第三話 麦蒔まゆりは素敵な美少女です
登場人物
●乙姫羽白
本作の主人公。
性格が残念で変わり者な所がある。
本人曰く、手先が器用な事と体を鍛えている事が長所。
●麦蒔まゆり(ムギマキマユリ)
学校一の超絶美少女にして学年一の才女。
しかしその正体は、性格が残念すぎる唯我独尊女。
家から近いというだけの理由でこの高校に通っている。
●白鳥えみり(シラトリエミリ)
茶髪でミニスカな、よくいる今風女子高生。
顔は可愛くてスタイルも良い。誰にでも明るく接する性格。
学内のリア充カーストで上位に位置する。
●朱鷺やよい(トキヤヨイ)
一年A組担任にして生活指導担当教師。担当科目は国語。
三十?歳で未だに独身。
羽白曰く、見た目もスタイルも良いらしい。
第三話 麦蒔まゆりは素敵な美少女です
「自己紹介をするわね。私の名前は麦蒔まゆり。一年H組に所属しているわ。訳あってこの委員会の創設メンバーとなっているの。よろしくね」
部屋の中に入ってみると長テーブルにパイプ椅子が六脚並べられていたので、ぼくは麦蒔と向かい合うような形で座った。
そして自己紹介をはじめたのだが、ぼくは麦蒔の事に見覚えがある気がしていた。
どこで見たんだっけな……?
「ぼくの名前は乙姫羽白。一年A組に所属している。やよい先生の命令でこの委員会に入ることになった? ……なったよ。ってか、そんなことよりも、ぼくは麦蒔に見覚えがあるんだけど……。あ、入学式のアレって麦蒔だよね?」
そうだそうだ。入学式の時の新入生代表挨拶の子だ。とんでもない美少女だって騒がれていたのを覚えている。って事はもしかして……。
「ええ、新入生代表の挨拶をしたのは私よ。覚えていてくれたのね」
「うん。凄い美少女だったのと、あと、噂を聞いたから……」
新入生代表挨拶をした美少女は入学初日からずっと、クラスの話題の中心だった。
ぼくは隣の席の男たちが騒いでいる内容に聞き耳を立てていたのだが。「凄い可愛い子だったからすぐに名前を調べに行こう」とか「近くで見たらめちゃくちゃ可愛いかったぞ」とか「近所に住んでいて自転車通学らしいぞ」とか「フラれた……」とか。四月の間ずっと話題は収まらなかった。
なんでも、
「もう五人以上に告白されてフッたとかなんとか」
「二十人よ」
「ええええ? ほぼ毎日なの? 入学してまだ一ヶ月しか経ってないじゃん……。お前どんだけモテるんだよ……」
「そうね。日本中の同い歳の女子全員を集めて、順位をつける事ができるとすれば、一位を取れる程度にはモテるのではないかしら?」
は? なにを言ってるんだ、こいつは。
「いやー……。一位は、言い過ぎじゃない?」
「…………。確かにそうね。一位は言い過ぎたかもしれないわ」
なんだ、びっくりしたな。さすがにそれは自信過剰だろと思ったよ。ちょっとした冗談か何かかな。冗談とかも言える、面白い奴なのかな?
「その条件で一位と言うのは、過小評価かもしれないわね。全票を集めての圧倒的な一位とでも言っておいた方が、的確かしら?」
訂正。やっぱり残念な人のようだ。
「あー……。うん、そうだね。ぼくも票を入れちゃうのかもしれないね。ハハッ!」
「千葉県にいるネズミのような笑い声を出さないで。不快ね、あなたの存在が」
ぼくの存在否定かよっ!
「はぁ……。まあ、ごめん。ぼくが不快なのは謝るよ」
なんで謝ってんだよっ?!!
「あら。謝罪ができるとは意外ね。理不尽な事を言ったつもりだったのだけれど……。もしかして、あなたって優しいの?」
「いや、別に……。優しいとかそういう訳ではないのだが……」
「ええ、そうね。比べる事もなく、私のほうが優しいものね」
そんなこと誰も言ってない……。
はぁ……、まあ良いや。顔は可愛いくせに性格が残念な人なんだな……。だから誰とも付き合わないのかな?
「そんな事はどうでも良いんだけどさ」
とりあえず、麦蒔の性格については、スルーする事にした。別にシャレじゃないよ?
「それで、この委員会の事なんだけど、ぼくなんかが入っちゃっていいの? やよい先生の事だし、麦蒔に許可もなしに決めたんじゃないかと思ってさ」
「やよい先生は……ええ、そうね。今日の昼休みに突然言われたのよ。今日からA組の男の子をこの委員会に入れるって。ふざけてるわね」
ですよね、なんかごめんなさい。ぼくがウンコしたせいで、ごめんなさい。
「正直な事を言うと、男の子と二人きりになるのとか嫌だったのよ。さすがにちょっと恐いじゃない……」
まあ、そうだよね。それが普通なんじゃないのか?
「だから嫌だと断ったのよ。はっきりと。でも、やよい先生は『ああ、それは大丈夫だ。あいつ他人に興味ないし。お前の事なんて眼中にねーよ、きっと。たとえ人が倒れていても無視するような奴だからさ』って言ったのよ」
うわー。なんて酷い認識だ……。ぼくだってちゃんと他人に興味あるよ! やよい先生のおっぱいに興味あるもん!
「私は、そんな人いるはず無い、と反論したのだけれど『それならば、もしも本当に人が倒れていて、そいつが無視したら、委員会にいれるってことにしよう』と言われて……。それに承諾してしまったのよ……」
「NOぉおおおお……。なんてこった……」
それを聞いて、ぼくは地面に崩れ落ちた。
「え? どうしたの? ただでさえおかしな思考回路なのに、行動原理もおかしくなってしまったの?」
おい、それが地面に崩れ落ちた人への言葉か。酷い言い様だな……。
「いや……。あの時、麦蒔に一声かけていれば、この委員会に入らなくて良かったんだと思うと……」
「ああ、なるほど。乙姫くんの立場だと、そうゆうことになるわね」
そう言うと麦蒔は、少し考え込んで、こう言った。
「……今からやり直しましょうか?」
「賛成!」
そうだよ、そうだよ!
別館の四階なんてこの部屋以外に人はいないんだし、誰も見てないんだから証拠ないじゃん! やり直し大歓迎!!
「じゃあ私は廊下で倒れてるから、乙姫くんは階段まで戻ってくれるかしら?」
「オッケー! 今すぐ始めよう――」
「よう、二人とも。仲良くやってるか?」
立ち上がろうとした矢先に、やよい先生がノックもせずに部屋に入ってきた。なんてタイミングの悪い女だ……。だから結婚できないんだよ。
ぼくは落胆の目線で麦蒔を見た。しかし麦蒔は、強い視線をこちらにおくってきた。何か思いついたようだ。
「やよい先生。乙姫くんは倒れている私に声をかけましたよ」
あ、なるほど。わざわざやり直さなくたって、証拠がないんなら押し通せばいい。
「そりゃ声かけますよ……。部屋の前で人が倒れてるんですよ? 病気とか怪我とか何かあったのかと思いましたよ……。まったく、ドッキリとか大概にしろよな!」
「ごめんなさい。やよい先生にやれと言われたのよ……。やよい先生からも乙姫くんに謝ってくださ――」
「ほう、お前ら。すっかり意気投合してるじゃないか?」
やよい先生が麦蒔の話をさえぎって、ニヤリと不気味な笑顔をうかべた。
「そりゃそうですよ。本当に病気じゃないのかって、ついさっきまで念を押して確認するぐらいに、心配したんですから!」
「そうなんですよ。乙姫くんは凄く心配してくれて、とても優しい人でしたよ」
「ほう……」
ぼくと麦蒔は打ち合わせもなく、息の合った演技でやよい先生を騙しにかかった。これが上手くいけば、委員会の話も流れるであろう。
しかしやよい先生は、ぼくと麦蒔の顔を見て「くくっ」っと小さく笑っていた。いったい何が可笑しいのだろうか? ぼくの顔か?
「全国で一位とか。ネズミのモノマネとか。お前らって、二人とも少しおかしいよな?」
「「っっっ!!?」」
ぼくらは驚愕の表情でやよい先生を見つめた。
どうやらこの女は、全部立ち聞きしてタイミングを見計って部屋に入ってきて、騙し討ちをしたということのようだ。
性格悪すぎだろ……。
この人はもう絶対に結婚できないよ。ぼくが貰ってあげようか?
「それでさ、麦蒔。この乙姫を生中会に入れようと思うんだが、問題ないよな?」
「……はい。問題ないです」
最終回で逆転ホームランを打たれた高校球児のように落胆した麦蒔が、小さな声でそう答えた。
麦蒔は、燃え尽きた。
読んでいただきまして、ありがとうございました。