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episode01-08. 檻からの脱出

 エヴィリーナとの会話が途絶えてから約30分。馬車から伝わる感触が変わる。どうやら荒れ道を進んでいるらしい。

 誰ともなしにもぞもぞと姿勢を変える。ただでさえガタガタ揺れる馬車が、さらに揺れるのだ。ずっと同じ姿勢でいると尻が持たない。


『そういえば』


 ふと思いついたように、アルマが口を開く。


『花摘みはどうするのかや?』


 玄江たちが捕まってからおそらく一時間程度。エヴィリーナたちは二時間、あるいはもっと長期間檻の中にいるはずだ。

 エヴィリーナに寄り添うセルマがアルマの言葉に反応する。我慢しているのかもしれないが、声には出さない。

 エヴィリーナたちから答えがないのを確認し、アルマは見張りの男のほうを向く。見張りの男は無言で、馬車の隅にある壷を指差した。


『それにしろと。うむ、それは勘弁でありんすな』


 ちょっと引いたようにアルマが返す。セルマがびくりと肩を震わせた。


『ふむ、そちは我慢しているのかや?』

『そんなことはありません!』


 アルマのストレートな質問に対し、セルマが反論する。


『それは失礼しんした』


 再びの沈黙。先ほどは見張りが反応したので打ち切ったが、やはり聞いておくべきかと玄江が口を開く。


「エヴィリーナ様」

『…なに?』

「先ほど捕まったときのことをお伺いしたとき、護衛や使用人が殺されたとのことでしたが、襲撃者は何人くらいいたか覚えていらっしゃいますか?」


 エヴィリーナが横の少年、グスターヴィを見る。グスターヴィがエヴィリーナの耳に口を寄せ、ぼそぼそと話す。


『10人以上よ。20人はいなかったわ』

「そうですか。ところで、この馬車は、私が捕まったときは外に3人、そこの1人の4人しかいなかったのですが、他の方の行方については?」

『知らないわ。途中で馬車を移されたもの』


 ちょっと待て、と玄江は心の中で突っ込む。それはかなり重要なことではないかと。


「それって、私兵の方達が動いていたとしても、移される前の馬車を追いかけていることになるのでは…?」


 今気がついたというように、エヴィリーナがあっ、と声を漏らす。

 玄江がエヴィリーナにもわかるようにため息を吐く。さっと青ざめた顔のまま、エヴィリーナが玄江を睨んだ。


「ちなみに、騎士団辺りが協力して、くまなく捜査するといった可能性はありますか?」

『フィラートには領軍はいるけど、騎士団は常駐していないわ。お父様が私兵と、さらに領軍まで使ったとしても…』


 エヴィリーナがちらりと見張りを見る。


『…200人程度じゃないかしら』


 その数字が正しいのかどうか、玄江には判断できない。見張りの手前、油断させるために小さく見積もったのかもしれないし、焦りを生ませるために大きく見積もったのかもしれない。どちらにしろ、見張りは反応しなかった。

 襲撃者の数からして、少人数に分かれての捜索はないだろう。とすると、エヴィリーナの言葉が正しいとしてせいぜい10グループ程度。客観的に見ても近辺の馬車すべてを検めるには厳しい数字なので、脅威と捕らえなかったのだろう。


 なお、エヴィリーナの父が抱える私兵の総数はもっと多いのだが、馬の数が限られるため、馬車を追う用途ではすべてを動員できるわけではない。当然、領軍も状況は同じである。そういう意味では、エヴィリーナの挙げた数字は妥当なものであった。


 玄江は嘆息する。救助がくるのならそれに便乗する予定だったが、どうにも変更せざるを得ないようだ。それにいい加減尻は痛いし、囚われの状況にも飽きてきた。待っていればそのうちどこかの街に着くかもしれないが、今より逃げ出しにくい状況となるだろう。


 玄江は立ち上がり、大きく伸びをした。頭痛はほぼ治まっている。体の中のナニカがずれているような違和感は続いているが、体を動かすのに支障はない。

 手首をほぐし、腕を伸ばす。肩を回して問題ないことを確認。

 見張りが睨むようにして玄江を見ているが、体をほぐす程度で口を挟むことはない。


「ぬしさま、出るのかや?」

「このまま待ってても助けが来そうにないからね」


 日本語でアルマとやりとりしつつ、玄江は手順を考える。破るべきは足の鎖と檻の二つ。見張りが仲間を呼ぶ前に制圧するのが望ましいが、見張りが鍵を持っているとも限らない。


 ならば、はなから全員を相手取るつもりで望むだけ。


 玄江は見張りに背を向けるようにして胡坐をかいて座り、右足首の足枷につながる鎖を手に取って軽く引っ張る。鎖の太さは1センチ強。猛獣すらつなぐことができそうな太さのそれが、じゃらりと音を立てる。


『無駄よ。封術が施された状態で千切れるようなものじゃないわ』


 具合を確かめる玄江に、エヴィリーナが馬鹿を見るような目で声をかけるが、軽く無視する。

 鎖はスタッド付きの長鎖環――楕円形のリングの真ん中に補強の棒が入った、メガネ型の環――で、いわゆる錨鎖と呼ばれるものである。鍛造や電接式で作られた場合に見られる溶接部分がないので、鋳造で作られたのだろう。鋳造品の鎖は弱い部分がないため、引っ張りに対して強い。

 足枷とは、U字型に棒をさしたような形のエンドシャックルでつながれている。鎖を手にとったときに、足枷にも檻と同じような模様が刻まれていることに玄江は気付いた。この模様が封術なのだろう。


 玄江は、鎖が千切れ飛んでしまわないように、徐々に力を加えていく。みしみしと音を立てて、弱いリングから延びていく。びちり、と音が変わったところで玄江は力を入れるのをやめ、鎖を放り投げた。

 端から見れば、試しにあがいてみたけれど、どうにもならなかったと映るだろう。


 玄江が立ち上がって檻に手をかけた時も、見張りの男は無言で表情一つ変えなかった。

 腕を軽く曲げ、押し開くような格好で呼吸を整える。さぁ力を入れようかというところでアルマから待ったがかかった。


「ぬしさまよ、わらわの鎖にも手を入れてくんなまし」

「…自分でできるんじゃ?」

「手を入れてくんなまし」


 花開くようなアルマの笑顔に気圧され、やれやれとばかりに玄江はアウラの鎖も引っ張る、エヴィリーナたちが不審そうな目でその作業を見ている中、アルマの鎖も千切れる寸前の状態となった。


「んで次は、と」


 玄江は再び立ち上がり、檻に手をかける。のんびり檻を歪めていては相手に有利になるばかりなので、一気に押し広げる。


「ふんっ!」


 バン!、ガギンッ!と派手な音を立てて、格子が上下溶接部から引きちぎれる。続く音は玄江が押し開いた格子が隣の格子にぶつかった音だ。


『馬鹿な!オルステッド鋼だぞ!?』


 目を見開いた見張りが呆然と叫ぶ。玄江は手に残ったままの格子を、見張りに向けて振り下ろした。


『うそ、アーラも出せないのに・・・』


 見張りが崩れ落ちたのを確認してから振り向くと、エヴィリーナたちが、信じられないものを見たとでもばかりに呆然としていた。口をぽかんと開けたお揃いの表情に、玄江は苦笑する。まぁ、人外っぽい行動だったのだろう。


「さて、外も始末してきますので、もうしばらくお待ちくださいね」


 玄江が右足を蹴り上げると、先ほど弱らせた部分から鎖がはじけ飛ぶ。玄江は行きがけの駄賃に見張りの懐をあさってみたが、足枷や檻の鍵は持っていなかった。


『え?ちょっと待ちな』


 玄江は適当な剣を広い、鞘を投げ捨てた。荷台の入り口を覆う布をめくると、気負うことなくひょいと外に飛び出した。立ち直ったエヴィリーナが何か言おうとしたようだが、途中までしか聞き取れなかった。まぁ、後でも問題ないだろうと玄江は意識の外に追いやる。

 外に出た玄江であるが、地面に飛び降りるのではなく、幌の上によじ登っていた。


『トーケルさん!脱走しやがった!幌の上だ!』


 玄江をみてぎょっとした鹿耳獣人の護衛の片方が警告を発しつつ剣を抜く。とはいえ、馬に乗っていても幌の上まで届かせるには少々無理がある。剣を構える護衛を悠々と見下ろしながら、玄江は御者台に飛び降りた。


『貴様!どうやって!?』


 御者台ではトーケルが幌の上に振り向き、剣を抜くところだった。飛び降りた玄江が軽業師よろしく抜き手の上に足を乗せた。足と剣の柄の間に指を挟まれ、体重をかけられた痛みがトーケルの体を走る。抜けかけた剣にかかった重さは、剣帯につながった鞘を通じてトーケルの腰にも負担をかける。


『ぐっ!!』


 指に走る痛みからトーケルは剣から手を離してしまう。トーケルとエフセイの間に降り立った玄江は、トンっと片手で優しくトーケルを押し出した。もう片方の手は剣を握り、エフセイを向いている。

 走行中の御者台という狭い足場と、不安定な体勢。踏ん張りなど効くはずもなく、トーケルは押された腕に逆らうことができない。ふわりと浮いた体は、馬にあわせて高めの位置に作られた御者台から馬車の側面に投げ出される。瞬きひとつの間を置いて地面にたたきつけられた。


「ふう…」


 トーケルを押し出した玄江は、行く末を見届けもせず、一息をつく。視線はすでにエフセイを見下ろしている。見下ろされたエフセイは、手綱を片腕に、もう片方の腕は懐に入れている。もし背を向けたままだったなら短剣か何かで刺すつもりだったのだろう。


(今のはちょっと焦った。というか、抜きかけた剣の上に降りるとかどこのアクション漫画だって話だな)


 内心を隠しつつ、剣をエフセイに近づける。馬車が揺れるので喉元に当てるとまでは行かないが、威嚇には十分である。


「馬車を止めてもらえますかね?」


 と口にしたところで、己が馬鹿なことをやっていることに玄江は気付く。言葉が通じてない。

 馬に乗った護衛が追いつき、御者台の横に並ぶ。


『貴様!離れろ!』


 護衛が剣を振り下ろした。玄江は焦ることなく、エフセイに向けていた剣を片手で振る。

 ギンッと音を立てて護衛の剣が玄江の剣によって弾かれる。

 横に振った玄江の剣は幌の骨組みも切り裂いたが、檻にぶつかったのだろう、直後にガンッと音を響かせて止まった。引いた剣には大きく刃こぼれができていた。幌の骨組みをつかみ、剣を弾かれて体勢の崩れた護衛を蹴り飛ばす。馬から転げ落ちた護衛は、鐙が引っかかったのか馬に引きずられていた。


「おっと」


 剣が離れた瞬間を見計らってエフセイが短剣を突き出したが、玄江は上から踏みつける。ガランと落ちた短剣をさっと拾い、踏みつけたエフセイの手を御者台に縫いつけた。


『ぎゃあああぁぁあ!!』


 エフセイが叫ぶが無視する。残るはあと一人だ。だが、姿が見当たらない。


「上かっ!」

『はっ!』


 飛び降りてきた護衛の剣を玄江の剣が受けとめる。受けた場所が悪かったのか、刃こぼれした場所から小さなひびが広がった。


『くそっ、何で体勢が崩れないんだ!』


 護衛の体重も乗せられた剣を片手で受けても、玄江は体勢を崩さない。空いた片手で護衛の服をつかむと、強引に投げ飛ばした。

 竜に匹敵する生き物に挑んだと知らぬ獣人の護衛が、ほぼ一直線に勢いよく飛んでいく。護衛が足から着地するべく姿勢を入れ替えようとしていたが、その前に沿道の木にぶつかった。


「よし、これで全部か」


 泣き叫ぶエフセイの首をつかみ、頚動脈を圧迫する。いくらも待たずにエフセイは気絶した。

 エフセイの手から零れ落ちた手綱を拾った玄江は、馬への命令の出し方なんぞ、世界が変わってもそうそう変化しないだろうと手綱を軽く引いてみた。


 馬車の速度が落ち始めた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

episode01は隔日更新でお届けします。次回更新は4月21日18時頃を予定しています。

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