第四話 文明の利器
登場人物
●乙姫羽白
本作の主人公。
性格が残念で変わり者な所がある。
本人曰く、手先が器用な事と体を鍛えている事が長所。
●麦蒔まゆり(ムギマキマユリ)
学校一の超絶美少女にして学年一の才女。
しかしその正体は、性格が残念すぎる唯我独尊女。
家から近いというだけの理由でこの高校に通っている。
●白鳥えみり(シラトリエミリ)
茶髪でミニスカな、よくいる今風女子高生。
顔は可愛くてスタイルも良い。誰にでも明るく接する性格。
学内のリア充カーストで上位に位置する。
●朱鷺やよい(トキヤヨイ)
一年A組担任にして生活指導担当教師。担当科目は国語。
三十?歳で未だに独身。
羽白曰く、見た目もスタイルも良いらしい。
第四話 文明の利器
やよい先生は、ドアの一番近くにあったパイプ椅子を持って廊下に出た。ドアを出て向かいにある窓を開け、その前に陣取るように座った。
そして胸ポケットからタバコを取り出し、おもむろに一服しはじめた。
ってか、学校の校舎内って禁煙だろ……。このなれた動作は、普段からもやってるってことだな?
ドアを開けているので、廊下にいても会話をすることに支障は無いのである。
先ほどまで燃え尽きていた麦蒔は、すぐに復活したかと思ったら、鞄から文庫本を取り出して読み始めてしまった。いつもそうしているのであろう。
ぼくも何かしようかなと思い、二時間目に出された大量の宿題を片付けることにした。
因みにこの宿題は、やよい先生がぼくだけに出した愛のこもったプレゼントだったりする。まったくモテる男はつらいよ。
しばらくすると、やよい先生はタバコを吸い終り、缶コーヒーを飲みはじめていた。
「麦蒔。ちょっとやっかいな仕事を頼みたいんだが、いいか?」
やよい先生は廊下から部屋の中に声をかけた。
なんでも、タバコを吸った直後に部屋に入ると、麦蒔が匂いに耐えられなくて気分を害するんだとか。
「ええ、構いませんよ。そのための学生会ですし」
そっけない返事をしながら麦蒔は、文庫本に栞を挿んで膝の上に置いた。
「私のクラスに遅刻の多い生徒がいるんだよ。そいつの調教を手伝って欲しいんだが」
調教ってなんだよっ!
せめて『指導』とか『サポート』とかって表現にしろよ……。まあ、どこの誰が調教されるのか知らないが。
「ええ、構いませんよ。なんとなく察していましたし……」
そう言うと麦蒔は、ぼくの方をチラリと見た。まるでゴミ捨て場を漁るカラスを見るような目だ。どんな目だよ。
「へぇー。学生会って、そんなこともするんですか。大変そうですね。ぼくは何を手伝わされるのかな?」
「…………」
普通に質問をしたつもりだったのだが、やよい先生はなぜか、無言で冷たい視線を向けてきた。まるで駅前でゲロを戻してる酔っ払いOLを見た時のような目だ。だから、どんな目だよ。気持ち良いんで興奮しちゃうよ?
「乙姫くん。あなたが手伝うことは出来ないのよ」
「いきなり戦力外通告かよ。確かにぼくも遅刻が多いから、他人にとやかく言うのは違うのかもしれないが……」
「そこまでわかっていて、なぜ対象者があなた自身だということに気づかないの?」
あなた自身って……。え? もしかして……。
「やよい先生が言ってる遅刻の多い生徒って……、ぼくのこと?」
「あたりまえだろ! お前以外に誰がいるんだよ。もうアレだ、お前の脳みその構造って人類のそれと異なるんじゃねーの?」
さすがに凹むわっ! 教師にそんなこと言われたらっ!!
「やよい先生。そもそも脳みそがあるかどうかも疑わしいと思いますよ?」
おいおい。麦蒔まで言いすぎだろ……。
「ぼくはナンバーワンよりオンリーワンを目指してるんで、何を言われても構わないんですが。それで、調教ってなにをしていただけるんでしょうか?」
「その期待のこもった視線をやめろ、気持ちが悪い」
やよい先生が……普通の視線で制した。どんな視線を浴びせてくれるのかと期待していたので、ちょっと残念……。
「……でだ、麦蒔。明日の朝からモーニングコール担当な」
「嫌です。朝からこんな下等な物体の発する不快な声など聞きたくありません」
即答でした。
ってか、言いすぎだろっ!
でもなんだろうか。麦蒔の罵声もそれはそれで気持ちがいい気がしてきたな。はぁ、はぁ……。
「まあそうだよな。でもこれも仕事だと思って引き受けて欲しい。乙姫、お前の問題なんだから、お前からも頼んでくれ」
「はぁ、はぁ……。ぼくぅ、まゆりたんの声で起こされたいオ!」
「死ねばいいのに」
「あるぃーーがとーーぐぉざぁーーいまーーす!」
まゆりたんは死を願うような視線でぼくをなじってくれた。はぁ、はぁ……。
ぼくはまゆりたんの足元まで這って行って、足元で土下座をするような体勢になった。そしてまゆりたんは、ぼくちんの頭を踏み潰してくれた。はぁ、はぁ……。
「まゆりたん! もっと! もっとぼくちんを踏んでくだしゃいませ!」
「気持ち悪い。ねえ乙姫くん。あなた、なんでで生きてるの? 死ねばいいのに。ねえ、はやく死んでよ? はぁ、はぁ……」
まゆりたんは、息をあらくしてぼくちんを言葉でなじってくだしゃいました。まゆりたんも徐々に新しい何かに目覚め始めたようでしゅ。ぼくちんは頭を踏まれ地面に頬を擦りつけながら、まゆりたんの言葉を噛み締めていた。はぁ、はぁ……。
「はぁ……。乙姫は三年後も一年生かぁ……」
「悪ふざけをして申し訳ありませんでした! 猛省しております!」
ぼくらの戯れをしばらく見ていたやよい先生がぼそっと呟いたので、ぼくは直立して大声で叫んだ。
「はぁ……。麦蒔は中間で減点十点だなぁ……」
「そんなぁ! やよい先生、私は乙姫くんに無理やりやらされていただけなんです! 悪いのは全部乙姫くんなんです!」
麦蒔も慌てて立ち上がり大声で嘆願した。
……って、ちょっと待て。
「おい、こら、そこの美少女。なに妄言を吐き散らしてるんだこら。ぶち犯すぞ!」
「やよい先生聞きましたか? これが乙姫くんの正体なんです! 彼が三年留年するだけなのに、私が減点十点というのは罰が大きすぎるんじゃないでしょうか!」
「いやいや。ぼくの三年留年の方が重いよね?」
「乙姫。お前が三年留年したって世の中になんの影響もないだろうが、学年一位の麦蒔に減点十点は学校的にも大事なんだぞ?」
あれ? 本当にぼくの留年ってたいした問題じゃないの?
なんだか釈然としないなーとモヤモヤしているぼくを置いて、やよい先生は麦蒔へ諭すように同じ頼みを繰り返した。
「麦蒔。悪ふざけはやめて私の依頼を遂行してくれないかな?」
「…………」
麦蒔は親の敵に向けるような視線でぼくを睨んだ。
「わかりました。乙姫くんにモーニングコールします」
なんか、ごめんなさい。ぼくがウンコしたせいで、ごめんなさい。
「じゃあ、携帯の番号を交換しましょう」
心底から嫌そうな表情をした麦蒔がそう言った。まるで砂場で用を足す猫を見たときの様な表情だ。どんな表情だよ。
「……え? なんで? 意味がわからないんだけど……」
「あなたの思考の方が意味わからないわよ。モーニングコールするには電話番号の交換が必要でしょ?」
うんうん、そりゃそうか。ぼくの携帯の番号がわからなければ、モーニングコールなんて出来ない。なるほどね……。
これは男らしく格好をつけなければならないであろう。
そんな事を考えながら、ぼくは速やかにポケットから携帯電話を取り出して、こなれた感じで女の子との番号交換イベントをこなそうとしていた。
「ううううん。わわわわかったよ。けけけ携帯でで電話のばばばばば番号をここここここここうか……交換しよう。そうしよう……」
「どうしたの? 手が震えているわよ?」
手どころか声もガクブルしてしまったよ。ハハッ!
「……私と番号の交換するの、嫌だった?」
麦蒔が少し悲しそうな表情になった。
「ち、ちがうよ! 本当にちがうんだ、これは。ちょっとしたアルコール中毒みたいなもので……」
「乙姫、その言い訳は二度と学校の中で使うなよ。色々と問題になるぞ……」
いやいや、やよい先生はそう言うけどね……。
ぼくにはぼくの事情があるんだよ。ちょっと手が震えて声がガクブルして、挙動不審レベルがカンストしてしまった事情がね……。
そんな事を考えているぼくを見て、頭に「?」を浮かべた麦蒔が、鞄から携帯電話を取り出してこう言う。
「まあいいわ。じゃあ乙姫くん、私が先に送るから準備してくれるかしら?」
「え?」
どういうこと?
「……送るって、なに?」
「赤外線よ」
「あ、ああ。ああぁ、なるほどね。赤外線、赤外線ね。そっか、赤外線かぁ……。この時期は強いもんね。年頃の娘さん達にとって、お肌の天敵だよね」
「それは紫外線。可視光線より波長の短い不可視光線よ」
そんな知的なツッコミは求めてない。
意外ということもなく予想通りに下手だった麦蒔のツッコミは置いておき、ぼくはぼくで勝手にテンパっていた。
「赤外線かぁ……。どうやるのかな?」
ぼくが自分の携帯電話を無様な指捌きでピコピコ操作していると、
「…………もしかして」
麦蒔がかわいそうな人を見る哀れんだ視線を向けてきた。
「乙姫くん、あなた、電話番号の交換ってしたこと無いの?」
麦蒔の疑問を聞いたやよい先生が、凄い驚いた表情で慌てて部屋に入ってきた。まるで購入したハンバーガーの包装を開いてみたらダブルチーズバーガーが入っていた時のような表情だ。だからどんな表情だよ。
ぼくは二人の顔を順番に見て、もう一度、麦蒔の方を向いて一言だけ言った。
「携帯電話を使ったことが無いんだよ!」
「…………」
「…………」
麦蒔は泣きそうだが優しい表情になり「赤外線、私がやってあげるわ」と言い、ぼくの手から携帯電話を取り上げた。
やよい先生が「良かったな……本当に良かったな……」と泣きながらぼくの頭を撫でてきた。
なんだろうか、この敗北感は……。
こうしてぼくの電話帳には、一件目の携帯番号が記録された。
読んでいただきまして、ありがとうございました。