○○の転生者
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お父さんが笑っている。
お母さんも笑っている。
「シュリ。ほら、お父さん達がいるよ。行こう。」
僕の胸で寝ていた妹が、モゾモゾと動き出す。
まだ首が据わっていない妹を抱き直して、両親の方を向かせる。
「シュリ。起きた?」
両親の方へ歩き出しながら、妹の顔を見ると何が気に食わないのか、頭を振ってむずがっている。
「どうしたの?まだ眠い?」
いつもは、聞き分けの良い子なのに、どうしたんだろう。
終いには、僕の胸を両手で叩き出してしまった。
トントン
「シュリ?」
何かおかしい。なんだか違和感がある。
日常の出来事なのに、どこかチープだ。
まるで、出来の悪い特撮映画のような気持ちの悪い現実とのズレ。
ドンドン
胸を叩く音が、強くなっていく。
赤ん坊の力では痛みは感じないが、酷く耳障りだ。
「シュリ、止めてほしいんだけど。」
ダンダン
「シュリ。やめて。」
叩かれているせいか、周りの景色が揺れて見える。
両親も既にいなくなり、世界が暗転していく。
ダンダンダンダン
・・グ・・な・い・・・
ジ・・グ・・なさい・・
・・・・ジング!
急に名を呼ばれ、真っ暗な地平線から光が指し込んでくる。
「ジング!起きなさい!ご飯です!」
激しく扉を叩く音と、ムントさんの声で頭は完全に覚醒した。
「すみません!今行きます!」
慌てて返事をして飛び起き、寝巻きを脱ぎ始める。
「ふぅ。早く降りてくるんですよ。」
そういうとムントさんは、食堂に降りて行った。
手早く服を着て、鏡の前で身だしなみを整える。
ふと、頬に乾いた涙の後を見つけ、ゴシゴシと袖を押し付けた。
「久しぶりに見たな、あの夢。」
両親が死んで、ムントさんに拾われた時は、毎日のように見た夢。
いまでは、両親の顔はぼんやりとしか思い出す事ができない。
思い出すのは、どこかで生きている妹の顔ばかりだ。
しばらく、物思いにふけっていたが、お腹がクルクルと鳴る音でハッとする。
「やばっ、早く降りていかなきゃ。」
短く切りそろえた薄茶色の髪から、ピョコッと飛び出した寝癖を撫で付けながら、勢い良く扉を開けると、一階の食堂に向かってかけ出した。
「ジング。私の蔵書を読むのはいいですが、朝はきちんと起きなさい。」
食堂につくなり始まるムントさんの小言に、自業自得と反省しながら、うな垂れて席に着く。
「はい、ごめんなさい。」
「まったく。集中するのは良い事ですが、あなたは限度というものを知りなさい。この前だって朝まで起きていたでしょう。仕事はやっていたので、何も言いませんが、人に迷惑をかけてまで勉強するのは間違っています。」
「本当にすみません。」
やっぱりバレていたかと思ったが、顔にださずに神妙な顔を保つ。
どうも、集中すると時間が立つのを忘れるようで、朝日や鳥の声で気付くのもざらだった。
「はぁ、何度いっても。まあ良いです。ご飯を食べましょうか。」
「はい、ムントさんいただきます。」
「はいどうぞ。」
今日の朝食は、コブシ程の固いパン二つと、カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグ、スープは干し肉を煮出した物にジャガイモが入っている。
ムントさんの料理は、かなり美味しい。
母さんには悪いが、幼い記憶を掘り起こしても、これ以上の料理というのは、食べた記憶がない。
ムントさんは若い時に軍隊を辞め、それからずっと森の中で一人暮らしをしているという。
一度何歳か聞いた事があるけど、年を数えていないので、よく判らないと言われてしまった。
個人的に後ろに括った髪が真っ白になっている事から、七十歳くらいだとは予想している。
仮に三十歳の時に軍隊を辞めたとしても、四十年間は一人で料理を作ってきたのだ、凝り性だったこともあってレパートリーは少ないが、一品一品の完成度は凄い事になっている。
今日のベーコンもサクッと噛み切れるが、けしてパサパサしているわけでなく、肉汁がじんわりと出てくる。
スクランブルエッグだって、しっとりフワフワでバターの風味が心地よい。それをベーコンに乗せて口に入れた時の快感はふるえがくるほどだ。
パンも昨日の残りだから、固くはあるが塩気の聞いたスープをよく吸って、香ばしいかおりを運んでくる。
だから、どんなに遅くまで起きていても、朝食をのがす事などできない。
それほど、ムントさんの料理はおいしいのだ。
朝食を食べ終わると、それぞれの仕事にとりかかる。
ムントさんは昨日狩ってきたズンという獣を解体し、ベーコンを作るそうだ。
ズンとは、この森で良くいる大人の腰程ある四つ足の草食動物だ。
縦と横の長さがほぼ一緒という丸っとした体をしている。
大きな集落では、家畜として育てている所もあり、この国ではもっともポピュラーなお肉だ。
しかし背中の皮は爬虫類ようにデコボコしていて非常に固く、野生ズンは外敵
には凄い勢いで転がってくるため、実は危険なのだ。
実際、旅人が気軽に野生のズンを狩ろうとして命を落とすので、問題視されている。
ただ、野生のズンは家畜より肉の質が良いらしく、ベーコンは近くの町で高く売れる。
うちの収入源の一つとなっている。
俺は、家畜の世話をした後、野草を採りに行く予定だ。
ムントさんの家には、乳を出すドンと卵を産むチャチという家畜がいる。
ドンもポピュラーな食肉用動物だが、どちらかというと乳を採るために飼われている事が多い。
ドンの乳は母乳の変わりにもなるほど、栄養価が高いのだ。
名前がズンと似ているが、まったく別の生物で、昔の人がまるっとして重そうだから「ズン」、それより大きいから「ドン」と安易に決めたのが、そのまま残っているらしい。
チャチは、とても生命力の強い鳥で、その性質から家畜としての重宝されている。
チャチは安全な場所に一回巣を作ると、ほぼその場所を変える事はない。
そのためチャチは、朝に家畜小屋から飛び出して行き、夜帰ってきて巣で眠りながら卵を温めるのである。
また、卵も一日一個のペースで生んでくれるし、日中はいないため採り放題の状況だ。
気を付けなければいけないのは、あまり頻繁に卵を採っていると危険な場所と認識されてしまうので、適度に孵化させてあげなければならないという事だ。
先日も一匹孵化したが、生命力が強い鳥のため、親も少量しか餌を持ってこない。
それでも、育っていくのだが早く巣立ちをしてもらわないと、次の卵が生まれないため、こちらでも餌をやって成長を早めているのだ。
餌や水をやったり、小屋の掃除が終わると森へ野草を採りに行く。
森では、ズンをはじめとした危険な動物が、数多くいるが基本縄張りから外へは出てこないため、木などに付いた縄張りの目印さえ気をつければ割と安全だ。
この森にはいないが、世界にはデヴルデアというとんでもない生物が存在している。奴らは、縄張りに入った物は、何であろうと殺害する。
その強さは、一匹で街を全滅させる事ができるほど強大で、群れならば国が滅ぶと言われている。
滅多な事では縄張りから出てこないので、見かける事はほぼない。
(見かけた瞬間に殺されてしまうだろうが・・・)
それでも、この生物がいるため、森の開拓が進められず、街も飛び飛びにしか作る事ができないという事態になっている。
そういった事に気をつけながら、傷に効く薬草や料理に使う香草を摘んでいく。
森に入る人は少ないため、こういった栽培できない野草の需要は高い。
どれが危険で、どれが役に立つ野草かは、ここで生きていくために最初に習った事だった。
この知識は、いずれ旅する時も良い収入源になってくれるはずだ。
そう、知識と力を身につけたら、世界を旅をするのが今の生きる目的だ。
どこかにいる妹を探すために・・・