮なものかと玄江は想像していたが、動きに統率は取れているし、礼儀も知っているし、しっかりとした組織らしい。

 考えてみれば、私兵の行動も主君の評判につながるのだから、しっかりしていないほうがおかしい。


「通りがかった船というか、私も捕まったので、ついでですよ。あと、私は男ですので」


 アルマの通訳を介して玄江が言葉を返すと、隊長が驚いたような顔をする。ちなみに後半はアルマに無視され、通訳してもらえなかった。


『異国の方だったか』

「えぇ。さて、もう護衛も必要ないようですし、私はここでお暇させていただきますね」

『えっ?』


 目を丸くするグスターヴィを尻目に、玄江とアルマは御者台から降りる。


『貴殿らにも事情を伺いたく、同行していただきたいのだが』

「事情といっても私もさらわれただけですし。先に捕まっておられたエヴィリーナ様からのお話で十分かと」


 主君筋の恩人に上げる手はないようで、取り囲んだり武器を向ける様子はない。隊長が困った顔をして引きとめようとするが、玄江は一顧だにしない。


『何らかの褒美も出ると思うが』

「これで十分ですよ」


 玄江が振るのはエフセイの財布である。硬貨はあまり入っていなかったが、代わりに宝石がいくつか入っていた。

 言葉を捜す隊長を放置して、荷台に置いたままの荷物を取りに行くと、ちょうどエヴィリーナが降りてくるところだった。


「あぁ、ちょうどよかった。エヴィリーナ様、我々はここでお暇させていただきます」

『何を言っているの?あなた方には屋敷まで来てもらうわ』

「そこまでしていただかなくても結構ですよ」

『いいえ、わたくしはあなた方が何者かも聞いていないもの』

「…あまりこちらの事情を聞かれたくないから、と遠まわしに伝えたつもりなのですが」


 玄江がため息をつくとエヴィリーナが唸る。


『…わかりましたわ。そちらの事情は聞きません。それでも、屋敷には来てもらうわ。恩人に礼の一つもできなかったとあっては、ベルナーシェクの名が泣くわ』


 玄江とエヴィリーナの視線が絡み合う。折れたのは玄江だった。


「…はぁ、分かりました。同行いたしましょう」


 玄江は手に取った荷物を再び荷台に置く。この際だ、毛皮の売り先を探すくらいはしてもらおう。


「それで、私はどちらにおればよろしいので?」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ご意見・ご感想お待ちしています。評価をいただけるとうれしいです。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月23日18時頃を予定しています。

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